目が見えない親の携帯電話をどう選ぶか|義父の条件は、押して分かるボタンだった

目が見えない親の携帯電話をどう選ぶか|義父の条件は、押して分かるボタンだった 親の老い

妻の父は、長く使っていた携帯電話を替えた。

義父は、目がほとんど見えない。10年ほど前から視力が急に落ち、今はほとんど視力を失っている。その義父が、新しい携帯電話で今も電話をかけてくる。

携帯電話を選ぶとき、多くの人はまず画面を見る。文字の大きさ、画面の広さ、表示の分かりやすさ。けれど、画面を見ない人にとって、その比べ方はほとんど意味を持たない。

義父の端末選びで条件になったのは、一つだけだった。ボタンを押して、どのボタンか分かること。ここでは、その選び方と、選んだあとに義父がしていたことを書く。

長く使ったガラケーを、替えるしかなくなった

使い込んだ古い折りたたみ式の携帯電話と、取り外した電池

義父が使っていたのは、折りたたみ式の、いわゆるガラケーだった。それを長く使っていた。

替えることになった理由は三つ重なっていた。

一つ目は電池である。長く使ううちに、電池が持たなくなっていた。二つ目は保守だ。その機種の修理などの保守サービスが、すでに終わっていた。電池が弱っても、直して使い続ける道がなかった。

三つ目は電波である。古い携帯電話が使っていた3Gという通信方式は、大手の各社が順に終えてきた。最後まで残っていたドコモのFOMAも、2026年3月31日でサービスを終えている。3Gにしか対応していない機種は、電話そのものができなくなる。

どれか一つなら、しばらく様子を見る手もあったかもしれない。三つそろうと、替えるしかない。義父の場合は、本人が気に入っているかどうかとは関係のないところで、交換が決まった。

妻の父の暮らしは、慣れた家の中を記憶で動くことで成り立っている。携帯電話も、その「慣れ」の一つだった。手に持った形、押したときの感触、ボタンの位置。替えれば、それがいったん崩れる。

選んだのは、妻の末の妹だった

新しい端末を選んだのは、私ではない。

義父と一緒に携帯電話の店へ行き、その場で決めたのは、妻の末の妹である。三姉妹の中で、こういうことに詳しいのは末の妹だけだという。

義父の暮らしのことは、妻と二人の妹が中心になって分けている。私は呼ばれたときに行く側で、携帯電話の件も、後から聞いた側である。だから、店で何を見比べ、何を試したのかまでは知らない。

家族の中に、詳しい人が一人いる。その人が本人と一緒に店へ行く。これは、端末選びの条件の中でも、案外大きいものだと思う。詳しい人がいなければ、店の説明を聞いて、勧められたものを選ぶことになりやすい。本人に何が要るのかを分かったうえで、店の人と話せる人がいるかどうか。その差は小さくない。

条件は一つ、押して分かるボタン

平らなガラス面のスマートフォンと、押して分かるボタンの携帯電話

義父にとって、最大の条件は、押してボタンが分かることだった。

今の携帯電話の多くは、表面が一枚のガラスになっている。どこを押すかは、画面に表示された絵や文字で決まる。見えている人にとっては便利な仕組みだが、見えない人にとっては、平らな板のどこにも手がかりがない。

ボタンが物として飛び出していれば、指で触って位置が分かる。押したときの手応えで、押せたかどうかも分かる。画面を見ない人にとって、これは使いやすさの問題ではなく、使えるかどうかの問題になる。

母の携帯電話を替えたときも、画面の中にスイッチがある機種は分かりにくいと感じた。ただ、母の場合は条件の一つにすぎなかった。画面の大きさ、値段、使える通信会社。いくつも並べて、その中から一つを探した。

義父の場合は、順番が逆になる。押して分かるボタンがなければ、ほかの条件を比べる段階にも進めない。条件が一つ増えるというより、最初の一つで選べる範囲がほとんど決まってしまう。

ガラケーの形をした、中身はスマホ

最後に選んだのは、ガラケーの形をした、中身はスマホに近い端末だった。

いわゆる「ガラホ」と呼ばれる種類である。見た目はガラケーと同じで、多くは折りたたみ式だ。数字や十字の物理的なボタンが付いている。一方で、中の仕組みはスマホと同じ系統のものを使っていて、今の4Gという通信方式に対応している。

義父にとっては、ちょうど必要な二つがそろっていたことになる。手で触って分かるボタンは残り、電波は新しい方式に乗り換えられる。形も、前と同じガラケーの形のままだ。

どの会社のどの機種なのか、私は確かめていない。ここで機種の名前を挙げるつもりもない。書いておきたいのは、選び方の順番のほうだ。

画面の見えない親の携帯電話を探すなら、最初に「押して分かるボタンがあるか」で絞る。そのうえで、今の電波に対応しているかを確かめる。機能の多さや画面の見やすさは、その後でいい。義父の場合、その二つを満たすものとして残ったのが、ガラケーの形をした端末だった。

ボタンに貼った立体のシールで、押し分けている

形の違う立体シールを目印に貼った、携帯電話のボタン

替えたあと、義父は新しい携帯電話を使えている。

使い方の詳しいところまでは、私も分かっていない。聞いているのは、ボタンに立体のシールを貼り、そのシールの種類で押し分けている、ということだけである。触って形の違うシールが、それぞれのボタンの目印になっているのだと思う。

その携帯電話で、義父は妻や私に、ときどき電話をかけてくる。

電話がかかってくるのは、前の携帯電話のころからだった。だから私は、義父から電話がかかってくることを、特に不思議だとは思っていなかった。目が見えないことと、電話をかけてくることが、自分の中で結びついていなかったのである。

よく考えると、これはすごいことだと思う。

目の見えない人が、新しい端末に替え、ボタンに付けた目印を頼りに、指で押し分けて相手を呼び出している。端末が替わっても、電話は同じようにかかってくる。かかってくる側の私は、その裏で何が起きているのかを、ほとんど知らずにいた。

一人で暮らす親との電話は、それ自体が見守りの一つでもある。見守りの仕組みをいくつか比べたときも、電話は、本人が操作できることを前提にした方法だった。義父の場合、その前提を支えているのは、端末の機能よりも、ボタンに付けた目印のほうなのかもしれない。

新しいものを受け入れる力は、視力とは別のところにあった

私の母は、新しい物や、何かに新しく取り組むことに消極的なほうだ。母の携帯電話を替えるときも、新しい使い方を覚える負担を本人にかけることを迷った。

義父は対照的で、何にでも前向きに取り組み、新しいことを受け入れる。ヘルパーを頼むと決めたのも本人だった。

どちらがよい、という話ではない。母と義父の一人暮らしを比べたときも、並べるべきなのは優劣ではなく条件だと書いた。新しい物に手を出さずに暮らしを保つことも、一つのやり方である。

それでも、新しいことを受け入れるというのは、目が見えていても簡単ではない。まして視力がほとんどない状態で、慣れた端末を手放し、形の似た別の端末に移り、目印を頼りに使いこなしている。普通のことのようで、普通ではないと思う。

端末を選ぶとき、家族は機能や条件を比べる。けれど、その端末が本当に使えるものになるかどうかは、本人がそれをどう自分の道具にしていくかで決まる部分が大きい。義父の携帯電話は、選んだ末の妹と、それを使いこなしている義父の両方で、ようやく使えるものになっていた。

次に義父に会ったら、どうやって押し分けているのかを聞いてみようと思っている。

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