私は一人っ子である。親のことで迷ったとき、相談する相手が家族の中にいない。
だから長いあいだ、きょうだいのいる人を羨ましいと思ってきた。手が足りないときに代わってもらえる。費用も分けられる。そう考えていた。
お盆に会った同級生から親の話を聞いて、その前提が違っていたことに気づいた。きょうだいが何人かいても、親のことは一人に寄っていた。
そのうえで自分の家を見直したら、羨ましがっていたものの正体が変わった。人手でも費用でもなかった。
年に二度だけ会う同級生と、親の話をするようになった
中学時代の同級生とは、お盆と正月に数時間だけ会う。年に二度、それだけである。
以前は昔話ばかりだった。ここ数年は、親の体のこと、実家のこと、仕事のことが自然に混ざるようになった。お盆や正月に同世代と話すと出てくる実家の話は前にも書いたが、そのときは自分の実家をどう見るかが中心だった。
今回は少し違った。聞いていたのは、相手の家の事情のほうである。
同じ関係をこれから新しく作るのは難しい。年に二度しか会わないのに続いていることの意味は、そこにあると思っている。
きょうだいが何人いても、親のことは一人に寄っていた

その同級生には、きょうだいが何人かいる。父親はすでに亡くなっていて、母親は一人では出歩きにくくなっているが、自宅で暮らしていると聞いた。
きょうだいのうち一人が母親と同居している。ただ、その人も勤めに出ている。日中は家に誰もいない時間がある。ほかのきょうだいにも、それぞれの生活の事情があると聞いた。
聞いていて思ったのは、人数がいても、実際に手を動かす人は一人に寄るということだった。同居している人に用事が集まる。ほかの人は、集まらない代わりに、細かい状況が見えにくくなる。
これは誰かが手を抜いているという話ではない。全員に仕事と生活があって、それぞれが自分の場所を持っている。親のことだけを優先できる人は、そもそもいない。
私はそれまで、きょうだいの人数を頭数として数えていた。3人いれば3分の1ずつ、くらいの感覚だった。実際にはそういう割れ方をしていなかった。
介護の役割分担表を作ってみたときも、人数で均等に割る形にはならなかった。一人っ子だからそうなったのだと思っていたが、人数がいても同じところに落ち着くことがあるのだと分かった。
「きょうだいがいれば」と思うとき、何を欲しがっているのか
話を聞いたあとで、自分の「羨ましい」を分けてみた。ひとまとまりで羨ましがっていたものが、四つに分かれた。
一つ目は、手である。実家へ行って様子を見る、買い物に付き合う、病院へ連れて行く。誰かがやらなければならない作業。
二つ目は、お金である。支援を増やせば費用は増える。それを分けられるかどうか。
三つ目は、判断を一緒に背負う人である。今の暮らしを続けさせるのか、支援を増やすのか、いつ決めるのか。決めたあとで結果がどう転んでも、一緒に引き受けてくれる相手がいるかどうか。
四つ目は、母の話を聞く人である。用事でも相談でもない、ただの話。誰かに言わないと気が済まないことを、受け止める相手。
並べてみると、自分が本当に欲しがっていたのは三つ目と四つ目だった。手とお金の話をしているつもりで、別のものを羨ましがっていた。
人手とお金は、家族の人数がなくても足せた

手のほうは、実際には家族以外で埋まっている。
母の昼食は配食にしてある。買い物は週に1回ヘルパーに頼んでいる。私は週に1回、実家へ寄るか買い物に連れて行く。片道で45分ほどかかるので、毎日は行けない。それでも日々の暮らしは回っている。
ただ、すぐにこうなったわけではない。母にヘルパーを頼むまでには5年かかった。母は人に何かを頼むのが得意ではなく、本人がまだできると言っているうちは、こちらから勧めるのは早いと私も考えていた。実際に来てもらうようになったのは、ごく最近のことである。
きょうだいがいれば、その5年が短くなっていたかというと、たぶんそうではない。勧める人が増えても、母がまだできると言っている間は同じだったと思う。
お金のほうも、分けられれば楽にはなる。けれど、分けられないから支援を入れられない、という場面には今のところ当たっていない。
分かっているのは、私が最初に数えていた二つが、家族の人数なしでも何とかなってきたということだ。時間はかかったが、外から足すことはできた。
判断を一緒に背負う人は、家族の外にも置ける
三つ目のほうも、家族でなければ務まらないわけではなかった。
母の暮らしをどう変えるかは、最後は私が決める。きついのは、決める場面そのものよりも、決めたあとに続く時間だった。決めるところまでは、調べて比べれば形になる。そのあとで、これでよかったのかと考え直したくなったとき、同じ材料を見て同じだけ迷った人が家の中にいない。
ケアマネジャーや地域包括支援センターの人は、判断そのものを代わってはくれない。それでも、選べる道を並べ、どれを選んだ人が多いかを教えてくれる。地域包括支援センターへ相談する前に整理しておくことをまとめたのは、そのためだった。一人で決める場面は消えないが、一人で考える場面は減らせる。
同級生と年に二度話すのも、この列に入るのだと思う。向こうの家の事情を聞いていると、自分の家で何がまだ決まっていないのかが浮かんでくる。決め方まで教わるわけではないが、決めていない場所の在りかは分かる。
四つ目だけが、どうにもならなかった
問題は四つ目である。
母には、家族以外のつながりがほとんどない。
実家の周りで母が頼りにしていたのは、みな年上の方だった。その人たちは、もう亡くなっている。親戚とのやりとりも細くなり、一昨年に年賀状をやめたところで、連絡を取る手段そのものがなくなった。父の姉からはいまも電話があるが、会ったのは父の葬儀が最後である。
今いちばん長く続いている家の外の人は、昼の配食を届けてくれる人だ。ただし話し込むわけではなく、受け取るときの挨拶くらいである。それでも何人かいる中で「あの人は親切だ」と言うから、母なりに見てはいるのだと思う。
母はもともと活発なほうではない。自分から外へ出て人に話しかけるタイプでもなかった。
それだけではない、と思うことがある。
私が垣根を切りに行くと、母は掃除を手伝いに出てくる。久しぶりに外に出たのが分かるのか、近所の同世代の人が声をかけてくれる。ところが母は、昔ほど話さない。
外で元気そうにしているのは体裁が悪い、というようなことを言う。
なぜかと聞いてみて、なんとなく分かった。地域の行事も、役員も、清掃も、母はもう参加していない。実際に参加できる体ではない。けれど参加していないことへの後ろめたさは残っていて、それが人前に出ることを重くしているらしい。
できなくなったから出なくなる。出なくなるから、声をかけてくれる人も減っていく。そういう順番なのだと思う。
つまり四つ目は、探せば家の外にいる、という話ではなかった。うちには、いない。
その分は、平日の私の電話に来る

