母の検査に付き添う日、仕事をどれだけ休めばいいのか分からなかった。
予約票には検査の時刻が書いてある。だが、その時刻から逆算しても答えは出なかった。読めないのは検査そのものの長さではなく、その前後にある時間のほうだった。
検査のために入院することがある、ということも、私はそのときまで知らなかった。
ここでは、母の検査に付き添った日に何がどれだけかかったのかと、そこから決めた休み方を書く。あわせて、その時間がなぜ長く感じたのかも書いておく。
検査のために、手術の前から入院することがあった
私は長いあいだ、入院は治療のためにするものだと思っていた。
母の場合、手術の前に検査のためだけの入院をすることが何度かあったと記憶している。手術の日が決まってから、その少し前に入る形だった。
緊急だったときは違った。私が病院に着いたときには検査はもう終わっていて、そのまま手術に入った。その日のことは別に書いた。予定された手術のときは、その前に検査の時間が別に置かれていた、ということだ。
当時は、そういうものかと思っていた。検査を外来で少しずつ済ませるより、まとめて入ってしまうほうが本人の移動が少ない。手術の直前の状態を見てから当日を迎えるのだろう、とも思っていた。
ただ、これは私がそう受け取っただけで、医師からそう説明されたわけではない。病院によっても、病気によっても違うはずだ。なぜこの入院が必要なのかと、家族は何をすればいいのかは、その場で聞いたほうがいい。
一方で、手術の前の検査が日帰りで済んだこともある。母の場合は、こちらのほうが多かった。
日帰りになるか入院になるかは、検査によって違う。ただ、当日まで分からないわけではない。日程が決まるときに、どちらなのかも一緒に伝えられる。 前のときと同じつもりで組まず、そのつど確かめればいいだけだ。
分からないのは、そこではなかった。
予約票の時刻は、家族が拘束される時間ではない

検査入院でも日帰りの検査でも、共通していたことがある。
予約票に書いてあるのは、本人の検査の時刻だ。家族が何時から何時まで、どこで待てばいいのかは書いていない。
送っていくだけでいいのか。院内で待っていてほしいのか。終わったあとの説明に同席するのか。荷物を持って帰るのか。検査によって、家族に求められることは違った。
だから確かめることは、検査そのものの時刻ではない。家族がいつからいつまで、どこにいればいいのかのほうだ。この聞き方は親の通院付き添いで仕事を休むときの相談の順番に書いた。検査の日は定期の診察より、聞いたときと聞かなかったときの差が大きい。
検査入院なら、入る日と出る日がある。説明の日がさらに別になることもある。一回の検査で、家族が動く日が二日や三日に分かれることは珍しくない。
そして、その日程は家族の都合で決まらない。病院の枠と本人の状態で決まる。こちらができるのは、決まった日程を早く受け取って、早く職場へ渡すことだけだ。
付き添いは、当日の朝から始まるわけではない

私が最初に見誤ったのは、この点だった。
検査によっては、前の日から本人の過ごし方が決まる。母の場合は、食事の制限があった。何をどうするかは病院の指示どおりにするしかないが、問題は、その指示を受け取って実行するのが本人だけとは限らないことだ。
母は実家で一人暮らしをしている。車は手放しているし、買い物も自分では行けない。前の日にそろえておくものがあれば、誰かが動くことになる。
だから当日だけを空けておくと、前の日の夕方が足りなくなる。私の場合、それに気づいたのは、当日の休みを取ったあとだった。
検査からそのまま手術に入る予定のときは、もう少し増える。委任状のような書類が要ることがあるし、入院中の身の回りのものもそろえなければならない。
そして、ここは私一人では足りなかった。着替えや下着のようなものを母の分だけ見立ててそろえるのは、息子にはうまくできない。妻に手伝ってもらっている。一人で全部やろうとしないほうが、結果として早い。
何が必要かは検査によって違う。何も要らない検査もあれば、前日から動く検査もある。日程が決まった時点で、当日のことだけでなく前の日に何が必要かまで聞いておく。 それだけで、休みの組み方が変わる。
長く感じたのは、四つの時間だった
実際にその日を過ごしてみると、時間はひとつながりではなかった。四つに分かれていて、どれも質が違った。
検査へ向かう道のり。 車の中では、まだ話ができる。天気のことや近所のことを話す。ただ、お互いに検査の話は避けている。避けていることが、二人とも分かっている。
待合室で順番を待つ時間。 ここから、本人の緊張がこちらへ伝わってくる。名前が呼ばれるまで、何を話しても長くなる。かといって黙っていると、それはそれで重い。
検査を受けている間、一人で待つ時間。 母が中へ入ると、私は一人になる。この時間がいちばん手持ち無沙汰で、いちばん落ち着かなかった。することがないのに、どこかへ行くわけにもいかない。
結果を待つ時間。 検査が終わっても、まだ終わりではない。結果が出るまで、あるいは説明の順番が来るまで、もう一度待つ。ここまで来ると、朝からの疲れも出ている。
時計で測れば、それぞれは大した長さではないのかもしれない。それでも体感はそうならなかった。待つ時間は、足し算では増えない。 四つを順番に通ると、数字よりも長い一日になる。
何度か繰り返すうちに、次に何があって、どのくらいかかるのかは読めるようになった。段取りのほうは、覚えれば分かる。それでも、この落ち着かない気持ちだけは一向に慣れない。慣れたくもない。
良い知らせを待つ検査ばかりではない

