相続で揉めやすいポイントを調べた

親と実家

相続という言葉を聞くと、以前は大きな財産を持つ家の話だと思っていた。

うちには、その意味での財産はない。母は実家の離れで一人暮らしをしていて、収入も限られている。母屋や離れ、古い道具、点在する小さな畑、仏壇と墓。あるのは、売ればお金になるものというより、これから整理しなければならないもののほうが多い。むしろ、借金がないのが幸いなくらいだ。

しかも私は一人っ子で、自分の親の相続で分け方を争う相手はいない。妻には姉妹がいるが、妻の実家のほうは義父が中心になって考えているようで、私たち婿の側は基本は従うだけだ。きっと揉めることもないと思っている。

だから、揉めるかどうかという意味では、自分にはあまり関係のない話だと思っていた。

気になり始めたのは、周りの人たちのことがあったからだ。同級生や同世代の同僚も、親の年齢が近く、似たような時期に差しかかっている。中には、相続で苦労している人もいると聞く。自分の家は揉めようがないと思っていても、何も知らないままでいるのは違う気がしてきた。

私は専門家ではない。書けるのは一般的なことにとどまる。それでも基本的なところだけでも知っておきたくて、相続のどこが揉めやすいのかを、自分の実家に置き換えて調べてみた。

調べていくうちに、ひとつ気づいたことがある。資産価値という目で見ると、自分が引き継ぐものには、ほとんど値段がつかない。それでも、相続の問題は確かにそこにあった。


相続は、財産をもらう話ではなかった

相続で揉めるというと、預金や不動産を多く持っている家の話に聞こえる。

だが調べてみると、金額の大きさよりも、「分けにくいもの」がある家ほど、話がこじれやすいようだった。

現金は、まだ分けやすい。金額で感情は動くが、誰がいくら受け取るかという形にはできる。

一方で、実家の建物や土地はそうはいかない。

母が暮らす実家には、母屋と離れがある。母屋は今、空き家に近い。大工小屋も残っている。小さな畑も点在しているが、場所も面積も完全には把握できていない。売れる土地でもない。それでいて、固定資産税や草の管理は続く。

資産価値という目で見れば、これらにほとんど値段はつかない。それでも、税金はかかる。誰かが管理しなければ荒れていく。つまり、もらってうれしい財産というより、引き受けなければならない責任に近い。

誰か一人が引き受けるのか。売れるのか。壊すのか。壊す費用は誰が出すのか。名義だけ変えても、問題は終わらない。

私のように一人っ子で、分け方を話し合う相手がいない場合でも、これは変わらない。争いは起きなくても、後始末を自分一人で抱えれば、その重さはいずれ子どもに引き継がれる。

相続は、財産をもらう話ではなく、残されたものをどう扱うかの話でもある。そう考えると、揉めるかどうかは財産の多さだけでは決まらないのだと思うようになった。


実家は、二つに割れない

残されたものの中でも、一番扱いに困るのが実家のような不動産だと感じている。

現金なら、割合に応じて分けられる。だが、家は二つに割れない。

誰かが住むのか。

売るのか。

貸すのか。

解体するのか。

空き家のまま持つのか。

選択肢はいくつもあるが、どれも簡単ではない。

私の実家は、公共交通機関がほぼない地域にある。似た条件の物件を見ても、簡単に買い手がつくようには見えなかった。母屋は古く、荷物も多い。父の道具も残っている。壊すにも費用がかかる。

「最後は売ればいい」と、以前はどこかで思っていた。だが、買い手が見つからなければ、売るという選択肢は現実には使えない。

立地の良い家を相続した会社の先輩は、リフォームをして人に貸していた。それでも、設備が壊れるたびに修理や入れ替えが必要で、儲けはほとんど残らないと言っていた。それでも、空き家にしておくよりはましだと。立地に恵まれていても、貸すという選択が楽なわけではないようだった。

私や、地元に残った同級生は、そうはいかない。借り手がつく場所でもなく、売るにも買い手を見つけるのが難しい。貸すことも売ることもできなければ、残るのは、維持するか、費用をかけて整理するかという選択だけになる。

同じ「家」でも、見る人によって意味が違う。親が暮らした大切な場所と見る人もいれば、管理が必要な負担と見る人も、いつか売れる資産と見る人もいる。同じものを見ていても、見えているものが違う。だから、相続の場面では実家ほど話がまとまりにくい。

私にとって実家は、父と母が暮らし、自分が育った場所だ。同時に、自分の代で終わらせる必要があるかもしれない場所でもある。感情と現実が、同じ場所に重なっている。

だからこそ、実家の話は早めに始めたほうがいいのだと思う。相続が起きてから、気持ちが揺れている中で建物や土地の判断をするのは難しい。


介護や援助の負担は、割合では片づかない

相続には、法定相続分という目安がある。配偶者と子なら、配偶者が二分の一、子が二分の一。子が複数いれば、その二分の一を人数で分ける。こうした基準があること自体は大事だ。何もなければ、話し合いの出発点すらなくなる。

