お酒が翌日に残るようになって

お酒が翌日に残るようになって 人生後半

お酒が、翌日に残るようになってきた。

若いころは、飲んだ翌日でもそれなりに動けた。多少眠くても、朝になれば仕事に行き、昼ごろにはいつもの調子に戻っていたように思う。

ところが50代後半になると、同じ量を飲んだつもりでも、翌朝の体が違う。

頭が重い。胃がすっきりしない。眠ったはずなのに、深く休めた感じがしない。血圧を測ると、いつもより数字が気になる日もある。

私はお酒が嫌いではない。外で食事をするとき、少し飲む時間は楽しみでもある。仕事や実家のことから少し離れ、妻と食事をしながら飲む一杯には、気持ちをほどく面もある。

ただ、翌日に残るようになった以上、若いころと同じ飲み方を続けるわけにはいかない。

今回は、お酒をやめるかどうかではなく、翌日の自分を崩さないために、50代後半の飲み方をどう見直すかを書いておきたい。


若いころの「飲める」は、もう基準にならない

飲める量ではなく翌日に戻れる量を考える外食の一杯

お酒の量を考えるとき、以前の私は「飲めるかどうか」で判断していた。

顔に出るか。

酔いすぎないか。

会話ができるか。

帰れるか。

その場で問題なく過ごせるなら、飲みすぎではないと思っていた。

若いころは、それで済んでいたのかもしれない。仕事の付き合いも今より多かった。飲み会のあとに電車で帰り、翌日は少し眠い顔をしながら出社する。そんなことが、会社員生活の一部のように感じられた時期もある。

今思えば、体力に助けられていただけだ。それに、失敗がなかったわけでもない。振り返れば、飲みすぎた夜は何度もある。

妻も、お酒を嗜む。むしろ私より強い。先に酔いが回るのはいつも私の方で、酔うたびに、お酒に弱いのだからとたしなめられてきた。

今も、外で飲む日や、会社の接待や宴会の前には、飲みすぎるなと繰り返し言われる。以前は、飲む前から言われることを少し窮屈に感じていた。だが、翌日に残るようになった今は、あれは私の失敗を近くで見てきた人の言葉だったのだと分かる。

50代後半になると、その場で飲めることと、翌日に戻れることは別だと分かってくる。

飲んでいる最中は大丈夫でも、翌朝に残る。

寝たはずなのに眠い。

胃が重い。

朝の血圧測定が気になる。

仕事の資料を読んでも、頭の立ち上がりが遅い。

飲んだその夜より、翌日の方に影響が出るようになった。

これは、自分の体が弱くなったというより、基準を変える時期に来たということなのだと思う。

飲める量ではなく、翌日に戻れる量。

その日の気分ではなく、翌朝の予定。

周りに合わせる量ではなく、自分の体に合う量。

お酒との付き合い方も、仕事や実家の整理と同じで、年齢に合わせて見直すものなのだと感じている。

翌日に残ると、予定の組み方まで変わる

翌朝の車通勤に備えて水と通勤かばんを整える食卓

お酒が翌日に残るようになると、影響は体調だけにとどまらない。

予定の組み方にも関係してくる。

平日の夜に飲むと、翌日の仕事に響く。朝から会議がある日、運転して出勤する日、判断のいる資料を読む日。そういう日の前夜に飲みすぎると、少しずつ自分で自分の余裕を削ることになる。

今の私は車通勤だ。

飲んだ当日に運転しないのは当然だが、翌朝も自分の感覚だけで大丈夫だと思い込まない方がいい。眠ればすべて抜ける、という考え方は危ない。

どれだけ残るかは、飲んだ量、体格、体質、体調、食事、睡眠時間によって変わる。私は専門家ではないが、少なくとも「朝起きたから大丈夫」とだけ考える年齢ではなくなった。

出張の飛行機でも、飲まなくなった。機内でトイレに立つのがおっくうという理由もあるが、それだけではない。到着してからも仕事は続く。降りた時点でアルコールが残っていては困るからだ。移動中の一杯より、着いてからの自分を優先するようになった。

