親の通院に付き添うために、会社を休む。
言葉にすると、それだけのことに見える。
だが実際にやってみると、診察の時間だけを空ければ済む話ではなかった。車で迎えに行き、病院で待ち、医師の説明を聞き、会計を済ませ、薬局に寄り、実家へ送り届ける。そこまでを一つの予定として見る必要があった。
私は母の術後の通院に付き添う中で、仕事の休み方そのものを考えるようになった。
今回は、親の通院付き添いで仕事を休むときに、私が考えたことを整理しておきたい。
通院付き添いは、半日では収まらないことがある

母の通院は、たいてい午前中に入っていた。
ただ、いつも午前とは限らない。術後の経過観察では、通常の外来診察が終わった午後に呼ばれる日もあった。検査の順番や担当医の都合で、時間が午後にずれることもある。
最初のころ、私は半休で何とかならないかと考えていた。
朝、実家へ迎えに行く。病院まで車で向かう。診察を受ける。終わったら実家へ送り届ける。そこから会社に向かう。
頭の中では、午後から出社できるような気がしていた。
しかし、実際にはそう簡単ではなかった。
病院の予約時間は、あくまで目安だ。診察が遅れることもある。検査が追加されることもある。医師の説明を一緒に聞けば、母が理解できたこと、聞き逃したことを帰りにもう一度確認する時間も必要になる。
会計にも待ち時間がある。薬が出れば薬局にも寄る。ストマ用品の確認が必要な時期は、別の薬局へ回ることもあった。
そうして実家へ送り届けると、もう昼を過ぎている。
母を降ろしてすぐ帰れるわけでもない。体調を見て、必要なものや次回の予定を確認する。頼まれていた買い物があれば寄る。
そこから会社へ向かっても、着くのは午後のかなり遅い時間になる。
仕事の予定としては、半日で組みたくなる。だが、通院付き添いは、移動、待ち時間、説明、薬、帰宅後の確認まで含めて一つの予定だった。
私の場合、時間を次の三つに分けて考えると、半休で足りるかを判断しやすかった。
| 区切り | 見落としやすい時間 | 先に決めること |
|---|---|---|
| 病院へ行く前 | 実家への迎え、道路状況、駐車 | 余裕を持った出発時間 |
| 病院にいる間 | 受付、検査、待ち時間、診察、会計 | 終了時刻を決めつけない |
| 病院を出たあと | 薬局、送迎、次回予定の確認 | 午後の仕事を原則入れない |
ここを小さく見積もると、自分も職場も苦しくなる。
休むことへの抵抗は、思ったより大きかった
母の通院付き添いが始まったころ、私は転職して間もない時期だった。
入社して日が浅く、有給休暇はまだほとんどなかった。だから休むとなれば、欠勤にするしかない。長い会社員生活の中で、欠勤というものにほとんど縁がなかった私には、それだけで小さくない抵抗があった。
母は免許を返納している。地域には本数の少ないローカルバスがあるが、当時の母の体力や病院までの移動を考えると、一人で通院する現実的な手段にはなりにくかった。
付き添いが必要だと分かっていても、会社へ連絡するときは身構えた。新しい職場では、自分の仕事ぶりをまだ十分に見てもらえていない。入社して間もないのに休む人と思われるかもしれないと考え、説明の言葉を探した。
事情は「親の通院に付き添うため」で足りるはずだ。それでも、仕事に穴をあけることへの引っかかりは残った。
今なら、もう少し淡々と考えられる。
親の老いは、仕事の都合に合わせて進んでくれるわけではない。通院、手続き、急な体調不良は、平日の日中に起きる。会社員として働いている以上、どこかで仕事の時間とぶつかる。
休むことに慣れすぎる必要はない。
ただ、休まなければならない場面があることは、早めに自分の中で認めておいた方がいいと思う。
会社には、早めに「予定」として伝える
通院付き添いで仕事を休むとき、私が大事だと思うようになったのは、予定として扱うことだ。
親の用事だから仕方なく休む。
急に発生した家庭の事情として処理する。
そういう形が続くと、職場にも自分にも負担が残る。
定期通院で日程が分かっているなら、できるだけ早めに職場へ伝える。診察時間だけでなく、移動を含めて一日休む可能性があるなら、その前提で共有する。
私の場合、最初のころは「午前中で終われば午後から出ます」と言いたくなった。
少しでも仕事に戻る姿勢を見せたかったのだと思う。
だが、実際には戻れないことが多かった。戻れるか分からない予定を、戻れるかもしれない形で伝えると、周囲も予定を組みにくい。
