朝晩が冷えるようになると、実家の冬支度が始まる。
一年しまっていた暖房器具を出して、ちゃんと動くかを確かめる。毎年、決まりきったことの繰り返しである。
ただ、ここ数年は、確かめているものが変わってきた。器具が動くかどうかだけでなく、母がそれを今年も一人で扱えるかどうかを見ている。去年まで母の冬を支えていたものが、今年も同じように使えるとは限らない。
寒くなると、一年眠っていた暖房器具を出す
実家の冬支度といっても、やることは多くない。
一年眠っていた暖房器具を出してきて、電源を入れ、正常に動くかを確かめる。エアコンも暖房に切り替えて、温風が出てくるかを試してみる。夏のあいだ冷房で使っていても、暖房はまた別の動きになるからだ。
衣替えの時期でもあるので、冬の衣類で足りないものがないかを母に聞く。去年着ていた物がそのまま着られるのか、新しく要る物があるのか。
それでも毎年欠かさないのは、電化製品には寿命があるからである。古くなった器具から火が出たら、取り返しがつかない。
同じ時期に買ったカーボンヒーターが、我が家では付け根から折れていた

母の家にあるカーボンヒーターと同じ型のものが、実は我が家にもある。同じ時期に買ったものだ。
その我が家のほうは、樹脂が劣化して、土台と本体の付け根が折れてしまった。
使い方の違いはあるだろう。置いている場所も、使う時間も違う。それでも、同じ年月を過ごした同じ型の器具である。母のところにあるものも、そろそろ替え時なのかもしれないと考えるようになった。
製品の事故を調べている独立行政法人NITEは、暖房器具を使い始める前の点検として、いくつかの項目を挙げている。電源コードの根元に破れや亀裂、硬くなったところがないか。本体に変色や変形がないか。倒れたときに電源が切れる仕組みが働くか。リコールの対象になっていないか。
電源を入れて暖かくなるかどうかだけでは、こうした傷みは分からない。
ヒーターでいちばん怖いのは、折れたあとの扱いだ。折れた部分をテープでつないで、そのまま使ってしまう。ヒーターは高温になるので、テープは溶けてしまう。溶けるだけならまだしも、燃えるおそれもある。
母には、傷んだ物を自分で何とかしようとするところがある。剥がれた扉を、脚立を出して自分で貼り直そうとしていたこともあった。ヒーターが折れたときに、同じことが起きないとは言い切れない。
確かめているのは、器具だけではない

器具の点検とは別に、もう一つ気にかけていることがある。母が、その器具を一人で扱えるかどうかだ。
母は、電気の器具に疎い。カーボンヒーターは上面に、ワット数を切り替えるダイヤルが付いている。母はこれを、なかなか覚えられなかった。
エアコンのリモコンは、冷房と暖房の切り替え、電源の入り切り、温度の調整まではできている。それ以外の機能は使えない。もっとも、実家のエアコンは古い型で、もともと機能が少ない。だから迷うところも少なくて済んでいる。
気になるのは、器具が止まったときだ。たとえばリモコンが効かなくなったとき、電池が切れたのか、リモコンが壊れたのか。今の母には、その見分けも難しいかもしれない。
昔は当たり前に判断できていたことが、今も同じように判断できるとは限らない。器具は動いても、母のほうが扱えなくなっていることはある。冬支度で器具を出すのは、その変化に気づける機会でもある。
エアコンは贅沢なもの、という感覚があった

