親の年金はいくらもらえるのか。
母の一人暮らしを支えるようになってから、この問いを避けて通れなくなった。
母は国民年金に近い額で暮らしている。そこに私からの仕送り、配食サービス、通院、買い物、実家の維持費が重なる。母の生活だけを見ていると、年金は毎月入ってくるものとして扱ってしまう。
だが、介護にかかるお金や実家の整理費用を考え始めると、年金を「何となく入るお金」のままにしておくわけにはいかない。どの年金を、いくら、いつ受け取っているのか。そこを知らないと、家族が支える範囲も見えない。
今回は、親の年金額をどう確認するか、そして自分の老後にも関係する繰り上げ・繰り下げ受給をどう見るかを整理しておきたい。
親の年金額は、暮らしの前提になる
親の年金額を聞くのは、気が重い。
お金の話は、親子でも切り出しにくい。親の側からすれば、自分の生活を値踏みされるように感じるかもしれない。子の側からしても、親の財布の中をのぞくようで、遠慮が出る。
私も、最初から自然に聞けたわけではない。
母が元気だったころは、年金の額を細かく知ろうとはしていなかった。毎月の生活は母が自分で回していた。父が亡くなったあとも、母は一人で家計を持っていた。
それが変わったのは、母が入院し、退院後の暮らしを考え始めてからだ。
通院、薬、配食サービス、買い物、ヘルパー、実家の火災保険、固定資産税、草刈りや修繕。細かな支出は一つずつなら大きく見えない。けれど、積み重なると年金だけでまかなえるのか分からなくなる。
親の年金額を知ることは、親を責めるためではない。
生活を続けるために、何が足りていて、何が足りないのかを見るためだ。
母の場合、収入は国民年金が中心だ。会社員として厚生年金に長く加入していたわけではない。だから、老齢基礎年金に近い金額で生活している。
この事実を知ったとき、私は少し考え込んだ。
母が節約してきた理由も分かる。古いものを簡単に捨てられない理由も、少し見え方が変わる。余裕があるから物を残しているのではない。少ない収入の中で、使えるものを長く使ってきただけなのだと思った。
年金額は、親の暮らし方そのものにつながっている。
だからこそ、数字だけを見て判断しないようにしたい。
老齢基礎年金と老齢厚生年金を分けて見る

年金を調べ始めて、最初に整理したのは二つの違いだった。
老齢基礎年金と老齢厚生年金だ。
日本年金機構の説明では、老齢基礎年金は、保険料を納めた期間や免除期間などを合わせた受給資格期間が十年以上ある場合に、六十五歳から受け取れる。二十歳から六十歳までの加入期間に応じて年金額が決まる。
一方、老齢厚生年金は、老齢基礎年金を受け取れる人に厚生年金の加入期間がある場合、上乗せとして六十五歳から受け取れる。厚生年金に入っていたときの報酬や加入期間に応じて金額が変わる。
ここを混ぜてしまうと、親の年金が見えにくくなる。
母のように会社員経験がない場合、厚生年金の上乗せは期待しにくい。自営業、専業主婦、農家、家業の手伝いなど、親世代には厚生年金に長く入っていない人も少なくない。
一方で、会社員として長く働いた親なら、老齢厚生年金がある。夫婦それぞれの働き方によって、世帯としての年金額も変わる。
私は以前、年金を一つのまとまった制度として見ていた。
だが実際には、基礎年金と厚生年金を分けて見る方が分かりやすい。親がどちらを受け取っているのか。片方だけなのか、両方なのか。まずそこを確認する必要がある。
年金額は、親の努力だけで決まるものではない。
若いころの働き方、時代、制度、家族の事情が反映される。母が会社員ではなかったことも、母一人の選択だけではない。家の仕事、父の仕事、子育て、地域の暮らし。その時代の当たり前の中で決まってきた面がある。
だから、少ないからといって責める話ではない。
ただ、今の生活費を考えるうえでは、正確に知っておく必要がある。
年金額は通知書と通帳で確認する

親の年金額を確認するとき、最初に見るのは通知書だと思う。
