秋になると、母はインフルエンザの予防接種を受けに行く。毎年のことで、私が言わなくても自分で申し込んでいる。
母は昔から、病院があまり好きではなかった。それでも予防接種だけは、決まった時期にきちんと受けてきた。
新型コロナのワクチンが始まったときも、母は案内が届くとすぐに申し込んだ。迷った様子はなかった。
むしろ迷ったのは私の方である。一人で暮らす母が接種のあとに高い熱を出したら、誰がそばにいるのか。そこまで考えていたのは、母ではなく私だった。
母の予防接種の受け方を振り返りながら、一人暮らしの親が接種を受ける日に家族は何を考えておけばいいのかを整理してみる。
病院は好きでなくても、予防接種は受けてきた
母にとって、予防接種は受けるのが当たり前のものらしい。
昔から、具合が悪くなっても病院へはなかなか行かない人だった。健康診断や定期的な検査も、自分から受けに行くことはなかった。
それでも予防接種だけは別だった。毎年、時期が来ると近所のかかりつけの医院へ出かけていた。母の中では、予防接種は受けなければならないものという位置づけだったのだと思う。
私から見ると、少し順番が逆のようにも感じていた。体の中で何が起きているかを確かめる検査の方を、先に受けてほしかったからだ。
けれど、母に理由を聞いたことはない。昔の暮らしの中で、予防接種は皆で受けるものとして身についたのかもしれない。検査は、具合の悪い人が行くところだと思っていた節もある。
母が自分から受けに行く医療が一つでもあったことは、今になってみればありがたいことだった。
扶養していたころは、健康保険組合の案内で受けていた
母が私の扶養に入っていた時期がある。そのころは、私の勤め先の健康保険組合から、インフルエンザの予防接種の案内が届いていた。
扶養している家族も、費用の補助を受けて接種できる仕組みだった。案内が来ると母に伝え、母は地元のかかりつけの医院で受けていた。
母が75歳になると、後期高齢者医療制度へ移る。健康保険の扶養からは外れることになり、扶養を続ける意味もなくなった。それを機に、母とは生計を分けた。
今の母は、定期検診のために病院へ通っている。時期が来ると、その病院から予防接種の案内があるようだ。母はそこで申し込み、通院先の病院で受けている。
案内の出どころは、健康保険組合から通院先の病院へ変わった。けれど、母が迷わず申し込むことは変わっていない。
通院先で受けられるのは、母にとっても都合がいい。いつもの病院なら、行き方も受付の流れも分かっている。通院の足をどう確保するかを考えていた私にとっても、用事が一つの場所にまとまるのはありがたかった。
コロナのワクチンも、案内が来ると迷わず申し込んだ

新型コロナのワクチンが始まったのは、母が一人暮らしに戻ってしばらくしたころだった。
行政から接種の案内が届くと、母はこれも迷わず申し込んだ。打つかどうかで悩んだという話は、母の口から一度も聞いていない。
接種は、地域に設けられた接種会場で行われた。母はタクシーで向かうか、時間が合えばローカルバスで行っていた。
当時は、ワクチンを打つかどうかで迷う人の話もよく耳にした。副反応の話題がニュースで繰り返し流れていた時期でもある。
母がそれをどう受け止めていたのかは分からない。ただ、母の中での位置づけは、インフルエンザの予防接種と同じだったように見える。案内が来たら受けるもの、という受け止め方である。
結局、当時は3回ほど接種したと思う。
副反応が心配だったのは、母ではなく私だった

