母が最初の手術で入院していたころ、私は一人で実家の離れを片付けていた。
退院したら、母は母屋ではなく離れで暮らすことになっていた。その離れで使う家電を、入院中に揃えておく必要があった。
母屋で使っていた家電は、洗濯機と炊飯器を除けば、私が実家で暮らしていたころから変わっていなかった。どれも古く、そのまま離れへ運ぶ気にはなれなかった。
冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、炊飯器、ガスコンロ、ケトル、オーブン、照明、電話機。振り返ると、ずいぶん買い替えたと思う。
一人暮らしの親の家電を、家族がまとめて選ぶ機会はそう多くない。私が何を基準に選び、搬入の日に何が起きたのか。そして、替えなかった物がその後どうなったのかを、順にふり返ってみる。
母屋の家電は、私が暮らしていたころのままだった
母屋の台所には、私が子どものころから見てきた家電が並んでいた。
電子レンジも冷蔵庫も、いつ買ったのか思い出せないほど古い。洗濯機だけは途中で一度替えていたが、それもすでに年数がたっていた。
母は、新しい物を欲しがる人ではない。ただ、家電が動かなくなったとき、母が自分でできるのはコンセントを差し直すことくらいである。
入院して体力が落ちた母が、いつ止まるか分からない古い家電と暮らすのは負担になる。退院後の暮らしを考えると、ここで一度まとめて替えておく方がいいと判断した。
替えたのは、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、炊飯器、ガスコンロ、ケトル、オーブン、照明、電話機である。ガスの湯沸かし器は、業者に頼んで交換してもらった。
テレビは、自宅のマンションの寝室で使っていた液晶テレビを、とりあえず持って行った。エアコンは何とか使えたので替えなかった。掃除機も、まだ使えたのでそのままにした。
大型の古い冷蔵庫は、母屋をどうするかを考えたときにも書いたとおり、離れへ移るのに合わせて処分した。一人暮らしには大きすぎたからだ。
冷蔵庫は、子の一人暮らしのときの経験で選んだ

一人暮らしの家電を揃えるのは、これが二度目だった。
その少し前、子が一人暮らしを始めたときに、必要な家電を一通り買っていた。冷蔵庫、洗濯機、液晶テレビ、ケトル、電子レンジ、オーブン、炊飯器である。
並べてみると、母の離れで揃えた物とほとんど同じ顔ぶれだ。若い人でも高齢の親でも、一人で暮らすのに要る家電はそう変わらない。一度揃えた経験があったので、何が要るかで迷うことはなかった。
迷ったのは、一つずつの選び方の方である。とくに冷蔵庫は、子のときの経験がそのまま生きた。子の冷蔵庫を使ってみて分かったのは、冷凍庫が小さいと困る、ということだった。
一人分の食事は、まとめて買って冷凍しておく場面が多い。冷凍庫がすぐいっぱいになると、買い物の回数を増やすしかなくなる。
そこで母の冷蔵庫は、子のときより一回り大きく、冷凍庫が大きめのタイプにした。
条件はほかにもあった。冷蔵庫の上に電子レンジを置けること。離れの台所は広くないので、置き場所を縦に重ねられるかどうかは大きい。
扉の開く向きも確かめた。台所での立ち位置や壁との位置関係によっては、扉が開ききらず、中の物を取り出しにくくなる。母が毎日開け閉めする物なので、ここは店で実物を見ながら考えた。
今、母は夜に冷凍の麺を電子レンジで温めて食べている。冷凍庫を大きめにしておいたことが、そういう食べ方の余地を残したのだと思う。選んだ当時は、そこまで考えていたわけではないけれど。
選んだ基準は、使いやすさより操作の単純さ
家電を選ぶとき、私がいちばん気にしたのは操作の単純さだった。
使いやすさとは少し違う。機能が多くて便利な物は、そのぶんボタンや表示も増える。母が覚えて使えるのは、電源を入れて、決まったボタンを押せば動く物だと考えた。
値段は、なるべく安い物を基準にした。けれど、操作の単純さを優先すると、いちばん安い物では揃えられなかった。
メーカーも、信頼できるところにした。壊れて母が困るのは避けたかった。それに、壊れるたびに私が実家へ出向くことになる。その回数を、最初の選び方で減らしておきたかった。
炊飯器だけは、母のこだわりとぶつかった。母はそれまで、ガスの炊飯器を使っていた。私が家を出たあとに、両親が選んだ物である。
ガスの方が火力があって、米がおいしく炊けると母は言っていた。父も、ガスで炊いたご飯を好んでいた。母にとっては、父との思い出の道具でもあったのだと思う。
それでも、離れでは電気の炊飯器にした。退院してすぐの母が一人で台所に立つことを考えると、火を使う器具は一つでも減らしておきたかった。
退院後、母は新しい家電を問題なく使えている。たぶん、どれも基本の機能しか使っていないと思う。それで足りるように選んだので、選び方としては正解だったと考えている。
搬入の日、母屋の床に水が広がった

