母の老いを考えていると、自分の老後のことまで一緒に見えてくる。
親の通院や買い物、実家の草刈りをどうするかを考えていたはずなのに、ふと、自分は何歳までこれを続けられるのだろうと思うことがある。
母は一人で暮らしている。今は離れの生活が中心で、月に何度か様子を見に行く。買い物や通院の付き添い、家の手入れもある。母屋や大工小屋には、まだ整理しきれていない物が残っている。
それを支える私も、50代後半になった。
血圧の薬を飲み、朝晩の血圧を測っている。体重を落とすよう医師から言われ、肩や腰の痛みも以前より気になる。若いころなら一日で終わった実家の作業が、今は翌日の仕事に影響することもある。
母の老いと自分の老後は、別々の話ではなかった。親を支えられるかどうかは、気持ちの強さではなく、自分の体と時間がどれだけ残っているかで決まる。
今回は、母の状態を心配するだけでなく、支える側の自分が何を準備しておくべきかを考えた。
母の変化を見ているうちに、自分の先も現実になった
母の一人暮らしをいつまで続けられるかは、これまでも考えてきた。
買い物に行く回数。通院の付き添い。食事の様子。電話の返事。家の中の動線。そうした小さな変化を見ながら、今の暮らしを続けられるかを考える。
母の生活を見ていると、老いはある日突然始まるものではないと感じる。できていたことの一部に時間がかかる。外出の回数が減る。以前は気にならなかった家の手入れが負担になる。
同じことは、自分にも起きる。
私はまだ会社へ通い、定時のあとに文章を書いたり、プールへ寄ったりする日もある。それでも、長時間の移動や草刈りのあとに体の重さが残ることは増えた。
母の暮らしに合わせて支援を考えるとき、自分はいつまでも動ける側だと置いていた。そこに気づいたのは、実家の作業が一日で終わらなくなったころだった。
母を見て自分の将来を決めつけることはできない。ただ、暮らしのどこから負担が始まるのかは、想像していたより具体的に見える。玄関や風呂の段差。車がなければ届かない買い物。年に何度かしか触らない書類の置き場所。母の家で気になった場所は、そのまま自分の家でも先に気になる場所だった。
支える側にも、体力の限界がある

私は母の用事を手伝うことを、自分の役割だと考えている。
ただ、役割だと思うことと、いつでも実行できることは違う。母の買い物に行き、通院に付き添い、実家の庭を整え、母屋の状態を確認する。用事を一つずつ見ればできそうでも、仕事や家庭の予定と重なると負担は変わる。
特に、実家の草刈りは体の変化が分かりやすい。以前は、道具を持って一気に進めようとした。今は腰や握力のことを考え、道路側など優先する場所を決める。それでも一日では終わらず、翌日に体の痛みが残ることがある。
「親のためだから頑張る」という気持ちだけでは、長く続く支援にならない。
自分が動けなくなれば、母の生活にも影響する。今できることを続けるには、できない範囲も一緒に決める必要がある。
買い物なら、毎回すべてを自分が担当せず、本人が選べる部分を残す。重い物を家族だけで動かす前提も置かない。
こうした調整は、母への支援を減らすことではない。支援する人の体力も、暮らしを続けるための条件に含めることだと思う。
そのために、自分の中で目安を決めた。実家の作業は半日で切り上げ、続きは次に行く日へ回す。翌日に痛みが残ったら、その作業は一人で抱える範囲を超えていると考える。通院に付き添う日は、前後に別の用事を入れない。どれも小さな決め方だが、決めておかないと、その日の勢いで無理をしてしまう。
健康診断の数字を、自分の生活に置き換える

