母の免許を返納してから、買い物の形が変わった。
車で自分の都合で店へ行けた暮らしから、私の訪問に合わせて一緒に店へ行く形になった。食事は配食サービスで補い、私が行けない日は、ヘルパーに買い物の補いを頼んでいる。
一つひとつは、家族で支えられる範囲に見える。
免許返納の直後は、どう効率よく買い物を代わるかだけを考えていた。続けていくうちに、効率だけでは母の暮らしを支えられないと分かってきた。
今回は、返納の段取りではなく、その後の話だ。買い物支援を続ける中で見えてきたことを、母の生活に沿って整理しておきたい。
買い物は、生活用品を運ぶだけではない

家族が買い物を代わるとき、最初に考えるのは必要な物の一覧だと思う。
米や飲み物。日用品。冷蔵庫に入れる食品。薬局で買う物。頼まれた物を聞き、店へ行き、買って届ける。この方法なら買い物は短時間で終わり、荷物もまとめて運べる。親が外へ出なくても、必要な物はそろう。
私も、最初はこれで十分だと思っていた。
しかし、母にとって買い物が単なる補充ではないことは、返納のときに感じたとおりだった。むしろ支援を続けるほど、その重みが増していった。店の中を歩き、季節の物を見て、予定していなかった物を一つ選ぶ。帰ってから片づけるところまで含めて、母の一日の組み立てに入っている。
車がなくなると、家族は不足を埋めることに集中しやすい。冷蔵庫に食べる物があるか。紙類が切れていないか。困らないように先回りして買う。
それは必要な支援だ。ただ、先回りしすぎると、母が自分で選ぶ場面がなくなる。買い物の不便を減らしたつもりが、生活の手触りまで減らしてしまう。
だから、物と時間を分けて考えるようになった。物は届ける。選ぶ時間は一緒に作る。
免許返納後は、買い物の予定が生活の柱になった
母が運転していたころ、買い物の日は母が決めていた。天気を見て出かけ、必要な物がたまったら店へ行き、通院の帰りに寄る。車があることで、予定を細かく決めなくても何とかなっていた。
返納後は、私が実家へ行く日が買い物の日になりやすい。仕事や出張があり、妻側の実家のこともあるため、毎日は行けない。そのため、買い物をいつにするかが、母の一週間の予定とつながるようになった。
「何を買うか」だけでなく、「いつ一緒に行けるか」が大事になる。
母にとって、私が来る日は、買い物へ行ける日でもある。宅配や代行で済ませた方が効率はよいが、それだと母が外へ出る機会は減る。だから、行ける日はできるだけ母と店へ行くようにしている。
もちろん、長時間の外出は体に負担になる。天候や体調によっては、玄関先で買った物を渡すだけの日もある。
買い物の予定があると、母はその日に向けて必要な物を考え、出かける準備をし、帰ってから買った物をしまう。小さな予定だが、生活に区切りができる。予定を全部こちらで決めてしまわないことも、支援の一部なのだと思う。
何を買うかは、聞き方で変わる

買い物の前には、母に必要な物を聞く。ただ、「何かいるものはあるか」とだけ聞くと、母は遠慮して少なく答えることがある。逆に、不安が強いときは、同じような食品を多めに頼む。
退院後、自由に買い物へ行けなくなったころ、母は食品を多めに買いたがるようになった。次にいつ買い物へ行けるか分からない不安があったのだと思う。
体調の悪い時期や、この生活の形が始まったばかりのころは、加減が分からないこともあり、多めに買って余らせたり、消費期限を超えてしまったりすることがあった。そのころは、冷蔵庫や棚を一緒に見て、残っている物を確かめながら量を調整していた。伝えるときも、買いすぎを責める言い方にはしない。「前に買ったものが残っているから、今回は別の物にしようか」。そういう言い方を心がけていた。
母が多めに買いたがった理由は、物が足りないからとは限らない。買い物へ行けない不安や、自分で管理できなくなった感覚が関係していたのだと思う。不足を埋めるだけでなく、その不安を小さくする聞き方が要る時期だった。
最近は、お互いに感覚がつかめてきた。何をどれだけ買うかは、母に任せている。
支払いをどうするかも、続けるうちに形が決まってきた。買い物用に、チャージ式のプリペイドカードを用意している。事前に入金した分しか使えないため、使いすぎの心配がない。タッチで支払えるので、レジで小銭を数える負担も減る。使うとスマホに通知が届き、何にいくら使ったか、残りがいくらかが、離れていても分かる。
チャージは私がしている。出張や体調が悪くて実家へ行けない週でも、スマホやコンビニから入金だけは済ませられる。買い物のお金が切れる心配を、私の訪問の予定と切り離せたことは大きかった。
配食サービスで昼食が決まっていると、買う量は考えやすくなる。昼は届く。では朝と夜に何が必要か。飲み物や間食はどの程度か。そうやって分けると、必要な物が見えてくる。食事の支援と買い物支援は、別々に見えてつながっている。
まとめ買いが便利とは限らない
家族が買い物を代わると、ついまとめ買いをしたくなる。私も、次にいつ行けるか分からないから、重い物や保存できる物を一度にそろえようと考える。回数を減らせば、私の負担も減る。
まとめ買いには、確かに良い面がある。飲み物や紙類のように重くて保管できる物は、一度に買う方がよい。切らす不安も減る。
一方で、生鮮食品は買いすぎると食べきれず、冷蔵庫の中で古くなる。量が多いと、片づけること自体が負担になる。
見落としがちなのは、母が一人で扱えるかどうかだ。冷蔵庫に入るか。賞味期限までに食べられるか。重くないか。開封できるか。置き場所が分かるか。家族が帰ったあとも、母が一人で使えるか。
家族が持ち運べるかではなく、親が生活の中で使えるかを基準にする。そう考えると、重い物や保存できる物はまとめて買い、生鮮や母が選びたい物は少量ずつ買い足す、という組み合わせに落ち着いた。
確かめる支援から、任せる支援へ変わってきた
加減が分からなかったころは、冷蔵庫や棚をよく見ていた。食べる量が減っていないか。同じ物ばかりになっていないか。見ることが、私の安心の材料だった。
今は、意識して見ることをやめた。冷蔵庫の中も、食材の棚も、一緒に店へ行ったときの買い物籠の中も、基本的に母の自由にしている。それで大丈夫だと判断しているからだ。
先回りしすぎると生活の手触りが減る、と最初に書いた。確かめることも同じだと思う。任せて大丈夫な間に確かめ続けることは、母の管理する力を信じていないと伝えることに近い。
任せると決めても、見えるものはある。一緒に店を歩けば、どのくらい歩けるか、選ぶときに迷いが増えていないか、荷物を持てるか、帰ってから疲れが残っていないかは、自然に目に入る。調べるのではなく、隣にいるから分かる。
だから、よほどの異変を感じたときは、この限りではない。普段との違いが続くようなら、また冷蔵庫を見せてもらい、必要なら通院や地域の相談先につなげるつもりでいる。
任せることは、放っておくことではない。母が自分で決められる間は、自分で決めてもらう。それも買い物支援の一部だと思っている。
外部の支援を入れることも、買い物を続ける方法

