定年後、肩書きがなくなる不安

定年後、肩書きがなくなる不安 仕事

定年後、肩書きがなくなることを考えると、不安になる。

管理職という役職に特別な誇りを持っている、という意味ではない。会社を離れれば役職が外れるのは当然だし、次の世代へ場所を渡すことも必要だと思っている。

それでも落ち着かないのは、今の自分を説明する言葉が一つ減るからだ。会社員でいるあいだは、名刺を渡せば会社名と部署と役職が相手に伝わる。会議では座る場所があり、意見を求められる。肩書きは、仕事の説明だけでなく、社会の中での自分の位置まで代わりに示してくれている。

定年後は、その説明を自分でしなければならない。

不安が大きく感じるのは、肩書きが一つのものに見えているからだと思う。実際には、肩書きは三つの役割を同時に担っている。自分を説明する言葉、毎日の居場所、そして判断を求められる立場である。この三つが定年の日に一度に外れると考えるから、輪郭がまるごと消えるように思える。

今回は、再雇用や転職の条件を比べる記事ではない。肩書きが代わりに担っていた三つの役割を分けて見て、それぞれに今から準備できることを考えた記録である。分けて見ると、不安は「まるごと消える恐怖」ではなく、一つずつ手を打てる課題に変わってくる。

肩書き不安の正体は、三つの役割が一度に外れること

肩書きが外れると不安なのは、それが名刺の文字以上のものだからだ。

会社員でいるあいだ、肩書きは三つの役割を代わりに引き受けている。一つ目は、自分を説明する言葉。二つ目は、毎朝行く場所と、そこでの毎日の役割。三つ目は、判断を求められ、決める立場だ。

自己紹介では、会社名と役職を言えば相手が役割を想像してくれる。予定表には会議が入り、連絡が来て、返事をする。問題が起きれば最後に受け止める。この三つがそろっているから、毎日どこにいて何をすればよいかが決まっていた。

定年で外れるのは、この三つが一度にだ。だから「自分が全部なくなる」ように感じる。

けれど、三つに分けてみると見え方が変わる。説明の役割は、自分の言葉を用意しておけば代われる。居場所の役割は、会社の外に小さな固定点を持てば別の形で作れる。判断の役割は、権限がなくなっても経験そのものは残る。

一度に消えるのではなく、それぞれ別に準備できる。この記事の残りは、その三つを順番に見ていく。

説明の役割 ―― 肩書きの代わりに、自分の言葉を用意する

肩書きに頼らず、自分のことを話す50代後半の男性と聞き手

まず、自分を説明する役割から考える。

会社員の自己紹介は簡単だ。会社名、部署、役職、担当している仕事。相手が同じ業界なら、そこから話が広がる。管理職であれば、判断する側なのか、部下を持っているのか、一定の経験があるのかまで伝わる。自分で説明しなくても、肩書きが先に説明してくれる。

これは楽なことでもあり、怖いことでもある。楽なのは、毎回経歴を最初から話さなくてよいこと。怖いのは、長く頼っていると、それが自分自身の説明だと思い込みやすいことだ。

定年後に誰かと会ったとき、私は何と名乗るのだろうか。「以前は会社で管理職をしていました」と過去形で言うのか。「今はブログを書いています」と言うのか。答えはまだ決まっていない。

ここで一つ、避けたい思い込みがある。肩書きの代わりに、別の新しい肩書きを一つ用意しなければ、と考えてしまうことだ。「元管理職」でも「ブロガー」でも、一言で自分を言い切る看板を探そうとすると、また肩書きに頼る形に戻ってしまう。

必要なのは、看板の付け替えではなく、自分が今していることをそのまま話せることだと思う。大きく見せる必要も、何もしていないと思われないために実績を並べる必要もない。今の自分が、何に時間を使い、どんなことを大切にしているかを、短く話せればよい。

これは今から準備できる。難しく考えず、三つを一文ずつ書き出してみる。今いちばん時間を使っていること。人に話せる経験は何か。これからも続けたいこと。私の場合なら、親の暮らしや実家のことを整理しながら、定時のあとの時間に文章を書いている。英会話や運動も続けている。まだ途中のことばかりだが、今の自分を表す材料にはなる。

会社の外に小さな場所を作り始めたときも、最初から別の肩書きで名乗れたわけではなかった。何を書くかを考え、続けるうちに、自分の時間の使い方が少し見えてきた。肩書きは、始める前から与えられるとは限らない。続けていることの後から、周囲が呼び方を見つけてくれる場合もある。

居場所の役割 ―― 会社の外に、小さな固定点を持つ

会社の外で定期的な居場所に戻る男性と地域の木工作業場

次は、毎日の居場所の役割だ。

会社には仕事の場所がある。毎朝行く建物、座る机、予定表に入る会議。誰かから連絡が来て、返事をする。判断を求められ、終われば次の仕事へ移る。肩書きは、その場所の中での役割を示していた。

肩書きがなくなる不安は、名刺の文字が消えることだけではない。そこに付随していた予定、連絡、判断まで一度に減ることへの不安である。

以前、会社を離れた人との関係が、時間とともに薄くなっていくのを見たことがある。仲が悪くなったわけではない。同じ予定表の中にいなくなると、連絡する理由が自然に減るだけだ。退職後は、会議に呼ばれず、判断を求められず、頼まれることも減るかもしれない。それは必要とされなくなったという意味ではなく、組織の仕組みが変わっただけだと頭では分かっている。それでも、日々の反応が減れば、自分の輪郭が薄くなったように感じるかもしれない。

