親が元気なうちに話しておくべきこと

親と実家

母が入院したとき、通帳がどこにあるか分からなかった。保険証書もすぐには出てこなかった。小さな畑が何箇所かあることは知っていたが、どこに何筆あるかも把握していなかった。土地の権利書の場所も分からなかった。親戚に連絡しようとして、誰の電話番号も知らないことに気づいた。

準備が足りなかったと言い訳したいが、実際には何も聞いていなかった。「元気なうちに話しておくべきこと」を、ずっと後回しにし続けていた結果だった。

突然の入院。準備は何もできていなかった

母ががんで入院したのは、転職して間もない時期のことだ。突然の知らせだった。心の準備などできていなかった。

当時の私は仕事が立て込んでいて、実家に帰るのは年に数回という状態が続いていた。仕送りは毎月していたが、それで「関わっている」つもりになっていたのかもしれない。帰省のたびに顔を見て、食事をして、特に踏み込んだ話もなく帰る。そんなサイクルを繰り返していた。

入院の連絡を受けて動き始めたとき、分からないことが次々と浮かんだ。保険証書の場所、通帳の在処、土地の権利書がどこにあるか。連絡しなければならない親戚の名前と電話番号。一つひとつが分からないまま、手続きだけが続いた。

同じような状況に置かれた方は、少なくないのではないかと思う。

財産と書類——分からないことが次々と出てきた

入院後、実家を確認して回った。出てきたものを整理しながら、分からないことがさらに増えていった。

保険証書

引き出しの奥から、保険関係の封筒がいくつも出てきた。問題は、古いものと新しいものが一緒に保管されていたことだ。有効な契約がどれで、解約済みや満期のものがどれか、見ただけでは判断できなかった。

メインの保険は、知り合いが担当しているものがあった。電話して事情を説明すると、すぐに現在の契約内容を確認してもらえた。担当者の連絡先が分かっていたことだけが、このとき唯一助かった点だった。担当者のいない保険は、証書に書かれた番号に一件ずつ電話して確認するしかない。

高齢の親の保険は、長年見直しがされていないことが多い。有効な証書だけをまとめ、保険会社名・証券番号・担当者の連絡先をセットで把握しておくことが大事だと実感した。

通帳と印鑑

通帳と印鑑が別々の場所にしまわれていた。どちらも時間をかけて探した。

厄介だったのは、どの印鑑がどの口座のものかが分からなかったことだ。最近の通帳にはセキュリティ上の理由で銀行届出印が押されていない。見比べても、どの組み合わせが正しいのか判断できなかった。口座が一つならまだいいが、複数あると手当たり次第に試すしかなくなる。

本人が亡くなると口座は凍結され、相続手続きを経なければ引き出せなくなる。銀行名・支店・口座番号と、それぞれに対応する届出印がどれかを、元気なうちに一覧にしておいてもらうだけでも、後の対応がずいぶん違う。

農地と権利書

実家の周辺には、小さな畑が何箇所か点在していた。私自身まったく関心を持っていなかったため、どこに何筆あるのかを把握していなかった。そもそも母から聞かされたこともなかった。

後から調べると、いわゆる調整区域に含まれる農地で、簡単に売買できる性質のものでもなかった。まとまった面積でもないため、資産としての価値はほぼない。それでも、場所すら把握していない状態は、後の名義整理や固定資産税の確認でも困る。知らないからといって、問題がなくなるわけではない。

土地の権利書(登記済権利証または登記識別情報)の場所も分からなかった。権利書は再発行ができない書類で、売買や相続の手続きで必要になる。今すぐ使う予定がなくても、どこにあるかだけは把握しておく必要がある。

父が他界してから名義変更をしていないままというケースは、珍しいことではない。実家と農地について、誰の名義になっているかを一度確認しておくことが、後々の手続きを大きく左右する。

連絡先が、誰一人わからなかった

財産や書類と並んで、もう一つ困ったことがあった。緊急時に連絡すべき相手が、誰も分からなかったことだ。

親戚の連絡先

母は末っ子で、兄弟が何人かいる。健在している兄弟はいるが、すでにかなりの高齢だ。その連絡先を、私は一切持っていなかった。名前は何となく知っているが、住所も電話番号も手元にない。入院時に連絡を取ろうとして、どこから手をつければいいか分からない状態になった。

近所の顔が分からない

実家を離れてからずいぶん経つ。近所にどんな方が住んでいて、今も元気でいるかを把握できていない。母が一人で倒れたとき、気づいて声をかけてもらえる近所の方が誰かいるのか。それすら分からない状況だった。

実家のある地域は公共交通機関がほぼない。そういった地域ほど、近所との関係が生活を支えている面がある。その輪の中に、私は入れていない。

田舎には田舎のルールがある。役員の当番、溝掃除、近所に不幸があったときの隣組の動き方。私が実家にいた頃にはそういった仕組みがあったが、今もそのまま残っているのか、形が変わったのか、それすら知らない。母が一人で対応してきたのだろうが、母がいなくなったとき、何をどうすればいいのか分からない。こうした地域の暗黙のルールも、元気なうちに聞いておかなければ引き継げないものだ。

