退職金のことを、最近ようやく現実の話として考えるようになった。
50代後半になるまで、退職金はどこか遠いお金だった。定年のときに会社から受け取るもの。老後資金の一部になるもの。そのくらいの理解で止まっていた。
だが、親の年金、介護費用、実家の固定資産税、空き家の整理費用を調べていくうちに、自分の退職金も「まとまったお金」としてだけ見ていてはいけないと思うようになった。
受け取る前には税金がある。受け取った後には使い道がある。年金が始まるまでの生活費、医療や介護への備え、実家の後始末、自分たちの住まいの維持、投資に回すかどうか。考えることは思っていたより多い。
今回は、退職金を受け取る前に、使い道と税金をどう整理しておくかを、自分の問題として書いておきたい。
退職金は、受け取って終わりのお金ではない
退職金という言葉には、少し特別な響きがある。
長く働いた結果として受け取るお金。会社員生活の一区切り。老後への備え。そういう意味では、給与や賞与とは違う重さがある。
私も以前は、退職金があれば少し安心できると考えていた。
住宅ローンはすでに終わっている。子の学費も払い終えた。大きな支出の山を越えたあとなら、退職金は老後の余裕になるのではないか。そんな見方をしていた時期がある。
ただ、最近は少し違う。
母の一人暮らしを支え、実家の建物や土地を見ていると、まとまったお金にはすぐ役割がついてくる。介護サービスを増やす可能性がある。実家の片付けや解体が必要になるかもしれない。墓や仏壇のことも残っている。
自分たちの暮らしも同じだ。
マンションの修繕積立金や管理費は続く。車も、いつまでも今のまま乗れるわけではない。健康診断の結果を見ると、医療費や保険の見直しも他人事ではなくなってきた。
退職金は、ご褒美のように使えるお金ではない。
もちろん、長く働いた自分を少し労う使い方があってもいいと思う。旅行に行く。家電を買い替える。趣味に使う。そういう使い道まで否定したくはない。
しかし、最初から自由に使えるお金だと考えると危うい。
受け取った瞬間は大きく見える。だが、そこから年金が始まるまでの生活費、税金、医療、親の支援、実家の整理費用を引いていくと、見え方は変わるはずだ。
まずは、退職金を一つの大きな財布として見ない。
いくつかの箱に分けて考える必要がある。
退職金には、退職所得としての税金がかかる

退職金を考えるとき、最初に確認したかったのは税金だった。
会社から示される見込み額が、そのまま手元に残るわけではない。税金がどうかかるのかを知らないまま使い道を考えると、最初から数字を見誤ることになる。
国税庁の説明では、退職金は原則として退職所得として扱われる。
退職所得は、収入金額から退職所得控除額を差し引き、その残りに二分の一をかけて計算する。長く働いた人の退職金に、給与と同じようにそのまま課税するわけではない仕組みになっている。
退職所得控除額も、勤続年数で変わる。
勤続年数が20年以下なら、40万円に勤続年数をかける。80万円に満たない場合は80万円になる。20年を超える場合は、800万円に、20年を超えた年数分を70万円ずつ足す。
たとえば勤続30年なら、800万円に70万円かける10年分を足して、退職所得控除額は1,500万円になる。
この仕組みを見て、長く同じ会社で働いた人ほど、退職金の税負担が抑えられるようになっているのだと理解した。
一方で、私の場合は50歳で転職している。
実は前職を離れるとき、一度退職金を受け取っている。勤続年数の条件は満たしていたので、規定どおりの額が支払われた。
ただ、そのときは引退したわけではなかった。次の会社での勤務が控えていて、生活も仕事も続いていく。だから退職金というより、まとまった一時金が振り込まれた、という感覚のほうが近かった。
受け取る前は、もう少し安心できる額を思い描いていた気がする。以前は大金だと考えていた金額も、今の暮らしに当てはめれば、数年分の生活費にしかならない。
定年で受け取る退職金についても、一度、規定の計算式にざっくり当てはめてみたことがある。転職後の勤続年数で計算すると、見込みは決して大きくない。正直に言えば、その先を考えるのが少し重くなった。それでも、微々たるものになるかもしれないと、今から覚悟しておくほうがいいと思っている。
そもそも、退職金があること自体が当たり前ではない。私の親は大工で、退職金という仕組みとは縁がなかった。会社員が受け取れる退職金は、恵まれた部分でもある。だからこそ、粗末には扱いたくない。
前職での長い勤務期間と、今の会社での勤務期間は、会社員人生としてはつながっている。だが退職金制度としてどう扱われるかは、会社ごとに確認しなければならない。
一度受け取っているからこそ、次に定年で受け取る退職金も、額面のイメージだけで考えないようにしたい。ここを曖昧にしたまま、何となく「長く働いたから控除も大きいはず」と考えるのは危ない。
