一人暮らしの親のゴミ出し|母は祖母の乳母車で、200m先の収集場まで運んでいる

一人暮らしの親のゴミ出し|母は祖母の乳母車で、200m先の収集場まで運んでいる 親の老い

一人暮らしの母は、今は自分でゴミを出している。

ゴミを乗せて運ぶのは、祖母が使っていた古い乳母車だ。家から収集場までは、200mくらいある。母はその道を、乳母車を押して歩いていく。

母が退院して実家に戻ったばかりのころは、そうではなかった。しばらくの間、ゴミは私が持ち帰っていた。それが、いつの間にか母の仕事に戻っていた。

母がゴミを出せていることは、ありがたいと思っている。ただ、乳母車で運ぶ今の形が、いつまで続くのかは分からない。この記事では、母のゴミ出しが今どう回っているかと、続かなくなったときに頼れそうな仕組みを整理しておく。

退院してしばらくは、私がゴミを持ち帰っていた

母が入院し、退院後しばらくして実家へ戻ったころ、ゴミ出しは母にとって大きな用事だった。収集場まで歩いていくこと自体が、まだ難しかった。

そこで、実家へ行くたびに、たまったゴミを私が車に積んで持ち帰ることにした。自宅のゴミと一緒に出せば、母が外へ運ぶ必要はない。

退院したばかりの母が一人で暮らしていくために、何を外から支えたかは、退院後の親が一人暮らしを続けるために、私がやったことに書いた。ゴミの持ち帰りは、その中でもいちばん地味な手伝いだったと思う。

それでも、ゴミは毎日少しずつ出る。たまっていく袋を見ると、母は落ち着かなかったようだ。体が動くようになるにつれて、母は自分で出しに行くようになった。私が持ち帰る量は少しずつ減り、今は持ち帰ることはなくなった。

祖母の乳母車で、200m先の収集場まで運ぶ

古い乳母車の車輪と、横に置いた潤滑剤のスプレー缶

今、母がゴミを運ぶのに使っているのは、祖母が使っていた乳母車である。

今どきのベビーカーではない。かごの深い、昔ながらの形だ。ゴミが多い日は、そこに袋を積み上げて押していく。その姿は、昔の時代劇の映画で、子どもを乗せた乳母車を押して旅をする場面を思わせる。

先日は、草も運べるだけ乗せて運んだようだ。そのとき、タイヤが軋む音が大きくて恥ずかしかった、と母は言っていた。そのあと、母は自分でタイヤにCRC(潤滑剤)をさしていた。

困ったことがあっても、自分で何とかしようとする。母らしいと思った。ただ、乳母車はもともと、重い物を積んで運ぶための道具ではない。古い物なので、いつ車輪が外れてもおかしくない。

ゴミが少ない日は、別の物を使っているかもしれない。妻が母の買い物用にと買った、歩行補助と乳母車を兼ねたようなカートがある。私は見ていないが、軽い日はそちらで済ませていても不思議ではない。

200mは、私が歩けば数分の距離である。けれど、ゴミを積んだ乳母車を押す母には、そうではないと思う。母の歩く速さが遅くなったことは、親の家に、手すりはまだ要らないのかにも書いた。その母が、収集日の朝に200mを往復している。

雨の日は出さない、夏は暑くなる前に

雨の日、軒下に止めたままの乳母車

母のゴミ出しは、天気で決まる。

雨の日は行かない。傘をさしながら乳母車を押すのは不便だからだ。片手で傘を持てば、片手で乳母車を押すことになる。足元も滑りやすい。出さずに次の収集日まで待つのは、無理をしない判断だと思う。

夏は、暑くなる前に出しに行っているようだ。日が高くなってから200mを往復するのは、母の年齢では体にこたえる。朝のうちに済ませるのは、母なりの工夫なのだろう。

冬は反対に、早い時間ほど寒い。それでも、雪か雨でなければ出しに行っているらしい。寒い朝に、乳母車を押して出ていく母の姿を想像すると、少し心配になる。

並べてみると、母のゴミ出しは「行ける日を選んで行く」形になっている。雨が続けば、ゴミは家の中にたまっていく。たまったゴミは、次に晴れた日に一度で運ぶことになり、乳母車はさらに重くなる。

