親の保険を見直したほうがいい。
頭ではそう分かっていても、母にその話を切り出すのは簡単ではなかった。怖かったというより、気が引けた、というほうが近い。保険はお金の話であり、これまでの暮らし方の話でもある。こちらの聞き方ひとつで、母を責めているように聞こえないか、と思うとなかなか言葉が出てこなかった。
母の入院と免許返納をきっかけに、私はようやく保険証書と向き合うことになった。そこで見えてきたのは、契約内容そのものよりも、親とお金の話をする難しさだった。そして同時に、これは母一人の話ではなく、家族全体の話でもあると気づくことになった。
保険の話は、お金の話より切り出しにくい
母は昔から、お金や財産の話をしたがらない人だった。
聞いても「大丈夫」と返ってくる。こちらがそれ以上踏み込むと、空気が少し固くなる。母に悪意があったわけではない。そういう話を家族の中でする習慣がなかったのだと思う。
私自身も、長いあいだ深く聞いてこなかった。
父が亡くなったあとも、母が暮らしていければそれでいいと思っていた。通帳の中身や保険の内容を細かく確認しようとはしなかった。母が管理しているものに、子の側から口を出すのはよくないという感覚もあった。
ただ、母が入院し、退院後の生活を考えなければならなくなると、避けていた話が避けられなくなった。
保険は、その中でも特に話しにくかった。
預金残高を確認するだけなら、現在の生活費を把握するためだと説明できる。通帳や印鑑の場所を聞くのも、手続き上必要だと言える。
だが保険は、母が過去に選んできたものだ。何十年も払い続けてきたものでもある。
「これは必要なのか」と聞くことが、母の判断を否定しているように聞こえないか。そこが気にかかっていた。
証書を開けたら、過剰な契約が並んでいた
入院をきっかけに、保険関係の封筒を確認することになった。
引き出しや棚から、いくつもの封筒が出てきた。証書、更新案内、満期のお知らせ、担当者の名刺。古いものと新しいものが一緒になっていて、どれが今も有効なのか、見ただけでは分からなかった。こうした整理のつかなさには、自分にも覚えがある。書類の扱いについては、母譲りなのだと改めて思った。
母に聞いても、細かい内容までは覚えていない。それは責められることではないと思う。若いころに加入した保険を、年を取ってから正確に説明できる人は多くない。契約時には理解していたつもりでも、年月が経てば家族構成も生活も変わる。
問題は、変わった生活に合わせて見直す機会がなかったことだ。
中でも気になったのが、火災保険だった。母屋と離れに、それぞれ別の契約があり、保障内容は今の暮らしから見ると過剰に思えた。建物の使い方が大きく変わったあとも、昔のままの形が続いていた。
定期的に更新の手続きはあったはずだ。にもかかわらず、火災保険については、内容を見直す提案を受けた記録も、母の記憶もなかった。
父がいたころの保障。
車を運転していたころの契約。
母屋で家族全員が暮らしていたころの前提。
そうしたものが、生活が変わったあとも残っていた。
保険証書を一枚ずつめくる作業は、書類整理というより、過去の暮らしをたどり直す作業に近かった。懐かしさよりも、当時の苦しさが先に立つ時間のほうが多かった。
担当者を呼んで、事情を聞いた
火災保険の担当者に、改めて面会をお願いした。
直接話してみると、契約の中身については先方もある程度把握していた。事情を伝え、これまで内容を見直す提案がなかった理由を尋ねた。返ってきた答えは、母が細かいところまでは把握しづらい状況であることを汲んだうえで、これまでの形をそのまま続けてもらってきた、というものだった。
私の側から率直に意見を伝えたあと、後日、担当者は上司の方とともに来てくれた。新しい提案を持参してくれて、これまでの説明や配慮が十分でなかったことについては、ある程度認めてくれた。
ここで誰かを責め立てたい話ではない。
会社としてのやり方も、担当者としての判断もあるだろう。法律的に問題のある話でもないと思う。ただ、こちらが内容を把握していなければ、その契約はそのまま続いていく。気づくか気づかないかが、そのまま結果につながる仕組みになっている。それが保険という商品の構造なのだと、改めて感じた。
払い続けてきた保険料そのものが戻ってくるわけではない。失った時間と費用は、取り返せない。それでも、今気づけたことには意味があると思っている。気づかなければ、来年もそのままだったはずだ。
母を責めないために、数字を一緒に見る
親のお金の話をするとき、気をつけていることがある。
それは、母を問い詰める形にしないことだ。
「なぜこんな保険に入ったのか」
「どうして見直してこなかったのか」
「いくら払っているか分かっているのか」
そう言いたくなる場面が、まったくなかったわけではない。だが、それを口にしても前には進まない。
母は母なりに、その時々で必要だと思って加入してきたのだと思う。担当者に勧められ、周囲も同じように入っていて、保険に入っていることが安心につながる時代感覚もあったのだろう。
今の目で見れば合っていなくても、当時の判断としては自然だったのかもしれない。
だから、責任を探すより、数字を一緒に見るようにした。
毎月いくら入ってくるのか。
毎月いくら出ていくのか。
保険料はその中でどれくらいの割合なのか。
通院や食費、光熱費を考えると、残りはいくらか。
数字にすると、感情だけでなく現実が見える。
ただし、数字を突きつけるのではなく、一緒に確認する。ここを間違えると、親子の会話ではなく、子が親を管理する話になってしまう。
私が母に伝えたかったのは、「あなたが間違っていた」ではない。
これからの暮らしを続けるために、今の形を一度見直したい。