だからこそ、居場所の役割は、会社の外にも小さく持っておきたい。

会社の予定と、会社の外の予定には、大きな違いがある。会社の予定は、放っておいても誰かが入れてくれる。会社の外の予定は、自分で決めない限り何も入らない。退職後に一日が急に静かに感じるのは、この「誰かが入れてくれる予定」がなくなるからだと思う。

退職後の一日をどう作るかで書いたように、退職後に必要なのは予定をぎっしり埋めることではない。起きる時間や外へ出る時間など、小さな固定点を持つことだ。肩書きも同じで、いきなり新しい看板を作る必要はない。週に一度でも自分で決めて続けていることがあれば、それが会社の外で自分を支える足場になる。曜日や時間を先に決めておくと、気分に左右されずに戻りやすい。

会社の居場所と自分の居場所を、これまで同じものとして扱ってきたのだと思う。その二つを少しずつ分けておくことが、居場所への備えになる。

判断の役割 ―― 決裁権と経験を混同しない

三つ目は、判断を求められる立場だ。

肩書きが外れることを不安に感じると、自分が役に立たなくなるように思えてくる。しかし、役に立つことと、決定権を持つことは同じではない。

管理職の仕事では、自分が判断しなければ進まない場面がある。会議で方向を決め、誰が何をするかを割り振る。結果が良くても悪くても、自分の名前で受け止める。その感覚に慣れていると、意見を聞かれるだけの立場や、決定を待つ立場が物足りなく見えるかもしれない。管理職のまま定年を迎えることへの不安を考えたときも、役職が外れたあとに何が残るのかが引っかかっていた。

けれど、決裁権がなくなっても、仕事の経験まで消えるわけではない。人の話を聞く。状況を整理する。急いで結論を出さずに、必要な順番を考える。自分が前に立たなくても、こうした力を使う場面はある。

親のことを家族で話すときにも、全員が同じ判断をするわけではない。自分の考えを押し通すより、今すぐ決めることと、まだ決めなくてよいことを分ける方が必要な場合もある。ここで生きるのは、決裁権ではなく、整理する力の方だ。

会社で身につけた経験は、権限がなくなったら終わるものではない。使い方が変わるだけだ。「自分が決める」から「考える材料を出す」へ。「指示する」から「相手が動きやすいように整理する」へ。役割が変われば、同じ経験の使い道も変わる。肩書きを失う不安を考えるとき、権限がなくなることと、経験が消えることを分けて見たい。

会社の外では、結果より「自分で続けたこと」が残る

小型ベルトコンベヤーにモーターとベルトを組み付けながら経験を教える男性

三つの役割を準備する土台になるのが、会社の外で何かを続ける経験だと思う。

会社の中では、役職や担当が変われば評価のされ方も変わる。それに対して、会社の外で続けることには、役割を与えてくれる人がいない。やるかどうかを、自分で決める必要がある。

ブログを書くことも、英会話も、仕事帰りのプールも、会社の肩書きとは関係がない。忙しい日や、気分が乗らない日には、簡単に後回しにできる。それでも続けると、自分で決めたことが一つずつ積み上がる。

それは、会社で得てきた評価とは違う手応えだ。誰かに認めてもらうためではなく、自分が決めたことを、自分で続けられたという手応えである。定年後に大きな肩書きを得られるかどうかは分からないが、この感覚なら今から練習できる。

しかも、続けていること自体が、先ほどの「自分を説明する言葉」の材料になり、「会社の外の居場所」にもなる。三つの役割は、別々に用意するものというより、一つ続けるだけで少しずつ重なって育っていく。

肩書きのない時間を、今から少しずつ試す

定年の日に、急に会社から切り離されると考えると、不安が大きくなる。実際には、その前から準備を分けて進められる。

会社の中では、役割を少しずつ渡していける。自分がいなくても回るように、判断の経緯を残す。すべてを抱え込まず、若い人に任せる。会議で口を出す場面を見直す。これは会社のためだけでなく、肩書きのない自分へ移る練習にもなる。

同時に、会社の外では、説明できる材料を一つずつ増やしておく。何を長く続けているか。人に話せる経験は何か。今後も続けたいことは何か。休日や定時のあとに、誰にも指示されない時間を作り、自分で始めて自分で終える。その小さな経験が、退職後の不安をすぐに消すわけではないが、何も分からない状態からは一歩進める。

肩書きがなくなっても、そこで働いた時間まで消えるわけではない。人との調整に苦労したこと。判断を迷ったこと。誰かに任せる難しさを知ったこと。失敗したあとに、もう一度考えたこと。そうした経験は、名刺に書かれていなくても残っている。会社員としての自分を否定する必要はない。役職に支えられてきたことも含めて、ここまでが自分の時間だったと受け止めればよい。

そのうえで、説明の言葉、外の居場所、経験の使い道という三つを、今から少しずつ用意しておく。まだ立派な答えはないが、会社以外の時間をまったく持たないまま定年の日を迎えるよりはよいと思う。

定時のあとの時間を使って、少しずつ肩書きの外に立つ準備を進めていく。

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