年金は、年金振込通知書や年金額改定通知書などで、振込額や改定後の金額が分かる。通帳を見れば、実際に振り込まれている金額も確認できる。
ただし、通帳の入金額だけを見ても、年金の全体像は分からないことがある。
介護保険料や後期高齢者医療保険料、税金などが差し引かれている場合があるからだ。額面の年金額と、実際に振り込まれる金額は一致しないことがある。
ここを見落とすと、親の収入を少なく見たり、多く見たりしてしまう。
私の場合、母の書類を見るときは、まず次のように分けることにした。
- 年金の種類
- 年金の額面
- 実際の振込額
- 差し引かれているもの
- 年金以外の収入や預金の取り崩し
この程度でも、かなり見え方が変わる。
親が元気なうちは、親自身が把握していればよい。けれど高齢になると、書類を読むこと自体が負担になる。母も、役所や金融機関から届く書類を一人で判断するのは難しくなってきた。
そのとき、家族が年金の仕組みを全く知らないと、必要な支援が遅れる。
年金額を知ることは、親の生活を管理することとは違う。
いざというときに、家賃や固定資産税、配食サービス、介護サービス、医療費、保険料をどう払うかを考えるための材料だ。
母のように一人暮らしを続ける場合、年金は毎月の生活の土台になる。そこに足りない部分を、家族がどう補うのか。仕送りなのか、サービスの見直しなのか、預金の取り崩しなのか。
その判断は、年金額を知らなければ始められない。
繰り上げと繰り下げは、金額だけで見ない

年金には、繰り上げ受給と繰り下げ受給がある。
日本年金機構の説明では、老齢基礎年金と老齢厚生年金は原則として六十五歳から受け取る。希望すれば、六十歳から六十五歳になるまでの間に繰り上げて受け取ることができる。ただし、繰り上げると減額され、その減額は生涯続く。
一方、六十五歳で受け取らずに、六十六歳以後七十五歳までの間で繰り下げると、増額した年金を受け取ることができる。繰り下げの増額率は月0.7%で、最大八十四%とされている。
数字だけを見ると、繰り下げは魅力的に見える。
長く待てば、毎月の年金額が増える。しかも増額率は一生変わらない。老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に繰り下げできる点も、選択肢としては大きい。
ただ、年金は損得だけで決められるものではない。
受け取りを遅らせるには、その間の生活費が必要になる。働き続けるのか、退職金や預金でつなぐのか、配偶者の収入があるのか。健康状態はどうか。介護や医療の負担はないか。
また、繰り下げによって年金額が増えると、税金、医療保険料、介護保険料、自己負担割合などに影響する場合もある。ここは単純に「増えるから得」と言い切れない。
親世代の場合は、さらに注意がいる。
すでに受給している親には、今から選び直せないことが多い。生年月日によって上限年齢などの扱いも異なる。繰り下げの制度を調べるときは、今の制度だけでなく、親本人に適用される条件を確認する必要がある。
母については、すでに年金を受け取っている。
今から繰り下げを考える段階ではない。私が調べているのは、母の選択を変えるためではなく、親の年金を理解し、自分の老後にもつなげるためだ。
繰り上げ・繰り下げは、年金額の計算であると同時に、暮らし方の選択でもある。
親の年金が少ないとき、家族が見るべきもの
親の年金が少ないと分かると、すぐに不安になる。
このまま一人暮らしを続けられるのか。介護サービスを増やせるのか。施設に入ることになったらどうするのか。実家の修繕や整理の費用は出せるのか。
私も、母の年金額を見たとき、頭の中でいくつもの支出が並んだ。
ただ、年金が少ないからといって、すぐに結論を出す必要はないと思っている。まずは、毎月の固定費と変動費を分けて見ることが先だ。
固定費には、電気、ガス、水道、通信、保険、税金、配食サービスなどがある。変動費には、通院、薬、買い物、衣類、日用品、実家の修繕、家族の訪問費用などがある。
