出張が入ると、実家へ行けない週ができる。
一人暮らしの母のことは、出張の予定と切り離せない。行けない期間に母が困らないよう、出発前にいくつかのことを伝えて出るようにしている。
何を伝えるかは、出張の種類で変わる。前もって分かっている出張か、急に決まった出張か。国内か、海外か。とくに海外の出張では、時差のせいで電話すら自由にかけられない。母との連絡が電話しかない私にとって、それは小さくない問題だった。
この記事では、出張で実家に行けない週の前に、私が母へ何を伝えているかを、出張の種類ごとに整理しておく。
分かっている出張は、「来週は来られない」から伝える
出張が前もって分かっているときは、まず母に「来週は来られない」と伝える。
当たり前のことのようだが、これを言っておかないと、母は私が来る前提で一週間を過ごす。いつもの曜日に私が来なければ、何かあったのかと心配するかもしれない。来られないと先に分かっていれば、母のほうも、その週の段取りを変えられる。
そのうえで、行ける最後の日に、いつもより多めに買い物をしておく。食べる物や日用品が、私の戻るまでもつようにするためだ。
出張の日程が分かっている場合、準備はこの二つでほとんど済む。伝えることと、買っておくこと。難しいことは何もない。
出張に出ることは、妻にも伝えておく。私がどこにいて、いつ戻るのかを、家族の中で私以外にも知っている人がいるようにするためだ。
急な出張は、ヘルパーさんに頼むように言う
困るのは、出張が急に決まったときだ。
多めに買っておく時間がない。そういうときは、母に「ヘルパーさんに頼むように」と伝えている。週に一度来てもらっているヘルパーさんに、必要な物を買ってきてもらうように、ということだ。
以前は、私が行けなければ、母の買い物は止まるしかなかった。最近はヘルパーさんの協力も得られるので、急な出張でも、気をつかう範囲はずいぶん減った。
買い物をヘルパーさんに頼むようになってから、私が実家へ行くのは、荷物を運ぶためだけではなくなった。出張のときに効いてくるのも、この変化である。私が行けない日を、私以外の人が埋めてくれる。
海外の出張は、延びても困らない量にする

海外への出張では、もう一段、多めに用意する。
いつもの「多め」では足りない。帰国の予定が延びることもあり得るからだ。飛行機の都合や仕事の事情で、予定どおりに戻れないことは、海外では珍しくない。最悪、何日か延びても困らないだけの量を、出発前にそろえておく。
国内の出張なら、何かあれば予定を切り上げて戻ることも考えられる。海外では、それが簡単にはいかない。戻れない前提で準備しておくほうが、出張中に気をもまずに済む。
もっとも、海外の出張は、以前より減った。前は2か月に1度ほどあったが、最近は半年に1度くらいで済んでいる。若いころは手を挙げてでも行きたかった。今は、飛行機に長く乗るのがつらいと思うようになり、なるべく後輩に任せている。
長時間の移動そのものが体にこたえる年齢になってきたことは、五十肩と腰と、出張の飛行機に書いた。海外出張は、私の体にも、母の暮らしにも、準備の量を求める。
時差のある国では、電話できないことも伝えておく

海外で時差の大きい地域へ行くときは、もう一つ伝えることがある。電話ができない、ということだ。
母は時差のことがよく分かっていない。以前、出張先の深夜に、母から電話がかかってきたことがあった。夜中の着信に、何かあったのかと思って飛び起きて出た。用件を聞くと、いつもの世間話だった。
母に悪気はない。日本の昼間に、いつもどおり電話をかけただけである。ただ、こちらは深夜で、着信を見た瞬間に最悪のことを考えた。
それ以来、時差の大きい国へ行くときは、出発前に「向こうは夜中になるから、電話はできない」と伝えておくようにしている。急ぎでなければかけてこないように、という意味も込めている。
こういうとき、メールが使えたらどれだけ便利だろうと思う。文字なら、相手の時刻を気にせずに送れる。こちらも、起きたときに読めばいい。けれど、母の連絡手段は電話だけである。メールもLINEも使えないことは前にも書いた。電話しかない以上、かけてよい時間と、かけられない時間を、先に言葉で決めておくしかない。
「書類が届いた」という電話が、いちばん困る
出張中でなくても困るのが、書類の電話である。
役所や保険の書類が届くと、母から電話がかかってくる。どう書けばいいのか分からない、という電話だ。
電話で聞いても、どの書類の、どの欄の話なのかが、なかなか分からない。写真を送ってもらえれば、すぐに解決することも多いはずだ。けれど、母は携帯で写真を撮って送ることができない。結局、実家へ行って、書類を見るしかない。
普段なら、次に実家へ行く日に見ればいい。出張中は、それができない。書類の電話は、私が実家へ行ける日にしか片づかない用事である。
ここは、出張前の準備でも埋まらない。いつ、どんな書類が届くかは、前もって知りようがないからだ。
電話がつながらない日のために、頼める人ができた

出張中に母へ電話をかけて、出ないことはある。
今のところは、何度かかけ直すうちにつながっている。大きな問題になったことはない。けれど、いつか本当につながらない日が来ることは、覚悟している。近くにいれば車を走らせればいいが、出張中はそれができない。
その話を、お盆と正月に会う地元の同級生にしたことがある。年に二度だけ会う同級生とは、ここ数年、親の話をするようになっていた。
話を聞いた同級生は、何かあったら連絡をくれれば、自分が見に行くと言ってくれた。自分は酒も飲まないから、いつでも大丈夫だ、とも。
その言葉は、本当にありがたかった。実家の近くに住み、母の家の場所も分かっていて、夜でも車を出せる人がいる。それだけで、出張中に電話がつながらないときの心配の重さが変わる。
家族や支援の窓口だけでは、夜中や休日の「ちょっと見てきてほしい」には手が届きにくい。地元のつながりが、そこを埋めてくれることがある。
出張中に、母の様子を知る手段は電話しかない
出張の前に準備できるのは、物と、連絡の約束までである。
出張中、母の様子を知る手段は電話しかない。時差のある国では、その電話も限られる。食べ物はそろえてある。急ぎの買い物はヘルパーさんに頼める。それでも、母がその日どう過ごしているかは、こちらからは見えない。
最近の母は、用がなくても、日中は横になっている時間が多いようだ。何かをするのが億劫だと言う。体力が落ちているのは間違いないと思う。家にいることの多い母の様子を、電話だけで確かめ続けられるのか。出張のたびに、そこが気になる。
家族が電話できない時間を埋める手段には、どんなものがあるのか。一人暮らしの親の見守りサービスを比べた記事では、電話・訪問・配食・センサー・カメラ・緊急通報で、それぞれ何が分かり、何が分からないかを整理した。家族が出られない時間帯を、どの手段なら埋められるか。出張の多い人ほど、一度並べてみる価値はあると思う。
もう一つ、出張のように家族が動けない事情は、ケアマネジャーにも伝えておける。ケアマネジャーに伝えるべきことでは、家族の仕事や出張も相談の材料になると書いた。
振り返ると、出張前の準備は、だんだん軽くなってきた。ヘルパーさんがいて、買い置きがあり、伝え方も決まってきた。残っているのは、電話しかない連絡と、私が行かないと片づかない書類である。出張前に母へ伝えることの中身は、その二つが変わらないかぎり、これからも大きくは変わらないと思う。

