母のストマ用品は、今は自宅へ届く。そうなったのは、退院から一年ほど経ったころだった。
それまでは、用品を扱う薬局へ受け取りに行っていた。通院のついでに寄るか、平日に半日休んで行くか。そのどちらかしかなかった。
配達に切り替えて、毎月の半休が一つ消えた。ただ、用事がすべて外へ出ていったわけではない。残った用事が一つあって、それが今は母の外出になっている。
用品を受け取れる薬局は、平日しか開いていなかった

母が使う用品は、どこの薬局にも置いてあるものではない。
受け取りに行っていたのは、介護用品などを扱う、ふつうの薬局とは少し違う店だった。店頭に並んでいるのも、一般の薬局では見かけない物が多い。
困ったのは営業日である。週末は開いていない。 私が行けるのは平日だけになる。
家からは歩いて行ける距離ではない。免許を返した母が一人で通うのは難しかった。
だから私が行くしかなかった。通院の帰りに寄るか、別の日に半休を取るか。行く回数を少しでも減らそうと、受け取るときはまとめて受け取るようにしていた。通院の日は、ここに寄る分だけ病院を出る時間が遅くなる。通院一回にかかっていた時間の内訳は、通院の日の拘束時間を工程ごとに分けた記事に書いている。
ストマのある暮らしそのものが一年でどう変わったかは、ストマのある生活、一年経って変わったことにまとめた。この記事で書くのは、その用品を受け取る手間の方である。
届けてもらえると知ったのは、数回通ったあとだった
初めて行ってから数回通ったところで、店の人から案内された。配達もできる、という話だった。
こちらから聞いたわけではない。通う顔になってから、向こうが教えてくれた形である。
店に並んでいる物を見るかぎり、この用品を使いながら一人で暮らしている人が、この辺りに大勢いるとは思えない。配達を頼む人がそう多くないのなら、初回から案内する流れにならないのも分かる。
それでも、数回で教えてもらえたのは早いほうだったと思う。案内がなければ、私はそのまま受け取りに通い続けていた。
聞かなければ出てこない選択肢がある、ということは覚えておきたい。用品を使い始めたばかりのころは、そもそも何を聞けばいいのかが分からない。
配達は薬局、給付は役場。二つは別の手続きだった
ここは私も取り違えていたので、順番に書いておく。
用品そのものを受け取る仕組みと、それを家まで運ぶ仕組みは、別々にある。
用品のほうは、役場の給付を受けている。調べると、これは日常生活用具給付等事業という制度だった。
厚生労働省の日常生活用具給付等事業の概要によれば、実施するのは市町村である。市町村が行う地域生活支援事業の中で、必ず実施する事業の一つに位置づけられている。手続きは「市町村長に申請し、市町村による給付等の決定後、給付等を受ける」とされている(2026年9月19日確認)。
対象は、日常生活用具を必要とする障害者、障害児、難病患者等とされている。自分の家族が当てはまるかどうかは、この一行だけでは決められない。用品を使い始めたら、まず役場の担当窓口へ一度問い合わせてみるのが近道だと思う。
用具の種類の中に「排泄管理支援用具」があり、ストーマ装具はそこに含まれている。利用者の負担をどうするかは、市町村の判断に任されている。
同じページには、給付の対象になる用具の要件も載っている。その一つに、こう書かれていた。「障害者等の日常生活上の困難を改善し、自立を支援し、かつ、社会参加を促進すると認められるもの」(2026年9月19日確認)。
用品を渡すことそのものより、その人が暮らしを続け、外へ出られることの方に目的が置かれている。読んだときは、制度の説明の一文として通り過ぎた。後になって、この一文に戻ってくることになる。
一方、家まで運んでくれる配達は、この制度の中にあるものではない。薬局が自分のところのサービスとしてやっている。 私は長いあいだ、配達も制度の一部だと思い込んでいた。
そのため、配達を頼むときの手続きも、役場とは別に一つある。用品を届けに来た人へ次の配達を頼むと、薬局から配達の手続き用の書類が郵送されてくる。その書類に必要なことを書いて出す。
母の場合は、この書類を、毎月の給付の申請と一緒に役場で出している。窓口が同じ日で済むので、用事としては一つにまとまっている。ただし中身は、役場の給付と、薬局の配達という別々の話である。
この分かれ方は、住んでいる場所や店によって違うはずだ。配達をやっていない店もあるだろう。用品を使い始めた人がまず確かめるとすれば、役場の窓口と、受け取っている店の二か所になる。
送料はかかっても、半休を取るよりは軽い

