親がお金の話を避けるとき|母は「もしもの時には使え」と言う

親がお金の話を避けるとき|母は「もしもの時には使え」と言う 親の老い

母は、お金の話になると話題を変える。

固定資産税の話をすれば、聞こえないふりをする。母屋や大工小屋をこの先どうするかと聞けば、黙ってしまう。それでいて、ときどき通帳を指して、もしもの時にはこれを使えと言う。

母の通帳に入っている額は、母が思っているほど大きくはない。私がそれを知ったのは、母が手術で入院したときだった。

家にいくらあるのか、母は息子にも言わなかった

昔から、母は家のお金のことを口にしなかった。

家にいくら蓄えがあるのか。収入はいくらあるのか。息子の私にも、話したことはない。

私のほうも、聞かずにきた。母が元気に暮らしているうちは、知らなくても困ることがなかったからだ。

それが変わったのは、母が手術のために入院したときである。入院中の支払いや手続きのために、必要に迫られて、通帳と保険の加入状況を確かめることになった。母のお金の中身を、私はこのとき初めてまとまった形で見た。

入院中には、妻と二人で母の衣類を整理しにも行った。しまってあった服の多さに驚いた。高価な物はなかったが、数を合わせれば相当な額になると思う。いつ着るのだろうと思うほどだったが、父を見送ったあとの母にとっては、拠り所だったのかもしれない。そう考えることにした。

仕送りを決めたのは、父を見送ったあとだった

母への仕送りを始めたのは、父が亡くなってしばらくたったころだ。

母は会社勤めをしたことがなく、そのときはまだ年金を受け取れる年齢になっていなかった。仕事もしておらず、収入はない。このままでは、父が残したわずかな保険金を取り崩して暮らすことになる。それを見ているのは忍びなかった。

妻と相談して、毎月決まった額を送ることにした。こちらに余裕があったわけではない。それでも、母の暮らしのためには必要だと判断した。離れて暮らす母を、扶養に入れるためでもあった。

母は、まだ働ける年齢ではあった。ただ本人は、田舎には働き口がないと言い、働くつもりはないようだった。

母が年金を受け取り始めたあとも、仕送りは続けた。

通帳を見たと伝えると、母は不服そうだった

低い卓に置かれた閉じた通帳と、保険の書類の封筒

入院中に通帳と保険を確かめたことを、あとで母に話した。

母の第一声は、なぜ見たのか、だった。明らかに不服そうだった。

通帳を見て、分かったことがある。仕送りしてきたお金は、ほとんど残っていなかった。父の保険金にも手をつけている状態だった。入院したころには、母も年金を受け取っていた。家賃のかからない一人暮らしなら、仕送りと合わせれば足りる額だったと思う。

別の口座があるのかもしれないと思い、仕送りはどうしたのかと聞いた。母は、全部使ったと答えた。

蓄えも減っているが、この先はどうするつもりなのか。そう尋ねると、母は、仕送りはずっと続くものだと思っていたと言った。

私も、あと数年で定年を迎える。定年したあとまで仕送りを続けることはできない。そう伝えると、母は驚いていた。

母は、物事を楽観的に考えるほうだ。定年という仕組みを知らないわけではない。それでも、最後は息子が何とかしてくれると考えていたのだと思う。

母にとって、私はいつまでも息子なのだろう。けれど、その息子もいい歳になり、そろそろ老いの側に入りかけている。母は、そこを見落としているように見える。

入院をきっかけに、母の暮らしは年金と蓄えでまかなう形に改めた。決まった額の仕送りはやめて、今は必要なときに、必要な分だけ支えている。それとは別に、私の口座から引き落としていた母の生活費も、母の口座へ移した。家計の数字を見てから母と話をするまでの経緯は、母の免許返納から見えた、親のお金と老後の現実にまとめている。

保険も、母は中身を分かっていなかった。見直そうと決めたのは、私が契約に問題があると感じたからだ。一括で預ける定期型の保険があり、数年預けても、増えるのはわずかだった。何のための契約なのかを担当者に尋ねたが、はっきりした答えは返ってこなかった。その後、別の担当者に契約内容を見てもらうと、その人も首をかしげる内容だった。それで、契約を変えた。どの項目を確かめたかは、親の保険を整理してわかったことに書いた。

話題を変えるのは、お金の出入りの話だけではない

ほどよい量の材木を棚に収めた、トタン屋根の浅い木造大工作業場

母が話題を変えるのは、通帳や仕送りの話に限らない。

固定資産税の話をすると、母は聞こえないふりをする。母屋や大工小屋をこの先どうするか、と話を向けても、黙ったままだ。残りの庭木を切る費用の話になったときも、母は話題を変えた。

施設の話も同じである。近所の誰それが施設に入った、という話は、母の口から出ることがある。けれど、それを自分のこととして話すことはない。話が自分に向きそうになると、別の話に移ってしまう。