実家の暖房は、何年か前に石油ファンヒーターをやめて、カーボンヒーターとエアコンに替えた。灯油を買いに行けなくなったことと、一人暮らしで火を扱う不安があったからだ。そのとき母は、エアコンの暖房はもったいないと言った。暖房を替えたときのことは、遠距離介護の記事に残している。
母がそう言ったのも、分からなくはない。裕福ではなかった我が家には、私が大きくなるまでエアコンがなかった。
高校のころ、ようやく母屋の各部屋に付けることになった。祖母の部屋、両親の部屋、私の部屋の三か所だ。大工だった父と二人で、壁にホルソーで配管用の穴をあけ、本体を壁に取り付けた。自分たちでできることは自分たちでやり、電気の工事が要るところだけを、父の職人仲間の電気屋さんに頼んだ。本体も、その人を通して買った。当時の家計には、大きな出費だったと思う。
冬は、長いあいだストーブで過ごしていた。あるとき父がテレビのコマーシャルで石油ファンヒーターを見て、欲しくなって買ってきた。その暖かさを知ってからは、なくてはならないものになった。灯油を買いに行き、空になれば入れる。それが我が家の冬の当たり前だった。
そういう暮らしの中で、エアコンは贅沢なものだという感覚が、家族に根づいていたのだと思う。
ただ、今の母には、もうその感覚はないようだ。エアコンなら、灯油を買いに行く必要も、空になる心配もない。暖かさではファンヒーターに劣るかもしれないが、便利さでは上だと思う。電気代の支払いを母が目にしていないことも、抵抗がなくなった理由の一つかもしれない。
母は、都合の悪いことに、だんだん目を向けなくなってきたように感じる。それは、老いに対する母なりの身の守り方なのかもしれない。私はそう受け取るようにしている。
新しいものに替えれば済む、とは限らない
器具が古くなったなら、新しいものに替えればいい。理屈ではそうなる。
ただ、母の場合は、新しければいいというわけでもない。何十年も前の器具から最新のものに替えると、機能が一気に増える。便利なはずの機能も、母には迷いの種にしかならない。替えるとしても、母が使えるかどうかが大事な条件になる。
一昨年の冬、母が電気のアンカを買ってほしいと言った。そのときは、ホームセンターへ一緒に行って選んだ。一緒に行った理由は、言うまでもない。母が自分で使えるかを、その場で確かめるためだ。売り場で実物を見て、母が扱えそうなものを選んだ。
カーボンヒーターには、すぐに暖かくなるという良さがある。部屋全体ではなく、座っている場所だけを温めたいときにも便利だ。一方で、熱を出す部分の近くに物があれば、焦げたり燃えたりする。NITEの資料でも、電気ストーブの事故で目立つのは、上着や布団などが触れてしまう事例だった。安全の面では、壁の高い所から温風を出すエアコンのほうが心配は少ない。
そのエアコンも古く、替えるかどうかは別に考えているところだ。今のエアコンで母が迷わずに済んでいるのは、古くて機能が少ないからでもある。替えることになれば、性能や電気代と同じくらい、リモコンの分かりやすさを見る必要がある。
「普通」と「大丈夫」の基準を、下げていく
冬支度のたびに思うのは、母にとっての「普通」と「大丈夫」の基準を、下げていく必要があるのではないか、ということだ。
去年は普通にできたことが、今年もできるとは限らない。これまでなら大丈夫と言えた使い方が、今の母には危ないかもしれない。そう考えて、判断の線を安全なほうへ寄せていく。
そう思うようになったのは、母のやけどがあったからだ。冬のある日、母はカーディガンを羽織ったままコンロで調理していて、袖に火が燃え移った。やけどと、支援を増やすきっかけになったことは別の記事に書いた。
母にとって、コンロで料理をするのは、何十年も続けてきた普通のことだった。その普通の中で、事故は起きた。長く続けてきたから大丈夫、という基準は、年齢とともに当てにならなくなっていく。あのやけどが、そのことを物語っていると思う。
基準を下げるといっても、母にできないことを増やすためではない。一人暮らしの限界をいつ考えるかを考えたときも、まだ大丈夫ともう難しいの間には、長い時間があると感じた。その時間を安全に過ごすために、線の位置を動かしていく。
去年の「大丈夫」を、今年の「大丈夫」にしない
今年も、冬支度でやることの大半は変わらない。器具を出して、動かして、衣類のことを聞く。
変わったのは、見るところだ。器具が動くかどうかと同じくらい、母がそれを扱えるかを見ている。カーボンヒーターは、そろそろ替え時かもしれない。替えるなら、アンカのときと同じように、母と一緒に選ぶことになると思う。
毎年同じ冬支度でも、見るところは年ごとに変わっていく。去年の「大丈夫」を、今年もそのまま「大丈夫」とは呼ばないこと。それが、今年の冬支度でいちばん気をつけたいことだ。