配達には送料がかかる。受け取りに行っていたころにはなかった出費である。
それでも、直接受け取りに行くよりは費用を抑えられている。何より時間を割かなくていい。
この用品は、母の地域では一月分が上限になっている。つまり受け取りは毎月ある。切り替える前は、その毎月の一回を、通院のついでにするか半休を取るかで回していた。
平日の半日は、職場では一つの予定が丸ごと動かせなくなる時間でもある。それが毎月消えたことの方が、送料の額より大きかった。
切り替えてからは、運用にもすっかり慣れた。今は困っていることは特にない。
一月分という上限と、災害のときの備え
ただ一つ、引っかかっていることがある。
最近の災害の報道を見ていると、用品を多めに手元に置いておきたいと思う。道路や橋が通れなくなれば、届くはずの物も届かない。母の家へ私が行けなくなる可能性は、災害のとき母の安否をどう確かめるかで考えた。
ところが、受け取れるのは一月分までである。多めに持ちたい気持ちと、まとめて受け取れない仕組みが、ここでぶつかる。
この上限は地域ごとに決められている。母は、もっと長い期間の分をまとめて受け取れる自治体もあるらしい、と聞いてきた。ただ、どこがそうなのかまでは分からない。確かめられていない話なので、ここではそれ以上書かない。住んでいる市区町村の窓口で聞くのが確実だと思う。
その記事で私は、用品が自宅へ届くようになって、中身を見る機会も減ったと書いた。「今どれだけ手元にあるのかを、私は言えない」とも書いた。
書いたあと、何かを変えたかというと、正直に言って何も変えていない。母が外出のときに持つリュックには緊急用のセットが入っているはずだが、その中身も私は確かめていない。
上限は地域の制度として決まっているものである。私が動かせるものではない。多めに持ちたい気持ちがあることと、まとめて受け取れないことは、今のところ並んだまま残っている。
役場へ行く用事は、配達にしても残った

配達に切り替えても、役場の手続きはなくならなかった。
給付の申請は、月に一回ある。 以前はその一回を、私が半休を取って行っていた。役場の窓口が平日の日中しか開いていないのは、薬局と同じだった。
今は、母が自分で行っている。月に一回、決まって出かける用事になっている。
体調が落ち着いてからは、地域のバスで出かけるようになった。本数は少なく、家からバス停まで歩くのも母の足には近いとは言えない。ただ、降りる停留所が役場のすぐそばにある。免許を返したあとの暮らしをどう組み直したかは、親の免許返納の進め方に書いた。そのとき頼りにしたバスが、今は役場への足になっている。
出かけるときは、妻が用意したリュックを持っていく。退院後に日常の外出用として渡したもので、用品を入れて持ち歩けるようにしてある。
役場の帰りに、買い物をしたり、食事をしたりしているようだ。
配達で消えたのは、私が薬局へ行く半日だった。残った役場の用事は、私の手を離れて、母の用事になった。
今日、役場に行ってきた
最初のうちは気になって、母が役場へ行った日には、何をしてきたのかを聞いていた。
最近は、細かく聞かないようにしている。
電話をしたとき、母が「今日、役場に行ってきた」と言うことがある。その声が、どこか嬉しそうに聞こえる。
手続きのために出かけるのは、本来なら面倒な用事のはずである。それでも、そう聞こえる間は、母にとって苦痛ではないのだろうと受け止めている。
通院の付き添いが減っていった経緯は、親の通院付き添いはいつまで続くのかに書いた。あのときも、母が自分で出かける日を取り上げたくないと考えた。
制度の要件にあった「社会参加を促進する」という言葉を、私は読んだときには大げさだと思っていた。今は、バスに乗って役場へ行き、帰りにどこかへ寄ってくる母の一日が、その言葉のいちばん小さな形なのだろうと思っている。
用事を減らせば、そのぶん楽になるものだと考えていた。けれど、全部を外へ出さなくてよかった。私の半休を消したものと、母の外出として残ったものは、同じ一つの手続きから分かれていた。

