親の買い物を、私が行けない日にどう回すか|ネット通販は便利だが、頼むのは結局私

親の買い物を、私が行けない日にどう回すか|ネット通販は便利だが、頼むのは結局私 親の老い

一人暮らしの母の買い物は、今は私とヘルパーさんで回している。

私が動けるうちは、私がやればいい。長いあいだ、そう思っていた。

けれど、私が行けない日は、思っていたより多い。仕事で行けない日がある。出張で、しばらく行けない時期もある。自分の体調を崩して、行けなくなった日もあった。

そこで、私以外の手段も持っておこうと考えるようになった。今は、いくつかの物をネット通販で実家へ届けてもらっている。使ってみて便利だと思う一方で、分かったこともある。届けてもらうことはできても、頼むのは結局私だということだ。

私が行けない日は、思っていたより多い

母の買い物は、週に一度ヘルパーさんにお願いしている。それとは別に、私が実家へ行く日に、一緒に買い物へ出ることもある。

この形になる前は、買い物はほとんど私の役目だった。仕事帰りや週末に実家へ寄り、まとめて買う。私が行けるかぎり、それで回っていた。最近は、ヘルパーさんに頼む分のほうが多くなっている。

ただ、私が行けない理由は、一つではない。

仕事が詰まっている週は、実家へ寄る時間が取れない。出張が入れば、何日も続けて行けなくなる。先日は、実家の作業中にぎっくり腰になった。

どれも、前もって分かるとは限らない。私が行ける前提で組んだ仕組みは、私が行けない日に止まってしまう。

最初に考えたのは、地域のスーパーの宅配だった。母がふだん買っている店の品物を、家まで届けてもらえるなら、それがいちばん自然だと思った。けれど、実家のあたりで選べる店も品物も多くはなく、宅配スーパーはあきらめた。代わりに使い始めたのが、ネット通販である。

あとから調べて知ったことがある。地域の店が行う配達や宅配、買物代行のサービスは、困っている人に「意外と知られていない」という。農林水産省は、それをまとめた自治体などの冊子やパンフレットを紹介している(農林水産省「食品アクセス(買物困難者等)問題ポータルサイト」)。移動販売や買物バスといった、各地の取り組みの例も載っている。

店のホームページを一つずつ探すだけでは、こうした地域の手段は見つけにくい。宅配をあきらめる前に、市町村の窓口や地域包括支援センターで、地域の配達や移動販売の案内がないかを聞いてみる手もある。私の実家のあたりでも、店の宅配とは別の形があるかもしれない。

通販で届けているのは、近くの店にない物と大きな物

玄関の土間に届いた、大きな包装のトイレットペーパー

今、ネット通販で実家へ届けてもらっている物は、大きく三つある。

一つは、実家の草刈りや木の剪定に使う道具だ。これは母の物ではなく、私が使う物である。実家の草刈り道具を買ったあとのことは別に書いた。重くてかさばる物を、実家へ直接届けてもらえるのは助かる。

二つ目は、母のふるさとの料理に使う調味料だ。地域のスーパーでは手に入らない。母が昔から作ってきた味のための物で、通販でなければ用意できない。

三つ目は、トイレットペーパーのような大きな物である。店から車に積んで運び、家の中へ入れるのは手間がかかる。通販なら、配達の人が玄関まで運んでくれる。

荷物は、今のところ母が受け取っている。大きな物も、玄関まで届けてもらえるので、母が外まで取りに出る必要はない。

値段の面でも、ネットのほうが安い物は多い。日によっては翌日に届くので、急に要るものでなければ、店へ行くのと大きくは変わらない。

一方で、米や飲料のような重い物は、今のところ私かヘルパーさんが買っている。通販で済ませることもできるが、人が家に来て、顔を合わせる機会を残しておきたいからだ。母にとって買い物がどんな意味を持つかは、親の買い物支援を続けて分かったことに書いた。

急に行けなくなった日に、ぎりぎりになったことがある

台所の棚に常備している乾麺の束と保存のきく食品

行けない日が前もって分かっていれば、備えられる。長い出張が決まっているときは、その前の買い物で多めに買っておく。

困るのは、急に行けなくなったときだ。

最初のころ、急に行けなくなって、母の家の食べ物がぎりぎりになったことがあった。買い物が私一人に頼っていると、私が止まった分だけ、母の台所も止まる。

それ以来、急に行けなくなる日があるものとして、冷凍食品や乾麺を常備するようにした。火を使わずに食べられる冷凍の麺も、その一つである。今は、私が何日か行けなくても、食べる物がなくなる心配はない。ここ最近は、ヘルパーさんにも頼める。

