去年の夏、母から電話があった。エアコンがつかない、という。
仕事帰りに実家へ寄って、コンセントを差し直した。それで動いた。母は安心した様子で、私もひとまず片がついたと思った。点検も交換もせず、そのまま一年が過ぎた。
今年の夏、そのことを思い出した。何かが起きたわけではない。暑くなったことと、「エアコンの2027年問題」という言葉をニュースで耳にしたことが重なっただけだ。
ここでは、動いているエアコンを壊れる前に替えるかどうかを、どう考えたかを書く。結論はまだ出ていない。ただ、調べる前と後で、迷う理由そのものが入れ替わった。
去年は、差し直したら動いたので、そこで終わりにした
母は実家の離れで一人暮らしをしている。平屋でコンパクトな造りなので、夏は冷房がよく効く。母は暑い時期、ほとんど一日じゅうエアコンをつけている。電気代がかさむのは承知のうえで、そこは口を出さずにきた。この考え方に落ち着くまでの経緯は、遠距離介護でやっていることに書いた。
そのエアコンが去年、つかなくなった。
結果としては、コンセントが緩んでいただけだった。差し直せば動いたのだから、壊れてはいない。私はそう判断して、それ以上を調べなかった。
いま振り返ると、調べなかった理由は技術的な判断ではない。面倒だったのと、動いているものに費用をかけたくなかったのと、その二つだ。
動いているものを替える理由が、そのときは見つからなかった

正直なところ、私の中には「あと何年使うか分からない物に、お金をかけたくない」という気持ちがあった。
母に対して申し訳ない書き方になる。それでも、なかったことにはできない。実家には母屋と離れがあり、どちらも古い。直したいところを挙げていけばきりがなく、そのすべてに手を入れる余裕はない。限られた費用を、どこにどれだけ使うか。その順番を決められないまま、今日まで来ている。家の使う範囲から考え直した話は親の住まいを小さくする判断軸にまとめた。
エアコンは、その順番のいちばん後ろにあった。動いているからだ。
動いているものを替える理由が、去年の私には見つからなかった。
「2027年問題」を調べたら、心配していたことと違った
今年、気になって調べた。ニュースやSNSで言われていたのは、だいたい次のようなことだった。今のエアコンが使えなくなるのではないか。安い機種が買えなくなるのではないか。値上がりするのではないか。
資源エネルギー庁がこの件についての説明を出していた。読んでみると、心配されていることのほとんどは当てはまらなかった。
2027年4月から始まるのは、省エネ・非化石転換法にもとづくトップランナー制度の新しい基準だ。この制度が適用されるのは、製品を製造・出荷するメーカーであって、使っている家庭ではない。 いま使っているエアコンを買い替える必要はなく、引き続き使える、と明記されている。
基準を満たさない機種が売れなくなるわけでもなかった。メーカーが年度ごとに出荷する製品全体の平均で評価される仕組みなので、個々の製品の製造や出荷を禁止するものではないという。
修理についても、2027年度基準によって今のエアコンが直せなくなることはない、と書かれていた。
値上がりについては、省エネ性能の向上に伴って販売価格が上がる可能性はある、とされていた。ただし同じ資料には、省エネ性能が上がることで光熱費が下がる見込みも示されている。資源エネルギー庁の試算で、6畳用が年間およそ2,760円、14畳向けがおよそ12,600円だった(2026年9月17日に確認)。試算の前提も数字も見直されることがあるので、買う前に公式ページで確かめてほしい。
私が不安に思っていたことは、制度の中身とずれていた。急いで替える理由にはならない。 資源エネルギー庁自身が、今すぐ買い換える必要はないと書いている。
代わりに、二つの数字が引っかかった
替えなくてよい、で終わるはずだった。ところが同じ資料の中に、別の数字があった。
ひとつは、エアコンの平均使用年数がおよそ14年だということ。内閣府の「消費動向調査」にもとづく数字として紹介されていた(2026年9月17日に確認)。
実家の3台は、いちばん古い1台が私の結婚したときに買ったものだ。残る2台は離れを改築したときのもので、それでも20年を超えている。平均を大きく超えて動き続けていることになる。
もうひとつは、修理の話の中にあった。メーカーは製造が終わったあとの部品保有期間をおよそ10年と設定していて、その期間は修理ができるのが一般的だという。
ここで手が止まった。製造が終わってから10年、という意味だ。20年以上前に買ったものなら、その期間はとうに過ぎている可能性が高い。
壊れたら直せばいい、という前提が、うちの3台では成り立たないかもしれない。 そう気づいたのが、今年いちばん大きかった。替えるかどうかの問題ではなく、壊れたときに選べる手が残っているかどうかの問題だった。
なお、実際の部品の有無は製造年月とメーカーへの確認で決まる。私はまだ、3台の製造年を確かめていない。
冷房は、快適さより先に安全の設備だと考え直した

