一人暮らしの親の薬管理で気をつけていること

一人暮らしの親の薬管理で気をつけていること 親の老い

一人暮らしの親を見ていて、気になることはいくつもある。

食事は取れているか。

転びやすくなっていないか。

暑さ寒さに対応できているか。

電話に出ないのは、ただ気づかないだけなのか。

その中でも、薬の管理は見落としたくないものの一つだ。

私の場合、一人暮らしの親が二人いる。実家の離れで一人暮らしを続ける母と、都心で一人暮らしを続ける妻の父だ。

母は今のところ、毎日飲む薬がない。通院やストマ用品の管理はあるが、処方薬は出ていない。

一方の義父は、いくつもの持病があり、多くの薬を毎日飲んでいる。しかも目がほとんど見えない。

薬のない親と、薬の多い親。対照的な二人を見ていると、薬の管理は、飲んだかどうかだけの話ではないと感じる。

今回は、一人暮らしの親の薬管理で気をつけていることを、この二人を通して整理しておきたい。

薬を飲んでいない母にも、見ておくことはある

母は今のところ、毎日飲む薬がない。

同世代の親を持つ同僚と話すと、少し驚かれる。血圧の薬、コレステロールの薬、骨の薬。何かしら飲んでいる方が多い年代だからだ。

ありがたいことだと思う。

ただ、薬がないことは、何も見なくていいということではない。

母には定期的な通院がある。ストマ用品のように、薬ではないが体の管理に欠かせないものもある。湿布や市販薬を自分で使うこともある。

実際、ストマ用品は特定の薬局でしか受け取れない。母は自分では行けないため、私が対応している。薬を飲んでいなくても、薬局との付き合いはすでに始まっている。

そして、この先ずっと薬がないとは限らない。

むしろ私が気をつけたいのは、薬が始まったときに気づけるかどうかだ。

母は聞けば「大丈夫」と言うことが多い。困りごとを自分から細かく説明する方ではない。診察で薬が出ても、自分から報告するとは限らない。「大丈夫」をどこまで信じるかという問題は、薬でも同じだ。

だから、通院に付き添うときは、医師や薬剤師の説明を一緒に聞くようにしている。お薬手帳の場所や、市販薬をどこに置いているかも、折を見て確認しておきたい。

薬が始まる前の今は、いわば準備期間だ。

置き場所も、確認の仕方も、白紙のうちに考えられる。

薬が増えてから慌てるより、ないうちに見ておく方が、始まったときに整えやすいと思っている。

義父の薬は、家族とヘルパーが形を作っている

目が見えない親にも分かる形に整えた薬の小分けと家族の支え

義父は母と反対で、薬が多い。

いくつもの持病があり、毎日、複数の薬を決まった時間に飲む必要がある。

そして義父は、緑内障のため目がほとんど見えない。

薬袋の文字は読めない。シートの色や形も見えない。「白い錠剤を朝に一つ」という説明は、見えない人の役には立たない。

だから義父の薬は、家族かヘルパーが小分けしている。

飲むタイミングごとに分けて、手探りでどれか分かるようにする。義父は指先の感覚と記憶を頼りに、自分で薬を飲んでいる。

妻は長女で、妹たちが実家の近くに住んでいる。薬の小分けも、妻や妹たち、毎日入っているヘルパーが、自然と分担しているようだ。

義父は、現役時代に総務の仕事をしていて、制度や手続きに詳しい人だ。ヘルパーも、義母が亡くなって間もない頃に自分で手配を決めた。薬の管理も、ただ人に任せているというより、自分で納得した形をまわりに頼んでいるのだと思う。

私は婿の立場なので、声がかからない限り口を出さない。義父の薬の話は、妻から聞くことがほとんどだ。

それでも、聞くたびに思う。

薬の管理は、本人の努力だけの話ではない。

見えないなら、見えなくても分かる形に、まわりが直す。

義父の場合、その形を作る人が近くに何人もいることが、一人暮らしを支えている。

それでも、飲み忘れとこぼすことは防ぎきれない

小分けにすれば安心かと言えば、そうではない。

妻の話を聞いていて、防ぎきれないと感じることが二つある。

一つは、飲み忘れだ。

薬が手探りで分かる形になっていても、飲むかどうかは本人の記憶による。飲んだつもりで飲んでいない。今日の分か昨日の分か、分からなくなる。目が見えないと、残った薬を目で見て思い出すこともできない。

