実家の母屋に入ると、2階の天井裏から音がする。
キイキイという、甲高い音だ。生き物の鳴き声なのか、何かが擦れ合う音なのか、聞いても判断がつかない。これまでに聞いたことのない音である。
気づいたのは、正確ではないが2年ほど前だったと思う。そのころから、母屋の床の軋みも大きくなったように感じている。
業者に頼むか、役場に相談するかは、まだ決めていない。今は、自分で何とかしようと思っている。ただ、その「何とか」の中身を調べてみると、自分で手を出してよい範囲は、思っていたより狭かった。
風の音だと思うことにしていた
最初に聞いたときは、風だと思った。古い家なので、天井裏の何かが風に押されて軋んでいるのだろう。そう考えて、気にしないようにしていた。
音は、ずっと鳴っているわけではない。収まっている時間のほうが長く、こちらが忘れたころに、また始まる。
二度目に聞いたとき、これは生き物だと思った。音が大きく、風の軋みにしては甲高すぎる。
母に聞くと、ここ最近ずっと続いているという。母は母屋の隣の離れで暮らしているが、母屋へ出入りする機会はある。私だけの聞き違いではなかった。
音は、季節に関係なく続いている。風のせいなら、こうはならないだろう。もう生き物で確定だと思っている。
それでも、どこかで、風の音であってほしいと思っている自分がいる。
学生のころ、天井裏から鳥が出てきた

母屋の天井裏には、一度だけ上がったことがある。
学生のころ、テレビアンテナの配線を自分の部屋まで引きたくて、天井裏を通した。そのとき、ネズミが住んでいた形跡があった。だから今回も、ネズミの可能性が高いと考えている。ただ、コウモリかもしれない。
もう一つ、思い出したことがある。
同じ学生のころ、天井裏からバタバタと大きな音がしたことがあった。天井裏への入口を開けた瞬間、大きな鳥が飛び出してきた。
どこかから入り込んで、出られなくなっていたのだと思う。入口を開けたときに差し込んだ光を頼りに、そこへ向かってきたのだろう。開けなければ、あの鳥は天井裏で息絶えていたと思う。
鳥は天井から出たあとも、部屋の中でしばらく暴れていた。窓を開けると、外へ出ていった。
実家のあたりは禁猟区で、昔から色々な鳥がいる。あの鳥は、鳩や鴉ではなかった。すぐに名前が出てくる種類でもなかった。鳩より大きかったことだけを覚えている。
確かめに行かなかった理由
今回の音が鳥だったら、と考えることがある。出られなくなって、天井裏で死骸になっていたら困る。そう思いながら、入口を開けて上がる気にはならなかった。
理由は、一つではない。
まず、入口を開けるのに勇気がいる。天井の入口を開けて、暗い中へ懐中電灯を向ける。それだけのことが、思っていたより重い。
顔を入れた瞬間に、何の生き物か分からないものとばったり出くわすかもしれない。学生のころは、開けた瞬間に鳥が飛び出してきた。今度は、何が出てくるか分からない。
何より気になっているのは、昔のように天井裏へ入れるかどうかだ。学生のころは、配線を通すために天井裏へ入った。今の自分が、あのころと同じように上がって、中を動けるのかは分からない。
それに、見てしまえば、短い時間では済まないと思った。
死骸があれば、片付けなければならない。巣があれば、どうするかを決めなければならない。入り込んだ穴を探し、ふさぐ段取りも要る。実家へ行く日は、母の買い物や外回りの作業で、ただでさえ予定が詰まっている。そこへ、終わりの見えない作業が一つ加わる。きっと大事になる。
親が施設に入ったあとの実家の順番を考えた記事では、自分で屋根裏へ上がって確かめることはしない、と書いた。音のする場所や汚れを下から控え、内容に合う相手へ相談する、という整理だった。
整理としては、今もそれでよかったと思う。ただ、実際には相談もしないまま、2年が過ぎた。上がらないと決めたのではなく、確かめる覚悟ができなかっただけだ。
「自分で何とかする」の中身を調べた
自分で何とかするといっても、何をしてよいのか。最初に調べたのは、そこだった。
答えは、天井裏にいるのが何かで変わる。
まず、ネズミである。家に住み着くドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミの3種は、野生の鳥や獣を守る法律(鳥獣保護管理法)の対象から外されている。千葉県の野生鳥獣の捕獲についての案内にも、環境衛生の維持に重大な支障を及ぼすおそれのある動物として、この3種が対象外と書かれていた。
次に、コウモリである。こちらは事情が違う。浜松市の家にコウモリが住み着いたときの案内では、捕獲には許可が必要とされている。家の人にできるのは、追い出すことと、入口をふさぐことだ。
その案内では、糞の落ちている場所を侵入口の目安にし、出入りする時間帯をつかんでから入口をふさぐ、という順番が示されていた。ふさぐときに、家の中へコウモリを取り残さないこと。夏の子育ての時期と、冬眠の前後を避けること。市では捕獲や駆除をしておらず、難しければ専門の業者へ相談するように、とも書かれていた。
最後に、鳥である。野鳥も法律で守られていて、勝手に捕まえたり、卵を取ったりはできない。大阪府の野鳥が巣を作ったときの対応では、卵やヒナのいない巣は撤去できるが、卵やヒナがいる巣は撤去できず、巣立ちを待つように案内されている。
つまり、ネズミなら自分で手を打てる。コウモリなら、追い出してふさぐところまで。鳥なら、時期によっては待つしかない。
調べる前は、上がって、見て、片付ければ終わると思っていた。実際には、何がいるかが分からないうちは、何をしてよいかも決まらない。2年間、分からないことを理由に止まっていたが、自分で何とかするなら、最初に埋めるべきなのは、その「分からない」のほうだった。
天井裏に上がる前に、下から分かること