どれも、母の暮らしや母の家に直接かかわる話だ。それでも母は、それを自分のこととしては受け止めていないように見える。

なぜ話題を変えるのか、母に理由を聞いたことはない。聞いていない以上、ここで決めつけることはしない。ただ、話題が変わるたびに、何も決まらないまま時間だけが過ぎていく。それは確かなことだ。

固定資産税は、私が払っている

開封した役所の封筒と、納付書を挟んだクリアファイルと電卓

実家の固定資産税は、今は私が納めている。

気になったのは、今は母を扶養に入れていない私が払って問題はないのか、という点だった。調べてみると、払うこと自体に問題はなかった。ただ、気をつけておくことはあった。

固定資産税を納める義務があるのは、毎年1月1日の時点で、登記簿に所有者として載っている人だ。そのうえで地方税は、納税者以外の人が代わりに納めることも、地方税法で認められている。

気をつけておくのは贈与税である。本来は母が納める税を私が払えば、母が得をした形になり、贈与とみなされることがある。ただ、贈与税には1年に110万円の基礎控除があり、その年に受け取った額の合計がこれ以下なら税はかからない。

もう一つ知ったのは、税法上の扶養と、民法上の扶養義務は別だということだ。母を扶養控除の対象にしていなくても、親子は互いに扶養義務を負う。その扶養義務者から、生活費や治療費に充てるために、必要な都度受け取ったお金には、贈与税がかからない。今の私の支え方は、この形に近い。ただ、固定資産税がこの生活費に当たるかまでは、国税庁の説明からは読み取れなかった。支える額が大きくなる年は、税務署に確かめたほうがいいと思う。

名義も見ておきたい。父が亡くなったとき、名義の手続きは司法書士にまとめてお願いした。ただ、当時はあまり関心が向かず、どれを母の名義に、どれを私の名義にしたのかを覚えていない。私の名義になっている物があれば、その分はもともと私が納める税だ。実家の名義を確認しておくべき理由を書いたときも、名義は思い込みで決めないと整理した。親の固定資産税を子が払っているなら、納税通知書の宛名と課税明細に誰の名前が載っているかは、一度見ておくといい。

母の「大金」と、今の値打ち

母はときどき、通帳を指して、もしもの時にはこれを使えと言う。

そう言われたとき、私は、自分も突然死ぬかもしれないのだから、その時のために大事に使ってほしいと返した。

母にとって、そこに入っている額は大金なのだと思う。母の金銭感覚は、昔の値打ちのままだ。今の値打ちで見れば、大した額ではない。

たとえば母が施設に入ることになれば、月々の利用料だけでなく、入居のときにもまとまったお金が要る。老人ホームの費用は月額だけではないと調べたときに、そのことを知った。母の言うもしもの時が来たら、通帳の額はあっという間に出ていくだろう。母は、そこまでは考えていないようだ。

ただ、お金とあまり縁のない暮らしをしてきたのは、母だけではない。私自身も、お金と近い暮らしをしてこなかった。

母を責めるつもりはない。母は、蓄えをどう持たせるかを考える機会がないまま、一人の暮らしに入った。父の仕事を手伝ってきた母には、給料がある日を境に止まるという経験もない。そのずれは、私の側が先に知っておく必要がある。

母が話題を変えても、私の側で決められることはある

母に、この先どうするつもりかと聞いても、計画は返ってこなかった。返ってきたのは、仕送りはずっと続くと思っていた、という言葉と驚きだった。

正直に言えば、話しても変わらないと思っている。もどかしくなって、言い聞かせたくなることもある。けれど、言い聞かせたところで母が変わるわけではないことも、分かっている。

だから、母の答えを待つより、自分で決められることを先に決めるようになった。仕送りは、必要なときに支える形へ変えた。引き落としは母の口座へ移した。保険の契約を見直した。固定資産税は私が納めている。どれも、母から言い出したことではない。

それでも、伝えたことで一つは変わった。仕送りに終わりがあることを、母は知った。

一方で、母本人が向き合わなければ進まないこともある。母屋と大工小屋をどうするかは、母の家の話だ。処分の方法を一度調べてはみたが、今は保留にしている。

親がお金の話を避けるとき、話してくれるのを待っていると、決めるべきことまで止まってしまう。同じように、親の口が重くて先へ進めずにいる家族もいるのではないか。

家族が先に決めて伝えられることと、本人と話さなければ決められないことを分けておく。前者は、入院のように必要に迫られる前に済ませておきたい。通帳や保険を、家族がどこまで手伝うか。その線引きは、親のお金を家族が管理する前に確認したことで整理した。

私一人で決められることは、もう決めた。母屋と大工小屋の話だけが、母が黙ったまま残っている。

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