実家へ寄ったとき、母の髪がずいぶん伸びていると感じることが増えた。
以前の母は、2〜3か月に一度は髪を切っていた。今は半年に一度くらいだと思う。
どこで切っているのかを聞くと、ショッピングモールの中にある格安の店だという。予約がいらず、すぐに切ってもらえて、値段も安い。母は、年を取った自分にはこれで十分だと言っていた。
その店は、母が自分で探して見つけたらしい。私は送り迎えもしていない。
髪を切る店ひとつにも、車を手放したあとの暮らしの形が出ている。この記事では、母の店選びがどう変わったかと、店へ行けなくなったときに家族が知っておきたいことを書いておく。
母は今、モールの中の格安の店で髪を切っている
母が今通っているのは、ショッピングモールの中にある、床屋と一緒になったような美容院である。
予約はいらない。空いていればそのまま座れて、カットの時間も短い。料金は1,300円ほどだという。
おしゃれなサロンには入りにくいと、母は感じているようだ。この店には母と同じような年代の客も多く、気後れしないで済むらしい。
知り合いがいる店ではない。世間話を楽しみに通っているわけでもなさそうだ。髪が伸びたら切る。母にとっては、それだけの用事なのだと思う。
それでも、この店を見つけてきたのは母自身である。私が調べて勧めたわけでも、連れて行ったわけでもない。
行く日も母が決める。バスの時刻を見て、店の混み具合と相談しながら出かけているのだと思う。今のところ、帰りのバスに乗り遅れたという話は聞いていない。
車がなくなって、店は足で決まるようになった

母が車を運転していたころは、自分の行きやすい美容院に通っていたようだ。店を決めていたのは、値段や早さではなかった。気の合う美容師がいて、その人に切ってもらっていた。
免許を返納してからは、私が車で買い物に連れて行くようになった。そのころの母は、今日は美容院にも寄りたいと前もって言ってくれた。行き先は、ホームセンターの前にある店だった。料金は2,000円もしなかったと思う。たいてい待たずに切ってもらえ、混んでいても回転が早かった。母がカットしてもらっている間、私は近くの喫茶店で時間をつぶしていた。
免許返納の前後で暮らしの段取りをどう組み直したかは別の記事に書いた。そのときは、買い物や通院の足をどう確保するかを中心に考えていた。美容院のことまでは、考えが回っていなかった。
その後、買い物をヘルパーに頼むようになり、私が車で連れ出す回数も減った。
母の美容院は、そのあたりから行き先が変わった。今の母が選べるのは、ローカルバスの行き先にある店だけである。
今のモールの店は、安くて早い。けれど母は、安さや早さを求めてそこへ移ったわけではないと思う。行き先が先に決まっていて、そもそも選ぶ余地がない。気の合う美容師を探すという選び方が、今の母にはもうできない。
車がなくなると、行き先は好みより先に、足で決まる。通院や買い物ではそのことを考えていたが、髪を切る店でも同じことが起きていた。
2〜3か月に一度が、半年に一度になった
切る間隔が延びたのには、いくつか理由がありそうだ。
一つは、出かけること自体の手間である。家からバス停までは、母の足で20分ほどかかる。そこからバスに乗り、モールで用を済ませ、帰りの時刻に合わせて戻ってくる。
通院の足が続かなくなる前に考えたことを書いたときも、バス停までの道のりが母の外出を左右していると感じた。髪を切りに行く日も、この道を往復することに変わりはない。
もう一つは、髪を整えて見せる場面が減ったことだと思う。
母が日常的に顔を合わせるのは、買い物のヘルパーと配食の配達員、それに私くらいである。出かける予定が少なければ、髪が伸びても困る場面はあまりない。
半年に一度という間隔は、母の暮らしの中では無理のない数字なのかもしれない。結構伸びたなと私が感じても、母が困っていないなら、それで回っているとも言える。
白髪染めをやめ、身支度からも少し離れた

