認知症の受診を親にどう切り出すか|決めつけず相談につなぐ準備

認知症の受診を親にどう切り出すか|決めつけず相談につなぐ準備 親の老い

母との電話は、いつも右耳から始まる。聞こえにくいのは右だと本人が言うのに、受話器は右手で右耳に当たる。左に替えるよう伝えても、次の電話ではまた右に戻っている。

耳の問題なのか、長年の習慣なのか、新しい動作を覚えにくくなったのか。家族の私には分けられない。母に認知症の診断はなく、私も受診を切り出したことはない。

それでも、いつか話す日は来ると思っている。そのときに「認知症かもしれないから病院へ行こう」と言えば、その一言で親子は疑う側と疑われる側に分かれてしまう。診断名を家族が先に出さずに、普段との違いをどう相談へつなぐか。言葉の順番を先に決めておきたい。

私は、まだ母に受診を切り出していない

母は実家の離れで一人暮らしを続けている。昼食は配食の支援があり、買い物は週に一回ヘルパーに頼んでいる。掃除と洗濯、ストマの管理は母が自分で続けている。

今の母に、生活が回らなくなった事実はない。気になっているのは、電話の受け答えと、右耳の習慣が変わらないことだけである。

その程度で「認知症だろう」という前提を持ち込みたくない。一方で、変化が重なった日に、言い方が決まっていないことを理由に相談を先送りにするのも避けたい。

受診させる手順より先に、どう話せば親子の関係を崩さずに済むかを考える段階だと思っている。

切り出す一言は、診断名ではなく目的から作る

診断名ではなく受診の目的から落ち着いて話す高齢の親と50代の息子

親に受診を勧めるとき、家族の頭の中には「認知症だったらどうしよう」という不安がある。しかし、その不安をそのまま相手へ渡すと、話の主題が「生活の変化を確かめる」から「認知症かどうか」へ移ってしまう。

本人からすれば、忘れっぽくなったことより、子どもに能力を疑われたことの方が大きく残るかもしれない。「前も同じことを言った」「忘れたのか」と事実を並べて説得しようとすれば、相手は自分を守ることに集中する。

そこで、切り出しの中心は診断名ではなく、本人が感じている困りごとに置きたい。

  • 電話で聞き返すことが増えて疲れないか
  • 予定や書類が分かりにくくなっていないか
  • 今までのやり方で不便になったことはないか
  • 本人自身に気になる変化はないか

私が母に言うなら、「認知症が心配だ」ではなく、「電話が聞こえにくそうだから、耳のことも含めて先生に相談しないか」としたい。耳だけを見てもらうと偽るのではなく、実際に母が困っている可能性のあることから話を始めるという意味である。

厚生労働省の認知症の人の意思決定支援ガイドラインも、本人の意思を尊重し、理解できるように説明することを基本に置いている。家族の心配が正しいからといって、本人の気持ちと意向を飛ばしてよいわけではない。

「行ってほしい」ではなく「何のために行くか」を言う

「病院に行ってほしい」だけでは、親にとって受診の意味が分からない。家族が結果を決めているように感じられることもある。私なら、目的を次の三つのうち一つに絞って伝える。

  1. 普段と違うことの原因を、家族だけで決めず相談する
  2. 本人が困っていることを、少し楽にできないか確かめる
  3. 今の暮らしを続けるために、先に見てもらう

ここでも、「簡単な検査だけ」「何もないと証明するため」と、分からないことを断定しない。検査の内容や必要性は医療機関に確認し、本人にも分かる範囲で正直に伝える。

国立長寿医療研究センターの診察で伝えることの案内には、医師に伝えるとよいことが挙げられている。いつからどのような症状があるか、何で困っているか、何のために診察を受けるかである。親に話すときも、最後の「何のために」が先にある方が、受診を家族の都合だけにしなくて済む。

家族が先に用意するのは、心配ではなく事実

地域包括支援センターで親への伝え方を家族だけで相談する50代の男性

切り出す前に、家族側でメモを整えておく。大切なのは、心配を強く書くことではない。いつ、何があり、普段とどう違ったかを書く。

分けるもの書き方の例
起きた事実8月10日、同じ予定を20分後にもう一度聞いた
普段との違い今までは予定表を見れば思い出せていた
生活への影響受け取りの時間を間違え、家族が連絡し直した
本人の反応忘れたことに自分で気づいた/気づいていなかった
家族の心配同じことが続くか確認したい

この表の例は母に実際に起きた出来事ではない。記録の形を示すための例である。母の場合は、電話の日付、聞き取りにくさ、右耳に当てていたこと、左耳へ替えたときに会話がどう変わったかを残すことになる。

親の認知症が心配になったときに見ることでは、もの忘れだけでなく暮らしへの影響を記録する考え方をまとめた。今回のメモは、それを親への説得材料にするためのものではない。医療者や相談先へ、家族が見た事実をそのまま渡すために使う。用途が変われば、書く内容も変わる。心配の強さより、日付と回数が要る。

