実家の母屋をどうするかを考えていたとき、「最終的には売ればいい」という前提が頭の片隅にあった。
漠然とした安心感だった。売れれば整理費用の足しになる。誰かに使ってもらえるならそれでもいい。そんな気持ちだった。ところが同じ地域の不動産をWebで調べてみると、その前提が崩れ始めた。
「財産」だと思っていた
実家は、公共交通機関がほぼない地域にある。近くに小さなスーパーが一軒あるだけで、コンビニも病院も車なしでは行けない。そういう場所だ。
それでも以前は、土地も家屋も財産だという感覚があった。父の世代までは、土地を売って資金を作る人もいた。地域に少しだけ出ていた宅地に建売住宅が建ったり、アパートが建てられたりした時期もある。家や土地が動いていた頃の記憶が、自分の中にも残っていた。
ただ、ここ数年はそういった動きをほとんど見かけない。気づくと、新しい建物が増えることはなくなっていた。
母屋は木造二階建て、六十坪以上ある。離れは平屋で四十坪ほど。大工小屋も敷地に含む。父が職人で、現役のころは使い勝手よく手を入れていた場所だが、今となっては空き家になって年数が経つ。
「古い家でも、田舎でも、ちゃんと売りに出せばいつかは買い手がつくだろう」と思っていた。根拠があったわけではない。「財産だ」と感じていた頃の記憶が、そのまま残っていただけだった。
同じ地域の物件を調べてみた

ある日、ふと思い立って不動産情報サイトを開き、実家の近隣エリアで売りに出されている物件を検索した。
いくつか出てきた。古い一戸建てが、かなり低い価格帯で並んでいた。建物ごと売りに出されているものもあれば、更地になった土地も出ていた。気になったのは掲載日だ。一年以上前から掲載されているものが、複数あった。更新はされているが、「成約済み」にはなっていない。
似たような条件の物件が、長期間そのまま残っている。
ただし、掲載が長いことだけで「売れない」と断定はできない。価格の妥当性、権利関係、接道、農地法など、Webの掲載情報だけでは分からない条件もある。ここでは、同地域の掲載状況から、売却を前提にしすぎない方がよいと考えた記録として整理しておく。
それが今の現実だった。
もちろん、Webに掲載されている期間だけで、物件が売れないと決めることはできない。価格を変更しているかもしれないし、売主が急いでいない可能性もある。掲載を取り下げて、別の方法で買い手を探していることも考えられる。私が見たのは市場のすべてではなく、ある時点で表に出ていた情報の一部だ。
それでも、複数の物件が長く掲載されているのを見たことで、「売りに出せば、近いうちに現金化できる」という考え方は危ういと感じた。少なくとも、売却価格や売れる時期を先に決めて、整理や解体の計画を立てることはできない。まずは、売れない期間が続く可能性も含めて考える必要がある。
不動産情報サイトでできるのは、似た物件の有無や地域の価格帯を眺めることまでだ。土地の境界、道路との関係、建物の状態、相続登記の状況などは、掲載画面だけでは判断できない。調査の入口にはなるが、査定や契約の代わりにはならない。その線引きを意識しておくことも、今回の調査で学んだことだった。
田舎の空き家が売れにくい理由
素人なりに調べてみると、田舎の空き家が売れにくい理由はいくつか重なっていると分かった。
まず、買い手の絶対数が少ない。都市部と違い、その地域に住みたいと思う人自体が多くない。移住・田舎暮らしへの関心が高まっているとは聞くが、実際の成約に結びつくケースは限られている。
次に、インフラへの不安だ。車がなければ日常生活が成り立たない場所では、生活コストと利便性のバランスが難しい。子育て世代には学校・医療のアクセスが問題になる。高齢者には買い物と通院の問題がある。
古い家屋には、建物の問題もある。木造の古い家は、リフォーム費用の見通しが立てにくい。床下・屋根・基礎の状態が分からないと、購入後に追加費用が発生するリスクがある。そこを慎重に見る人は多い。
価格を下げれば売れるかというと、そう単純でもない。同地域の物件がすでに低い価格帯で掲載されているのに、それでも動いていない。価格だけの問題ではないということだ。
買い手から見れば、購入後に必要になる費用と手間も判断材料になる。屋根や外壁、給排水、電気、庭木、物置。建物そのものの価格が低くても、住める状態にするまでの費用が読めなければ、候補から外されることがある。売る側が「まだ使える」と思っていても、買う側には「直す必要がある家」に見える。その見え方の違いも考えておきたい。
また、家だけでなく、土地の権利関係や接道、農地・山林の扱いが複雑になると、話を進める相手が限られる。現地を見てくれる業者に相談しなければ分からないことが多く、家族だけで価格を想像しても結論は出ない。売却の可能性を考えるなら、建物と土地を別々に見るのではなく、まとめて確認する必要がある。
「売れれば」は前提にできない