家族以外に話す相手がいないと、その分はどこへ行くのか。
私のところに来る。
平日の勤務時間中でも、母から電話がかかってくることがある。何かあったのかと思って職場を抜けて出ると、たわいもない話か、急ぎではない心配ごとであることがほとんどだ。母は昔から、一度気になると口に出さないと気が済まない人である。
先日も、休みの朝に電話があった。カフェでモーニングを頼んだ直後だった。ハチがぶんぶん飛んでいる、という。
出てきた皿を急いで食べ、実家へ向かった。数日前に草を刈ったとき、大きめのスズメバチの巣を見つけて処理してあった。巣はそのままにしていたので、戻ってきた個体がいるのだろうと思った。行ってみると、2、3匹が巣のあたりを回っているだけだった。
母の目には、それが「ぶんぶん」に見えている。私が見れば2、3匹でも、一人でいる母にはそう見える。見えている数が違うのではなく、一人で見ているかどうかが違う。
家に戻ったのは午後1時を回っていた。移動と作業で3時間ちょっと、休みの午前がそのまま消えたことになる。
行かなければよかったとは思っていない。電話の向こうの話だけでは、2、3匹なのか、本当に危ないのかは分からないからだ。行ってみないと分からない以上、空振りは避けられない。
ただ、こうした電話は今回が初めてではないし、最後にもならないと思う。この形は、当分変わらない。
なお、ハチの巣を自分で処理するかどうかは、大きさと場所による。高いところや手の届きにくい場所なら、自治体の窓口や業者へ相談する方法もある。私は自分でやったが、これを人に勧めるつもりはない。
親のつながりの数が、子に来る量を決めていた
妻の両親を見ていると、この違いがはっきりする。
義父母は、地域の役をいろいろと引き受けてきた人たちだ。子どもたちの通学路に、夫婦で立っていた時期もある。義父にヘルパーのことを教わったときにも書いたが、外へ相談することを特別だと思っていない人である。
どちらが立派か、という話をするつもりはない。性格も、体の状態も、生きてきた場所も違う。
ただ、結果として子に来る量は違う。 親に家の外の接点がいくつあるかが、そのまま子が受け取る量を決めていた。家族の人数の問題ではなかった。
私がきょうだいを羨ましいと思っていたのは、手や費用を分けたかったからではない。母の話を聞く人が、私のほかにもいてほしかったのだと思う。
増やせないなら、空振りを織り込んでおく
では母の接点を増やせばいいのかというと、そう簡単でもない。
本人が望んでいないものを増やしても続かない。参加していないことへの後ろめたさがある以上、地域へ戻す形も現実的ではない。デイサービスのような場は将来の選択肢として残るが、今の母が行きたがるかというと、たぶん行かない。
だから私は、増やすことをいったん脇に置いた。
代わりにやっているのは、来る電話を減らそうとしないことである。急ぎかどうかを電話口で見分けようとすると、外れたときに行かない判断をしてしまう。それで本当に危ない日を外すほうが怖い。
そのうえで、空振りの時間を最初から予定に入れておく。実家へ行く日を決めるときに、余白を少し多めに取る。休みの予定を朝から詰めない。これだけで、空振りだったときの受け止め方が変わる。
一人っ子だから相談相手がいない、という話ではなかった。母に家の外のつながりが少ないから、その分が私に来ている。 きょうだいがいても、親の側の接点が同じように少なければ、たぶん同じことが起きる。
だから、次に数えるのは家族の人数ではない。母のところへ、家の外から誰が何人来ているか。それが今いくつあるのかを知っておくことにした。

