離れて暮らす親の様子を知るために、電話をかける。
元気かどうかを聞き、食事はできているか、困ったことはないかを確認する。母と離れて暮らす私にとって、電話は訪問できない日の見守りの一つになっている。
ただ、電話で「元気」と返ってきたからといって、暮らしに変化がないとは限らない。声の大きさ、返事までの間、話題の選び方、いつも話すことを話さなくなったこと。短い会話の中にも、普段との違いは出てくる。
今回は、親との電話で何を聞くかという会話術ではなく、いつもの電話から小さな変化をどう拾い、次の行動につなげるかを整理しておきたい。
電話は安否確認だけでは終わらない
電話をかけると、最初に「変わりないか」と聞きたくなる。
母から「変わらない」「大丈夫」と返ってくれば、ひとまず安心する。それ以上は聞かずに、用件だけ伝えて電話を終えることもある。
以前の私は、それで十分だと思っていた。
しかし、親が離れて暮らしていると、電話は直接会えない日の数少ない接点である。安否を確認するだけでなく、その人の生活のリズムや、前回からの変化を知る時間でもある。
たとえば、いつもなら電話に出る時間なのに出ない。あとで聞くと、スマートフォンをマナーモードにしたまま戻していなかったことがある。電話に出なかった一回だけで何かを決める必要はないが、何度も続けば、電話の置き場所や操作の状態を見直すきっかけになる。
声が小さい。返事が短い。話す速度が遅い。反対に、同じ話を何度もする。こうした変化も、電話では感じ取りやすい。
電話は、白か黒かを決める道具ではない。訪問や支援につなげるための、小さな入口だと考えるようになった。
同じ時間帯にかけると、違いが見えやすい
母は、メールもLINEも使えない。連絡手段は音声通話だけだ。文字のやり取りができれば残るものも多いのだろうが、うちの場合は、電話の使い方を工夫するしかない。
電話から変化を拾ううえで、役に立っているのは、かけ方を揃えることだった。
私の場合は、仕事終わりの、だいたい同じ時間にかけることが多い。そうすると、電話に出るまでの時間、声の調子、話の長さを、同じ条件で比べられる。朝と夕方では声の張りも変わるから、かける時間がばらばらだと、その日の変化なのか、時間帯の違いなのかが分からなくなる。
聞き方の工夫については、親の「大丈夫」をどこまで信じるかで書いた。「大丈夫?」と聞くより、具体的なことを聞いた方が、暮らしの様子が言葉になって出てくる。
そのうえで、電話で私が注目しているのは、答えの中身よりも話しぶりの方だ。
同じ質問への答え方が、前回とどう違うか。即答だったことに、間が空くようになっていないか。楽しそうに話していた話題が、短く流されるようになっていないか。
質問を続けすぎると、親は尋問されているように感じるかもしれない。だから、こちらのことも話すようにしている。仕事のこと、天気のこと、最近の買い物のこと。用件のない話を挟むと会話が少し長くなり、その分だけ、話しぶりを見る時間も増える。
もう一つ、電話の切り際に、次にかける日をひとこと伝えるようにしている。「また何曜日にかける」と言っておくと、母もそれを予定として覚えている。決めた日にかけて出なければ、いつもと違うことが一つ増えたと分かる。こちらの目安になるだけでなく、母にとっても、次の電話がいつ来るか分かっている方が落ち着くようだ。
声の変化より、いつもとの違いを見る

電話で気になる変化があっても、一つのサインだけで判断しないようにしている。
声が小さい日は、寝起きかもしれない。返事が短いのは、テレビを見ていたからかもしれない。同じ話をしたのは、単に伝えたいことがあっただけかもしれない。
見るべきなのは、その日だけの違いより、いつもの母と比べて何が変わったかだ。
私が電話で意識するようになったのは、次のようなところである。
- 電話に出るまでの時間や、折り返しの有無
- 声の大きさ、話す速さ、返事の間
- 食事、買い物、睡眠について話す内容
- 以前よく話していたことを話さなくなったか
- 同じ心配や不満を繰り返していないか
- 通院や配食など、決まった予定を覚えているか
- 電話口の向こうのテレビや生活音の変わり方
声だけでなく、電話の向こうの音にも生活が出る。テレビの音量が以前より大きくなっていれば、聞こえにくくなっているのかもしれない。夕方なのに家の中が静かすぎる日が続けば、テレビを見る気力が落ちているのかもしれない。どちらも決め手にはならないが、覚えておく材料にはなる。
これは、認知症かどうかを家族が見分けるための項目ではない。生活の変化に気づくための目印である。
とはいえ、「いつもの母」と比べると言っても、記憶だけで比べるのは案外難しい。前回の電話がどうだったか、二週間前はどうだったか。思い出そうとすると、意外と曖昧になっている。
だから私は、電話を切ったあとに、日付と気づいたことを一行だけ書くようにしている。「声が小さい」「買い物の話を避けた」「変わりなし」。その程度でいい。数週間分たまると、その日だけの違いなのか、続いている変化なのかが見分けやすくなる。
書き残すのは、気になる変化だけではない。配食を楽しみにしている話が出た、買い物で好きなものを選べた、といった変わらずできていることも書いておく。悪い変化ばかり探していると、電話そのものが重くなる。できていることが分かっていれば心配しすぎずに済むし、あとで変化が出たときに、いつからの変化なのかを比べる元にもなる。
気になることがあっても、その場で問い直さない。「次に会ったときに確認しておこう」と一行残す。これだけでも、電話を切ったあとに不安だけが膨らむことを防げる。
話題の流れにも、変化は出る