それだけだった。
我が家は、保険に頼ってきた家だった
母の保険を見ていて気づいたのは、これは母一人の話ではない、ということだ。
我が家は、父が早くに亡くなった。残された母にとって、保険は暮らしを支える大きな柱の一つだった。だからこそ「入っていれば安心」という感覚が、家族全体に深く根づいていたのだと思う。
そして私自身も、いつの間にか多くの保険に入ってきた。
私の側にも、保険に頼りたくなる事情があった。
蓄えのないまま家庭を持ち、小さな子と妻、療養中の父と母がいた。家計を支える役を、自分以外に振れる相手は思い浮かばなかった。働けなくなったらどうなるか、という不安が常にあった。父が亡くなった時、ちょうど自分は社会人になっていた。もしそうでなかったらと振り返ると、当時の選び方を一方的に責める気にはなれない。
そのときどきで必要だと考えて加入してきた。担当者の説明にも納得したつもりだった。けれど、いま改めて中身を見直してみると、自分の言葉で必要性を説明しきれないものが残っている。
最近、少しずつ精査を始めた。
冷静に見ていくと、今の私が自信を持って「これは必要だ」と言えるのは、ずっと昔に入った終身保険くらいだ。その後に加入したものの多くは、加入時の流れで判断していた部分があったと感じている。
たとえば「入院一日あたりいくら受け取れるか」を物差しにしていた時期がある。仕組みをきちんと押さえないまま、目に見える数字で安心を測ろうとしていた、というほうが近い。国民健康保険でどこまで賄えて、何が不足するのか。そこを確かめないまま、上乗せだけを増やしていたところがあったと思う。
保険で「得をする」を狙う発想は、宝くじを当てようとする感覚に近いのかもしれない。最近、そう感じるようになった。
長年払い続けてきた以上、この歳から大きく動かすことには迷いもある。それでも、知らないまま続けるよりは、知ったうえで残すか整理するかを選びたい。
母にとって、保険は安心の元だったのだと思う。これからもその気持ちは大切にしたい。
ただ、我が家にとって保険が果たすべき役割は、一通り終わっている段階に来ている。そう整理できるようになるまでに、ずいぶん時間がかかった。
振り返ってみれば、我が家は保険に頼りすぎてきた家だったと思う。「入っていれば安心」という感覚に、家族みんなで深く寄りかかってきた、と言うほうが正直に近い。
この感覚を、子の代まで持ち越したくはない。自分の世代でいったん整理し直しておきたい、というのが、いま動いている一番の理由でもある。
もっと早くから関心を持って向き合っていれば、別の選び方もできたと思う。今からでも、保険のことも、それ以外のお金のことも、自分の言葉で説明できる範囲を広げていきたい。
まずは一覧にするだけでいい
保険の見直しというと、すぐに解約や乗り換えを考えがちだ。
だが、最初に必要なのは、そこまで大きな判断ではないと思っている。
まずは一覧にする。
保険会社名。
保険の種類。
証券番号。
担当者の連絡先。
毎月または毎年の保険料。
保障内容。
満期や更新の時期。
これだけでも、ずいぶん違う。
有効な証書と古い書類を分ける。担当者に現在の契約内容を確認する。母にも分かるように、紙一枚にまとめておく。
それだけで、もしものときに慌てる度合いは下がる。
親が元気なうちに全部決める必要はない。むしろ、全部を一度に決めようとすると、親も子も疲れてしまう。
今日は証書を一か所に集める。
次は担当者の連絡先を確認する。
その次に、保険料だけを見る。
そのくらいの進め方でいいのだと思う。
一覧のあとは、「本当に困るか」で線を引く
一覧にして並べてみると、次にやることが少しずつ見えてくる。
何がリスクなのか。そのリスクは、自分や母の暮らしの中でどれくらいの順位にあるのか。起きたときに必要になる金額はどれくらいか。そもそも発生する確率はどの程度か。一つずつ書き出し、冷静に並べて見比べていく。
判断の基準は「本当に困るか」だと、今は考えている。
困らないことに大きな保険料を払い続けていないか。逆に、めったに起きないが、起きたら立ち直れないことに薄い備えしかしていないか。当たれば得をする、という感覚で続けていないか。そういう問い直しを、一つひとつしていく作業になる。
整理ができていれば、専門家に相談するという選択も取りやすい。保険会社と紐づいていない、独立系のファイナンシャルプランナーに見てもらうのも一つの手段だと思う。
全部がそうだとは言わないが、いわゆる「無料の保険相談窓口」のような、保険商品の販売手数料で運営が成り立っているところは、個人的にはあまりおすすめしない。相談する側の収入源が販売手数料だと、提案が販売側の事情に寄りやすい構造になるからだ。一覧と「本当に困るか」を自分の手元に置いたうえで、相談相手を選びたい。
正直に書くと、私自身もまだ踏ん切りがついていない。長く払い続けてきたものを動かすのには、紙の上では割り切れない迷いも残る。それでも、判断を先延ばしにできる年齢でもないと感じている。早いうちに、自分の言葉で説明できる形に整え直したい。
母の保険も、私自身の保険も、まだ整理は途中だ。きれいに片づくにはもう少し時間がかかる。
ただ、話しにくいからといって放置しておくと、後で困るのは母であり、私でもある。
保険の話は、親を責めるためではなく、これからの暮らしを守るためにするものだ。自分自身の保険についても、同じ姿勢で向き合いたい。
そう自分に言い聞かせながら、今できるところから見直している。
定時のあとの時間を使って、少しずつ整理していく。


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