もう一つは、こぼすことだ。

小さな錠剤を手探りで扱えば、取り落とすことはある。目が見えれば拾えばいい。だが義父は、落とした薬を自分で見つけられない。床のどこかに薬が残れば、それはそれで心配になる。

つまり、どれだけ形を整えても、完璧にはならない。

このことは、最初から前提にしておいた方がいいと思う。

完璧な仕組みを目指すと、うまくいかなかったとき、本人を責めるか、支える側が疲れるかになりやすい。

防ぎきれない前提で、気づける形を残す。

ヘルパーが毎日入っていれば、床に落ちた薬に気づける。残りの数が合わなければ、飲み忘れに気づける。家族が顔を出せば、様子の変化に気づける。

間違いを完全になくすことより、間違いが起きたときに早く気づけること。

その方が、現実的な目標だと思う。

飲み忘れがあっても、責めずに専門職へつなぐ

飲み忘れに気づいたとき、責めるような聞き方はしないようにしたい。

なぜ飲んでいないのか。

ちゃんと飲まないとだめだ。

そう言いたくなる気持ちは分かる。だが、そこで責めれば、親は次から薬のことを隠すかもしれない。飲み忘れを正直に言いにくくなる。

それに、飲み忘れの原因は、記憶だけとは限らない。

飲み忘れが増えると、すぐ認知症を心配したくなる。実際、認知機能の低下は薬の管理に影響する。だが、それだけで決めつけるのは危うい。

義父のように、目が見えない場合がある。

耳が遠くて、説明が聞き取れていない場合もある。母も最近、耳が遠くなってきた。電話でも聞き取れないことが増え、本人も聞こえにくいと言う。診察や薬局の説明も、聞こえたつもりで抜けることはあり得る。

指先の力が弱く、シートから薬を出しにくい場合もある。

飲むタイミングが、生活のリズムに合っていない場合もある。

見えなかったのか。聞き取れなかったのか。開けにくかったのか。生活に合っていないのか。

そこを見ないまま「忘れないで」とだけ言っても、おそらく変わらない。

そして、家族が勝手に薬を減らしたり、飲み方を変えたりしてはいけない。

残っている薬があるなら、次の診察や薬局で相談する。飲みにくいなら薬剤師に話す。時間帯が合わないなら、医師に確認してよいか聞く。

家族ができるのは、判断ではなく、事実を拾って専門職につなげることだと思う。

一包化や手探りの工夫は、薬局に相談できる

薬の飲み忘れや残薬を薬局に相談するための薬とお薬手帳

調べてみると、薬の飲み間違いを減らす工夫は、薬局に相談できることが多い。

代表的なのが一包化だ。

朝の分、夕の分など、飲むタイミングごとに薬を一つの袋にまとめてもらう方法だ。すべての薬でできるわけではなく、医師や薬剤師への確認が必要だが、種類が多い人の飲み間違いを減らす選択肢になる。

義父のように目が見えない場合の工夫も、薬剤師に相談できるようだ。

袋の形や大きさで区別する。輪ゴムや切り込みで印をつける。決まった時間を音で知らせる道具もある。

服薬カレンダーや曜日別の薬ケースもある。目が見える人なら、壁掛けのポケットに小分けする方法は分かりやすい。だが義父の場合は、目で確認できない。手で触って分かることが条件になる。同じ道具でも、合う人と合わない人がいる。

私が調べたときは、飲むタイミングごとに分けられる服薬カレンダーもあった。本人が目で確認できる場合や、家族・ヘルパーが残りを確認する場合には、薬の流れを見える形にする助けになると思う。

※広告リンクです。価格や在庫、サイズ、ポケットの数、設置場所に合うかは販売ページで確認してください。薬の飲み方や回数を変えるものではないため、飲み忘れや残薬がある場合は医師・薬剤師に相談してください。

