二つの実家問題を同時に抱えるということ

二つの実家問題を同時に抱えるということ 親と実家

50代後半になって、自分の実家だけでなく、妻の実家のことも同時に考えるようになった。

私の母は、実家の離れで一人暮らしをしている。母屋や大工小屋、墓や仏壇のことも、少しずつ現実の問題になっている。

一方で、妻の父も、妻の母が亡くなってから一人暮らしをしている。生活の支援は動き始めているが、妻の実家にも後継ぎの問題がある。

二つの実家問題を同時に抱えるとは、単に用事が二倍になることではない。夫婦それぞれが、自分の親と自分の育った家を見ながら、相手の事情も受け止めていくことなのだと思う。

今回は、二つの実家問題を同時に抱える50代後半の現実を、今の時点で整理しておきたい。


実家のことが、一つから二つになった

二つの実家の予定を一つの手帳で整理する机

しばらくは、自分の実家のことが生活の中心にあった。

母は離れで一人暮らしを続けている。買い物や通院、書類のことなど、私が顔を出して手伝う場面は今もある。母屋は空き家のままで、大工小屋には父の道具が残り、庭や墓、仏壇のことも少しずつ向き合っていくことになる。

自分の親のことだから、自分が動く。そう考えて、無理のない範囲で続けてきた。

そこに、妻の実家のことが重なった。

妻の母が急に亡くなり、妻の父の一人暮らしが始まった。妻の実家のことも、同じように現実の問題として立ち上がってきた。

若いころは、結婚して新しい家庭を作ることばかり考えていた。親の家を二つ見る日が来るとは、あまり想像していなかった。

だが、50代後半になると、それは珍しい話ではないのだと分かってくる。自分の親も、配偶者の親も、同じように年を取る。どちらか一方だけが待っていてくれるわけではない。

妻の実家は、妻だけの問題ではない

妻の父のことは、基本的には妻側の家族が中心になって動いている。

妻は長女で、妹たちは実家の近くに暮らしている。仕事や子育てがある中で、それぞれが顔を出し、用事を済ませ、自然と役割を分けている。私を含めた婿側は、声がかからない限り口を出さないようにしている。

その距離感は、今のところ大切だと思っている。

配偶者の実家のことに、外から正論のようなことを言うのは簡単だ。だが、その家にはその家の時間がある。親子の関係、きょうだいの距離、亡くなった人への思い、残された家への感情がある。

私は妻の実家で育ったわけではない。妻の父の暮らしを心配していても、妻や妹たちと同じ目線には立てない。

だから、簡単に「こうした方がいい」とは言わないようにしている。

ただ、妻の実家が妻だけの問題だとも思っていない。

妻は、私に私の実家のことがあるのを分かっていて、義父のことで私に負担をかけすぎないよう気を遣ってくれているのだと思う。だが、私にとって義父は、結婚する前から長くお世話になってきた人だ。できる範囲のことはしたいと思っているし、声がかかれば動くつもりでいる。

妻の実家のことが動けば、その分、夫婦で使える時間も変わってくる。妻が父親のことを気にかけているときには、私の母の用事をどう進めるかも、二人の予定として一緒に考えていくことになる。

二つの実家問題は、それぞれ別の場所で起きているようで、夫婦の暮らしの中では同じ予定表に入ってくる。

私の母の買い物に行く日。<br>妻の父の用事がある日。<br>お互いの仕事が立て込んでいる日。<br>休日に自分たちの予定を入れたい日。

一つひとつは小さな調整でも、重なると簡単ではない。

最初は、この重なりの加減がつかめなかった。どちらの予定も落とせない気がして、先のことまで考えると落ち着かなかった。妻も私も、うまく回らない時期には、つい言葉が尖ることもあった。

それが、続けるうちに少しずつ変わってきた。今は「この日はこれ」ときっちり構えなくても、おおまかな見通しで対応できるようになった。力を入れすぎないほうが、かえってうまくいくのだと分かってきた。気がつけば、互いにいらだつことはほとんどなくなっている。

妻の実家は妻だけの問題ではない。私の実家も、私だけの問題ではない。そう考えるようになってから、少しだけ見え方が変わった。

どちらを優先するか、言葉にしにくい

二つの実家の優先順位を考えるためのメモと鍵

二つの実家問題を抱えていて、一番難しいのは、優先順位を言葉にすることかもしれない。

母の用事がある。妻の父の用事もある。どちらも大事だ。どちらも急に軽く扱えるものではない。

だが、現実には時間も体力も限られている。

私の母は、車を手放してから行動範囲が狭くなった。買い物、通院、ストマ用品、書類、庭のこと。私が行かなければ進まないことがある。

妻の父は、視力をほとんど失っている。慣れた家の中では生活できているが、安全面の不安はある。訪問者の確認や日々の支援は、妻側の家族にとって大きな関心事だ。

どちらが大変か、という話にしてしまうと、たぶん夫婦の間でもうまくいかない。

大変さの種類が違うからだ。

私の実家は距離と家の管理が重い。妻の実家は視力の問題と、妻の母が急にいなくなった後の生活の立て直しが重い。母は生活のことを私に頼る場面が多い。妻の父は判断力が保たれていて、自分で決められる部分も多い。

条件が違う以上、単純に比べられない。

それでも、予定は重なる。体は一つしかない。夫婦の休日も有限だ。

「今週は私の実家を優先したい」<br>「今回はそちらを先に見てきた方がいい」

そういう会話を、感情的にならずにできるかどうかが大事なのだと思う。

親のことになると、言葉が少し鋭くなりやすい。自分の親のことは、自分でも気づかないうちに守ろうとする。相手の親のことは、どこまで踏み込んでよいか分からず、遠慮しすぎることもある。

だからこそ、正しさだけで話さないようにしたい。

どちらが正しいかではなく、今どちらに手を出す必要があるか。どこまでなら今週できるか。何を来月に回せるか。

そうやって、事務的に近い言葉で分けていく方が、私たちには合っているのかもしれない。

幸い、今のところはどちらかを切り捨てる場面には至っていない。それぞれが動けているし、足りないところは互いに補えている。

この先、親の状態が変われば、どちらを先にするか決めなければならない日が来るかもしれない。知人にも、そうした選択を迫られている人がいると聞いた。我が家にいつそういう時が来てもいいように、少しずつ想定だけはしておこうと、今は思えるようになった。

完璧にやるのは難しい。それでも、お互いが納得できる範囲で、できれば少しでも良い形を目指したい。限られた時間を、できるだけ意味のあるものにしたいと思っている。

実家問題は、家そのものだけではない

実家問題というと、家を売るか、貸すか、壊すかという話に見えやすい。

もちろん、それは大きな問題だ。私の実家には母屋、離れ、大工小屋がある。妻の実家にも、いずれ誰が住むのか、誰が管理するのかという問題がある。どちらも、後継ぎがいる前提では考えられない。

だが、実際に向き合っていると、実家問題は建物だけではない。

親の生活。<br>親の気持ち。<br>きょうだいの距離。<br>配偶者の立場。<br>墓や仏壇。<br>近所や地域とのつながり。<br>お金と書類。<br>残されたものを、誰がどの順番で扱うか。

そうしたものが重なっている。

私の実家では、父の道具をどうするか一つとっても、すぐに答えは出ない。母が触れずにおきたいと思っているかもしれない。私自身も、捨てていいと言い切れるほど整理できていない。

妻の実家にも、妻の母が急にいなくなった後の時間がある。妻の父の暮らしを整えることが先で、家や墓や仏壇の話をどのタイミングで出すかは、簡単ではない。

家をどうするかという問題の前に、今そこに暮らしている人の生活がある。

これは、忘れてはいけないと思っている。

親が元気なうちに話しておいた方がいいことは多い。だが、話せばすぐに片付くわけでもない。話すことで、かえって親を不安にさせることもある。家族の中に、まだ言葉にできていない思いが残っていることもある。

だから、実家問題は「処分の段取り」だけで考えない方がいい。

生活を支えることと、家を終えること。その二つの時間が重なっているのだと思う。

夫婦で同じ温度にはならない

二つの実家問題を抱える中で、夫婦がいつも同じ温度でいられるわけではない。

私にとって、自分の実家は思い出の場所だ。母屋には子どものころの記憶がある。離れには、結婚後に家族で暮らした時間がある。大工小屋には父の仕事の跡が残っている。

妻にとって、私の実家は大切な場所ではあっても、私と同じ記憶の場所ではない。

同じように、妻の実家には妻の時間がある。妻の母のこと、妻の父のこと、きょうだいとの関係、家を出た後も続いてきた距離感がある。

私はそこに、外から関わっている。

この違いを忘れると、すれ違う。

自分の実家のことは、少し過剰に守ろうとする。相手の実家のことは、状況だけを見て効率よく考えてしまう。どちらも自然な反応かもしれないが、そのまま言葉にすると、相手には冷たく聞こえることがある。

たとえば、私の実家の片付けについて、妻の方が現実的に見ていることがある。使っていないものは手放した方がいい。生活に必要な場所を先に整えた方がいい。そう言われると、頭では分かっていても、少し身構える自分がいる。

逆に、妻の実家のことについて、私が簡単に段取りの話をしすぎれば、妻には違う響き方をするだろう。

夫婦だから何でも同じように感じるわけではない。

むしろ、同じ温度にならないことを前提にした方がいいのだと思う。

相手が迷っているときに、すぐ答えを出そうとしない。自分が迷っているときには、相手の現実的な言葉を敵にしない。

簡単ではないが、二つの実家を抱えるには、そのくらいの距離感が必要なのだと感じている。

今できるのは、見えるようにしておくこと

二つの実家の書類や連絡先を見えるように整理するバインダー

二つの実家問題に、今すぐ大きな答えは出せない。

私の実家も、妻の実家も、まだ親がそこで暮らしている。生活を支えることが先で、家そのものの整理は少しずつになる。

それでも、何もしないまま先送りにするのは違う。

今できるのは、見えるようにしておくことだと思う。

どちらの家に、どんな書類があるのか。<br>どのサービスを使っているのか。<br>緊急時の連絡先は誰か。<br>親が何を大切にしているのか。<br>家の中で危ない場所はどこか。<br>墓や仏壇のことを、誰がどこまで把握しているのか。

こうしたことを、少しずつ確認しておく。

完璧な一覧を作る必要はない。最初からきれいに整理しようとすると、かえって進まない。電話番号を控える。写真を撮る。書類の場所を聞く。サービス名をメモする。親が何気なく言った言葉を忘れないように残す。

そのくらいの小さなことでも、後で助かることがある。

二つの実家問題を抱えるというのは、二つの家をすぐに片付けることではない。

二つの家の事情を、夫婦で少しずつ見える状態にしていくことだと思う。

私たち夫婦も、まだうまくできているわけではない。予定が重なれば迷うし、疲れていれば言葉が足りなくなる。自分の親のことになると、冷静でいられない時もある。

それでも、見ないふりだけはしないようにしたい。

親の暮らしを支えながら、家の先のことも少しずつ考える。相手の実家を他人事にせず、自分の実家だけを特別扱いもしない。

答えはまだ出ていない。今は、夫婦でそれぞれの家を見ながら、できることを一つずつ増やしている段階だ。

定時のあとの時間を使って、少しずつ見えるようにしていく。


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