最初の相談先は、本人と家族の状況で選ぶ

心配になったからといって、最初から専門外来を予約しなければならないわけではない。本人がかかりつけ医を信頼しているなら、普段の受診時に相談する方法がある。どこへ聞けばよいか分からない場合は、地域包括支援センターに家族だけで相談することもできる。

厚生労働省の認知症に関する相談先の案内には、地域包括支援センター、かかりつけ医、認知症疾患医療センター、もの忘れ外来などが示されている。国立長寿医療研究センターも、認知症と診断される前の段階でも家族だけで相談できると案内している。

家族だけで相談することは、本人に隠れて診断を進めることではない。親へどう話すか、どの診療科が考えられるか、急ぐ変化かどうかを、家族が先に整理する時間として使う。

地域包括支援センターに相談する前のメモで整理したように、本人の希望と家族の心配は分けて伝える。「本人は今の家で暮らし続けたい」という意向は、家族の不安によって後ろへ追いやらないようにする。

断られたら、言い負かさずに理由を聞く

親が「行かない」と言ったとき、家族はこれまでの変化を並べて説得したくなる。しかし、その日の会話に勝っても、本人が不安なままでは、診察の場で自分の困りごとを話せないかもしれない。

国立長寿医療研究センターは、本人が受診したがらない場合に、必ずすぐ受診できる方法はないとしている。そのうえで、信頼する親類やかかりつけ医から勧めてもらうこと、地域包括支援センターへ相談することを案内している。

断られたときは、まず理由を聞く。病院が嫌なのか。何を言われるかが怖いのか。移動や待ち時間が負担なのか。「必要ない」という一言の中に、別の困りごとが入っていることもある。

親の「大丈夫」をどこまで信じるかで書いたように、母は希望や困りごとを整理して伝えることが得意ではない。反射的に「大丈夫」と答えることもある。一度の返事で会話を終わらせず、なぜ行きたくないかを聞く。とはいえ、同じ日に何度も迫らない。

ただし、短時間に急な変化が出た、強い体調不良がある、本人や周囲の安全に関わる場合は、切り出し方の問題として扱わない。状況に応じて、かかりつけ医、医療機関、救急の相談先へ連絡する。急な変化の原因を、家族が認知症と決めてしまわないことも大切である。

受診の日は、本人が話す時間を残す

診察室で高齢の母が先生に自分の言葉で話し、息子が横で待つ様子

受診につながった後も、家族が全てを説明しないようにしたい。親を支えようと思うほど、家族は診察室で先回りして話してしまう。

家族のメモは、本人の話を代わりに終わらせるものではない。本人が話した後に、普段との違いを補足するためのものである。本人の前では言いにくいことがあれば、予約時や受付で、家族のメモを事前に渡せるか、別に話す時間があるかを確認する。医療機関によって方法は異なる。

受診前に家族が用意するなら、次の範囲で足りると思う。

  • 気になる変化が始まった時期
  • 具体的に起きたことと回数
  • 生活で困ったこと
  • 現在の持病、通院先、薬の情報
  • 視力、聴力、睡眠、体調で気になること
  • 本人が今の暮らしで続けたいこと
  • 本人と家族が、今回の診察で確認したいこと

母との電話では、一回の受け答えより、いつもとの違いを見るようにしている。親との電話から変化を拾う方法で使っている一行メモは、受診を切り出すための証拠ではなく、医療者に普段の母を伝える材料になる。

言葉だけ先に用意し、言う日は決めない

私は、母にまだ受診を切り出していない。だから「この言い方ならうまくいく」とは書けない。本人の性格や、親子の関係、かかりつけ医との距離で、受け止め方は変わる。

それでも、言わないと決めた言葉はある。

  • 「みんなそう言っている」と人数で迫る
  • 「忘れただろう」と記憶の正しさを争う
  • 「認知症だったら困る」と家族の不安を先に出す
  • 「行くだけでいい」と受診の意味を曖昧にする

代わりに、最初に置く一言は決めてある。「今の暮らしを続けるために、家族だけで決めず先生に相談しないか」。その後に、母が困っていることを一つだけ具体的に言う。それ以上は足さない。

受診の目的は、家族の不安を消すことではない。本人ができていることを残し、困っていることに早めに手を打つためである。認知症かどうかを確かめる前に、家族が親の能力を決めてしまっては意味がない。

言う日は、まだ決めない。次に電話をするときも、受診の話はしないつもりでいる。左耳に替えたときに声がどう変わるかを聞いて、日付と一緒に一行だけ残す。その一行が何本か並び、耳では説明のつかない違いが出たときが、切り出す日になる。

準備とは、言葉を用意することと、言わずに数える日を持つことの両方なのだと思う。

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