厚生労働省の資料でも、かかりつけ薬剤師・薬局は、服薬状況を継続的に把握し、飲み合わせや副作用、残薬を確認する役割を持つとされている。

飲み忘れがある。薬が残っている。袋が分かりにくい。シートから出しにくい。

こういうことは、家族だけで抱えず、薬局に相談してよいのだと思う。

ただし、道具や仕組みを入れれば解決するわけではない。

本人が扱えるか。毎日の生活の中で続くか。支える家族やヘルパーが確認しやすいか。

義父の小分けが続いているのは、家族とヘルパーの目が毎日入っているからだ。仕組みと人の両方があって、はじめて回る。

便利な仕組みより、続く仕組み。

高齢の親の薬管理では、そこを優先したい。

お薬手帳は一冊にまとめる

薬のことを調べていて、何度も出てくるのがお薬手帳だ。

厚生労働省や医薬品に関する公的な資料でも、お薬手帳は、重複投与や飲み合わせを確認するために役立つものとして扱われている。

義父のように持病が多いと、診療科や病院も複数になりやすい。それぞれで薬が出れば、全体を把握している人がいなくなる。

お薬手帳が一冊にまとまっていれば、医師や薬剤師が全体を見られる。

本人が手帳を読めなくても、意味はある。手帳は本人のためだけでなく、家族と医療者が薬の全体像を共有するための記録でもあるからだ。

母の場合は、薬がない今も、通院の記録として手帳の場所を決めておきたい。薬が始まったとき、その一冊がそのまま全体の記録になる。

電子版のお薬手帳もあるが、スマホは通話にしか使えない母には難しい。目が見えない義父にも、画面の操作は現実的ではない。

無理に新しいものへ寄せるより、家族が確認できる紙の一冊を続ける方が、二人には合っていると思う。

家族の記憶ではなく、記録でつなぐ。

その入口として、お薬手帳は分かりやすい。

家族は、薬の内容ではなく流れを見る

一人暮らしの親の薬の流れを日常の置き場所で確認する様子

薬の管理で、家族がどこまで関わるかは難しい。

私は医師でも薬剤師でもない。薬の効き目や副作用を自分で判断することはしない。飲むのをやめる、量を変える、古い薬を使う、そういう判断もしない。

家族が見るのは、薬の内容ではなく流れだと思っている。

処方された薬が、家に届いているか。

本人が分かる形になっているか。

飲んだあと、残り方が自然か。

次の通院まで足りるか。

お薬手帳に記録されているか。

体調の変化があれば、次の診察で伝えられるか。

義父の場合、この流れは妻と妹たちとヘルパーで回っている。私が直接見ることは少ないが、妻から聞いた話で気になることがあれば、一緒に考えることはできる。

母の場合、流れはまだ始まっていない。だからこそ、始まりの一歩を見落とさないようにしたい。通院に付き添い、説明を一緒に聞き、手帳の場所を決めておく。

親によって、家族の関わり方は違っていい。

何かあれば駆けつけられる距離に家族がいる義父と、私が週に一度通う母では、同じやり方にはならない。

それぞれの暮らしに合う形で、流れが回っているかだけを見る。

そのくらいの距離感が、続けるにはちょうどいい気がする。

薬の管理は、一人暮らしを続けるための小さな土台

薬の管理は、派手な介護ではない。

薬袋を見て、手帳を確認し、残っている数を見る。小分けの形を整える。薬局で相談する。

地味な作業の積み重ねだ。

だが、二人の親を見ていると、薬は一人暮らしの土台の一つだと感じる。

義父の一人暮らしは、多くの薬を毎日飲めることの上に成り立っている。家族とヘルパーが手探りで分かる形を作り、防ぎきれない失敗には早く気づけるようにする。その支えがあって、目が見えなくても暮らしが続いている。

母の一人暮らしは、今は薬なしで回っている。だが、いつか薬が始まる日は来るかもしれない。そのとき慌てないように、手帳と置き場所と相談先だけは、先に考えておきたい。

薬の管理は、親を管理することではない。

親が自分の暮らしを続けるために、見えにくいところを少し支えることだと思う。

答えはまだ出ていないが、二人の親の薬の流れを見落とさないように、定時のあとの時間を使って、少しずつ進めていく。

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