「大丈夫」と言って、段ボールも母が片付けている

玄関の隅に、ひもで縛ってまとめた段ボール

実家へ行ったとき、持ち帰る物はあるかと母に聞くことがある。母の答えは、たいてい「大丈夫」だ。

段ボールについても、母は普段から大丈夫だと言う。実際、段ボールも母が自分で片付けている。月に一度か、たまってきたころに、まとめて収集場へ持っていくようだ。かさばる段ボールを乳母車に載せて200mを運ぶのは、楽な作業ではないと思う。

母の「大丈夫」は、本当に大丈夫なときもあれば、そうでないときもある。手伝いを頼むのが苦手な人なので、聞かれれば大丈夫と答えるのだと思う。母の大丈夫をどう受け取るかは、親の「大丈夫」をどこまで信じるかで考えたことがある。

だからゴミについては、母の答えと合わせて、家の中の様子も見るようにしている。台所の隅や玄関に、袋や段ボールがたまっていないか。たまっていれば、そのときは私が持ち帰ればいい。

母が自分で片付けられているうちは、手を出しすぎないようにしている。運べている間は、母に任せておく。私が引き取るのは、母が運べなくなったときでいい。今のところ、それが私と母のあいだの分け方になっている。

家の前まで取りに来てもらう仕組みはあるのか

街なかの地域とは違い、実家のあたりでは、家の前まで回収に来てもらえることはない。ゴミは、自分で収集場まで持っていく。少なくとも、私はそう理解している。

ただ、調べてみると、自治体によっては高齢者のゴミ出しを支える仕組みがあることが分かった。環境省は、自治体向けに「高齢者のごみ出し支援制度導入の手引き」をまとめている。ゴミ出しが難しい高齢者の家を、自治体が支える取り組みを広げるためのものだ(環境省「高齢化社会に対応した廃棄物処理体制」)。

支援の形は、自治体によって違う。家の前まで収集に来てくれるところもあれば、収集のときに声をかけて安否を確かめるところもあるようだ。対象になる条件も、要介護の認定や一人暮らしかどうかなど、地域ごとに決まっている。実家の自治体にそうした仕組みがあるのか、私はまだ確かめていない。

もう一つ、ヘルパーさんに頼む方法もある。介護保険の訪問介護では、生活援助の中にゴミ出しも入っている。要支援の母の場合は、市町村の総合事業としての訪問サービスになり、頼める内容や回数は自治体ごとに決まっている。母は今、週に一度ヘルパーさんに買い物をお願いしている。ゴミ出しも頼めるかどうかは、収集日と訪問日が合うかにもよる。それに、実家のあたりはゴミの収集の時間が割と早い。ヘルパーさんが来る時間と収集の時間が合わなければ、ゴミ出しを頼むのは難しい。

どちらの場合も、最初に聞く先は地域包括支援センターになると思う。母の区分は要支援なので、相談の入口はそこだ。聞く前に何を整理しておくかは、地域包括支援センターに相談する前に整理したいことにまとめた。ゴミ出しのような小さな困りごとも、ほかの支援と合わせて相談すれば話が早い。家で増やせる支援の全体は、施設を考える前に、家で増やせる支援を考えるで整理している。

乳母車が使えなくなる前に、見ておくこと

母が自分でゴミを出せているうちは、その形を続けてもらいたい。ゴミ出しは、母が一人で家の外へ出る数少ない用事でもある。収集場まで歩くことが、そのまま母の足を使う機会になっている。

ただ、今の形には、いくつか止まりそうな場所がある。行ってみるたびに、次のことを見ておこうと思う。

  • 乳母車の傷み:車輪の軋み、ぐらつき、かごの破れ。重い物を積んで壊れたら、その日から運べなくなる
  • 家の中のたまり方:台所や玄関に袋や段ボールが残っていないか。雨が続いたあとは特に
  • 天気と収集日:雨や雪の日が収集日に重なったとき、次の日までに母が出せているか
  • 母の歩き方:乳母車を押して往復したあと、疲れた様子がないか

乳母車が壊れたら、代わりに何を使うかも考えておきたい。高齢者向けには、押して歩けて、荷物も載せられるカートがある。選ぶなら、ゴミのような重い物を載せても安定するか、ブレーキが付いているか、母が一人で折りたためるかを見ることになる。妻が買ったカートが、すでにその役を果たしているのかもしれない。次に実家へ行ったとき、母がどちらを使っているかを見てみる。

あわせて、実家の自治体に高齢者向けのゴミ出しの支援があるかを、役所の窓口で一度聞いておく。今すぐ使うつもりはない。ただ、母の乳母車が止まった日に、そこから調べ始めるのでは遅い。

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