母の健康を心配して病院の予定を確認していると、自分の検査結果にも目が向く。
若いころは、健康診断の多くが問題なく、結果を細かく見る習慣もなかった。今は、毎年どこかの項目で再検査になる。血圧を測り、体重を落とすよう言われ、糖尿病の手前の数値にも注意している。
母が大腸の病気を経験したこともあり、私は一年から一年半に一度、大腸の内視鏡検査を受けている。検査の間隔は自分だけで決めず、これまでの結果を伝えて担当医に確認している。最近は胃の検査も同じ日に行うことがある。見つかるなら早い方がよいと考えて続けている。
健康診断の結果が年々怖くなってきたとき、私は数字を見ない方が楽だと思ったこともある。だが、見ないままでは、仕事や実家の用事をどこまで続けられるかも考えにくい。
大切なのは、数値を見て自分で病気を判断することではない。変化があれば医師に確認し、生活のどこを調整するかを考えることだ。
私は仕事帰りにプールへ通い始めた。お酒も、翌日の仕事や実家へ行く予定に残らない量を意識するようになった。
もう一つ決めたのは、再検査や次の検査の予約を、結果を受け取った日のうちに入れることだ。後で考えると決めた項目は、忙しい時期を越えるうちに一年が過ぎる。母の通院の予定を手帳に書くとき、自分の検査日も同じ場所に書くようにした。健康を完璧に保つ話ではなく、無理が続いていることに早く気づくための仕組みである。
退職後に親を支えるとは限らない
定年後なら、親の用事にもっと時間を使えると思っていた時期がある。
会社を退職すれば、平日の通院にも付き添える。実家の片付けも進められる。母の生活を近くで見られる。そんな順番を自然に描いていた。
けれど、定年を迎えるころ、母の状態が今と同じとは限らない。母の暮らしが先に変わるかもしれないし、私の体力や家計が変わるかもしれない。退職後の時間を、親の支援にすべて使えると考えるのは危うい。
私自身、定年後に肩書きがなくなることや、一日の使い方も考えている。定年後、肩書きがなくなる不安を整理したとき、会社の時間がなくなったあとに何を自分の予定として持つかを考えた。
親の支援も、その予定の一部にはなる。ただし、支援だけを自分の役割にすると、親の状態が変わったとき、自分の生活まで空白になってしまう。
退職後には、夫婦の時間、自分の健康、家計、子どもとの関係、会社の外の活動もある。
母を支えるために退職する、と今から決めているわけではない。今の会社には定年までの雇用条件がある。働ける間は働き、支援は家族と介護のサービスで分ける。そのうえで、辞めるかどうかを考える前に、在職中に使える休みの仕組みを確認しておきたい。半日や時間単位で取れる休暇があるなら、平日の付き添いは退職を待たずにできる。
退職の時期を、母の状態だけで決めないようにしたい。そう決めておけば、退職後の時間を一つの用途で埋めない準備にもなる。
親のための準備は、自分のための準備でもある

親のことを考えるとき、私はいつも支える側に立っていた。
通院の付き添い、買い物、書類探し、庭の手入れ。どれも今の自分にできることだ。
しかし、自分が病気やけがで動けなくなれば、妻や子どもに頼ることになる。私の予定や薬のことが家族に分からなければ、その分だけ負担が増える。
母のために書類や連絡先を整理するのと同じように、自分の医療や生活の情報も残しておきたい。どの病院にかかっているか。毎日飲んでいる薬は何か。緊急時に誰へ連絡するか。家計や契約の情報はどこにあるか。
老後の準備は、お金をいくら貯めるかだけではない。支えられる側になったとき、家族が状況をつかめるようにしておくことも含まれる。
お金についても、増やすことだけでなく、今ある資金をどう持たせるかを考えるところから始めている。
母に早く準備をしてほしい、と急かしているわけではない。母の世代には、書類や連絡先を自分で整えておく習慣も、それを勧められる機会もなかった。だから私が実家へ行くたびに少しずつ確認し、分かったことを書き足している。母に準備を求めるのではなく、準備をする役が私の側にあると考えている。
その作業をしていて分かったのは、母のために探している情報が、そのまま自分にも必要な情報だということだ。母の分を書き出そうとして手が止まるたびに、自分の分も同じところが空欄だと気づく。まだ、きれいな一覧表はできていない。
そして、必要になる順番が母から来るとは限らない。私は血圧の薬を飲み、毎年どこかの項目で再検査になる年齢である。実家の作業で体を痛めれば、その週は自分が動けない側になる。いつか来る話ではなく、いつ必要になってもおかしくない話として、自分の分の空欄を埋めておきたい。
支援の量ではなく、続く形を考える
親のために何をどこまでできるかを考えると、支援の量を増やす方向へ意識が向く。
訪問の回数を増やす。買い物を全部引き受ける。家の管理を一人で進める。そうした方法が必要な時期もあるだろう。
一方で、支援する側の生活が崩れるほど増やすと、どこかで続かなくなる。母の生活を支えることと、自分の仕事や体を保つことは、どちらかを削れば済む話ではない。
母の予定、自分の通院、実家の作業、妻の予定、仕事の繁忙期。これらを頭の中だけで動かすと、負担が重なる週に気づけない。私は、動かせない用事、日をずらせる用事、家族以外に頼める用事の三つに分けて見るようにした。分けてみると、無理をした週は、動かせない用事が偶然重なっていただけだと分かることもある。
支援が続くかどうかは、時間、体力、お金、移動手段、相談先がそろっているかで決まる。
母の老いが進めば、今の方法を変える必要がある。そのときに慌てないよう、家族だけで抱え込まず、介護サービスや相談先を使う道も先に確かめておきたい。
私はまだ、母の老後と自分の老後をうまく設計できていない。ただ、二つを別々に考えるのは難しいと分かった。
今できるのは、母の変化を見るだけでなく、自分の検査結果や体の疲れ、まだ書き出せていない情報も同じ場所に記録することだ。できることを増やすより、できなくなる前に分かることを増やしたい。
答えはまだ出ていないが、親の老いと自分の老後を一緒に考え始めたことには意味があると思う。定時のあとの時間を使って、少しずつ自分と親のこれからを整えていく。