緊急時の連絡先リスト

入院後、これだけは整備した。親戚の連絡先を母に聞いて書き出し、近所で頼れそうな方の名前を確認した。「何かあればここへ」と連絡できる相手の一覧を、実家の電話の横に置いた。

元気なうちにこれだけ整えておけば、緊急時の対応がずいぶん変わる。親の人間関係のすべてを把握する必要はないが、「まず誰に連絡するか」が分かる状態にしておくことは、最低限のことだと今は思っている。

意向と希望——仏壇のことも、誰が引き継ぐかも

財産と連絡先の問題に加えて、本人の意向として聞いておくべきことがある。こちらは財産よりもさらに話しにくいが、後で家族だけが判断しなければならない内容だ。

延命措置

意識がなくなったとき、どこまでの処置を望むのか。本人の意思が分かっているかどうかで、家族が判断を迫られたときの重さが違う。正解のある話ではないが、一度は触れておきたい。

施設への意向

「施設には入りたくない」という方は多い。気持ちは分かる。ただ、状況によっては選択肢として考えなければならないタイミングが来る。どういう状態になれば受け入れられるか。そういう角度から聞いておくだけでも、後の話し合いがしやすくなる。

葬儀の希望

どの程度の規模を望むか、家族葬でいいのか、呼ぶべき相手は誰か。費用感も含めた希望が分かっていると、残された側の判断が楽になる。親の世代では「立派に送ってほしい」という方も多いが、子の側はどうしても費用が気になる。どちらの思いも事前に知っておくと、ずれが生じにくい。

仏壇と墓のこと

実家には古い仏壇がある。田舎の家らしい、立派なものだ。一人っ子の私がいずれ引き継ぐことになるのだろうが、母がどうしてほしいと思っているのか、聞けていない。仏壇を引き取るのか、処分するのか、処分するならどんな手順が必要なのか。そもそも仏壇を動かすこと自体に、母がどう感じるのかも分からない。

墓も同じだ。檀家としてやるべきことがあるはずだが、何をどこまで引き継ぐのか、私は何も知らない。お寺との関係、年間の費用、法要のやり方。母が当たり前のようにやってきたことが、そのまま空白になる。聞いておかなければ、いざというときに何もできない。

仏壇や墓の扱いは感情が絡むぶん、特に切り出しにくいテーマだと感じている。「元気なうちに話しておくべきこと」の中でも、後回しになりやすい項目だ。

母は、お金の話を嫌がった

これらの話を切り出すのが難しい理由は、もう一つある。母がそもそも、お金や財産の話をしたがらなかったことだ。

昔から、お金に関することを話したがらない人だった。息子を信じていなかったのか、そういう話をすること自体を嫌う気質なのかは分からない。ただ、こちらから聞いても「大丈夫」とだけ返ってきて、詳細には触れなかった。

父が亡くなったときも、財産の話はほとんどしなかった。私には関与できる立場もあったかもしれないが、当時の私には関心もなく、母が質素でも暮らしていければそれでいいと思っていた。結果として、実家の財産状況を何も把握しないまま年月が過ぎた。

「話したがらない親」に聞くのは、気力が要る。

私がやってみた方法は、直接聞かずに周辺から近づくことだ。「ニュースで相続トラブルの話をやっていた」「知り合いの家で、お父さんが亡くなってから手続きが大変だったらしい」そういう話の流れから、自分ごととして考えてもらうきっかけを作る。直接「財産の話をしよう」と切り出すよりも、入りやすい。

自分側から話を始めることも有効だ。「私の方も書類を整理しておこうと思って」と言うと、一方的に詰め寄る形にならない。親に「自分も考えないといけないな」と思ってもらえれば、入口として十分だ。

書面に残してもらうことも大事だと思っている。会話だけでは「言った・言わない」になりかねない。エンディングノートを一冊渡しておくと、本人が自分のペースで整理できる。「書いてくれると私が安心できる」という伝え方が、角の立ちにくい言い方だと思っている。

全部は話せなくていい

一度に全部を話し合おうとすると、親への負担も大きく、うまくいかないことが多い。

通帳の場所だけ、保険の担当者の名前だけ、近所で頼れる方の名前だけ。一つ分かるたびに、もしものときに動けることが増える。「完璧に準備できた」という状態には、なかなかならない。それでも、積み上げた分だけ手が打てる。

母の場合、入院をきっかけにして整理が進んだことが多い。できれば入院の前に話せていたほうがよかった。それは今も思う。

親が元気なうちに話しておくべきことは、確かにある。ただし、急ぐほど話しにくくなる面もある。タイミングを見ながら、定時のあとの時間を少しずつ使って、一つひとつ確認していくしかないと思っている。

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