母が退院後の同居を終え、実家の離れで一人暮らしを再開するとき、最後まで気になったのは毎日の食事だった。
買い物や通院なら、予定を決めて私が動ける。電話もできる。ただ、昼食は一日も休まず必要になる。仕事帰りや週末に何度も通っていた頃でも、家族の訪問だけで毎日を埋めることはできなかった。
そこで、昼食を毎日届けてもらう配食サービスを始めた。
使う前は、食事を届けてもらうだけの仕組みだと思っていた。実際に続けてみると、母にとっては一日の区切りになり、家族にとっては毎日一度、外との接点ができる仕組みになった。
一方で、配食があれば食生活も見守りも十分というわけではない。サービスで分かることと、家族が別に確かめることを分けて考える必要もあった。
母の暮らしに配食を入れて分かったことを、今の実感に合わせて整理しておきたい。
家族の訪問だけでは、毎日の昼食を埋められなかった
母はもともと料理をしてきた人だ。今も体調のよい日は、煮物や焼き魚のような簡単なものを自分で作る。
だから当初は、食材があれば何とかなると思っていた。冷蔵庫に食べるものがあり、炊いたご飯があれば、毎食の準備までは要らないだろうと考えていた。
しかし、退院直後の母は体力が落ち、ストマのある生活にも慣れていなかった。車を手放してからは、好きな時間に買い物へ行くこともできない。台所に立てることと、一日三食を毎日整えられることは同じではなかった。
私が訪ねた日に買い物をしても、次の訪問までには間が空く。感染症が気になる時期には、玄関先に荷物を置くだけにした日もあった。
食材を運ぶだけでは埋まらない部分を、どう補うか。
そこで妻が複数の業者を調べ、母に合いそうな配食サービスを探してくれた。まず昼食を固定すれば、朝と夜は母が自分の調子に合わせて考えられる。全部を外へ任せるのではなく、一日の一食だけを安定させる方法だった。
厚生労働省の配食事業の栄養管理に関するガイドラインでも、配食は買い物や調理が難しい高齢者の食事を支える手段の一つとされている。ただし、配食だけで日々の食事のすべてを賄うものではない。
母の暮らしでも、その位置づけがちょうどよかった。
毎日届くことは、食事と一つの接点をつくる

母の昼食は、毎日玄関先まで届く。
本人が受け取り、配達する人と顔を合わせる。私が行けない日にも、一日に一度は外から人が来る。この接点があることは、離れて暮らす家族にとって小さくない。
ただし、ここは言い過ぎないようにしたい。
配食で確認できるのは、基本的には食事を届け、母が受け取れたというところまでだ。受け取った弁当をどのくらい食べたか、家の中で転んでいないか、その後の体調がどうかまで自動的に分かるわけではない。
受け取れなかったときに誰へ連絡するか、どこまで安否確認をするかも事業者や契約によって違う。見守りを期待するなら、申込時に連絡の流れを確認しておく必要がある。
母の場合、毎日の受け取りが安否を知る一つの手がかりになっている。それでも、電話、私の訪問、ヘルパーなどを組み合わせている。見守りサービスを比較した記事でも整理したように、一つの方法だけで暮らし全体を見ることはできない。
配食は、見守りの完成形ではない。
それでも、食事を届けるという自然な用事の中に、毎日の接点が一つ増える。その無理のない形が、母には合っていた。
「できないから」ではなく「昼が決まると楽」と伝えた
配食を始めるとき、母は最初から乗り気だったわけではない。
「そこまでしなくてもいい」
「自分で何とかする」
「もったいない」
そんな反応だった。
自分で料理をしてきた母に、「もう食事を用意できないから頼もう」と言えば、できることを取り上げられたように感じたと思う。
そこで私は、「昼だけ決まっていると楽だろう」と話した。
朝と夜は、その日の体調や食欲に合わせて母が決める。作りたい日は作ればいい。配食は料理をやめるためではなく、毎日必ず考えなければならない一食を減らすために使う。
使い始めてしばらくすると、母は「楽でいい」と言うようになった。
外の支援を入れるときは、できなくなったことを並べるより、何が楽になるかを本人と共有した方が受け入れやすい。少なくとも母の場合は、その伝え方が合っていた。
思っていたより、母は食事を楽しみにしている

私は配食に、病院食のような印象を持っていた。
栄養は考えられていても、味は淡く、必要だから食べるもの。そんな想像を勝手にしていた。
実際には、献立に変化があり、惣菜も同じものばかりではない。母は「おいしい」と言って食べている。お正月用のメニューを選べる時期には、それも楽しみにしていた。
車という足がなくなり、家で過ごす時間が長くなった母にとって、食べることは一日の楽しみの一つだ。
配食を選ぶとき、私は栄養や安否確認の機能ばかりを考えていた。しかし、本人が味をどう感じるか、届くのを楽しみにできるかも、長く続けるうえでは大切だった。