退職金には、所得税だけでなく住民税も関係する。会社で源泉徴収される場合でも、自分が最終的にいくら受け取れるのかは、制度と書類を確認しないと分からない。
私は税理士ではない。
だから、細かな税額をここで決めつけるつもりはない。必要なら会社の担当部署や税務署、専門家に確認する。ただ、退職金は「額面」と「手取り」を分けて見る。この基本だけは、今から持っておきたい。
退職所得申告書を出すかどうかで扱いが変わる
退職金の税金を調べていて、もう一つ大事だと思ったのが書類だった。
国税庁の説明では、「退職所得の受給に関する申告書」を提出している場合、退職金の支払者が所得税と復興特別所得税を計算し、支払いの際に源泉徴収する。その場合、原則として確定申告は必要ないとされている。
一方で、この申告書を提出していない場合は、支払金額の20.42%が源泉徴収される。そして本人が確定申告で精算することになる。
この違いは大きい。
退職金の税金というと、税率や控除額に目が行く。だが、実際の場面では、会社から渡される書類をきちんと確認し、期限内に出すことも同じくらい大事になる。
退職時は、おそらく書類が多い。
健康保険、年金、雇用保険、退職金、企業年金、源泉徴収票、住民税。会社員の間は会社が処理してくれていたことが、一気に自分の手元へ寄ってくる。
そのとき、書類の意味を何も知らないと、流れ作業で署名してしまうかもしれない。
私は仕事では書類を確認する立場にいる。それでも、自分の退職となると冷静でいられるか分からない。長く勤めた区切り、肩書きが外れる不安、次の生活への準備。その中で、税金の書類を落ち着いて読むのは簡単ではないと思う。
だからこそ、今のうちに名前だけでも覚えておきたい。
退職所得の受給に関する申告書。
退職所得の源泉徴収票。
退職金の支給明細。
企業年金や確定拠出年金の受け取りに関する書類。
退職金は、受け取る時点で終わりではない。受け取る前の書類から、もう老後の手続きは始まっている。
使い道は、まず生活費と一時費用に分ける

退職金の使い道を考えるとき、私はまず二つに分けたいと思っている。
毎月の生活費に使うお金。
一時的に大きく出ていくお金。
この二つを混ぜると、退職金の減り方が見えにくくなる。
毎月の生活費は、年金が始まるまでのつなぎ、または年金だけでは足りない分を補うお金だ。食費、光熱費、通信費、管理費、医療費、車の維持費。会社員時代とは支出の形が変わるにしても、暮らしが続く限り毎月出ていく。
一時費用は別だ。
住まいの修繕。
家電の買い替え。
車の買い替え。
医療や入院への備え。
実家の片付け。
空き家管理や解体。
墓や仏壇の整理。
親の介護が重くなったときの費用。
これらは毎月ではないが、出るときには大きい。
これは想像の話ではない。私が住むマンションでも、修繕積立金が今の物価高では足りないと判断され、これまでに二度、臨時の徴収があった。一度だけでも家計に響く額で、二度を合わせれば、ちょっとした車が買えるほどになった。
毎月の積立とは別に、こうしたまとまった負担が突然決まることもある。住まいを持ち続ける限り、修繕の費用からは離れられない。
退職金をすべて一つの口座に置いておくと、残高があるうちは安心してしまう。だが、一時費用が続けば、思ったより早く減るかもしれない。
私の場合、実家関係の費用を別枠にしておく必要がある。
母が暮らす離れ、空いた母屋、草刈り、固定資産税、将来の片付け。これらは自分たち夫婦の老後費用ではないようでいて、実際には私の家計に関係してくる。
親の問題は、親の財布だけで完結しない。
だから、退職金を考えるときも、自分の老後資金と実家整理費用を分けて見たい。
「老後の生活費」と「親と実家の後始末」を同じ箱に入れない。これだけでも、見通しは少し変わる気がしている。
投資に回す前に、減らしてはいけないお金を決める

退職金の使い道を考えると、投資の話も出てくる。
NISA、iDeCo、投資信託、個別株。金融機関から見れば、退職金は運用提案の入口にもなるのだろう。まとまったお金をどう増やすか。そういう話は、これからさらに身近になると思う。
金融庁のNISA特設サイトを見ると、2024年からのNISAは非課税保有期間が無期限になり、制度も恒久化された。つみたて投資枠と成長投資枠の併用ができ、年間投資枠は合計360万円、非課税保有限度額は1,800万円とされている。
制度としては、老後資金を考えるうえで大きい。
ただ、退職金を一気に投資へ回すことには慎重でいたい。
投資には、増える時期もあれば、思うように動かない時期もある。値動きに気持ちを引きずられ、取り返そうとして深追いする。そういう危うさは、想像がつく。