家電は、量販店でまとめて買った。古い家電は、新しい物の搬入と同時に引き取ってもらうことにした。
搬入の日に来たのは、若い二人組の設置業者だった。
母屋の大型の冷蔵庫を運び出すとき、二人は冷蔵庫を床に引きずって動かした。冷蔵庫の中に溜まっていた水も、出しながら運んでいった。母屋の床には、引きずった跡と水が残った。
洗濯機の設置もうまくいっていなかった。給水の接続は不十分で、排水のパイプも、きちんと流れる形になっていなかった。試しに回すと、水が流れなかった。
結局、洗濯機の配管は私が自分でやり直した。父の現場を見て育ったので、どこをどう直せばいいかは、ある程度は見当がつく。
母屋の床の後始末も、私がした。
この件は、写真を撮って販売店に送った。すると、設置を担当する側の上司から、お詫びの電話があった。お詫びに伺いたいとも言われた。
けれど、来てもらっても私は平日は実家にいない。それは断った。結局、設置料金は返してもらった。母屋の清掃費も払うと言われたが、それも断った。清掃を業者に頼むつもりはなかったし、自分でした分の費用を出すのも難しい。そのやり取りに時間を使う方が、もったいないと思った。
正直に言えば、腹は立った。応対の態度にも、残念な思いをした。
それでも強くは言わなかった。逆恨みされて、一人で暮らしている母に何かあってはいけないと考えたからだ。写真を残して事実だけを伝えたことで、話は一度で片づいた。
家電を買い替えるときに、確かめておくこと

この経験から、親の家電をまとめて替えるときに確かめておくことを整理しておく。
まず、古い家電の引き取りである。エアコン、テレビ、冷蔵庫と冷凍庫、洗濯機と衣類乾燥機の4品目は、家電リサイクル法の対象になっている。処分するときは、リサイクル料金と収集運搬料金の2つを、家電を出す側が払う仕組みだ(環境省「家電リサイクル法の概要」)。
買い替えのときは、新しい物を買う店に、同じ種類の古い物の引き取りを頼める。搬入と同時に引き取ってもらえば、運び出しの手間が一度で済む。私もこの形にしてよかったと思っている。
次に、設置の場で確かめることである。冷蔵庫は、運び出す前に中の水が抜けているか。床に傷がつかないよう、養生をしてから運ぶか。洗濯機は、設置のあとに一度回し、給水と排水がきちんとできるかを、業者がいるうちに確かめておく。
私の場合は、その場で回して流れないことに気づけた。気づかずに業者が帰っていたら、母が最初に使う日に水があふれていたかもしれない。
最後に、置き場所の寸法と扉の向きである。冷蔵庫の上に何かを置くなら、その重さと高さに耐えられるか。扉が壁に当たらずに開くか。店へ行く前に、置く場所の幅と奥行きを測っておくと迷わずに済む。
ガスコンロは、ガスのままにした
炊飯器は電気にしたが、コンロはガスのままにした。
IHのことは、このときも考えた。けれど、IHにするには電気の配線や契約アンペアの問題があった。当時は、そこまで業者に頼むことまでは考えていなかった。
母が長年使ってきた道具の方がいいだろう、という思いもあった。IHは熱が目に見えない。安全のための仕組みはあっても、慣れていない人には、かえって危ないのではないかと考えた。
そのガスコンロで、去年の冬、母は火傷を負った。羽織っていたカーディガンの袖に火が移り、右手を大きく火傷した。その経緯は、介護サービスを増やす時期を考えた記事に書いている。
このとき、改めてIHへの買い替えを考えた。けれど調べてみると、配線や工事を含めて、思っていたより大がかりになることが分かった。
母自身も、使い慣れたガスの方がいいと言った。結局、母に十分に気をつけるよう話し、今もガスコンロを使っている。
製品評価技術基盤機構(NITE)は、ガスこんろを使うときは衣服と炎の距離を意識し、近づきすぎないよう呼びかけている。厚手の服を着る冬は、袖が炎に近づきやすくなるという(NITE「冬の“もふもふ”接近注意報!」)。
火を減らすことと、慣れた道具を残すこと。最初に家電を揃えたときも、火傷のあとも、私はその両方を比べてガスを残した。その判断を悔やんでいるわけではない。ただ、慣れた道具でも、着ている服ひとつで危なくなる。そのことは、母と一緒に覚えておきたいと思っている。
今、壊れそうで気になっている家電
あれから何年かたち、今度は替えなかった物や持ち込んだ物が古くなってきた。
いちばん気になっているのは、マンションから持って行った液晶テレビである。とりあえずのつもりで運んだ物が、そのまま母の毎日のテレビになった。
冬に出すカーボンヒーターも、同じころの物だ。エアコンも、私が結婚したときに買った物と、離れを改築したときに付けた物が、どちらも20年以上使っている。
テレビもエアコンも、家電リサイクル法の対象品目である。壊れてから慌てて選ぶと、操作の単純さや置き場所まで考える余裕がなくなる。
入院中に家電を揃えたときは、母の退院に間に合わせる必要があった。時間がなかったので、操作が単純なこと、壊れにくいメーカーであることを先に決めて、それに合う物を選んでいった。
その家電を、母は今も使っている。たぶん、どれも電源を入れて決まったボタンを押すくらいの使い方だと思う。それでも、使い方が分からなくて困ったという話は聞かない。難しい機能を使わなくても暮らせる物を選んだので、それで十分だったのだと思う。
