長年勤めた会社を辞めて転職して2ヶ月目、母から「腹が痛くて我慢できない」と電話が来た。救急搬送の結果は直腸がんの破裂、緊急手術。そこから私の生活は一変した。実家整理を「いつかやること」ではなく「今やらなければならないこと」として意識し始めたのは、この出来事がきっかけだった。
きっかけ ── 転職2ヶ月目の緊急電話
50歳になる年、長年勤めた会社を辞めて転職した。新しい職場にようやく慣れ始めた2ヶ月後のことだった。母から「腹が痛くて我慢できない」と連絡が入った。すぐに救急車を手配し、私も病院へ向かった。診断は直腸がんの破裂による緊急手術。体調不良を感じていながら、検査が怖くて放置していたという。
手術は直腸を全摘する大手術となり、以来ストマでの生活が始まった。退院まで3ヶ月近くかかり、退院後はしばらく私のマンションで生活した。同居も考えたが、マンションは狭く、母も地元のコミュニティを大切にしていたため、実家に一人で戻ることを選んだ。
ストマ生活と身体障害者手帳
退院後、病院からストマをつけると身体障害者手帳(4級)の対象になると説明を受けた。ケアマネさんも紹介していただき、担当もついた。その時点ではお世話になることはなかったが、後から考えると、もっと詳しく聞いておけばよかったと思うことは多々ある。介護保険や支援制度について、元気なうちに把握しておくことの大切さを、後になって痛感した。
最初はストマの交換方法のレクチャーを受けに何度か病院へ通った。接続部が爛れて痛いと母が訴える時期もあり、慣れるまでが大変だった。ストマのキットは身体障害者手帳があれば月1万円程度の補助を受けながら購入できるが、取り扱いのある医療品店は限られている。店員さんによって対応に差があり、親切な方もいれば事務的な方もいる。高齢で緊張しやすい母が一人で行けるだろうかと、毎回心配になった。
実家の現状 ── 一人暮らしの母と三つの建物
実家は昔ながらの二階建て日本家屋。母屋は母が入院した時のままで、今も手つかずの状態だ。一人暮らしには広すぎると判断し、父が大工としてリフォームした離れの平屋で生活させることにした。ユニットバス、フローリング、エアコン完備で一人暮らしには適した空間だったが、長らく空き家だったため、準備に多くの時間と費用がかかった。
そして敷地内にはもう一つ、20年以上前に他界した父が使っていた大工小屋が今も残っている。老朽化が進み朽ちかけており、いずれは取り壊しが必要だ。しかし小屋の中には大工道具、農機具、祖母の代からある家財道具が山のように詰まっており、廃棄物は4トントラック数台分はくだらないと思われる。離れの片付けとは比較にならない規模で、取り壊しと廃棄には相当な費用がかかることが予想される。父が大切に使っていた道具をどう扱うか、まだ答えが出ていない。
車の運転はがんの発覚と同時に免許を返納してもらった。田舎で車なしの生活は不便だ。週に一度、仕事帰りか週末に実家へ通う生活が今も続いている。
「空き家をちょっと片付けるだけ」と思っていたが、実際にかかった費用と時間は想定をはるかに超えた。以下が主な出費の一覧だ。
離れの準備にかかった実際の費用
項目 実際の費用 業者相場
不用品回収(2トン+1トン各1台、作業込み) 約12万円 8〜13万円程度
プロパンガス給湯器交換 約10万円 7〜16万円
冷蔵庫(小型) 約5万円 —
洗濯機 約5万円 —
カーテン 約5万円 —
清掃用具 約5万円 —
トタン屋根 錆び取り+防水塗装(DIY) 約15万円 50〜80万円程度
ガスコンロ 約1.5万円 —
暖房器具(電気) 約2万円 —
電話機 約2万円 —
換気扇交換・台所蛇口交換 約3.5万円 —
合計 約66万円 —
廃棄とガス関係以外、できることはなるべく自分でやった。床の清掃は長年蓄積した埃が簡単に取れず、何度モップがけや雑巾がけをしても綺麗にならなかった。壁も一通り拭き掃除を行い、洗面台や台所の流しはパイプクリーナーで洗浄した。換気扇と台所の蛇口は自分で交換した。エアコンは2台とも幸いなことに動作した。会社帰り(週2〜3日)と週末を使って、清掃と器具の交換だけで約2ヶ月かかった。
特に大変だったのはトタン屋根の錆び取りと防水塗装だ。約60〜70㎡のトタン屋根を業者に依頼すると錆び取り込みで50〜80万円程度かかると言われたため、自分でやることにした。錆び取りは塗装以上に体力を使う作業で、屋根の上で何日も格闘した。錆止め材・塗料・道具を合わせて約15万円で済んだのは大きな節約になったが、その労力は相当なものだった。
さらなる試練 ── 1年後の肝臓転移
手術から1年後、がんが肝臓に転移していることが分かった。肝臓の一部を摘出する手術を再び乗り越えた。2度の大手術を乗り越えた母を見ていると、複雑な思いが込み上げてくる。
- 気づいたこと ── 整理は「その日」が来てからでは遅い
今回の経験で痛感したのは、「準備は元気なうちにしかできない」ということだ。母屋も大工小屋も、今のままでは手がつけられない。古い家財道具、思い出の品、書類の山。捨てていいものかどうか、本人に確認しなければ判断できない。親が元気なうちに、一緒に話しながら整理しておくしかないのだ。
離れの準備だけでこれだけの費用と時間がかかった。母屋と大工小屋が残っている。これは先送りにしていい問題ではないと感じている。
今後の考え ── 向き合うことから始める
母の緊急手術から6年。実家の問題はまだ何も解決していない。でも、見て見ぬふりをやめて、少しずつ向き合っていこうと思う。同じ状況の方がいれば、ぜひ一緒に考えていきましょう。
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