明日は雨だから大変だ、と母が漏らした。
次の日は、病院へ行く日だった。母は通院に、地域のコミュニティーバスを使っている。家からバス停までは、母の足で20分かかる。
晴れていれば、ただの20分である。雨になると、傘をさして歩く20分になる。帰りには、病院のあとで買った物も持っている。
それを聞いて、母は実際に負担に感じているのだろうと思った。同時に、この形は長くは続けられないとも思った。母の通院の足について、今どうなっていて、次に何を考えるのかを整理しておきたい。
通院は二つの科に分かれ、月に2、3回になった
母の通院は、今は二つの科に分かれている。
一つは、手術のあとの定期検診である。もう一つは、調理中に負った火傷の経過観察だ。診てもらう科が違うので、通院の回数は合わせて月に2、3回になる。
以前は、通院のたびに私が付き添っていた。付き添う回数は、この数年で少しずつ減ってきた。最近は、できる限り母に自分で行ってもらうようにしている。
母のほうも、送ってほしいと頼ってはこない。私に気を遣っているのか、自分で行けるという意思なのか。どちらなのかは、私にも分からない。
バス停までの20分は、病院のためだけの道ではない

母は病院の帰りに、買い物もしてくる。
買うのは、その日に食べる物や、日持ちしない物が多いようだ。洋品店で、衣類も買っているのだと思う。
日用品は、私かヘルパーに頼めば届く。だから母が自分で買うのは、自分の目で見て選びたい物なのだろう。通院の日は、母にとって数少ない、自分で選ぶ買い物の日でもある。
その分、帰り道は荷物が増える。雨の日なら、片手に傘、もう片手に買った物を持って、バス停から家まで20分を歩く。年寄りにはきつい道のりだろうと、容易に想像できる。
通院の足を考えるとき、病院に着けるかどうかだけを見ていると、この帰り道を見落とす。母の場合、通院と買い物は一つの外出になっている。足を替えるなら、その両方をどうするかを一緒に考えることになる。通院だけが楽になっても、帰りの買い物がなくなれば、母が自分の目で選ぶ日が一つ減ってしまう。
割引のタクシー券を、母は迷わず使っていた

母は、割引に使えるタクシーの券を何枚かもらっている。
一時期、母はその券がある間、通院に迷わずタクシーを使っていた。
実家は田舎で、病院までは距離がある。タクシーを使えば長い距離になり、割引があっても料金はかなりかかる。券は料金の一部を割り引くもので、タダになるわけではない。
私は母に、割引であってタダではないこと、使い切ってしまうと、もしものときに使えないことを伝えた。すると母は思い直したように、またバスを使うようになった。
母が何を考えていたのかは、はっきりしない。券は使わなければいけないものだと思ったのかもしれない。無料だと思い込んでいたのかもしれない。実際には毎回お金を払っているのだから、気づきそうなものではある。
ただ、母は普段タクシーに乗らない。そこへ、券という、仕組みのよく分からないものを渡された。混乱していたとしても、不思議ではないと思う。
田舎の実家で交通手段がなくなることを考えたとき、私は母に、急に具合が悪い日は料金を気にせずタクシーを呼ぶよう伝えていた。割引の券は、本来そういう日のためにとっておきたいものだ。普段の通院で先に使ってしまうと、いちばん必要な日に手元に残らない。券を渡すだけでなく、何のために使うかまで一緒に決めておかないと、仕組みは母の助けにならないのだと分かった。
親がこうした券を受け取ったら、家族も一度、中身を一緒に見ておくとよいと思う。料金のどれだけが割り引かれるのか。手元に何枚あるのか。いつまで使えるのか。そして、どういう日に使うのか。最後の一つは券のどこにも書いていないので、本人と話して決めるしかない。
乗合のタクシーは、母の病院へは行かない

地域には、乗合のタクシーもあるようだ。ワンボックスの車である。
ただ、この乗合タクシーは、母が通う病院のほうへは向かっていない。
目的地によって、乗り場も、使える移動手段も変わるらしい。それでも、選べるものはわずかしかない。走る時間帯も曜日も限られている。
地図の上では、バスがあり、乗合タクシーがあり、タクシーもある。けれど母の病院へ、母が行ける時間に、母が払える料金で行ける手段となると、今はバスしか残らない。そのバスも、バス停まで20分を歩くことが前提になっている。
こういうとき、田舎の不便さを身をもって感じる。選択肢が少ないというより、いくつかある選択肢が、どれも少しずつ母の用事からずれている。
次に考えることは、三つある
今の形が長く続かないとすれば、次の手が要る。今のところ、考えていることは三つある。
一つ目は、タクシーをうまく使う方法である。券を使い切らないことは、母も分かってくれた。そのうえで、どういう日に使うかを決めておきたい。たとえば、雨の日の帰りや、荷物が多くなる日だけに使う、という分け方もあると思う。バスを基本にしながら、いちばんきつい場面だけをタクシーで埋める考え方だ。
二つ目は、ヘルパーを含めて、通院を手伝ってもらえる支援を調べることだ。
母はストマを付けていて、介護保険の区分は要支援1である。区分は軽いほうから要支援1・2、要介護1〜5と分かれていて、母はいちばん軽い区分にいる。今はこの区分で、買い物をヘルパーに頼んでいる。
介護保険の訪問介護には、通院などのための乗車・降車の介助を行う事業所もある。ただ、対象は要介護1〜5の人で、要支援1の母は使えない。要支援の人向けには、市町村の介護予防・日常生活支援総合事業の中に、移動の前後を支える類型が示されている。実際に設けるかどうかや中身は、市町村ごとに違う。まずは、母の地域で何が使えるのかを調べることになる。
もう一つ考えておきたいのは、母の要支援1が、数年前に受けた認定だということだ。
手術のあと元気を取り戻したころ、母は電動の三輪自転車を買おうかと考えていた。今より6歳若かったこともあり、今からは想像がつかないほど体力があったように思う。今の母が、三輪でも自転車にまたがる姿は想像できない。こうして思い起こしてみると、変化はやはりあるのだと思う。
介護保険の認定には有効期間があり、期間ごとに更新される。状態が変わったときは、有効期間の途中でも区分の変更を申請できる。要支援と要介護では、受けられるサービスが違う。まずは要支援1で何が受けられるのかを調べ、それに合わせて暮らしを組み立てる。そのうえで、今の母の状態に区分が合っているのか、認定を受け直すことも含めて考えておきたい。
相談先は、要支援の人の場合、地域包括支援センターが基本になる。ヘルパーに頼むにしても、どの日に、どこからどこまで、何を手伝ってほしいのかを伝えられなければ話が進まない。行きだけか、帰りの買い物までか。雨の日だけか、毎回か。相談する前に母の状況を整理しておくところから始めることになると思う。
三つ目は、施設である。今すぐの話ではない。ただ、通院の足が続かなくなることは、一人暮らしそのものが続かなくなる理由の一つになり得る。いずれは、施設を見学するときに何を確かめるかも考えておかなければならないと思っている。
雨の前日の一言を、次の手を考える合図にする
母のほうから、送ってほしいと頼ってくることはない。その母が、明日は雨だから大変だと漏らした。
大きな出来事があったわけではない。通院は今もできているし、バスにも乗れている。ただ、その一言は、今の形がぎりぎりで回っていることを教えてくれた。
通院の足は、止まってから探すと慌てることになる。まだ回っているうちに、タクシーの使い方、手伝ってもらえる支援、その先の施設と、順に調べておきたい。雨の前日の一言は、そのための合図だったのだと思う。

