私たち夫婦が、実家に戻らない理由|田舎の離れに3年住んで分かった暮らしの条件

私たち夫婦が、実家に戻らない理由|田舎の離れに3年住んで分かった暮らしの条件 親と実家

母が一人で暮らせなくなったとき、どうするか。親の介護の話になると、子が実家に戻って一緒に暮らす、という選択肢がよく挙がる。

私の場合、その選択肢は今は考えていない。妻も私も、実家に戻って暮らすつもりはない。

冷たい話に聞こえるかもしれない。けれど、これは思いつきで決めたことではない。私たちは一度、実家の敷地に住んでいたことがある。そのときの暮らしを覚えているから、戻らないと考えている。

この記事では、実家の離れで暮らした3年間に分かったことと、今戻らない理由を書いておく。あわせて、住まない実家に毎年かかるものを並べ、戻らないと決めたあとに何を見ればいいかを整理する。

思いを込めて建ててもらった離れに、3年住んだ

私がこの土地で暮らし始めたのは、中学に入学したときだ。それまでは、もう少し便利な土地で暮らしていた。引っ越してきたころは、暮らしの勝手の違いや地域のしきたりに、ずいぶん驚いた覚えがある。

それでも、一応は長男である。いつかはこの家の後を継がなければならない、という思いはどこかにあった。

大人になり、家庭を持ってから、私は家族を連れて実家へ戻った。ただ、決めた理由は跡継ぎの務めより手前にあった。当時の私たちは、自分たちの力だけで暮らしを立てるのが難しく、親の支えを頼りにしていた。今思えば、その考えは甘かった。

戻るにあたって、父は多くない蓄えをはたいて離れを建ててくれた。その経緯は、実家の母屋をどうするか、まだ答えが出ないという記事に書いた。質素な家を気にかけた妻の両親も手を貸してくれて、少し見栄えのする家になった。

いろいろな人の思いと協力で建った家だったから、思い入れがあった。ここでの暮らしを、私は楽しみにしていた。子どもがまだ小さかったころのことで、そこで暮らしたのは3年ほどである。

ところが、すでに治療を続けていた父の体調が、それから悪くなった。支えてもらうつもりで戻ったのに、私が父を扶養する側になった。それは家族として引き受けることだと受け止めていたが、そこにほかの事情も重なっていった。

暮らしの面でも、何かと大変だった。家そのものに不満があったわけではない。困ったのは家の外の暮らしで、小さな不便が毎日少しずつ重なり、それが3年続いた。その多くは、あの土地に住む限り変わらないものだったと思う。

田舎では、車が一人一台いる

田舎の家の車庫に並んだ二台の小型車

暮らしの不便のうち、いちばん大きかったのは移動である。

実家のあたりでは、公共交通機関で暮らしのすべてを賄うことはできない。大人は一人一台の車が要る。夫婦で働いていれば、車は二台になる。車の数だけ、保険も車検もガソリン代もかかる。

通勤には、片道1時間弱かかっていた。もっと遠くから通っている人もいると思う。ただ、朝の渋滞があり、毎朝同じ道で同じように車が詰まる。距離そのものより、その時間が積み重なるストレスのほうが大きかった。

会社の飲み会があると、帰りが困る。車では帰れないので、タクシーを使う。そうすると、タクシー代が飲み代の倍以上になった。会社に入ってすぐのころの飲み会も、年に何度かある飲み会も、実家から通っていた間はずっと同じだった。飲み会に出るたびに、その計算が頭をよぎった。

子どもの通学のことも、気がかりだった。小学校までは歩いて2kmほどある。大人には散歩の距離でも、小さな子どもが毎日歩くにはつらい距離だ。

もしあのまま住み続けていたら、その先も同じことが続いていたはずだ。高校へは、自転車で数kmから、遠ければ数十kmになる。大学へ通うにしても、駅までは自転車か車である。家族の誰かが成長するたびに、移動の手段を一つずつ用意し直すことになる。

母が免許を返納したあと、田舎の実家で交通手段がなくなるということで、母の暮らしが移動を中心にどう変わったかを書いた。あれは母の側から見た話だった。私たちが住んでいたころも、同じ土地で、同じ問題を別の形で抱えていたのだと思う。

家族の事情で街へ移り、そのまま戻らなかった

離れでの暮らしが終わったのは、自分たちで選んだからではない。いくつかの家族の事情が重なり、妻の実家で暮らすことになった。

子どもは、そこから近くの小学校へ通うようになった。数年後、私たちは妻の実家を出ることにした。そのまま住み続ける道もあったが、選ばなかった。私が長男であることに、義父が気を遣ってくれていたこともある。

住まいは、子どもを転校させずに済むよう、妻の実家の近くで探した。買ったのはマンションである。マンションなら、いずれ要らなくなったときにも売りやすいと考えた。今も住んでいる街中の住まいである。

多くの思いを込めて建ててもらった離れは、楽しい思い出の残る場所にはならなかった。私にとっては、あのころ抱えていたものの重さを思い出す場所になっている。

街中で暮らしてみると、離れで感じていた小さな不便の多くが、最初からなかった。歩いて行ける場所に店があり、病院があり、移動のために何かを用意し直すことがない。

それから長い時間がたった。子どもは独立し、今は妻と二人で暮らしている。

妻にとって、実家の土地は、もともと何のなじみもない場所である。親しい知り合いもいなければ、地域とのつながりもない。車がなければ暮らせず、その分の費用もかかる。妻は口に出して言ったことはないが、そこへ戻る意味はないと考えているのだと思う。

そして、私自身も、戻りたいとは思っていない。中学から暮らし、長男として一度は戻った土地ではある。それでも、戻りたいかと聞かれれば、そうではないと答える。

引退してから戻っても、住み続けられるとは思えない

働いているうちは戻らなくても、仕事を辞めたら戻ればいい。そう考える人もいると思う。私も昔は、いつか帰ればいいと軽く考えていた。

今は、あの土地で暮らす大変さを知っている。どこで暮らしたいかは人それぞれの価値観で、正解があるわけではない。ただ私は、年を取ってからも自分たちの力で暮らし続けるには、実家に戻るのは難しいと考えている。引退してからの暮らしを思い浮かべると、かえって難しさが増えるからだ。

まず、病院が遠い。今は母の通院で、私がその遠さを感じている。自分たちが通う側になれば、同じ距離を自分で運転して通うことになる。運転ができなくなれば、母と同じ問題を抱える。

それに、私たちが年を取ったとき、そこで面倒を見てくれる人がいない。子どもは遠方で暮らしていて、実家に戻る予定もない。今の母には私がいるが、私たちの後ろには、同じように通ってくれる人はいない。

あの広い敷地と三棟の建物を、年を取った夫婦二人で維持していけるとは思えない。そのための費用も、相当なものになる。

実家のあたりは静かで、空も広い。ただ、景色を目当てに人が訪ねてくるような場所ではない。家庭菜園や田舎の暮らしそのものが好きな人なら、ここで暮らす楽しみを見つけられると思う。私の場合は、そこに実家の家がある、という事実のほかに、戻る理由を見つけられなかった。

住まない実家に、毎年かかるもの

実家の本宅、離れ、大工小屋の写真

戻らないと決めても、実家がなくなるわけではない。今は母が離れで暮らしているが、母屋も大工小屋も庭も、住む人がいてもいなくても手入れは要る。

実家にかかるものを並べてみると、何かを生み出すための費用ではなく、今の状態を保つための費用ばかりである。

かかるもの何で決まるか減らすときに見ること
草刈り敷地の広さと、刈る回数自分で刈るか、業者に頼むか。頼むなら面積と回数で見積もりを取る
庭木の剪定・伐採木の本数と高さ高い木は自分で切らない。切ったあとの処分費も含めて聞く
火災保険建物ごとの契約と補償の範囲住んでいる建物と、空き家に近い建物を分けて見直す
固定資産税土地と建物の評価、住宅用地の特例建物を壊すと特例が外れることがある。壊す前に確認する

このうち、毎年いちばん手がかかるのは草刈りである。刈っても一か月で元に戻ることは、一か月前に刈った草が、もう元に戻っていたに書いた。今は私が通って刈っているが、それも私が通える間の話である。

自分で手入れを続けるか、業者に頼むか。頼むなら、何を、年に何回頼むのか。その答えは、実家をこの先どうするかによって変わる。いつか自分が住む家なら、手入れは自分の暮らしのための費用になる。戻らない家なら、同じ費用でも意味が違ってくる。

実家を売るか、残すかを決める前でも、値が付くかどうかを聞いておくことはできる。私が査定で確かめたいことは、実家を売る前に、不動産査定で確認することにまとめた。戻らないと分かっている家ほど、維持にかかるものと、手放したときの見込みを、一度は並べて見ておきたいと思っている。

戻らないと決めると、実家を見る目が変わる

母が施設に入りたくないのだろうと私が感じていることは、母は、施設に入りたくないのだと思うに書いた。私たちは、母を引き取って同居することも選ばなかった。今回書いたように、私たちが実家に戻ることも考えていない。

そう並べると、ずいぶん勝手なことを言っているように見えるかもしれない。けれど、どちらも、住んでみたことがあるから選ばなかったのだと思っている。できないことを、できると思い込んだまま先送りにはしたくなかった。

戻らないと決めると、実家の見え方が少し変わる。これまで、手入れは「いつか住むかもしれない家」のためでもあった。今は、母が暮らしている間の家として手入れをしている。そして、母がそこで暮らせなくなったあとのことは、別に考えなければならない。

自分が実家に戻るかどうかを先に決めておくと、毎年の手入れや費用を、何のためのものとして見ればいいかがはっきりする。私の場合、その答えは、母がそこで暮らしている間の家、だった。

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