種類の見当をつけるのに、いきなり上がる必要はない。下からでも、控えられることがある。
- 音のする時間帯:夕方か、夜中か、昼間か。何時ごろに鳴り、どのくらいで収まるか
- 音のする場所:2階のどの部屋の、どのあたりの天井か
- 糞や汚れ:天井の染み、壁際や窓の下、外壁の軒下に落ちている物がないか
- におい:2階に上がったとき、前と違うにおいがしないか
- 外回りの隙間:軒下、屋根と壁の境目、換気口に、すき間や汚れの筋がないか
コウモリの案内に「出入りする時間帯をつかんでから」とあったように、時間帯は種類の見当にも、ふさぐ時期の判断にも使える。私はこれまで、音がしたことは覚えていても、何時だったかを一度も控えていなかった。
母屋の見回りでは、日付・場所・前回との違いを残すようにしている。そのやり方は空き家の見回り記録の記事にまとめた。天井裏の音も、その記録に一行足せばいい。わざわざ別の帳面を作る必要はない。
上がることを決めたときにも、気をつけることがある。天井裏は足場が限られ、踏み外せば天井ごと抜ける。ほこりやネズミの糞を吸い込まないよう、マスクと手袋も要る。人の住んでいない母屋で、一人で上がって動けなくなれば、すぐには誰にも気づいてもらえない。
床の軋みが大きくなったと感じているのも、同じ母屋である。人の出入りが減った家で何が起きやすいかは、空き家を放置すると起きることの記事で調べた。天井裏の生き物も、その一つとして見ておきたい。
分からないまま待つのと、分かってから決めるのは違う

この2年を振り返ると、私は「何がいるか分からない」を、確かめない理由にしていた。
分からないから、上がっても何をすればいいか分からない。何をすればいいか分からないから、上がらない。この順番で考えている限り、いつまでも動けない。
調べてみると、順番は逆だった。何がいるかが分かれば、自分でしてよいことと、してはいけないことが決まる。ネズミなら、自分で手を打つ。コウモリなら、時期を選んで追い出し、入口をふさぐ。鳥なら、巣立ちを待つ。手に負えなければ、そのときに業者へ頼めばいい。
母屋をこの先どうするかは、まだ答えが出ていない。ただ、答えが出るまでの間も、母屋には何かが住んでいる。
学生のころの鳥は、入口を開けたから外へ出られた。今回の音の主が何であれ、自分で何とかするなら、最初に要るのはそれが何かを知ることだった。
業者にも役場にも、まだ相談していない。それでも、何が分かれば次に進めるのかは、2年前よりはっきりしている。