インフルエンザの予防接種については、それほど心配していなかった。毎年受けていて、寝込んだという話も聞いたことがない。
気になったのは、コロナのワクチンの副反応だった。接種の翌日に高い熱が出たという話を、周りでもよく聞いた。
一人で暮らす母が高熱を出しても、私はすぐにはそばへ行けない。平日なら仕事があり、実家までは車で1時間ほどかかる。
そこで、接種のあとだけ母をマンションへ連れてきて、様子を見ることも考えた。
結局そうしなかったのは、最初の接種の翌日が週末だったからでもある。何かあっても、週末なら私が動ける。母には自分の家で様子を見てもらうことにした。
年齢のせいもあるのか、母には副反応がほとんど出なかった。3回とも高い熱は出ず、自分で過ごせる程度で済んだ。
妻の実家の義父も、接種のあとに熱は出なかったと聞いている。
結果としては、私の心配の方が大きかった。それでも、熱が出たら誰が気づくのかを、接種の前に一度考えておいたことは無駄ではなかったと思う。一人暮らしの親の具合が悪くなったとき、誰が気づくのかは、予防接種の日に限った話ではないからだ。見守りサービスを比べたときにも、異変に気づいたあと誰が動くのかを考えた。接種の翌日は、その問いが前もって分かっている日だった。
再検査と重なった日、母はワクチンの心配をしていた
コロナのワクチンのことで、今も覚えている場面がある。
ちょうどそのころ、母の通院先の検査で結果がよくなかった。再検査を受けることになり、その日程がワクチンの予約と重なった。
そのとき母が気にしていたのは、ワクチンが打てなくなることだった。予約が流れたらどうしよう、と言っていた。
私からすれば、心配する順番が逆だった。今の体にとって大事なのは、ワクチンより検査の方である。母には、今は予防接種どころではない状況だと伝えた。
けれど、母にはあまりピンときていない様子だった。
正直なところ、もどかしさは残った。自分の体のことを、もう少し分かっていてほしいとも思った。ただ、結果を深刻に受け止めて落ち込むよりは、これでいいのかもしれないとも考えた。
再検査の結果は、肝臓への転移だった。最初の手術から1年ほどたったころのことである。
本当に予防接種どころではなくなり、母はもう一度手術を受けた。手術はうまくいき、術後の回復は最初の手術のときよりも早かった。
退院してすぐ、母は主治医にワクチンのことを聞いた
退院してしばらくたち、母が自分で動けるようになったころのことだ。母はコロナのワクチンのことを思い出した。
手術を受けたばかりの体で打っていいのか。母はそれを、主治医の先生に自分で確かめた。打ってよいと言われ、退院してまだ間もないうちに、接種を受けに行った。
入院と手術を挟んでも、母はワクチンのことを忘れていなかった。母にとって予防接種は、よほど大事なことなのだと思った。
再検査の前は、心配する順番が逆だと感じていた。けれど、手術が終わって順番が回ってきたとき、母は自分で主治医に確かめてから受けに行った。言われたことを、言われた順に受け入れる。そのうえで、自分の大事なことは自分で覚えている。それが母の、病院との付き合い方なのだろう。
高齢の親の予防接種で、家族が確かめておくこと

母の予防接種は、母が自分で回している。それでも、家族として知っておいた方がいいことを少し調べた。
65歳以上の人には、予防接種法にもとづく定期接種がある。インフルエンザと新型コロナは毎年1回、肺炎球菌と帯状疱疹は決められた年齢で1回が対象になっている(厚生労働省「65歳以上に実施している予防接種」)。
定期接種といっても、無料とは限らない。費用の一部を市町村が負担し、残りを自分で払う形が多い。自己負担の額や接種できる期間は、住んでいる市町村ごとに決まっている。新型コロナの接種は、2024年度から定期接種に移り、原則として有料になった。
インフルエンザは、流行が始まる前の12月中旬までに受け終えるのが望ましいとされている。持病のある人は、かかりつけの医師とよく相談して判断するよう案内されている(厚生労働省「令和8年度冬季 急性呼吸器感染症(ARI)総合対策に関するQ&A」)。
この点では、通院先の病院で受けている今の母の形は、悪くないと思っている。体を診てもらっている医師のいる病院で接種できるからだ。手術のあとに母が主治医へ確かめてから受けたのも、この案内どおりの順番だった。
副反応は、接種した場所の赤みや腫れ、発熱やだるさなどで、多くは2〜3日で治まるとされている。接種後30分は、医療機関の中で様子を見ることになっている。帰ってからの数日に何かあったとき、誰に連絡するかは家族が考えておける部分だと思う。緊急時の連絡先を母と共有したときの一覧は、接種の後にもそのまま使える。
今年はインフルエンザだけ、コロナはたぶん受けていない
今の母が受けているのは、インフルエンザの予防接種だけである。
コロナのワクチンは、定期接種になって有料になってからは、受けたと聞いていない。たぶん受けていないのだと思う。
受けるかどうかは、母が医師と相談して決めることだと考えている。私が勧めて受けさせるものでもない。
ただ、案内が届いているのか、母がそれを見ているのかは、一度聞いてみようと思う。母は案内さえ届けば迷わない人だ。届いていないのか、届いても有料だから見送ったのか。理由によって、私が手を貸すところも変わる。
もう一つ、私自身のこともある。私は会社の健康診断を毎年受けているが、結果を見るのは年々怖くなっている。受けることと、結果に向き合うことは別のことだ。再検査より予約を気にしていた母を見て、私も結果から目をそらしていないかと思った。
秋になって母が予防接種の話をしたら、今年は一つだけ聞き足しておく。コロナの案内は届いていたか、ということである。
手術を挟んだ年も、母はワクチンのことを忘れていなかった。毎年の予防接種を気にかけるのは、次の冬も自分の家で過ごすつもりでいるからだと思う。母と予防接種の話ができる間は、幸せなのかもしれない。
