「老後2000万円問題」という言葉を、何度も目にしてきた。
最初に知ったときは、どこか遠い話のように感じていた。年金だけでは足りない。だから老後資金を準備しなければならない。そういう話として、頭では理解していた。
けれど50代後半になり、親の老い、実家の維持、自分の定年が重なってくると、同じ言葉の見え方が変わってきた。
母の免許返納をきっかけに親のお金を見た。保険を確認し、預金残高を知り、実家整理の費用も調べた。田舎の空き家が簡単には売れないことも分かってきた。
数字そのものより、自分の暮らしでは何が足りなくなりそうなのか。そこを見ないと、この問題は自分ごとにならないのだと思うようになった。
老後2000万円問題は、平均の話だった
老後2000万円問題は、2019年に金融庁の金融審議会が公表した報告書をきっかけに広がった。
高齢夫婦無職世帯の平均的な収入と支出を比べると、毎月の不足があり、それを長い老後で積み上げると、およそ2000万円になる。大まかには、そういう考え方だった。
この数字だけが大きく取り上げられたので、「老後には誰でも2000万円必要」と受け取られた面があると思う。
だが、落ち着いて見ると、これは平均の家計をもとにした試算だ。
持ち家か賃貸か。
夫婦か単身か。
年金はいくら受け取れるか。
退職金はあるか。
住宅ローンは残っているか。
親への支援はあるか。
子や孫への支出をどこまで考えるか。
条件が変われば、必要な金額も変わる。
この数字は、目安にはなる。けれど、答えではない。自分の家計に置き換えないまま不安だけが残っても、動きようがない。
最近になって、ようやくそう考えるようになった。
自分の年金額を見ないと始まらない
老後のお金を考えるとき、最初に見るべきものは「いくら必要か」ではなく、「いくら入ってくるか」だと思う。
年金額は人によって違う。
会社員として働いてきた期間、収入、配偶者の年金、加入してきた制度によって変わる。標準的な年金額という数字は公表されているが、それがそのまま自分の金額になるわけではない。
私も、ねんきん定期便や年金ネットで見れば、自分の見込み額は確認できる。
正直に言うと、以前は細かく見ていなかった。
見れば現実がわかる。わかれば考えなければならない。そういう面倒さがあったのだと思う。
だが、50代後半になってからは、見ないままでいることのほうが不安になってきた。
65歳からどのくらい入ってくるのか。仮に働く期間を延ばした場合、どれくらい変わるのか。妻の年金と合わせるとどうなるのか。
こうした数字を一度書き出さないと、老後の不足額は見えてこない。
大きな数字を見る前に、まず自分の毎月の収入を確認する。
そこから始めるしかない。
支出は、今の延長では考えにくい
老後の支出を考えるとき、今の生活費をそのまま置けばよいのかというと、それも違う気がしている。
会社員をしている今は、仕事に関係する支出がある。
通勤、昼食、車、衣類、付き合い、出張に伴う細かな出費。大きく見えないものでも、積み上げればそれなりの金額になる。
一方で、働かなくなれば増える支出もある。
家にいる時間が長くなれば、光熱費は上がるかもしれない。健康のための支出も増える。医療費も、今より身近になるだろう。時間ができれば、旅行や趣味にお金を使いたくなるかもしれない。
私の場合、親のことがある。
母は実家の離れで一人暮らしをしている。買い物や通院、実家の維持にも費用がかかり、月々の生活費を支える形になっている。今後、介護の度合いが変われば、必要なお金も変わる。
以前、母の保険を確認したとき、年金収入に対して保険料の負担が大きいことに気づいた。親の家計は親だけの問題では終わらない。子が支える部分があるなら、自分の老後資金にも関係してくる。
実家の片付けにかかる費用も、少しずつ見えてきた。
建物の整理、墓や仏壇のこと。空き家をどうするかも、まだ答えが出ていない。売れば済むと思える地域ではないことも、調べるうちにわかってきた。
老後資金というと、自分たちの生活費だけを考えがちだ。
けれど実際には、親の費用や実家の後始末が重なる可能性がある。
私にとってこの問題は、自分の生活費だけの話ではない。親世代から引き継ぐものを、どう終えていくかという課題とも、地続きになっている。
住宅ローンが終わっても、安心ではなかった
私の場合、住宅ローンはすでに払い終えている。
この点だけを見れば、老後の支出は抑えられるはずだ。住む場所があり、毎月の返済もない。それは大きい。
ただ、ローンが終わったからといって、安心できるわけではなかった。
マンションに住んでいれば、管理費や修繕積立金は続く。年数が経てば、設備の交換も必要になる。固定資産税もある。家は、持っている限り手入れが必要になる。
実家も同じだ。
母が暮らしている離れは、一人暮らしには向いている。平屋で段差が少なく、母屋より動きやすい。
ただ、敷地全体で見れば管理するものは多い。母屋は空き家のまま、古い道具や農機具も残っている。草も生える。火災保険や固定資産税も続く。以前、建物の整理にかかる費用を概算してみたが、決して小さな額ではなさそうだった。
持ち家は安心材料になる。
けれど、持ち家が複数の問題を連れてくることもある。
