ある日、母から電話があった。
「こんな電話があったけど、どうする?」
詐欺まがいの電話だった。電話での勧誘には応じないよう、母には前から強く言ってあった。それでも母は、その電話にどう返すかを迷い、私に確かめてきた。
確かめてくれたことには、正直ほっとした。ただ同時に、その段階でも迷うのかと心配になった。それで、母に伝えていた言葉に一つ言い足すことにした。
断るようには、前から強く言ってあった
母は、人の話をまっすぐに受け取る人である。疑ってかかることに慣れていない。
だから私は、はっきり言ってきた。電話での勧誘と、訪問販売は、絶対に断ること。
母もそれは分かっている。分かっているから、私に電話をかけてきたのだと思う。確認の電話があったこと自体は、言ってきたことが届いていた証拠でもある。
それでも、迷ったという事実は残る。「断る」と決めていたはずの場面で、母は断るかどうかを迷っていた。
「断る」が届くのは、迷わない電話まで
「断る」は、相手が勧誘だと分かっている電話には使える。けれど今回、母が迷ったのは、その手前だった。これは断るべき電話なのかどうか、というところで止まっていた。
電話の相手が勧誘なのか、詐欺なのか、それとも本当に用のある相手なのか。見分けがついて初めて、断ると決められる。相手は見分けにくいように話してくる。疑うことに慣れていない母が、その場で見分けをつけられるとは限らない。
迷うのは、母が悪いのではない。「断る」という言葉では、迷った場面を覆いきれていなかった。
迷ったら返事をしない、息子に相談する
それで、改めてこう伝えた。
迷ったら、返事をしない。息子に相談する。
勧誘だと分かる電話は、これまでどおり断る。分からないときは、断るかどうかを決めなくていい。返事をせずに、私に聞けばいい。
この言い方なら、迷った場面でも母はその場で判断しなくて済む。迷ったという感覚そのものが、相談する合図になる。
調べてみると、警察庁も同じ方向のことを書いていた。警察庁の特殊詐欺対策ページ(番号表示・非通知拒否サービス)の冒頭に、こうある。「特殊詐欺の被害にあわないためには、『犯人と話さないこと』が一番効果的です」(2026年9月19日確認)。
見分けて断るより、話さない方がいい。私が母に言い足したことは、それを家の言葉にしただけだった。
家族に相談しにくいときの窓口もある。消費者庁の消費者ホットラインの案内は「困ったときは、一人で悩まずに、『消費者ホットライン』188にご相談ください」としている(2026年9月19日確認)。かけると、地方公共団体が設けている身近な消費生活センターなどの相談窓口を案内してもらえる。警察の相談窓口は #9110 である。どちらも、一人で決めないための番号として覚えておきたい。
留守番電話が使えない家では
詐欺電話の対策としてよく挙がるのは、留守番電話にしておくことである。警察庁の特殊詐欺対策ページにも「留守電や録音機で」と題した案内がある。相手が誰かを確かめてから、かけ直せばいい。
ただ、母は留守番電話を使えない。入れることも、聞くこともできない。この一つ目の対策は、我が家にはそのまま当てはまらない。
同じ警察庁のページには、機械の側でできる対策も並んでいる。電話に出る前に相手の番号が表示される番号表示と、番号を隠してかけてくる電話を受けない非通知拒否である。NTT東日本・NTT西日本では、70歳以上の人、または70歳以上の人と同居している契約者は、この二つの月額利用料と工事費が無料になるとされている。申し込みが必要で、対応する電話機などの条件もある(2026年9月19日確認)。
ただ、番号表示は、表示された番号を見て、出るかどうかを決める仕組みである。知らない番号には出ない、という判断が要る。
非通知拒否の方は、電話が鳴る前に止まる。こちらは母に判断を求めない。
電話機そのものに防犯の機能を持たせる方法もあった。警察庁の防犯機能付き電話の案内によれば、着信音が鳴る前に「この通話は防犯のために録音されます」といった警告を相手へ流す機種や、通話を自動で録音する機種がある。電話に出てしまっても、あとから内容を聞き直せる。自治体によっては補助金がある場合もあるという(2026年9月19日確認)。
警告は、母が受話器を取る前に相手へ届く。録音は、母が話してしまったあとでも残る。どちらも、母がその場で見分けることを前提にしていない。
言葉でも機械でも、母に判断を求めないものの方が、母には合っているのだと思う。
訪問販売は来なくなった

電話と違って、訪問販売や勧誘の来訪は、いつの間にか無くなった。
理由ははっきりしない。家のまわりは草が伸び放題で、裕福そうには見えないからだろうか。あるいは単に、田舎すぎて、ここまで来ても割に合わないのかもしれない。どちらにしても、来ないのはありがたい。
もう一つ、母にはかからない種類の詐欺がある。メールやメッセージで来るものだ。母は電話しか使わない。メールもメッセージアプリも使っていない。使う道具が少ないことの、数少ない利点だと思っている。
母のスマートフォンと通信の整理は、母の端末と契約をどう選び直したかに書いた。
電話が二つともつながらない日

母は、スマートフォンを持ってからしばらく経つ。それでも固定電話を置いたままにしている。いまだに固定電話にかけてくる人の方が多いらしい。
警察庁のページには「犯人はご自宅の固定電話を狙って電話をかけてきます」ともあった。母に用があってかけてくる電話と、詐欺の電話とが、同じ一本の線に来ることになる。
その固定電話にも、スマートフォンにも、母が出ない日がときどきある。
これまでは、郵便を取りに外へ出ていたか、洗濯物を干していたか、風呂かトイレに入っていたかのどれかで済んでいる。電話がつながらず、実家まで車を走らせたことが何度かあったのは、遠距離介護のリアルに書いたとおりだ。そのたびに母は家にいて、無事だった。
それでも、いつかそれ以外の事情で出られない日が来るような気がしている。
電話に出られるかどうかだけで無事を確かめている限り、この不安は消えない。電話以外の接点をどう持つかは、電話型・訪問型・センサー型の見守りで分かることの違いで考えた。電話で確かめる形と、人が訪ねる形とでは、分かることが違う。電話が二本とも鳴りっぱなしになった日に、次に何で確かめるかは、決めておいた方がいい。
電話は、入口であり、線でもある
詐欺の電話を止めたい。けれど、電話を止めることはできない。
母と私をつないでいるのは、ほとんど電話だけである。詐欺が入ってくる入口と、私が母の無事を確かめる線が、同じものになっている。入口を塞ごうとすれば、線も細くなる。
だから、電話そのものではなく、電話の前での母の判断を減らすことにした。迷ったら返事をしない。息子に相談する。
あの「どうする?」という電話は、約束をする前に、母が自分からかけてきたものだった。確かめてもらえるだけまし、と思ったのはそのためである。言い足した約束は、あの一回を、次からも当たり前にするためのものだ。迷ったときに私へかけてくる電話なら、何度かかってきてもかまわない。
緊急時にどこへ連絡するかは、母と一枚の紙にまとめた連絡先の順番として別に書いた。