それなら最初から、一日休む可能性が高いと伝えた方がよかった。
午前中は病院。
午後は実家へ送り届け、薬や手続きを確認する。
緊急でなければ、その日は仕事を入れない。
そう割り切った方が、結果的に職場にも迷惑をかけにくい。
通院付き添いは私用ではあるが、家族の生活を支えるための予定だ。後ろめたさから小さく説明せず、必要な範囲をきちんと伝えた方が、仕事の段取りもしやすくなる。
休めないと感じたときは、順番を決めて相談する
職場の予定が詰まっていると、休めないと思うことがある。
そんなとき、最初から「仕事か親か」を自分一人で決めない方がいい。
まず、通院日と終日不在になる可能性を上司や担当者へ伝える。次に、一日休暇、半日休暇、時間単位の休暇、在宅勤務など、会社で使える方法があるかを確認する。そのうえで、前倒しする仕事と、誰かに引き継ぐ仕事を分ける。
会社の制度や仕事内容によって、選べる方法は違う。それでも、事情を伝える前から無理だと決めてしまうより、相談する順番を作っておく方が動きやすい。
どうしても仕事を動かせない日なら、病院へ予約日時を変更できるか確認する。家族や移動支援を頼めるか考える。毎回同じ方法で乗り切ろうとしないことも、仕事を続けるためには必要だと思う。
職場への伝え方は、短く具体的でよかった
職場へは、親の病状を細かく説明するより、休む日、戻れる見込み、仕事の引き継ぎを伝える方が分かりやすい。
例えば、私は次のような形を基本に考えている。
○月○日は、親の通院付き添いのため休暇を取りたいと考えています。移動と待ち時間が読めないため、終日不在の予定です。担当中の○○は前日までに整理し、急ぎの連絡先は△△さんに共有します。
実際の伝え方は、職場の規程や関係に合わせればいい。大事なのは、戻れるか分からないのに「午後から出られるかもしれません」と曖昧にせず、現時点の見込みを共有することだった。
休む前に、仕事を小さく分けておく

通院付き添いの日は、思ったより疲れる。
病院で待っているだけでも、気が張る。医師の説明を聞き、母の様子を見て、帰りに必要な用事を済ませる。家に戻るころには、仕事をする頭に切り替わりにくい。
だから、休む前に仕事を小さく分けておくことが大事だと感じた。
その日に自分がいないと止まる仕事は何か。
前日までに済ませられることは何か。
誰かに一時的に見てもらう必要があるものは何か。
連絡だけしておけば進むものは何か。
私は管理する立場でもあるため、自分が休むことを、単に不在にするのではなく、仕事の棚卸しとして見るようになった。
親の通院は、予定が読める介護の一つだと思う。
急な転倒や入院と違い、定期通院は日程が事前に分かる。だからこそ、その日に向けて仕事を少し前倒しできる。
もちろん、すべてが思い通りにはいかない。
急ぎの案件が重なることもある。会議を動かせないこともある。周囲に説明しにくい仕事もある。
それでも、前日になって慌てるよりは、数日前から「この日は不在」として仕事を分けた方がいい。
通院付き添いは、親の予定であり、自分の予定でもある。
職場の予定表にも、自分の頭の中にも、最初からそう入れておく必要がある。
介護休暇や会社の制度も、一度は確認しておく
親の通院付き添いをしていると、有給休暇だけで考えてしまいがちだ。私も最初は、休むなら有給、なければ欠勤という理解だった。
ただし、親の通院なら必ず介護休暇を使えるわけではない。厚生労働省の介護休暇の案内では、対象家族が「2週間以上にわたり常時介護を必要とする状態」にあることが条件とされている。その条件を満たせば、通院の付き添いにも利用でき、年次有給休暇とは別に、対象家族が一人なら年5日、二人以上なら年10日まで、1日または時間単位で取得できる。休暇中が有給か無給かは会社の規定による。
自分のケースが対象になるか、時間単位で取れるか、社内の申請方法は何か。まず就業規則や人事担当へ確認したい。介護休暇と介護休業の違いや、会社へ確認する順番は、別の記事に整理した。
また、厚生労働省の法改正の案内によると、2025年4月1日から、介護に直面したと申し出た労働者への制度の個別周知と意向確認、利用しやすい雇用環境の整備が事業主の義務になった。テレワークを選べるようにする措置は、事業主の努力義務とされている。