常備品にするなら、長く置けて、親が一人で用意できる物がいいと思う。乾麺はゆでる手間がかかるので、火を使わずに食べられる物も混ぜておくと、体調の悪い日にも困りにくい。

振り返ると、行けない日の備えは、二つに分かれていた。前もって分かる日は、買う量で備える。急に来る日は、家に置いておく物で備える。通販は、そのどちらとも違う。私が行けない間にも、新しく物を届けられる手段である。

頼むのは、結局私

夜の職場の机に伏せて置いた携帯電話と閉じたノート

ただ、通販を使い始めて、一つはっきりしたことがある。

母は、自分では注文できない。母の連絡手段は電話だけで、メールもLINEも使っていない。母の携帯電話と通信の契約を整理したときも、母が使う機能は通話が中心だった。ネットで品物を選び、注文し、届く日を確かめる。その流れを母が一人で回すことはない。

だから、通販で頼むのは私である。何が要るかを確かめるのも、注文するのも私だ。母は、いわば受け取り専門である。

通販を使っても、母の買い物は母の中では完結しない。頼む人がいて、はじめて回る。

それでも、通販は私が実家にいなくても使える。注文は、どこにいてもできる。私の体が実家へ向かえない日でも、品物だけは母のもとへ届く。そこが、私が運ぶしかなかったころとの違いだと思っている。

逆に言えば、私が注文すらできなくなったら、この手段も止まる。入院したとき、連絡のつかない場所にいるとき、誰が代わりに頼むのか。通販を足しても、そこはまだ埋まっていない。

そう感じるのは、通販のことだけではない。私と一緒に店へ行くと、母は、なくても困らない物まで買うことが多い。高い物ではない。ただ、私がいると安心するのか、一人のときより、かごに入る物が増える。

その姿を見ると、母の買い物は、品物の手配だけでなく、私がそばにいること自体に寄りかかっているのだと思う。私に何かあったときは大変だ、と感じるのは、そういう場面である。

買い方を、いくつかに分けておく

今の母の買い物を、手段ごとに並べると次のようになる。

手段向いている物私が行けない日も回るか私の関わり
私が一緒に行く母が自分で選びたい物、米や飲料回らない私が行く
ヘルパーさん毎週の食品、米や飲料回る事業所とのやり取り
ネット通販近くの店にない物、大きな物回る注文するのは私
家の常備品冷凍食品、乾麺回る切らさないよう補う

並べてみると、どの手段にも穴がある。私が行く買い物は、私が行けない日に止まる。ヘルパーさんは、曜日と頼める範囲が決まっている。通販は、私が頼まなければ届かない。常備品は、急場をしのげても、補う人がいなければ減っていく。

一つに寄せるより、いくつかを持っておくほうが、どれかが止まった日にも回る。今の私は、そう考えている。

これから親の買い物に通販を加える人に向けて、使ってみて気づいた確認点も残しておく。

  • 受け取れるか:親が玄関まで出られるか。インターホンや呼び鈴に気づけるか
  • 玄関から先を運べるか:大きな物は玄関まで運んでもらえても、そこから先は親が動かすことになる
  • 何を通販に回すか:近くの店にない物、かさばる物、重い物から始めると効果が分かりやすい
  • 注文を誰が持つか:家族の中で注文する人を決める。その人が頼めないときに代わる人も

最後の一つについて、私が注文できないときは、子どもに頼もうと思っている。

妻は、ネットでの買い物があまり得意ではない。ときどき何か買っているようだが、ネットで支払うのは不安らしく、支払いはコンビニまで行って済ませている。その妻も、最近はPayPayでの支払いを覚えたようで、ときどき「ペイペイ」という音が聞こえてくる。そのとき目が合うと、妻は「見つかったか」という顔をする。近いうちに、妻にも頼めるようになるかもしれない。

手段を増やしても、そのどれにも何かの形で私が関わっている。行けない日の備えを作ったつもりで、いちばん外せないのは私だった。だから、私の代わりに頼める人を、家族の中に少しずつ増やしておきたい。それが分かったことも、通販を使ってみた収穫だったと思っている。

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