電話では、聞いた答えだけでなく、話の流れにも変化が出る。
以前なら、買い物の話をすれば「何を買ったか」「次はいつ行くか」と続いた。それが最近は、買い物の話を避ける。あるいは、同じ食品の話だけになる。そうした変化があれば、買い物に行けない不安や、食事の準備の負担が隠れているかもしれない。
通院についても、日にちを覚えているかだけを見るのではなく、受診の話をしたときの反応を見る。病院へ行くことを嫌がるようになったのか、行き方に困っているのか、体調の話をしたくないのか。理由は一つとは限らない。
話題の数そのものが減ることもある。以前は母の方からも近所のことや庭のことを話していたのに、こちらの話に相槌を打つだけになる。話すことがないだけかもしれないし、疲れているのかもしれない。聞こえにくくて、話を合わせているだけという場合もある。
反対に、同じ話を何度もされたときは、「前に聞いた」とは言わないようにしている。話を止めても、母の話したい気持ちが行き場を失うだけだ。初めて聞くように相槌を打ちながら、どの話が、どのくらいの間隔で繰り返されているかを、あとで一行メモに足しておく。その場で指摘するより、記録しておく方が、あとになって役に立つ。
ただし、こちらの推測を事実のように扱わないことも大切だ。声が沈んでいるから病気だ、買い物の話をしないから認知症だ、と決めつけてはいけない。推測は推測のまま、次に確かめることの候補にしておく。
電話で気づいたことを、訪問の確認につなげる

電話で気になることがあったら、次の訪問で確かめる。
「さっきの話は本当か」と問い直すのではなく、暮らしの中に同じ変化があるかを見る。
食事の話が気になったなら、配食の容器や冷蔵庫の食品の減り方を見る。買い物が気になったなら、食品の買い方や消費期限を見る。眠れていないようなら、昼間の過ごし方や体調を聞く。
電話の内容と訪問時の様子が一致すれば、今の支援で足りているかを考えやすい。違っていても、どちらかが嘘ということではない。電話では言いにくいことを、実際の暮らしが見せている場合もある。
変化が続くときは、家族だけで原因を決めず、地域包括支援センターやケアマネジャー、通院先へ相談する。相談の前には、いつから、どんな変化があり、何回続いているかを書いておくと伝えやすい。
地域包括支援センターに相談する前に整理したいことでは、親の暮らしと家族が補っていることを、相談前にどうメモするかを整理した。電話で気づいた変化も、そこへ加えてよいと思う。
相談するときに必要なのは、「何となく心配」という気持ちだけではない。電話で聞いたこと、訪問で見たこと、家族が困っていることを分けて伝えることだ。
電話だけで支えようとしない
電話は便利だが、電話だけで親の暮らしを支えることはできない。
声が元気でも、食品が余っていることはある。会話が普通でも、家の中で転びやすくなっていることがある。反対に、電話に出なかった一回だけで、暮らしが急に難しくなったと考える必要もない。電話で分かるのは、「何か違うかもしれない」という入口までだ。
その先は、訪問して確かめる。数日から数週間の変化を記録する。必要なら外部の人に相談する。そういう順番でよいと思っている。
それから、こちらの状態も電話に影響する。仕事で疲れている日は、母の話を聞き流してしまい、あとから何を話したか思い出せないことがある。そういう日は、無理に長く話さない。用件だけで短く切り上げて、余裕のある日に改めてかける方が、変化にも気づきやすい。電話を義務にしてしまうと、続かなくなる。
以前は、電話をかけて「大丈夫」と聞ければ、私の役割は終わったように思っていた。今は、電話を切ったあとに一つだけ残すようにしている。
「次に会ったら、何を見ようか」
それを決めておけば、心配を抱えたまま何度も電話をかけることが減る。親にとっても、同じことを繰り返し聞かれる負担が少なくなる。電話の回数を増やすより、会話から得た小さな情報を、次の行動につなげることの方が大切だと思う。
毎回の電話を、完璧な安否確認にすることはできない。それでも、いつもとの違いを一つ覚えておき、次に会ったときに確かめることならできる。定時のあとの時間を使って、少しずつ親の暮らしの変化を書き留めていく。
