妻の父の実家問題が浮上した

親と実家

自分の母の問題にかかりきりになっていた時期があった。退院後の生活を整え、配食サービスを入れ、買い物の段取りを決め、ようやく仕組みが回り始めた。一段落した、とは言えないが、少なくとも毎週のルーティンが見えてきたのはここ1〜2年のことだ。

そのタイミングで、別の問題が出てきた。妻の実家のことだ。


妻の母が急に亡くなった

妻の母が急に亡くなった。

体調が急激に悪くなり、病院に行くと膵臓癌だった。発見されたときにはすでに手の施しようのない状態で、入院してからわずかな期間で逝ってしまった。

孫の結婚式をずっと楽しみにしていた。私の子どものことだ。いつか一緒に出席することを願っていたと聞いた。その願いは叶わなかった。

あまりに急だったため、家族全員が実感を持てないまましばらく過ぎた。妻の母は妻側の家族にとって大きな存在だった。子どもたちにも孫たちにも、衝撃は大きかった。


妻の父の状況

一番衝撃を受けたのは妻の父だったことは間違いない。

妻の父は10年ほど前から視力が急激に低下していた。妻の母が亡くなる頃には、ほとんど視力を失っていた。長年、生活の多くを妻の母に頼っていた。連れ合いを亡くしたと同時に、生活の助けを失うことになった。

私の母と妻の父は1学年違いだが、ほぼ同年代だ。いつかこういう日が来ることはわかっていた。だがこういう形で現実になるとは、思っていなかった。

同じような状況のご家庭は少なくないと思う。高齢の夫婦の一方が先に逝き、残された側が一気に支えを失う。そのとき家族が何をできるか、どこまで準備できているか——妻の母の急逝で、そういったことを改めて考えさせられた。


妻の父の底力

すごいと思っているのは、目が見えないにもかかわらず、妻の父が一人で生活できていることだ。

慣れた家なので、トイレの場所も、お風呂の場所も、各部屋のどこに何があるかを記憶している。壁を伝いながら移動し、目が見えないとは思えない生活をしている。

それでも心配な点はある。コップに注ぐ液体の量、ガスコンロの扱い、電子レンジの時間設定——目が見えないと上手く扱えないものは多い。安全面では今も気になる部分がある。

幸いなことは、妻の父の頭が鮮明で、会話も達者なことだ。判断力は保たれている。それがどれだけ助かっているかわからない。


妻が動いた

妻の母が亡くなり、介護が必要な状況が生まれた。

幸い、妻の父の子どもたちは近くに住んでいて、毎日通うことができる。ただ、学生の子どもを持つ親でもある。それなりの負担はあるだろうと思う。

妻は女きょうだいしかいない長女だ。誰も実家を継いでいない。妻には「自分が面倒を見なければ」という意識が強くある。私はそれを傍で見ていて、いいことだとも思うし、重すぎないかとも思う。


見守りカメラを玄関に設置した

妻の父は「一人で大丈夫」と言う。それでも家族は心配だった。

見守りカメラを玄関に取り付けることにした。家の中の行動を見るためではない。訪問者の確認が目的だ。誰が来たのか、不審者はいないか、勝手に入ってきていないか——目が見えない状態で一人でいると、そういう心配が出てくる。

カメラはリアルタイムで確認できるし、記録してあとから見直すこともできる。暗視機能・人感センサー・スピーカー搭載で、スマートフォンから音声を出すこともできる。

実際に役に立った場面があった。目が見えないことを知っている友人が妻の母への供えを持ってきて、玄関に置いていくことがあった。誰が来てくれたのかを確認するのに使えた。また、高齢者を狙った訪問販売が来ていることもわかり、注意を促すこともできた。

カメラはあえて目立つ場所に設置した。なるべく外しにくいよう高い位置に固定し、何かしようとすれば必ず映るような向きにした。抑止にもなると考えた。


二つの実家問題を抱えることになった

50代後半になって、自分の親だけでなく妻の親の問題も同時に動き始めるとは、若い頃は想像していなかった。

妻の父の実家も、後継がいない。妻の両親は二人暮らしで、子どもたちは誰も継いでいない。実家をどうするか、お墓をどうするか、仏壇は誰が引き継ぐのか。今はまだ妻の父が生活できているから先送りにしている部分もある。だが、その先のことはそう遠くない話だ。

私の母の問題に取り組んできて一つ学んだのは、「準備は早ければ早いほど選択肢が増える」ということだ。緊急性がないから後回しにする。後回しにするから準備ができない。そのサイクルを、妻の父の問題でも繰り返すつもりはない。

自分の母に週一回通い、買い物を手伝い、電話をかける。その一方で、妻の実家のことも、妻と一緒に少しずつ考えていく。どちらも「定時のあと」の時間でやっていくしかない。

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