母が実家の離れに一人で暮らしている。公共交通機関がほぼない地域で、近くに家族は誰もいない。私は車で1時間ほどの距離に住んでおり、週に一度の訪問と電話で母の暮らしを支えている。「遠距離介護」と聞くと、新幹線が必要な距離を想像する人もいるかもしれない。私の場合はそこまでの距離ではない。でも近くもない。そのあいまいな距離が、かえってやっかいだと感じることがある。
「週に一度」の実態
実家までの距離は、条件によって変わる。会社から定時後に向かえば1時間ちょっとかかる。自宅から平日の日中に出ればほぼ1時間。夜と休日で道が混んでいなければ45分ほど。休日でも運が悪いと1時間を超えることがある。
通えない距離ではない。ただ、往復に加えて買い物や用事を済ませることを考えると、最低でも4時間はかかる計算だ。これを週に一度こなすことが、今の私のペースになっている。出張や体調不良で行けないときは除いて、できるだけ週1回は顔を見に行くようにしている。
週に一度が多いのか少ないのか、正直なところわからない。私にとっては、それでもすでに負担だ。一方で、週に一度の訪問で親の面倒が足りると思っているなら、甘いのではないかという気もしている。
親の状態や住環境、介護する側の家族構成や仕事の事情、近くに頼れる兄弟や親戚がいるかどうか、金銭的な余裕があるかどうか。そういった条件は人によってまったく違う。だから一概には言えない。
ただ、そのあいだの6日間は、直接確認する手段がほとんどない。
連絡手段が音声通話しかない
母はメールもLINEも使えない。スマートフォンに切り替えてから、子どもが何度も教えようとした。写真を送れれば、文字でやり取りできれば、わざわざ来なくて済む場面も多いはずだった。だが、母は「無理、無理」と拒否反応を示し、結局できないまま今に至っている。
留守番電話も使えない。メッセージを入れることも、聞くことも難しく、この機能は最初から期待するのをやめた。
連絡の手段は、音声通話のみだ。
それさえも安定していない。病院に行くことが多く、診察のためにマナーモードにしたまま戻し忘れることがある。こちらからかけても着信に気づかず、つながらない。そういうときはまず固定電話にかけ直す。固定電話も出ないことがある。家にいないのか、倒れているのか、電話口では判断できない。慌てて車を走らせたことが、これまでに何度かあった。
着いてみれば、母は部屋にいて、ぼんやりテレビを見ていたりする。「電話したのに出なかった」と言うと、「気づかなかった」と返ってくる。今のところ大事には至っていない。母は「来てくれた」と喜ぶ。こちらとしては安堵する反面、その都度往復2時間以上使っているわけで、やり切れない気持ちが残ることもある。
スマートフォンが使いこなせれば、と思う。写真で済む確認、文字で解決できる用事が、実際にたくさんある。妻の両親はスマートフォンを自分でどんどん使いこなし、新しいことには自分から興味を示すタイプで、高齢者にもいろいろあるのだなと実感している。母がデジタルに馴染めないのは性格や育ってきた環境の影響も大きく、強制することはできないと思っている。ただ、通信手段の薄さという問題は残ったままで、これは今後の課題の一つだ。
訪問のたびに変わってきたこと
最初のころは、訪問するたびに何か問題を見落とさないかと身構えていた。今はその緊張が少し和らいできた。
体調が悪いと、母は以前よりずっとすぐに言ってくるようになった。遠慮して黙っていることが減り、気になることがあればすぐに電話してくるようになっている。これは良い変化だと思っている。心配をかけたくない気持ちより、伝える習慣が上回ってきた。
買いだめが増えた。自由に買い物に行けなくなってから、手元に食品がなくなることへの不安が強くなったようで、私が来るたびに「あれが必要、これが必要」と伝えてくる。以前は頼まれた分だけ買えばよかったが、今は「本当にそれだけ必要か」を考えながら量を調整している。最初のうちは加減が分からず、消費期限が過ぎたものが出てしまうこともあった。今は徐々に量のやり取りに慣れてきた。
生活環境の見直し
実家の暖房を変えた。以前は冬の暖房器具として石油ファンヒーターを使っていた。灯油を自分で買いに行けなくなったこと、一人暮らしで火を扱う安全性に不安があることから、電気式のカーボンヒーターとエアコンの暖房に切り替えた。
母は「エアコンの暖房は電気代がかかる」「もったいない」という感覚が強く、長年の習慣からなかなか納得しなかった。ただ、母が暮らしている離れは平屋でコンパクトな広さなので、エアコンとカーボンヒーターの組み合わせでも十分温まる。安全には替えられないと判断し、石油ファンヒーターは手放してもらった。
夏も同じ考え方で、エアコンを四六時中つけるようにしている。昨今の暑さを考えると、我慢させる理由がない。電気代はかかるが、安心料だと思って許容している。
見守り用のカメラについては、今のところ私の実家には設置していない。妻の実家には設置していて、映像で状況を確認できるようになっている。妻の実家はWi-Fiが整っていたのでスムーズに導入できたが、私の実家にはWi-Fiを含めてその類のものが何もない。Wi-Fiルーターを設置すればカメラも使えるが、今はまだ踏み切れていない。いずれ必要になる日が来るとは思っている。
コロナ禍で変わったこと
コロナ禍の数年間は、訪問の判断がひとつ重くなった。自分の体調が少しでも優れない日は、訪問をやめた。会社で感染者が出たときは、電話で必要なものを確認してから自分が買い物をし、玄関に置いて帰るだけにしたこともある。術後で体力が落ちている母にうつすことへの恐怖が、あの時期はずっと頭にあった。
その経験が今も影響している。訪問できない期間が続くことへの心づもりが、少しできるようになった。仕組みを整えておくことの意味を、あのころ改めて実感した。
今の私がやっていること
整理すると、今やっていることはこうだ。週に一度の訪問。電話での定期的な声かけ。配食サービスによる昼食の確保と安否確認の兼用。暖房と冷房の環境整備。それだけだ。
完璧ではない。電話がつながらず車を走らせることもある。見守りカメラはまだない。コミュニケーションの手段は限られたままだ。
それでも、今できることを積み重ねている。次の訪問では何か変わっているかもしれない。変わらないかもしれない。その繰り返しが、今のところの遠距離介護のリアルだ。
定時のあとの時間を使って、少しずつ続けていくしかない。


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