介護保険サービスを使う場合は、自己負担も入る。
ここで大事なのは、親本人の支出と、家族が肩代わりしている支出を分けることだ。
母の場合、買い物や通院の付き添い、実家の草刈り、書類の確認などは、私の時間と交通費で支えている。通帳には出てこないが、家族側には確かに負担がある。
年金額だけを見ても、親の暮らしの全体は分からない。
年金、預金、支出、家族の支援、介護サービス、実家の維持費。これらを並べて、初めて見えてくるものがある。
私が今やりたいのは、母の生活を削ることではない。
一人暮らしを続けるために、どこに支えが必要なのかを知ることだ。配食サービスは母の食事と安否確認を兼ねている。ヘルパーの買い物支援も、母の暮らしを支えるためのものだ。
支出を減らすことだけを考えると、必要な支援まで削ってしまう。
年金が少ない家ほど、お金をどう使うかを丁寧に見なければならないのだと思う。
自分の年金も、ねんきんネットで確認する

親の年金を調べていると、結局は自分の年金にも戻ってくる。
私は五十代後半だ。定年は六十五歳だが、六十五歳が人生の終点ではない。働かなくなったあと、どれくらいの収入で暮らすのか。いつ年金を受け取るのか。退職金や預金をどう使うのか。
これは、遠い話ではなくなってきた。
日本年金機構は、年金記録の確認方法として、ねんきんネットなどの利用を案内している。記録に漏れや誤りがないかを確認することは、受け取る年金額を知る前提になる。
私は転職を経験している。
前職で長く働き、五十歳で同業他社に移った。厚生年金の記録がどうつながっているのか、会社任せで終わらせてよい年齢ではない。
ねんきん定期便を見る。
ねんきんネットで加入記録を確認する。
将来の年金見込額を見る。
不足しそうな部分を、退職金、預金、保険、iDeCo、NISA、働く期間でどう補うか考える。
こうしたことは、面倒だ。だが、親の年金を見ていると、先送りするほど不安が大きくなることも分かる。
母は国民年金に近い額で暮らしている。私は会社員として厚生年金に入ってきた。条件は違う。それでも、年金だけで何もかも安心できるわけではない点は同じだ。
親の年金を調べることは、自分の老後を直視することでもある。
親に聞く前に、自分の年金も見ておく。そうすれば、親のお金の話をするときにも、少しだけ落ち着いて向き合える気がする。
年金を知ることは、親子の距離を測ることでもある
親の年金額を知ったからといって、すべてが解決するわけではない。
年金は生活の土台だが、暮らしそのものではない。母が何を楽しみにしているか。どこまで自分でやりたいか。何を他人に頼るのが苦手なのか。そうしたことも一緒に見なければならない。
お金の話だけをすると、親は身構える。
年金が少ない、支出が多い、預金が減る。そんな話ばかりでは、親の暮らしが数字に置き換わってしまう。
だから私は、年金の話をするときほど、暮らしの話から入るようにしたい。
配食サービスは続けたいか。
買い物はどこまで自分で行きたいか。
通院の付き添いはどのくらい必要か。
家の中で不便なところはないか。
その先に、お金の話がある。
年金を知ることは、母を管理することではない。母との距離をどう保ちながら支えるかを、少しずつ確かめることだと思っている。
同時に、自分の老後への準備でもある。
私もいつか、子にお金の話をしなければならない日が来るかもしれない。そのとき、親の年金を何も知らないまま困った経験を、次の世代に渡したくない。
まずは、通知書を確認する。
通帳の振込額を見る。
年金の種類を分ける。
繰り上げ・繰り下げを、金額だけでなく暮らしとして考える。
派手な準備ではないが、親の生活と自分の老後を同時に見るための大事な一歩だと思っている。
答えはまだ出ていない。母の暮らしも、私自身の老後設計も、これから何度も見直すことになる。
定時のあとの時間を使って、少しずつ親のお金と自分の老後の準備を進めていく。