ただ、調べていて感じたのは、この割合は「誰がどれだけ親を支えたか」までは見てくれないということだった。

親から住宅資金を出してもらった人がいる。結婚や子育ての時期に援助を受けた人がいる。親の近くで介護をした人がいる。遠くにいて、費用だけ出した人がいる。

その時々は、親子の間の自然な助け合いだったはずだ。それでも、相続の場面になると、別の意味を持ち始める。

「自分はこれだけやった」

「自分は事情があってできなかった」

「親はあの人に多く渡していた」

こうした思いは、数字だけでは片づかない。そして、誰がどれだけ負担したかを誰も記録していないと、やった側の苦労は「なかったこと」のように扱われてしまう。

私自身も、母に月々の生活費を渡し、週に一度ほど実家に通っている。これを何かに換算したいわけではない。母を支えるのは、自分で選んでやっていることだ。比べ合う相手もいない。

ただ、もし兄弟姉妹がいれば、同じようには受け止められないかもしれない。介護や援助は、やった人ほど黙って抱えやすい。黙って抱えたものは、相続のときに別の形で表に出てくる。

だから、感情をぶつけるためではなく、事実として残しておくことが大事なのだと思う。誰が何をして、費用は誰が出していて、親が何を望んでいるのか。書き留めておくだけで、後の「聞いていない」「知らなかった」は減らせる。


書類と名義が分からないと、話し合いの前で止まる

相続は、家族の気持ちだけで進むものではない。

通帳、印鑑、保険証書、不動産の権利書、固定資産税の通知、年金の書類、墓やお寺との関係。こうしたものがどこにあるか分からないと、話し合う前の段階で止まってしまう。

母が入院したとき、私は通帳や保険証書を探した。古い証書と新しい証書が混ざり、どれが有効なのか分からない。通帳はあっても、どの印鑑のものか分からない。土地の権利書の場所もすぐには出てこなかった。親戚や近所の連絡先も把握できていなかった。

そのとき感じたのは、親が元気なうちに聞いておくべきことは、想像以上に多いということだった。

相続登記も、今は義務になっている。2024年4月1日から、不動産を相続で取得したことを知った日から原則三年以内に、登記の申請をする必要がある。これを知って、実家の土地や建物を曖昧なままにしておく怖さが、少し現実になった。

名義が昔のままの土地があると、相続人をたどるだけで大変になる。価値の低い土地ほど後回しにされやすいが、価値が低いことと、問題が小さいことは別だ。

まずは、何がどこにあるのかを一覧にする。通帳、保険、不動産、固定資産税、墓、仏壇、親戚の連絡先。きれいな資料でなくても、所在さえ分かれば次の人が助かる。

遺言書や税金の話は、その後でいい。書類が見つかること、名義が分かること、連絡先が分かること。まずはそこからだと思う。


相続税より、まず自分の家の現状を知る

相続を調べると、相続税の話も出てくる。

国税庁の情報によると、相続税には基礎控除がある。基礎控除額は、三千万円に、法定相続人一人あたり六百万円を足した額だ。正味の遺産額がこれを超えなければ、相続税はかからない。

この仕組みを知ると、相続税がかかるかどうかは家によって違うことが分かる。私の家で大きな相続税が出るとは考えにくい。それより、建物の整理や名義、保険、墓や仏壇のほうが、よほど現実的な課題だ。

それでも、基礎控除の考え方を知っておく意味はあった。自分の家がどの規模なのか、税理士に相談すべき話なのか、それともまず書類や不動産の把握が先なのか。全体像が見えないと、不安だけが大きくなる。

相続の話は、法律も税金も不動産も家族の感情も混ざっている。最初から全部を理解しようとすると、そこで止まってしまう。だから私は、自分の家に関係しそうなところから見ることにした。実家の土地と建物、母の預金と保険、固定資産税の通知、墓と仏壇、親戚の連絡先、そして母自身がどう考えているか。

専門家に相談するにしても、何を相談したいのかが分からなければ、相談にも行きにくい。まずは基礎を知り、自分の家の材料を集める。それが今の私にできる準備だと思っている。


揉めないために、今できること

調べてみて、結局は「知らないまま残すこと」が一番危ないのだと思った。

財産の中身を知らない。書類の場所を知らない。親の考えを知らない。家族の負担を知らない。実家の価値や管理費を知らない。知らないものは後回しになり、後回しにしたものは、誰かが最後に引き受けることになる。

私の場合、母に相続の話を正面からするのは、まだ気が重い。保険の話を切り出すだけでも簡単ではなかった。お金や家の話は、親子でも踏み込みにくい。

それでも、聞けるうちに聞いておきたい。何を大切にしたいのか。どの書類がどこにあるのか。実家を、墓を、仏壇を、どうしたいのか。一度で全部は聞けないし、聞いてもすぐに答えが出るわけでもない。

相続の準備は、親が亡くなった後に始めるものではないのだと思う。親が話せるうちに、暮らしの延長として少しずつ確かめておくものなのだろう。

揉めないために必要なのは、きれいな正解ではない。事実を見えるようにすること。負担を一人に押し込めないこと。親の意思を聞いておくこと。分けにくいものほど早めに話すこと。

私の家も、まだ何も終わっていない。実家も、墓も、仏壇も、保険も、相続も、途中のままだ。それでも、知らないままにしておく段階からは、少しずつ抜け出したい。

派手な解決策はない。まずは書類を探し、母に聞き、実家の現実を確かめる。

定時のあとの時間を使って、少しずつ整理していく。

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