母は、もともと美容に強くこだわる人ではなかった。
それでも以前は、髪にも服にも化粧にも、今よりもう少し気を配っていた。一時は白髪染めをしていたこともあったようだ。
今は白髪染めはしていない。染め続けるには、伸びるたびに店へ通う必要がある。今の母の足では、その手間を続けるのは難しかったのだと思う。
服や化粧も、今はほとんど気にしていないように見える。これは母がそう言ったわけではなく、私から見た印象である。
母が身支度を億劫がっているように見えることは、人と会わなくなると老けるのかでも書いた。そのときは、外へ向かう予定が減ることとして考えた。
今回、美容院の話を聞いて、もう一つ見えたことがある。お金を惜しんでいる面も多少はあるのだろう。ただ、それ以上に、美容への関心そのものが薄れているように思う。人と触れ合う機会がほとんどない今、整える必要を感じていないのだろう。
母の店を知ってほっとし、自分の散髪と比べた
母が自分で店を見つけ、一人で通っていると聞いたとき、まずほっとした。
同時に、もう少しちゃんとした店に行かせてやりたいとも思った。けれど、母は自分で行けて、自分で納得している。それがいちばんだと考え直した。
髪が伸びているときは、そろそろ切ったらと声をかけることはある。それ以上は勧めていない。
一方の私は、ほぼ月に一度、決まった美容院へ通っている。
美容師は、店を移ったり辞めたりすることの多い仕事だ。担当の人がいなくなるたびに、次の店を探すことを繰り返してきた。相性の合う人はなかなか見つからず、その間はホットペッパービューティーで検索しながら店を転々とする。
今の美容師には、3年ほど通っていると思う。眉のカットと指名料を含めて、1回6千円台の後半になる。
女性が通う高級なサロンほどではない。それでも、半年に一度、1,300円ほどで済ませている母と比べると、ずいぶん贅沢をしていると感じる。
私が店を選ぶ基準は、美容師との相性である。考えてみれば、車があったころの母も同じ選び方をしていた。違うのは、今の母にはその選び方ができないことだ。私が担当を追いかけて店を変えられるのは、自分の足でどこへでも行けるからでもある。
義父は、妻の姉妹の誰かが行きつけの床屋へ連れて行く

妻の実家の義父は、緑内障で目がほとんど見えなくなっている。
義父の散髪は、妻の姉妹の誰かが、行きつけの床屋へ連れて行っている。髪型は昔からずっと変えていない。
目が見えなくなった今も、義父を見て、髪がぼさぼさだとか、身なりに構わなくなったと感じたことはない。
長く会社勤めをしてきた人で、身だしなみを整えることが習慣になっている。もともと、きっちりした人でもあった。亡くなった義母も、義父の身なりにはよく気を配っていたのを覚えている。
母と義父の違いは、どちらがきちんとしているかという話ではないと思う。根本は、勤めに出たことのない母と、毎朝人前に出てきた義父とで、身なりを整える習慣の積み方が違ったことだろう。母はもともと、手間のかかることを面倒がるところがあった記憶もある。加えて、義父には連れて行く家族が近くにいて、行き先も昔の店のままである。
母は、店も足も、自分で選び直すしかなかった。その中で、母なりに続けられる形を見つけたのだと思う。
孫の結婚式の日は、妻が段取りを組んでくれた
母が身なりを整えた日として覚えているのは、私の子の結婚式である。
そのときは、妻が母の衣装を用意してくれた。美容院へ行く時期も妻が決め、当日に合わせて連れて行ってくれた。
母一人なら、どの店に、いつ行けばいいか迷ったと思う。式に合わせて髪を整えるには、日取りから逆算して予約を入れる必要がある。母が自分だけで組むには、少し難しい段取りだった。
妻の手配のおかげで、母はその日を晴れやかに迎えられた。
ふだんは格安の店で十分でも、人前に出る特別な日には、それに合わせた段取りが要る。その段取りは、母一人では組みにくく、家族が手を貸す方が早い。
最近は、そういう行事もない。母が髪を気にする場面は、しばらく来ないのかもしれない。
店へ行けなくなったときのために、知っておくこと
今の母は、自分でバスに乗って髪を切りに行けている。それが難しくなったときのことも、少し調べておいた。
理容や美容は、原則として店の中で行うことになっている。例外として出張での理容・美容が認められるのは、病気や要介護の状態などで、店へ来ることが難しい人に対して行う場合などである。
対象として例に挙がっているのは、病気のほか、骨折や認知症、障害、寝たきりなどで、社会通念上、店へ行くのが難しいと認められる人だ。高齢だというだけで、誰でも家に来てもらえるわけではない(東京都保健医療局「出張理容・出張美容について」)。
自治体によっては、外出の難しい高齢者向けに訪問理美容の費用を助成している。対象や回数は地域ごとに違うため、必要になったら住んでいる市町村の窓口に確かめることになる。
今の母は、店へ行けている。出張の理美容を頼む段階ではない。
それでも、バス停までの20分が歩けなくなったとき、髪を切る用事も一緒に止まってしまう。通院や買い物だけでなく、こうした小さな用事の行き先も、相談のときに伝える材料になる。地域包括支援センターに相談する前に整理しておくことの中に、髪を切りにどう行っているかを加えておくと、話が早くなると思う。
母の伸びた髪を見て、私が気にしているのは、髪型そのものではない。母がまだ一人でバスに乗り、自分で見つけた店まで行けているかどうかの方である。