なぜこの時間が長く感じるのか。私の場合は、理由がはっきりしている。
母の検査は、治っているかどうかを確かめるものではなかった。悪いという前提があって、その悪さがどのくらいで収まっているかを見る検査だった。
だから、いちばん良い結果でも「変わっていません」になる。ほっとはするが、喜ぶ場面ではない。そして次の検査までの間、同じことをまた待つことになる。
この構造は、付き添う側にもそのまま効いてくる。本人が気を張っているのは当然として、こちらも待合室で楽な顔をしていられない。気が重いのは本人だけではないというのは、付き添ってみるまで想像していなかった。
何のための検査であっても、始まる前に大丈夫だろうかと思わない回はなかった。
これは、母を気の毒だと言いたいのではない。検査の日以外、母はふつうに過ごしている。ただ、その日だけは本人も家族も少し構えている。それだけのことだ。
緊急の手術のときは、構える時間すらなかった。予定された検査には構える時間がある。時間があるぶん、別の重さがあった。
だから、半日では組まない
ここまでの時間を足すと、半日には収まらなかった。
道のりがあり、待合室があり、検査の間があり、結果を待つ時間がある。加えて、会計と薬局がつく日もある。どれか一つが延びれば、あとは全部が後ろへずれる。
そして、この日のいちばんの問題は長さではない。終わりの時刻を自分で決められないことだ。午後から戻るつもりで組むと、戻れなかったときに職場への連絡が一つ増える。焦ったまま運転して帰ることにもなる。
だから私は、検査の日は一日で取るようにした。早く終わったなら、その分は母の家に寄るか、買い物に付き合うかで使える。逆はできない。
休暇の種類をどうするかは、会社の規定によって違う。介護休暇と有給のどちらを使うかは、無給になるのか、時間単位で取れるのかまで含めて一度確認しておくと、次からの判断が早くなる。ただ、時間単位で取れる制度があっても、検査の日には向かないというのが、私の結論だった。細かく取れる制度は、終わりの時刻が読める用事のためのものだ。
今は、自分も検査を受ける側にいる
母の病気をきっかけに、私は1年から1年半に一度、大腸の内視鏡検査を受けるようになった。ここ数回は、胃の検査も同じ日に受けている。
間隔は自分だけで決めていない。これまでの結果を伝えて、担当医に確認して決めている。
受ける側に回ってみて、待合室に座っていたときの母の時間が、少しだけ分かった気がした。呼ばれるまでの間は、何かを考えているようで、実は何も考えていない。話しかけられても困るし、黙られても困る。あのとき私が何を言っても、たぶん正解ではなかった。
母の通院は、年に一、二度まで減った。大きな検査で家族が呼ばれることも、最近はない。それでも、次にその日が来たときにどうするかは決めてある。
一日空ける。終わりの時刻は決めない。 付き添う側にできるのは、たぶんそれくらいだ。検査の中身には手が出せないし、結果を変えることもできない。ただ、時間を気にしていない顔でそこに座っていることはできる。
それが役に立っているのかどうかは、母に聞いたことがない。聞かないままでいいのだと思っている。