家族が毎回買い物へ連れて行ければ一番よい、とは限らない。仕事があり、距離があり、急な予定が入る。自分の体調が悪い日もある。それでも親の生活は毎日続く。
今は、ヘルパーに買い物の一部を頼んでいる。義父の助言が、私の考えを動かすきっかけになった。頼んでいるのは、私が行けない日の買い物と、私一人では運びきれない物の補いだ。一番短い時間のプランから始め、様子を見ることにした。
頼む範囲を最初から広げなかったのは、母と一緒に店へ行く日を、そのまま残したかったからだ。
外部に任せると本人の楽しみがなくなるように感じていたが、実際は逆だった。行けない日をヘルパーが補ってくれるからこそ、一緒に行ける日を、荷物運びではなく母と過ごす時間に使える。
母は、ヘルパーを思っていたよりすんなり受け止めた。私が毎週通うことを、申し訳なく感じていたらしい。家族が全部を引き受けることが、本人にとって気楽とは限らない。
制度の面では、訪問介護の生活援助として買い物を頼める場合がある。入口は地域包括支援センターやケアマネジャーで、使える範囲や条件は人によって違う。私は以前、母の要介護度を見て「この等級ではたいして頼めない」と思い込んでいた。実際に大事だったのは、等級の数字ではなく、暮らしのどの場面で困っているかを具体的に伝えることだった。
ヘルパーに買い物を頼む日は、チャージ式のカードと、現金一万円を入れた買い物用の財布を渡し、レシートをその財布に入れてもらっている。通知とレシートを照らし合わせられるので、お金の行き違いが起きにくい。管理が楽になるだけではない。買い物を代わってくれる人に、あらぬ疑いが向かない形にしておくことが、頼む側の務めだと思っている。
この渡し方は、事業所の責任者にも話したうえでのものだ。お金の預かり方の決まりは事業所や地域によって違う。クレジットカードは規約上、本人以外は使えないため頼めないし、チャージ式のカードにも本人以外の利用を認めていない規約のものが多い。同じ形を考える場合は、先に事業所とカードの規約を確認した方がよい。
こうして役割が分かれた。食事は配食で支える。行けない日と重い物はヘルパーや宅配に回す。急ぎの買い物は家族が行く。母が選びたい物は一緒に店へ行く。
すべてを家族で行うことを、愛情の基準にしない方がよい。続けられること、親が選べること、困ったときに外へつながること。その三つを見ながら、買い物の形を整えていく。
これからも、買い物の形は変わる
今は一緒に店へ行ける日があり、配食で昼食を補え、行けない日はヘルパーが補ってくれる。だが、この形がずっと続くとは限らない。
母の体調が変わるかもしれない。私の仕事や体力が変わるかもしれない。ヘルパーには今のところ買い物だけを頼んでいるが、頼む範囲を広げる日が来るかもしれない。大事なのは、今の方法に固執しないことだと思う。
外出が減っても、選ぶ機会は別の形で残せる。母はスマホをほとんど使わないので、自分で注文する形は難しい。それでも、カタログや注文画面を私が開き、選ぶところだけ母に任せることはできる。買い物の支援は、親の生活を代わりに決めることではなく、本人ができることと外部で補うことを、その時々で組み替えることだ。
免許返納をきっかけに、母の暮らしは小さくなった部分がある。一方で、車で自由に出かけられたころには気づかなかった、選ぶ楽しみや外へ出る意味が、以前よりはっきり見えるようになった。
家族が無理なく続けられ、母が自分で決める余地の残る方法を、これからも探していきたい。答えは一度で決まらないが、定時のあとの時間を使って、少しずつ続けていく。

