母は、施設に入りたくないのだと思う。
本人の口からはっきり聞いたわけではない。ただ、話の端々から、そう感じている。本当は、私と一緒に暮らしたいのかもしれない。
それでも、施設のことを考えずに済むとは思っていない。いつか、母が一人で暮らせなくなる日は来る。そのとき、母の気持ちだけでは決められないことが、思っていたより多いと分かってきた。
この記事では、まだ施設を探し始める前の段階で、私が考えていることを書いておく。いつ考えるのか。なぜ同居ではないのか。そして、田舎の施設を選ぶときの、近さの難しさについてである。
同居を止めたのは、私だった

母が手術のあと退院したとき、私の家で2か月ほど一緒に暮らした。その間のことと、実家へ戻すと決めた理由は、退院後の母が一人で暮らすためにやったことに書いた。母自身が自分の家に帰りたがっていたこと、長年の近所づきあいがあること。それが大きかった。
ただ、そこに書かなかったことがある。
妻は、同居を続ける方向で準備してくれていた。断ることはしなかったと思う。止めたのは、私のほうだった。
妻と母は、暮らし方も考え方も違う。短い間なら、互いに気をつかって過ごせる。けれど、何年も同じ家で暮らせば、どこかで必ずぶつかる。それは時間の問題だと、私には分かっていた。
ぶつかったとき、間に立つのは私である。母のためにと始めた同居が、妻と母の両方をすり減らすことになるなら、それは誰のためにもならない。そう考えて、同居は選ばなかった。
今、子どもは独立し、家には妻と私の二人だけである。部屋がないわけではない。それでも、この判断は変わっていない。
施設の話になると、母はどこか他人事だ
母と、施設の話をしたことはある。といっても、母自身の話ではない。
近所の誰それが、どこの施設に入った。そこでの扱いがよくなかったらしい。結構な費用を払っているらしい。母が話すのは、そういう話である。
最後に、あんなところに行くと大変そうだ、と言う。
それを聞いて、母はどんな気持ちで言っているのだろうと思ったことがある。いつか自分が入るかもしれない場所の話として聞いているのか。それとも、自分には関係のない、よその家の話なのか。
私には、後者に聞こえる。入るまでに順番待ちがあることも、費用をどう工面するかも、母の関心の外にあるようだ。
母を責めたいわけではない。自分が施設に入る日のことを、具体的に考えたくないのは自然なことだと思う。ただ、本人が考えない分、考えるのは私の役目になる。
考えるのは、再発したときか、一人で暮らせなくなったとき
では、いつ施設を考えるのか。
私の中では、目安は二つある。母の病気が再発したとき。それから、自宅での一人暮らしが続けられなくなったとき。そのどちらかが来た時点で、施設は考えなければならないと思っている。
家で看るという選択肢は、私の家にはない。私も妻も仕事があり、日中に母の世話をすることはできない。
仕事を辞めて介護をする、という選択も、今のところない。
理由は二つある。一つは、仕事を辞めれば、私たちの生計を続けて保てなくなること。もう一つは、私たち自身の老後を、子どもに頼りたくないことだ。そのためには、働き続けるしかない。
介護離職を防ぐために介護休業の制度を調べたときも、制度は仕事を続けながら介護の体制を整えるためのものだと理解した。辞めずに済む形を先に考えることは、母を見放すことではないと思っている。
地域の施設は、安いところから埋まっている

施設のことは、まだ本格的に調べてはいない。ただ、耳に入ってくる話はある。
地域の施設は、費用の安いところから順に埋まっていて、入るまでに数年待つと聞いている。もっとも、それは人づての話である。実際の空きや順番は、地域包括支援センターに聞けば、噂よりは確かなことが分かるはずだ。
知り合いの家族にも、施設で暮らしている人がいる。費用は結構かかっているが、年金でぎりぎり賄えているという。勤め人だった人で、年金の額が母とは違う。同じ施設に、同じように入れるとは限らない。
それに、今の母の介護保険の区分は要支援1である。特別養護老人ホームは、新しく入る人は原則として要介護3以上とされている(介護サービス情報公表システム「介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)」)。今の区分のままでは、費用を抑えやすい公的な施設は、最初から選択肢に入らない。
同じページには、要支援1・2の人は利用できず、新たに入る要介護1・2の人も、やむを得ない理由がある場合以外は利用できない、と書かれていた。一人暮らしで家族の支えが得にくい、といった事情が、その「やむを得ない理由」として考慮されることはあるようだ。ただ、それも要介護1・2の話で、母はその手前にいる。
母の要支援1は、数年前に受けた認定のままである。今の母の様子と、認定を受けたころの様子が同じとは思えない。通院の足について書いた記事でも、認定を受け直すことも含めて考えておきたいと書いた。施設のことを考えるなら、その前に、今の区分が今の母に合っているかを確かめることが先になる。
公的な施設に入れない間の選択肢は、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅になる。こちらは、施設ごとの費用の幅が大きい。母の年金だけで払い続けられる所は、多くないと思う。
施設の種類ごとの違いは、介護施設の種類と費用を調べた記事にまとめた。所得によって食費と居住費が軽くなる制度があることも、施設の食費と居住費を軽くする制度で調べた。
調べるほど分かるのは、選べる施設の範囲は、母の気持ちより先に、介護の区分とお金で狭まっていくということだ。
近すぎても、遠すぎても難しい

もう一つ、考えているのが、施設の場所である。
近くの施設に入れば、母はなじみのある土地にいられる。私も通いやすい。けれど、近ければいいとも言い切れない。
田舎では、良くも悪くも、話が回るのが早い。誰がどこの施設に入ったか、そこでどうしているか。母自身がよその家の話をしていたように、今度は母が話の種になる。できることなら、母には静かに暮らしてほしいと思う。
かといって、遠くの施設では、私が通うのが大変になる。それ以上に、母が長年の近所づきあいから切り離されてしまう。実家へ戻すと決めたときに大事にしたのも、そのつながりだった。まったく知らない土地で、一から暮らし直させるのは、かわいそうだと思う。
近すぎず、遠すぎない。言葉にすれば簡単だが、その間にちょうどよい施設があるかどうかは分からない。しかも、そのバランスを考えられるのは、選べる施設がいくつかある場合だけである。
結局、私が何とかするしかない
施設のことを考えると、最後はいつも、お金の話に戻ってくる。
母の収入だけでは、選べる施設はほとんどない。足りない分をどうするか。考えれば考えるほど、結局は私が何とかするしかない、という気がしている。
母は、施設に入りたくないと思っている。私は、同居を選ばなかった。どちらの気持ちも、今のところ変わっていない。その間で、母がいつか一人で暮らせなくなったときに選べる道は、思っていたより狭い。
再発か、一人暮らしの限界か。そのどちらかが来たとき、私は母の気持ちよりも先に、区分とお金と場所の条件を並べることになるのだと思う。そうなる前に、選べる範囲が狭いことだけは、今の時点で分かっている。

