職場で、母のことを知っている人は思ったより多い。
直属の上司、同じ部署の同僚、人事や総務、経営の立場にいる人まで知っている。母の病名や手術のことまで知っている人もいる。
自分から一人ずつ伝えて回ったわけではない。気づけば、そうなっていた。
ただ、知っている人が多いことと、休みやすいことは同じではなかった。同じ事情を知っていても、受け止め方は人によって違う。
この記事では、親の介護のことを職場で誰に、どこまで話してきたか。なぜその範囲になったのかを整理しておく。
職場で母のことを知っているのは、思ったより多い
母のことを知っている人を数えてみると、こうなる。
直属の上司。同じ部署の同僚。人事や総務の担当者。それに、役員や経営の立場の人もいる。
一人ひとりに改まって話した覚えはほとんどない。知られた経路は、大きく二つだった。
一つは、母が急に入院した日だ。その日は、上司へ直接事情を話すしかなかった。母の搬送先が決まり、職場を離れなければならない。理由を言わずに出ていくことはできなかった。親の入院で仕事を休んだ日の連絡の順番は別に書いたが、あの日の説明が、職場で母のことを話した最初になった。
もう一つは、雑談である。きっかけは、休日のゴルフの誘いだった。
職場では、ゴルフに誘われることがよくある。週末は母の買い物や実家のことで埋まることが多く、誘われても行けない日が続く。断るたびに、行けない理由を何か言わなければならない。
毎回あいまいに断るより、母のことを話してしまった方が早かった。一人暮らしの母がいて、週末はそちらに行っている。そう話しておけば、断るたびに理由を考えずに済む。
仕事の話の合間に出た一言は、改まった報告よりも気軽に伝わる。断る理由として話したことが、結果として母のことを知ってもらう機会になった。
振り返ると、話す範囲を最初から決めていたわけではなかった。急な入院で話すしかなかった相手と、誘いを断るために話した相手が、少しずつ重なっていった。
逆に、部下には特に話していない。隠しているわけではなく、話す機会がなかっただけだ。私の不在は、朝礼や共有の予定表で伝わる。部下にとって要るのは、私がいない日と、その間の連絡先の方だと思う。
同じような経緯で、気づいたら職場の多くの人が親のことを知っている。そういう人は少なくないのではないかと思う。
病名まで話したのは、長く休むかもしれなかったからだ

母の入院について、私は病名と手術のことまで話している。
母が入院したのは、私が今の会社に移って間もないころだった。有給休暇はまだほとんどなく、休めば欠勤になる時期である。
それでも、休まないわけにはいかなかった。入院は一日で終わる用事ではない。手術があり、その後どのくらい付き添いが要るのかも読めなかった。
「母が入院しました」だけでは、その長さが伝わらない。明日には戻れる入院なのか、しばらく続く入院なのか。聞く側には区別がつかない。
長く休むかもしれないことを分かってもらうには、何の入院で、手術があることまで話す必要があった。病名を話したのは、隠すより明かす方がいいと考えたからではない。休みの長さを伝えるのに、それが要ったからだ。
一方で、休暇申請の理由欄には、今も病名は書いていない。理由欄には用事の種類までを書くようにしている。
矛盾しているようで、目的が違う。理由欄は、休むたびに出す届の一行で、書類として残る。入院の説明は、長い不在をどう埋めるかを相談するための一度きりの話だった。
病名を話すかどうかは、隠すか明かすかで考えるより、その場で何を伝えたいかで決めればいい。今はそう考えている。
知っている人が多くても、受け止め方は人によって違う