もうひとつ、考えが変わったことがある。
近ごろは、高齢者が熱中症で亡くなったというニュースを何度も目にする。消防庁も、熱中症予防の広報メッセージの中で、高齢者は暑さを感じにくく、室内でも熱中症になることがあると呼びかけている。
母は自分のことを、暑さには強いほうだと思っている。昔と同じ感覚でいる、と言ってもいい。だが、その昔と今とでは、夏の暑さそのものが違う。私が子どもの頃、家にエアコンはなかった。今の夏に、同じ過ごし方は通らない。
そう考えると、エアコンは快適さのための家電とは呼べなくなる。冷えた部屋がなければ、命に関わる日がある。 暖房のときに同じ結論を出したことを思い出した。灯油を買いに行けなくなった母のために、石油ファンヒーターをやめて電気式に替えた。あれは節約でも快適さでもなく、安全のための判断だった。
夏に何を確かめておくかは猛暑の日、一人暮らしの親が心配になる理由に整理してある。冷房が実際に使えるかどうかは、その最初の項目だ。去年の私は、その確認を一度で済ませてしまった。
壊れてからでは、誰がいつ動けるかという問題が残る

費用の話に戻る。替えるなら安くはない。3台となればなおさらだ。
ただ、壊れてから替える場合と、壊れる前に替える場合とでは、費用以外のところが違う。
壊れるのは、たいてい使っている最中だ。つまり真夏である。その日に私が動けるとは限らない。仕事がある日なら、寄れるのは夕方だ。業者に連絡しても、暑い盛りは混み合う。取り付けまで何日か空くことは珍しくないだろう。
その何日かを、母が扇風機で過ごすことになる。
壊れる前に替えるというのは、機械のためではなく、時期を自分で選ぶための判断だった。 涼しい季節に見積もりを取り、母の都合のいい日に工事を入れる。そうできるかどうかが違う。
順番をつけるとしたら、私はこう並べることにした。
- 母の安全(冷えた部屋が確保できるか。就寝中も含めて)
- 機械の年数と部品(製造年を確かめ、修理が選べる状態かを知る)
- 壊れたときに誰がいつ動けるか(真夏に何日待つことになるか)
- 費用(3台まとめてか、使う部屋を優先するか)
費用をいちばん後ろに置いたのは、費用が軽いからではない。先に決めるべきことを決めないまま費用から入ると、いちばん安い結論しか出てこないと気づいたからだ。
妻なら迷わず替える。私は買った年を覚えている
費用でも安全でもない話を、最後に一つ。
妻なら、この話はとっくに済んでいると思う。20年動いているなら替える。安全のほうが大事だから。そう言って、すぐ手配するだろう。私はそれを冷たいとは思わない。必要なことを必要な順に決められる人なのだと思っている。
私はそうではない。物を捨てられない。
いちばん古い1台は、私が結婚した年に買ったものだ。あの夏からずっと、あの部屋を冷やしてきた。家族が増えて、子どもが育って、出ていって、父が亡くなって、母が一人になった。その全部の夏を、あの機械は動いていた。
替えると決めたら、たぶん少し寂しい。これは費用の話でも安全の話でもない、私の側の事情だ。実家の物を前にして手が止まる感覚は、実家の片付けを何から始めるかを書いたときにも同じことを考えた。
ただ、寂しさを理由に先延ばしにするのは違う。寂しいなら寂しいまま替えればいい。その感情は、判断の順番の外に置いておくものだ。
順番が決まったので、今年やることは決まった
結論はまだ出ていない。3台とも替えるのか、母がいちばん長くいる部屋から替えるのか、決めていない。
ただ、順番が決まったので、次にやることははっきりした。涼しくなったら実家へ行って、3台の製造年を控えてくる。 室内機の側面か、本体の表示に書いてある。それをメーカーに問い合わせれば、部品がまだあるかどうかが分かる。
分からないまま「まだ動いているから」と言い続けるのと、部品がもう無いと知ったうえで使い続けるのとでは、同じ「使い続ける」でも意味が違う。前者はただの先送りで、後者は選んだ結果だ。
去年の私は、コンセントを差し直して、それで終わりにした。責める気はない。あの日ついでに側面の表示を見ていれば、ここまで一年早く来られただけの話だ。