制度の条件は変わることがある。記事だけで判断せず、会社の最新規程と厚生労働省の情報を確かめる必要がある。それでも、相談できる制度があると知っているだけで、休むことを自分だけの問題として抱え込まずに済む。
親の説明を一緒に聞く意味

通院付き添いで仕事を休む意味は、車を出すことだけではない。
私は、医師の説明を一緒に聞くことにも大きな意味があると感じている。
母は診察室で説明を聞いている。その場ではうなずいている。だが、帰りの車の中で確認すると、細かなところは抜けていることがある。
薬の飲み方。
次回の予約。
検査結果の意味。
ストマ用品の扱い。
気をつける症状。
本人が理解しているつもりでも、家に戻ると分からなくなることがある。「大丈夫」という返事をどこまで受け取るかは、通院の場面でも同じだ。高齢だからというだけではない。病院の説明は、元気な人が聞いても一度で整理しきれないことがある。
隣で一緒に聞き、必要なことをメモする。
帰りにもう一度確認する。
分からなければ、次回聞くこととして残す。
それだけでも、通院付き添いの意味はある。
母にとっても、一人で説明を受けるより安心するように見えた。私にとっても、母の状態を医師の言葉で確認できることは大きかった。
通院前には、次の四つを一枚のメモにまとめておくと慌てにくい。
- 診察券など、病院から指定された持ち物
- 前回から変わったことと、医師に聞きたいこと
- 次回の予約、検査、薬やストマ用品について確認すること
- 誰が説明をメモし、家族へどう共有するか
仕事を休んでまで行く必要があるのか。
そう考えたことはある。
だが、通院は単なる送迎ではなかった。母の状態を、家族が同じ場で確認する機会でもあった。
毎回付き添えない前提も作っておく
とはいえ、すべての通院に家族が付き添えるとは限らない。
仕事がある。出張もある。自分の体調が悪い日もある。急な会議や締切が重なることもある。
親の通院を大事にすることと、毎回必ず自分が行くことは、同じではない。
ここを分けておかないと、支える側が行き詰まる。
私の場合、最初のころは、自分が行くしかないと思っていた。実家は交通手段が乏しく、母の体力も戻っていなかったため、それが一番現実的だった。
ただ、今後もずっと同じ形で続けられるとは限らない。
タクシーを使う日を作れるか。
病院の予約時間を調整できるか。
薬をまとめて受け取れるか。
本人が望むなら、家族以外に頼める範囲があるか。
ヘルパーや配食、見守りサービスで何が分かり、何が分からないかを整理して、通院以外の用事を減らせるか。
そういう選択肢を少しずつ考えておく必要がある。どの時点で支援を増やすかは、通院の負担が重くなる前に一度整理しておきたい。
毎回付き添えない自分を責めるのではなく、付き添えない日にも困らない仕組みを考える。
その方が、長く支えられる。
親の通院は、一度きりのイベントではない。術後の経過観察、薬の確認、体調変化への対応として、何度も続く。
だから、最初から持久戦として見ておく必要がある。
仕事と親の通院は、どちらか一方ではない
親の通院付き添いで会社を休むとき、私は何度も、仕事と親の間で板挟みになった。
仕事を休めば、職場に迷惑をかける。
通院に行かなければ、母が困る。
そう考えると、どちらを選んでも少し引っかかりが残る。
だが、今は少し考え方が変わった。
仕事も、親の通院も、どちらも自分の生活の一部だ。
会社員として働くことも、親の老いに向き合うことも、切り離せない。50代後半になると、仕事だけで生活が回っているわけではなくなる。親のこと、実家のこと、自分の老後のことが、同じ予定表の中に入ってくる。
だから、どちらかを完全に優先するというより、両方を崩さないために段取りを作るしかない。
通院日は、最初から一日予定として見る。
会社には早めに伝える。
仕事を小さく分ける。
制度を確認する。
医師の説明を一緒に聞く。
毎回付き添えない前提も考える。
私もまだ、うまく整えられているわけではない。母の通院予定が入るたびに、仕事の予定表を見て、どう動くかを考えている。
それでも、最初のころよりは、少しだけ落ち着いて向き合えるようになった。
親の通院に付き添うことは、親のためだけではない。将来の自分が、同じように誰かの助けを借りる日を想像する時間でもある。
慌てず、抱え込みすぎず、仕事も親の暮らしも続けられる形を探していきたい。
定時のあとの時間を使って、少しずつ通院付き添いの段取りを整えていく。