老後のお金を考えるとき、私は「家があるから大丈夫」と単純には思えなくなった。
住む家と、維持する家は違う。
自分のマンションは暮らしを支えてくれる。一方で、実家の建物や土地は、これから整理しなければならない課題でもある。
この違いを、数字に入れておく必要がある。
投資で取り返そうとすると、判断が雑になる
老後資金の話になると、投資の話も避けて通れない。
私も少しずつ投資をしている。NISAやiDeCoも、遅ればせながら続けている。
ただ、過去には株式投資で損失を出した経験もある。
その経験があるので、「老後資金が足りないなら投資で増やせばいい」とは簡単に言えない。
投資は必要な選択肢だと思う。現金だけで置いておくことにも、物価上昇というリスクがある。長い時間で考えれば、資産運用を避けて通るのは難しいのかもしれない。
それでも、投資は不足額を一気に埋める道具ではない。
足りない不安が強いと、取り返したくなる。大きく増やしたくなる。過去の損失も、未来の不足も、同じ場所で回収しようとしてしまう。
私の場合、その感覚が危ない。
損をした経験があるからこそ、今は投資を「老後を救うもの」とは考えないようにしている。
リスクを承知のうえで、続けられる範囲で続ける。そのくらいの距離感でいたい。
増える前提で生活設計を組むのではなく、増えなかった場合でも暮らせる形を考える。そのうえで、時間を味方にできる範囲で続ける。
退職金を、あてにしすぎない
老後資金を考えるとき、退職金も大きな要素になる。
ただ、私は退職金を過大に見積もらないようにしている。
私は50歳のときに転職を経験している。今の会社でも定年まで働くつもりではいるが、新卒から同じ会社に勤め続けた場合とは、条件が違ってくる。
退職金制度があっても、いくらになるかは会社によって違う。業績や制度変更の影響も受ける。定年前に体調を崩す可能性もゼロではない。
退職金は、あれば助かるお金だ。
だが、それを前提にしすぎると、足元の家計を見る力が弱くなる気がする。
私は、定年まで会社にいれば何とかなる、という考え方を少しずつ手放したいと思っている。
会社を疑っているわけではない。
ただ、会社員として受け取るものだけで老後を考えると、自分で動く余地がなくなる。退職金も年金も大事だが、それを確認したうえで、不足するならどうするかを考える。
その順番を間違えないようにしたい。
2000万円より、毎月の不足額を見る
最近は、2000万円という総額より、毎月の不足額を見るほうが現実的だと思うようになった。
たとえば、年金などの収入から生活費を引いて、毎月いくら足りないのか。
3万円足りないのか。
5万円足りないのか。
10万円足りないのか。
毎月の不足額がわかれば、何年でいくら必要になるかが見えてくる。
もちろん、老後は直線ではない。
元気な時期と、医療や介護の費用が増える時期では支出が違う。配偶者のどちらかが先に亡くなれば、収入も支出も変わる。家の修繕や実家整理のように、一時的に大きなお金が出ることもある。
それでも、まずは毎月の不足額を出す。
そこに、まとまって必要になりそうなお金を別に足す。
私の場合なら、実家整理、墓や仏壇、母への支援、自分たちの医療費、マンションの維持費。こうしたものを別枠で置いておく必要がある。
「2000万円」という言葉は、入口としては強い。
けれど、自分の暮らしに引き寄せるなら、月いくら足りないのか、何が一時費用として出るのか、いつまで働くのか。この三つに分けて考えるほうが、自分の場合は手がつけやすい。
大きな数字を見て不安になるより、小さく分けて見えるようにする。
今はその段階だと思っている。
私にとっての老後準備は、家計表だけでは終わらない
老後資金を考えると、家計表や資産一覧が必要になる。
ただ、私にとっての老後準備は、それだけでは終わらない。
親の保険を整理する。実家の書類を確認する。自分の保険も見直す。年金見込み額を確認する。退職金の見込みを把握する。NISAやiDeCoを、続けられる範囲で続ける。
これまで書いてきた実家整理や保険の話は、別々の出来事のようでいて、結局はここにつながっている。親の暮らしを支えることと、自分たちの老後を整えることは、切り離して考えにくい。
そして、会社以外の場所に少しずつ時間を使う。
ブログを書いているのも、その一つだ。
すぐに収入になるわけではない。むしろ、まだ持ち出しのほうが多い。けれど、会社の外で自分の言葉を積み上げることは、老後準備の一部だと感じている。
お金だけあっても、一日をどう使うかが空白なら不安は残る。
反対に、やりたいことだけあっても、生活費が足りなければ続けられない。
老後の準備は、お金と時間の両方を整えることなのだと思う。
50代後半から始めるには遅いのかもしれない。もっと早く見ておけばよかったと思うこともある。
それでも、今見ないよりはいい。
大きな数字に答えを求めるのではなく、自分の暮らしを一つずつ見ていく。年金、支出、親のこと、実家、投資、働き方。面倒でも、そこから逃げないようにしたい。
答えはまだ出ていない。
ただ、数字に不安になるだけの段階から、少しずつ自分の問題として見る段階には移ってきた。
定時のあとの時間を使って、少しずつ整えていく。


コメント