定年後「何もない」を防ぐために、50代でやっておくこと

定年後に何もない不安と向き合い自宅の机で準備を進める50代男性 人生後半

定年まであと数年という時期になって、ふと考えることがある。
会社がなくなったとき、自分には何が残るのか。
漠然とした不安ではなく、具体的な恐怖だ。
その恐怖に背中を押されるようにして、定時のあとの時間を使い始めた。


転職して気づいた、人間関係の脆さ

転職後に職場の人間関係の変化を感じながら夕方のオフィス街を歩く50代男性

50歳で転職した。
前の職場での人間関係が、「会社という場所を共有していたから」成立していたものだったと、転職してはじめて気づいた。

場所が変わると、つながりはあっさり薄れる。

今の職場でも、もちろん一緒に仕事をしている仲間はいる。
ただ前職と比べると、コミュニティは明らかに縮小した。
仕事以外のつながりは、ほぼないと言っていい。

子どもは巣立った。家を継ぐつもりもないと、本人からはっきり聞いている。
それがどうということはないし、責めるつもりもない。
ただ、家族という単位がじわじわと変わっていく感覚がある。

会社もコミュニティも家族も、いままで「当然あるもの」として頼ってきたものが、一つひとつ形を変えていく。


65歳まで働くということの、複雑な気持ち

定年は65歳だ。
数年前まで60歳が標準だったことを考えると、延長されたことになる。

いいこともある。収入が続く。少なくとも給与が現役水準で維持される間は、生活の土台がある。

ただ正直に言えば、そんなに長く働きたいわけではない。

体力の問題もある。親の問題もある。今は母が元気でいてくれているが、いつ何があってもおかしくない年齢だ。介護の状況次第では、今のまま働き続けられない可能性だってある。

それでも働かなければならない現実は、理解している。
年金だけで暮らせる設計にはなっていない。それは自分の問題であり、この社会の問題でもある。

だからこそ、会社だけに頼る状態を、少しずつ変えていきたいと思っている。
今の転職先は歴史が浅い。いつ切られてもおかしくない、という感覚は常にある。
このまま会社だけに依存した状態で終わるのは避けたい。


英会話を続けている理由

定年後の自分のために夜の自宅でオンライン英会話を続ける手元

英会話は仕事で必要だ。それは間違いない。
海外の取引先とのウェブ会議があり、出張もある。メールや資料を読む場面もある。

ただ、仕事の英語には限界がある。ビジネスの場では、どうしても構えてしまう。
本来もっとフレンドリーに、本音で話せる関係を作れたのではないかと思うことがある。

それ以上に、仕事を離れた場面での英語を考えるようになってきた。

今の日本はどこに行っても海外からの旅行者がいる。海外から来て働いている人も多い。
皆が英語を話すわけではないが、英語が共通言語になる確率は確実に上がっている。

引退後、余裕があれば海外に行ってみたいと思っている。
観光地を回るだけでなく、現地の人と少し話せたら、どれだけ違う体験ができるだろう。
そういう場面を想像すると、続ける動機になる。

努力が足りないことは重々わかっている。毎日続けているとはいえ、上達は遅い。
それでも、ゼロよりはいい。今日の一レッスンが積み上がっていると信じて続けている。


投資はNISAを中心に、気持ち程度から

老後資金を考えながらiDeCoとNISAの資料を確認する50代の手元

投資はiDeCoとNISAをやっている。
ただし、始めたのが遅かった。この年齢からでは、制度の恩恵をフルに受けられるわけではない。

株価が好調な時期があっても、恩恵よりリスクの方が気になる年齢になってきた、というのが正直なところだ。
若い人のように時間を味方にできない。積み上げの期間が限られている。

今の感覚では、主に考えているのはNISAだ。
iDeCoはすでに始めているので、基本的には現状維持でいいと思っている。場合によっては、これ以上あれもこれもと広げるより、NISAに意識を寄せた方が分かりやすいかもしれない。

もちろん、投資に正解があるわけではない。
家計の中でどこまでリスクを取るかは、家庭ごとに違う。

わが家でも、そこには少し温度差がある。
妻は投資に対して慎重だ。危ないもの、よく分からないもの、という感覚が強いのだと思う。そう感じること自体は自然だし、無理に説得してまで進める話でもない。

だから、あまり波風を立てない方がいいのではないかと思うこともある。
老後のお金の話は大事だが、家の中が不安定になるほど力を入れるものでもない。分かってもらおうと急ぎすぎると、かえって不信感だけが残る。

それでも、自分は少しだけリスクをとってやることを選んだ。
大きく増やしたいというより、やらないよりはやった方がいい。今はそのくらいの感覚だ。

人それぞれの判断があっていい。ただ私は、何もしないまま老後を迎える方が怖かった。

老後のお金への不安は消えない。むしろ加わってきた問題がある。
母の生活費や医療費は、おそらく自分がなんとかしなければならない。
実家の整理にも、相当な費用がかかることがわかってきた。
考えたくはないが、目を背ければ最終的に子どもに背負わせることになる。それだけは避けたい。
だからこそ、今から少しずつ積み上げておく必要がある。


ローン完済だけが、今の土台

住宅ローンは完済している。
車のローンも終わった。

収入が特別多いわけではない。ただ、今現在借金がないことが、生活の土台を支えているのは確かだ。
毎月の固定費から返済が消えた分、多少の余裕が生まれた。

これが今のところ、唯一と言っていい安定の根拠だ。

英会話の月額費用も、ブログの運営費も、iDeCoの掛金も、この土台があるから続けられている。


定時のあとに、自分を作り直す

このブログを始めたのは、「定時のあとに介護だけで終わりたくない」という気持ちが出発点だった。

介護を軽く見ているわけではない。母のことは大切だし、続けていく。
ただ、仕事と介護だけで50代後半が終わり、気づいたら定年を迎えていた、という未来を想像すると、少し立ち止まりたくなった。

英会話・投資・ブログ。いずれも大きな成果を出せているわけではない。
ただ、やっている。定時のあとの時間を使って、少しずつ続けている。

会社以外の場所で、何かを積み上げている感覚を持てること。
それ自体が、今の自分には必要なことだと思っている。


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