母の免許返納から見えた、親のお金と現実

親と実家

母が退院してから、次々と「片付けなければならないこと」が出てきた。免許返納、車の処分、保険の見直し、そして預金残高の現実。一つひとつは小さな手続きに見えて、その奥には「親のお金」と「老後の設計」という、もっと大きな問題が隠れていた。


免許返納、簡単には決められなかった

退院後、最初に話し合ったのが車の問題だった。

免許を返納してほしいと伝えたが、母は最初、すんなりとは納得しなかった。それも無理はない。実家は公共交通機関がほぼない地域で、車がなければ買い物ひとつままならない。自転車に乗れる体力はなく、徒歩圏内には小さなスーパーが一軒あるだけだ。元気になれば歩いていける距離ではあるが、荷物を抱えて歩くのは高齢者にとって簡単なことではない。

それでも最終的に母が返納を決めたのは、身体的な理由が大きかった。術後のストマにシートベルトがちょうど当たり、圧迫されて痛む。運転を続けるのは現実的ではなかった。

もう一つは、安全への不安だ。母の車は古く、最近の車に搭載されているような運転支援機能や自動ブレーキはついていない。テレビで高齢者ドライバーによる事故が繰り返し報じられる中、母自身も「自分も他人事ではない」と感じていたようだ。誰かを傷つけてしまうかもしれないという不安が、最後の決め手になった。

返納の手続き自体はそれほど複雑ではない。警察署や運転免許センターに免許証を持参すれば手続きできる。「運転経歴証明書」も発行してもらえ、身分証明書として使える。ただ、車がなければその場所まで行くこと自体が大変だ。私が車で連れて行き、手続きを済ませた。


車の処分と、手続きの壁

免許を返納したら、次は車の処分だ。

母の車は年式が古く、買い取り業者に持ち込んでも値がつかない状態だった。むしろ処分費用がかかる可能性があった。幸い、知人の車屋に相談したところ引き取ってもらえたが、そうしたつながりがなければ、業者探しから始めなければならなかっただろう。

処分そのものより大変だったのは、手続きの多さだ。

自動車保険の解約、自動車税の還付、廃車届など、本人でなければ進められない手続きが想像以上にある。回復途中の母を連れ回すわけにはいかず、担当者に自宅まで来てもらう形を取ったが、対応は基本的に平日の日中に限られる。

当時、私は転職して間もない時期で、有給休暇がまだなかった。休めば欠勤になる。それでも休むしかなかった。職場への申し訳なさと、それでも対応しなければという焦りが重なり、精神的にきつい時期だった。

仕事を持ちながら親の手続きをこなすことの難しさを、このとき痛感した。


保険を整理したら、別の問題が出てきた

自動車保険の解約手続きを進めていると、同じ保険会社で他にも複数の保険に加入していることがわかった。

内容を確認すると、保険料の割に保障が手薄で、今の母の生活には合っていないものだった。おそらく何十年も前に加入したまま、一度も見直していなかったのだろう。高齢者が一人で保険の内容を精査するのは難しい。勧められるまま加入し、そのまま払い続けるというのは、珍しいことではないと思う。

火災保険にも同じことが起きていた。実家には母屋と離れがあり、父が健在だった頃に両方をカバーする保険に加入していた。農協の担当者の勧めで入ったもので、家族構成が変わった今の状況には明らかに合っていない。それでも長年、見直されることなく高額な保険料が引き落とされ続けていた。

入院保険なども含めて合算すると、年間の保険料の総額が国民年金の受給額に迫る金額になっていた。年金で受け取る額の大半が、保険料として出ていっていた計算になる。

親の保険は、子どもの側から確認しない限り、そのままになりがちだ。これはどの家庭にも起こりうることだと思う。


預金残高を見て、現実を知った

保険の整理をきっかけに、母の家計全体を把握しようとした。

母の収入は国民年金のみで、それだけでは生活が難しいため、私が毎月仕送りをしていた。加えて、父が亡くなった際の保険金を少しずつ取り崩しながら生活していた。

通帳を確認したところ、残高は想定よりかなり少なかった。収支の差を考えると、このペースではそう長くは持たない。保険料の負担がどれほど大きかったか、改めて数字で思い知らされた。


親と子で違う「お金の感覚」

家計の現実を伝え、「このままでは厳しい」と話をした。

ところが、母にはあまり危機感がなかった。毎月の仕送りがあるから何とかなる、と考えていたようだ。私が「あと数年で定年を迎えるので、ずっと同じ額を送り続けるのは難しくなる」と伝えたが、その感覚がすぐには伝わらなかった。

父は職人だった。母自身も会社員として勤めた経験がない。「定年」という仕組みに馴染みがなく、給与がある日を境になくなるということが、実感として湧かなかったのだと思う。

世代も、生きてきた環境も違う。お金に対する感覚がずれているのは、ある意味で当然のことかもしれない。大切なのは、そのずれに気づいた時点で、一緒に現実を見て考え始めることだ。


手続きの一つひとつが、現実を教えてくれた

免許返納は、終わりではなく始まりだった。

車の処分から始まった一連の手続きが、親のお金の実態をひとつひとつ明らかにしていった。保険も、預金も、生活設計も、長年そのままになっていた。ただ、それは特別なケースではないと思う。同じような状況のご家庭は、少なくないのではないだろうか。

子どもの側から動かなければ、誰も気づかせてくれない。

今からでも遅くはないと信じて、定時のあとの時間を使って、少しずつ整理を進めている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました