母にヘルパーを頼むまで、振り返ると5年ほどかかった。家族だけで何とかやってきたが、考え方を変えるきっかけをくれたのは義父の一言だった。義父は早くからヘルパーを頼み、毎日の暮らしに外の手を入れている。今回は母のことは控えめにして、義父の例と、私が調べて分かったヘルパーの一般的なことを書いておきたい。
母の件は、別の機会にゆっくり書きたい
母がヘルパーを頼むまでには、長い時間がかかった。
買い物以外の生活は、人にあまり頼ることなくやってこられた。最初のうちはご近所の方に甘えることもあった。急に車を手放し、外に出る機会が減った母を、近所の方々も気にかけてくださったのだと思う。
私自身、無理に断る必要もないと思っていたし、母との関係でできた縁なので、その手助けを否定するつもりもなかった。ただ、継続的に甘えるわけにはいかないと、すぐに感じた。
そこからは、なんとか自分で対処することを続けてきた。どこかで「自分がやらなければ」という思いもあった。介護保険の認定で等級が低く、たいして援助は受けられないだろうという思い込みもあった。
気づけば、外のサービスを頼まないまま、ここまで来ていた。
母の話を細かく書くと、それだけで一本になってしまう。ここでは入口だけにとどめて、詳しくは別の記事で書きたい。今回伝えたいのは、その私の考えを動かしたのが義父だった、ということだ。
きっかけは、義父からの一言だった
ある日、義父から母の様子を尋ねられた。
義父は、私が定期的に実家へ通っていることを知っていた。一通り話を聞いたあとで、「ヘルパーさんを頼んだらどうか」とアドバイスをくれた。
ちょうどその頃、私は海外出張が続いていた。実家へ行けない日が多くなり、電話だけでは確かめきれないことも増えていた。これまでのやり方が、少しずつ回らなくなってきている自覚はあった。
それでも自分から動けずにいたのは、頼み方が分からなかったからだと思う。何を、どこに、どう相談すればいいのか。その入口が見えていなかった。
義父の一言で、改めて考えてみることにした。
身近に、すでにヘルパーを頼んでいる人がいる。しかも、ただ頼んでいるだけでなく、頼んでよかったと感じている人がいる。その事実は、制度の説明を読むよりもずっと、私の背中を押した。
義父は、早くからヘルパーを頼んでいた
義父は、現役時代に総務の仕事をしていた。社会保険労務士の資格を持ち、地域では民生委員も務めていた。制度や手続きには、もともと詳しい人だ。
その義父は、義母を亡くして間もない頃に、自分でヘルパーの手配を決めている。
理由ははっきりしていた。子どもたちの負担を、できるだけ小さくしたかったのだ。子どもたちは近くに住んでいて、よく顔を出してくれる。それでも、日々の家事まで全部背負わせるのは違うと考えたのだと思う。
今は毎日1時間ほど、掃除や洗濯、食材の買い物をお願いしている。
義父はほとんど目が見えない。慣れた家の中は記憶で動けるが、買い物や掃除を一人で完結させるのは難しい。そこを、外の手で支えてもらっている。
家族が「やってあげる」のを待つのではなく、自分から仕組みを作る。動けるうちに、早めに整えておく。義父のやり方を見ていると、頼ることは弱さではなく、暮らしを続けるための準備なのだと分かる。
「たいして頼めない」は思い込みだった

私が長く動けなかった理由の一つは、「等級が低いと、たいして頼めない」という思い込みだった。
そこで、改めて調べてみた。
介護保険の訪問介護には、大きく分けて二つの種類がある。食事や入浴、排せつなど、体に直接触れる手助けをする「身体介護」と、掃除や洗濯、買い物、調理などの家事を手伝ってもらう「生活援助」だ。
私が母に必要だと感じていたのは、後者の生活援助だった。
その生活援助の時間には区分があって、調べてみると「20分以上45分未満」と「45分以上」の二つに分かれていた。
つまり、最も短い単位なら、45分かからない範囲から頼める。掃除だけ、買い物だけ、といった単独の家事は、この短い区分にあたることが多いという。
私はずっと、1時間単位のような大きなまとまりでしか頼めないと思っていた。実際には、暮らしの中の負担が大きいところだけを、短い時間で切り出して頼むこともできる。
要介護度が低いから支援が要らない、という話でもなかった。使える範囲の中で、何をどう組み合わせるかを考えればよかったのだ。
ただし、生活援助には条件がある。一人暮らしであるか、同居の家族が病気や障害などで家事を担えない場合などに限られる、と知った。家族が代わりにできることまで、何でも頼めるわけではない。そのあたりは、家庭ごとに事情が違う。
では、どこに相談すればいいのか。これも長く分からずにいた点だった。
調べてみると、入口は地域包括支援センターやケアマネジャーだと分かった。すでに要介護認定を受けていればケアマネジャーに、まだであれば、まず地域包括支援センターに相談するのが一般的なようだ。義父のように制度に詳しい人が身近にいるとは限らないが、相談できる窓口は、思っていたよりはっきりしていた。
知らないまま選択肢を狭く見ていただけだった。これは、同じように構えている家庭が少なくないのではないかと思う。
他人が家に入ることへの不安は、会って消えた

それでも、最後まで残るのは「家に他人が入る」という不安だと思う。
義父の場合も、最初は不安があったと聞いている。目の見えない一人暮らしの家に、ヘルパーさんとはいえ、知らない人が入ってくる。台所も、部屋も、日々の暮らしの場をすべて見られることになる。
その不安が解けたのは、家族がヘルパーさんと直接会って、その人を知ったからだ。
どんな人が、どんなふうに関わってくれるのか。実際に顔を合わせて言葉を交わすと、漠然とした不安はずいぶん小さくなる。
聞いたところでは、サービスを始める前には、事業所の担当者やヘルパーが家に来て、本人や家族と顔合わせをする機会があるという。いきなり知らない人が一人で入ってくるわけではない。どんな人が来るのか、何をどこまで頼むのかを、最初に確認できる。
人と人のことなので、相性に運不運はあるかもしれない。義父の場合は、運が良かったのだと思う。それでも、まず会ってみないことには相性も分からない。会う前から身構えていても、何も進まない。
合わなければ、ケアマネジャーや事業所に相談して見直せばいい。そう考えると、最初の一歩は少し軽くなる。
義父は、毎日の会話を楽しみにしている

義父を見ていて意外だったのは、ヘルパーさんの訪問を、家事の助けとしてだけ受け取っているわけではない、ということだった。
義父は人と話すのが好きな人だ。コミュニケーションが上手というより、誰かと言葉を交わすこと自体を楽しんでいる。
毎日わずかな時間でも、会話のできる相手が来てくれる。目の見えない一人暮らしの中で、それがどれだけ張りになっているか。義父の声を聞いていると、よく分かる。
掃除や買い物といった用件の向こうに、人と関わる時間がある。安否を気にかけてくれる人が、定期的に家に来る。家族だけでは、毎日この役割を担うのは難しい。
定期的に通う人がいれば、ちょっとした変化にも気づいてもらえる。食欲は落ちていないか。部屋の様子はどうか。いつもと違うところはないか。家族が毎日見られなくても、外の目が一つ加わるだけで、見守りの網は確かになる。家事を頼むことが、結果として安否の確認も兼ねている。
ヘルパーを頼むことは、家事を外に出すことだと思っていた。けれど義父の暮らしを見ていると、それは暮らしに人の出入りを残すことでもあるのだと気づく。
母のことは、また別の記事でゆっくり書きたい。今回は、義父に教わったことを書き留めておく。動けるうちに、早めに、小さく頼んでおく。その積み重ねが、一人暮らしを続ける支えになる。
派手な備えではない。けれど、定時のあとの時間を使って、少しずつ整えていきたい。


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