調べて分かったのは、「売れる」を前提に計画を立てるのは心もとない、ということだ。
整理の費用・解体の費用・そのあとの土地の活用——これらを「売った代金で賄う」というシナリオは、成立しない可能性がある。売れないまま維持費だけがかかり続ける展開も、十分にあり得る。
固定資産税などの負担は、空き家になったからといって自動的に消えるものではない。住宅の敷地には住宅用地特例が適用される場合があるが、管理不全空家等や特定空家等について、市区町村から勧告を受けた場合は、その特例が適用されなくなることがある。状態や自治体の手続きによって扱いが変わるため、税額を自分だけで決めつけず、市区町村へ確認する必要がある。詳しくは国土交通省の空き家対策特設サイトを参照した。
売れないという前提で考え直すと、選択肢が変わってくる。
貸せるか。使ってもらえる相手がいるか。解体して更地にした方が維持しやすいか。今すぐ答えは出ないが、「売れるだろう」という前提を一度脇に置いてみることから始めようと思う。
調べて分かったことと、まだ分からないこと
今回の調査で分かったのは、売却の可能性は一つの数字では表せないということだ。土地と建物の価格だけでなく、修繕費、解体費、仲介の条件、買い手が見つかるまでの期間、維持管理の負担まで含めて考えなければならない。売値が高いか安いかだけを見ても、判断材料としては足りない。
一方で、まだ分からないことも多い。実家の正確な査定額、境界の状態、道路にどう接しているか、建物を残した場合と壊した場合の差。農地や山林がどのように関係するかも、書類を確認しなければ分からない。調べたつもりでも、入口に立っただけだと感じている。
家族の間で、売ることへの考え方が一致しているとも限らない。思い出のある家を手放したくない人もいるし、維持管理の負担を早く減らしたい人もいる。金額だけを先に話すと、感情の部分が置き去りになる。何を残したいのか、いつまでに判断したいのか、誰が現地の確認を担うのかを、別々に話す必要がある。
売却は、家族の気持ちと不動産の条件の両方を整理してから進めるものだと思う。どちらか一方だけを急いでも、後で話が戻る。決められない状態を無理に終わらせるのではなく、分かっていることと分からないことを紙に分ける。その作業だけでも、次に相談すべき相手が見えてくる。
市になっても、地域の姿は変わってきた
実家のある地域は、市町村合併で「市」になった。名前は新しくなったが、若い世代は地元を離れていく傾向が続き、人口は少しずつ減ってきている。
その中で、昔ながらの仕組みは今も続いている。寄り合い、役員当番、溝掃除、消防団——長く地域を支えてきた仕組みだ。担い手が減ってきている現実は、住んでいる人ほど感じていることだと思う。それでも形を保ち続けているのは、これまで積み重ねてきたものを大事にしたい気持ちがあるからだろう。
人が少なくなれば、一人あたりの負担は増える。いずれは見直す時期もくるのかもしれない。ただ、外に出た身の自分が、軽々しく口を挟める話ではない。中で動いている人の知恵に任せる場面だと感じている。
実家の問題を抱えているのは自分だけではない、と感じることがある。中学時代の知り合いと年に数回話す機会があると、親の話が出ることが増えた。農家を継いだ人を除いて、実家が空き家になっている、あるいはなりそうだという話が出る。地方の同世代には、親の実家をどうするかという問題を抱えている人が少なくない。珍しいことではなく、同じ世代が同じ時期に同じ問題に向き合っているのだ。そう思うと、自分だけが立ち止まっているわけではないと少し気が楽になる。ただ、それで答えが見つかるわけでもない。
そのうちの一人は地元に住み続けていて、人とのつながりが広い。最新の地域の様子を教えてくれるだけでなく、何かあれば駆けつけてくれる。遠くから管理を続けるうえで、こういう友人の存在は本当に心強い。
今できることは何か

売れるかどうかは、売り出してみないと分からない。売り出す前に、整理と準備が必要だ。
まず、建物の状態を把握すること。業者に見てもらい、リフォームが必要な箇所・解体する場合のコストを確認する。判断の材料を持っておくだけで、選択肢が増える。
次に、土地の整理をすること。農地や山林が絡む場合は権利関係の確認が必要になる。うちの実家も、調整区域の農地が点在している。農地の売買や貸借には、農業委員会の許可など法律上の手続きが必要で、農地の区分や目的によって扱いも変わる。「売買できない」と一律に決めつけず、面積と場所を把握したうえで、農業委員会や自治体へ確認する必要がある。農地の制度については農林水産省の案内を参照した。
そして、地元の不動産業者に一度相談してみること。Webの情報だけでは分からない地域の事情を、現地を知る業者が持っていることがある。
相談するときは、「いくらで売れますか」と聞くだけでなく、「売却までに確認が必要なことは何か」「建物を残す場合と解体する場合で何が違うか」「農地や山林がある場合、どこへ相談すべきか」と聞いてみたい。すぐに売ると決めていなくても、質問を通して不足している情報が分かる。複数の相談先で見方が違う可能性もあるため、説明の内容をメモして家族で比べることも必要になる。
その際、登記や契約、税金の扱いを自分の推測だけで進めないことも大切だと思う。不動産会社、司法書士、土地家屋調査士、自治体の担当窓口など、問題に応じて相談先は変わる。専門家に頼ることは、家族で考えることを放棄するのではなく、判断に必要な材料をそろえるための行動だ。
どれも、まだ実行できていないことだ。ただ、「売れると思っていた」から「売れないかもしれない」に認識が変わっただけでも、準備の仕方が変わってくる。
「売れる」という前提を一度置いて、現実の方を一つずつ見ていく。今の自分にできるのはそこからだと感じている。
定時のあとの時間を使って、少しずつ現実を調べていく。