体に良さそうでも、本人が食べたくなければ続かない。量が多すぎても負担になる。
母の「おいしい」「楽でいい」という言葉は、パンフレットの説明よりも、今のサービスが合っていることを教えてくれた。
買い物は、初めの頃と今とで見方が変わった
退院後の体調が整わない頃、母は食品を多めに置きたがることがあった。自由に買い物へ行けない不安もあったのだと思う。
その頃は私も加減が分からず、残っている食品や期限を気にしていた。昼食が配食で決まると、朝と夜に必要な量を考えやすくなったのは確かだ。
ただ、それは一人暮らしを再開した初めの頃の話だ。
今の母は、自分に必要な量をつかみ、買うものを自分で決めている。私は冷蔵庫や食材棚、買い物かごの中を日常的に点検していない。任せて大丈夫な間は、母の判断に任せたいと思っている。
配食を始めたから、家族が食事の管理者になる必要はない。
訪問したときに自然と見えるものや、母の話から普段との違いを感じることはある。それでも、確認のために暮らしの中を調べ回ることとは分けておきたい。
この距離感は、買い物支援を続けて分かったことにもつながっている。足りないものを補いながら、本人が選び、管理する余地は残す。配食も、そのために使う一つの支えだと思う。
契約前に、家族で確認しておきたいこと
妻が業者を比べてくれたとき、値段だけでは決められないことが分かった。
母の利用を通して、申込前に確認したいことを次のように整理している。
| 確認する点 | 母の場合 | 契約前に確かめること |
|---|---|---|
| 届け方 | 毎日、昼食を受け取る | 配達日、時間帯、手渡しか置き配か |
| 食事の内容 | 味と献立が合い、楽しみにしている | 量、主食の有無、温め方、試食の可否 |
| 休止や変更 | 家族の予定に合わせて調整する | 締切、休日、急な入院時の休止方法 |
| 安否確認 | 受け取りが毎日の接点になる | 不在時の対応、家族への連絡条件 |
| 体の状態への対応 | 今は通常の食事を利用している | 食事制限、かむ力、飲み込む力への対応範囲 |
特に、見守りの連絡条件は「配食なら当然ついている」と思い込まない方がよい。食事の配達と安否確認が別の契約になっていることも考えられるので、実際のサービス内容を書面で確認したい。
食事制限がある場合や、かみにくさ・飲み込みにくさ、体重や食事量の変化が続く場合は、家族だけで食事の種類を決めない方がよい。医師、歯科医師、管理栄養士などに相談し、事業者がどこまで対応できるかを確かめる必要がある。
厚生労働省も、配食の注文時と継続時に、利用者の身体状況や食事の状況を確認する考え方を示している。だからこそ、家族からも気になる変化を伝え、合わなくなれば見直すことが大切だと思う。
配食は、家族の代わりではなく役割を分ける仕組み
配食を使うことに、最初は少し後ろめたさがあった。
親の食事くらい家族が用意すべきではないか。手作りのものを届けた方がよいのではないか。そう考える気持ちもあった。
今は、家族の食事とサービスの食事は役割が違うと思っている。
家族が作る食事には、その良さがある。母が自分で料理することにも意味がある。一方で、配食には、家族が行けない日も同じ仕組みを続けられる強さがある。
昼食は配食で安定させる。買い物や通院は家族とヘルパーで分ける。電話や訪問で、配達では分からない様子を見る。
こうして役割を分けた方が、親も家族も無理を抱えにくい。
配食を入れたことで、母との関わりが減ったとは感じていない。むしろ訪問した時間を、昼食を用意する作業だけに使わず、一緒に買い物をしたり、話を聞いたりする時間へ回せるようになった。
外のサービスを使うことは、家族の役割をなくすことではない。家族でなければできないことを残すために、毎日続く作業を分ける方法だった。
今の仕組みが合わなくなる日も考えておく
配食を始めたから、これで安心というわけではない。
受け取りが難しくなる。食べ残しが続く。体重が変わる。調理や買い物が以前より負担になる。電話や訪問で、いつもとの違いが重なる。
そうした変化が続けば、配食の量や種類を見直すだけでなく、医療や介護の相談につなげる必要がある。家族だけで原因を決めず、必要に応じて医療機関や地域包括支援センター、ケアマネジャーなどへ相談したい。
また、食事以外の困りごとが増えたら、配食だけを増やしても解決しない。介護サービスを増やすタイミングは、親の状態だけでなく、家族が補っている量も含めて考えることになる。
今の母にとって、毎日の昼食は暮らしを支える小さな柱になっている。
大きな解決ではない。食事の全部でも、見守りの全部でもない。
それでも、一食が決まり、一度外と顔を合わせる。母が「おいしい」「楽でいい」と思える。その積み重ねが、一人暮らしを続ける助けになっている。
定時のあとの時間を使って、今の仕組みが母に合っているかを、これからも静かに見ていきたい。