転職のときに受け取った退職金も、そのまま口座に置いておくだけだった。当時は、まとまったお金を長く運用に回すという発想がなかった。
今になって思えば、その一部でも、S&P500のような指数に連動する投資信託で長く持っておけばよかったのかもしれない。時間を味方につけられる時期を、動かさないまま過ごしてしまった。
もっとも、それは結果を知っているから言えることでもある。お金の巡り合わせは、自分にはあまり得意ではないらしい。
退職金は、失ったら働いて取り戻せばいいという年齢の資金ではない。
若い頃なら、値下がりしても取り戻す時間があった。本当に引退する年齢に近づいてからでは、投資に大きく踏み込むこと自体が、また別の重さを持つ。
だから、最初に決めるべきなのは、いくら増やすかではなく、どこまで減らしてはいけないかだと思う。
年金が始まるまでの生活費。
医療費や介護費への備え。
実家整理に必要になりそうな費用。
住まいの維持費。
これらを現金や安全性の高い形で残したうえで、残りをどう運用するか考える。その順番にしたい。
iDeCoについても、受け取り方を考えなければならない。
iDeCo公式サイトでは、一時金として受け取る場合は退職所得控除、年金として受け取る場合は公的年金等控除の対象になると説明されている。つまり、会社の退職金だけでなく、iDeCoの受け取り方も税金と関係してくる。
退職金、企業年金、iDeCo、NISA、預金。
それぞれ別の制度に見えるが、退職後の家計では一つにつながる。どれをいつ受け取り、どれを残し、どれを運用するか。
そこを一度紙に書き出さないと、判断できないと思っている。
退職金を家族のために使いすぎない
退職金を考えると、家族のことも頭に浮かぶ。
親の介護に使うかもしれない。
実家の整理に使うかもしれない。
子や孫に何かを残したい気持ちもある。
自分だけのために使うお金だとは、なかなか思えない。
ただ、ここにも線引きが必要だと思う。
私は母に仕送りをしている。買い物や通院、実家の草刈りにも時間とお金を使っている。これから実家の後始末にも関わるだろう。親を支えることは、自分にとって避けられない役割になっている。
それでも、自分たち夫婦の老後資金まで削りすぎてはいけない。
親を支えるために自分の老後が不安定になれば、結局は子に負担を渡すことになる。私は、それをできるだけ避けたい。
子や孫に何かを残したい気持ちも同じだ。
何かを買ってあげる。少し援助する。将来のために残す。そうした気持ちは自然にある。だが、退職金を受け取った安心感で、先に渡しすぎるのは違うと思う。
まず、自分たちが暮らしていけること。
次に、親と実家の費用をどこまで持てるかを決めること。
そのうえで、余力があれば子や孫への気持ちを形にすること。
冷たい順番のようにも見える。
だが、自分の生活を整えることは、家族に迷惑をかけない準備でもある。退職金を家族のために使うなら、なおさら自分の暮らしの土台を先に確認する必要がある。
退職前に、会社任せにしない数字を作る

退職金の使い道を考えるために、今からやっておきたいことがある。
会社の退職金制度を確認する。
退職金の見込み額を把握する。
税引き後の手取りを概算する。
年金開始までの生活費を出す。
年金見込み額を確認する。
実家整理や親の介護費用を別枠で見積もる。
NISAやiDeCoの残高と受け取り方を確認する。
どれも面倒だ。
だが、この面倒さを退職直前まで残すと、判断が遅れる。退職金を受け取ってから考えるのではなく、受け取る前に役割を決めておきたい。
会社員は、会社に守られている部分が大きい。
給与は毎月振り込まれる。税金や社会保険も、会社が手続きをしてくれる。年末調整もある。退職するまでは、その仕組みの中で暮らしている。
退職後は、そうはいかない。
一度受け取った退職金を、どの順番で使うか。年金が始まるまで、どの口座から生活費を出すか。税金や保険料をどう見込むか。自分で考えることが増える。
退職金の話は、お金の話であると同時に、会社員としての保護から少しずつ外れていく話でもある。
私はまだ定年前だ。
だからこそ、今なら落ち着いて調べられる。分からないことを会社に聞くこともできる。制度の説明を読み、家計表に数字を置いてみることもできる。
退職金を大きな希望にも、大きな不安にもしたくない。
働いてきた結果として受け取り、その後の暮らしを支える道具として使う。そのためには、使い道より前に、役割を決めることが必要なのだと思う。
答えはまだ出ていない。
ただ、退職金を「入ったら考えるお金」ではなく、「入る前から分けておくお金」として見る段階には来ている。派手な準備ではないが、退職後の暮らしを落ち着いて始めるための土台になるはずだ。
定時のあとの時間を使って、少しずつ退職金と老後のお金の準備を進めていく。