事情を知っている人の中には、急な休みでも何も言わずに送り出してくれる人がいる。
理由を細かく聞かれない。それだけで、休む側の負担はずいぶん軽くなる。母のことで急に職場を離れる日に、説明を重ねずに済むのは助かっている。
一方で、同じ事情を知っていても、受け止め方が違う人もいる。
上の立場の人の中には、親のことは家族の誰かが見ればいいと考える人もいる。その人自身が、そうして家のことを回してきたのだと思う。私が母のことで職場を離れることを、あまり快く思っていないように感じることもある。
これは、その人が冷たいという話ではない。その人の家では、それで回ってきたのだろう。親のことを誰が担うかの考え方は、それぞれの家の経験からできている。「家族の誰かが代われる」という前提については、別の記事で書いた。
ここで分かったのは、話した量と、分かってもらえる量は比例しないということだ。
病名まで伝えた相手でも、受け止め方はその人の家の事情で決まる。逆に、詳しく話していない相手が、何も聞かずに送り出してくれることもある。
もう一つ気づいたことがある。職場には、同じように親のことを抱えている人がいるようだ。ただ、お互いにあまり話さない。
親のことは、聞かれなければ話さない話題なのだと思う。誰が同じ事情を抱えているかは、外からはほとんど見えない。私が母のことを話しているのも、入院と誘いという、話さざるを得ない場面があったからにすぎない。
話せば話すほど分かってもらえる、とは限らない。話さない人が多いのにも、それぞれの理由がある。そう分かってからは、話し方を少し変えた。
今は、相手に合わせて話す量を変えている
今の私は、母の用事で休むとき、一人暮らしで介護が要る母がいる、という一行を先に伝えている。
それ以上のこと、たとえば母の様子や通院の経過は、聞かれたら話す。自分からは広げない。
話す量も、相手によって変えている。気にかけてくれる人には、聞かれれば母の様子まで話す。受け止め方の違う人には、休む日と仕事の段取りだけを伝える。
相手を選んでいるというより、その人と話す目的に合わせている。職場で親のことを話す場面を、目的ごとに並べると次のようになる。
| 話す目的 | 相手に要る情報 | 病名や経過は要るか |
|---|---|---|
| 休みの届を通す | 休む日、半日か終日か | 要らない |
| 長い不在を相談する | 用事の種類、どのくらい続きそうか | 長さを伝えるのに要ることがある |
| 仕事を引き継ぐ | 不在の日、引き継ぎ先、戻る見込み | 要らない |
| 会社の制度を使う | 介護が要る状態にあること | 窓口が判断できる範囲で |
| 雑談 | 話したい分だけ | 自分で決めてよい |
こうして並べると、病名や経過が本当に要る場面は少ない。入院の日に病名まで話したのは、二つ目の「長い不在を相談する」場面だったからだ。
毎回の休みでそこまで話す必要はない。話しすぎないことは、隠すことと同じではないと思う。
話す前に、会社の制度の窓口を確かめておく

職場で親のことを話すとき、見落としやすいことがある。誰かが事情を知っていることと、会社に介護に直面したと申し出ることは、制度の上では別だということだ。
2025年4月から、介護に直面したと申し出た社員に対して、会社は介護休業などの制度を個別に知らせ、使う意向を確かめることが義務になった。知らせる内容には、制度そのものと、申し出先、介護休業給付金のことが入る。使うのを控えさせるような伝え方は認められていない(厚生労働省の法改正の案内)。
上司や同僚が事情を知っていても、それだけでは制度の案内は始まらない。制度を使うかもしれないなら、人事や総務の窓口へ、介護に直面していることを申し出ておく方が確実だ。介護休暇と介護休業の違いや、会社へ確認する順番は、先に整理しておくと話が早い。
それでも、職場の受け止め方が自分の家の事情と合わないこともある。そのときは、部署や勤務の形、場合によっては働く場所そのものを見直す選択肢もある。私は50歳で一度、職場を変えている。介護とは別の理由だったが、職場が変われば働き方の前提も変わることは、そのとき知った。
今すぐ仕事を変える話ではない。ただ、今の職場で分かってもらうことだけに力を使い切らないためにも、ほかの道があることは頭に置いておきたい。
分かってもらうより、休みの段取りを崩さない
相手の受け止め方は、こちらでは変えられない。
家族の誰かが見ればいいと考える人に、私の家の事情をいくら説明しても、その人の考えはその人の家の経験からできている。説明を重ねるほど、話は家の中の分担に入っていく。
変えられるのは、自分の休み方の方だ。
休む日はできるだけ早く伝える。不在の間の仕事は、引き継ぎ先を決めておく。戻る見込みを先に言う。管理職が親の用事で休むとき、周りにどう見えるかを考えた記事でも、結局は段取りの話に行き着いた。
段取りが整っていれば、受け止め方の違う人とも、休みの話は短く済む。何も聞かずに送り出してくれる人には、なおさら負担をかけずに済む。
話す量は、相手によって変えてかまわない。ただ、休む段取りだけは、誰に対しても同じにしておく。