実家に行く予定がある前夜も同じだ。

母の買い物、通院の付き添い、草刈り、書類の確認。実家でやることは、体も頭も使う。お酒が残った状態で行けば、動きが鈍くなるし、判断も雑になる。

母の「大丈夫」を確かめる側の私が、自分の体調を整えられていないのでは本末がずれる。

孫と会う予定がある日もそうだ。

抱っこをせがまれるのはうれしい。だが、腰や肩に負担が来ることも分かっている。前日に飲みすぎて体が重ければ、その時間を十分に楽しめない。

お酒は、その場だけで完結しない。

翌日の仕事、実家、家族、運転、体調に小さく影響する。

若いころは、飲み会を一晩の予定として見ていた。今は、翌日の午前中まで含めて一つの予定として見る必要がある。

これは少し面倒だが、悪いことではない。

翌日を考えて飲むということは、翌日の自分を大事にすることでもある。

純アルコール量で見てみると、思ったより多い

お酒を見直そうと思って調べると、「純アルコール量」という考え方に行き当たる。

厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、お酒の量をミリリットルだけで見るのではなく、含まれる純アルコール量で把握することが大事だとされている。

計算式は、飲んだ量にアルコール度数をかけ、さらに0.8をかける。

たとえば、アルコール度数5%のビールを500ml飲むと、純アルコール量は20gになる。

500ml × 0.05 × 0.8 = 20g。

こうして数字にしてみると、感覚とずれる。

ビールを中ジョッキ一杯。

ワインを何杯か。

日本酒を少し。

焼酎の水割りをもう一杯。

一つひとつは、それほど多く感じない。だが、種類をまたぐと、純アルコール量は静かに増えていく。

私はこれまで、「何杯飲んだか」で何となく見ていた。

ビール二杯ならこのくらい。

焼酎なら薄めだから大丈夫。

ワインは食事と一緒だから軽い。

そういう感覚で済ませていた。

しかし、度数が違えば、同じ一杯でも中身は違う。グラスの大きさも店によって違う。家で飲むときは、自分で注ぐ分だけさらに曖昧になる。

厚生労働省のガイドラインでは、生活習慣病のリスクを高める飲酒量として、1日当たりの平均純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上と示されている。

これは「ここまでなら誰でも安全」という意味ではない。

年齢、体質、体調、持病、薬、飲む頻度によって影響は変わる。高血圧で服薬している私にとっても、自分の体に引き寄せて考える必要がある。

数字を知ったからといって、すぐにきれいに管理できるわけではない。

ただ、ビール500mlで20gという目安を持つだけでも、飲み方の見え方は変わる。

もう一杯いくかどうかを、気分だけでなく数字でも考えられる。

飲む量より、飲む場面を減らす

週末に飲みすぎないために炭酸水とノンアルコール飲料を選ぶ台所

お酒を見直すとき、最初に考えたのは量だった。

一杯減らす。

度数の低いものにする。

水を間に挟む。

食べながら飲む。

どれも大事だと思う。

ただ、私の場合は、量だけを見ていると続きにくい気がしている。

毎回「今日はどこまで飲んでよいか」と考えるより、飲む場面そのものを少し減らした方が分かりやすい。

平日は飲まない日を増やす。

翌朝に運転や会議がある日は飲まない。

実家へ行く前日は飲まない。

体調が重い日は最初から飲まない。

外食でも、最初の一杯だけにする日を作る。

こうした決め方の方が、自分には合っている。

ただ、平日に飲まない日を増やすと、その反動で週末にまとめて飲む日が出てきた。平日は控えたのだからと、つい量が増える。休んだ日を帳消しにするような飲み方では、見直しの意味が薄れてしまう。飲まない日を増やすことと、飲む日に飲みすぎないことは、別々に守る必要があるのだと思う。

飲み始めてから止めるのは難しい。食事が進み、会話が弾み、気分がほどけると、もう一杯が自然に見えてくる。

だから、飲む前に決めておく。

今日は一杯。

今日は飲まない。

今日はノンアルコールにする。

そう決めておけば、途中で自分と交渉する時間が減る。

最近は、ノンアルコール飲料の選択肢も増えた。以前は物足りないと思っていたが、食事と一緒に飲むものとして考えれば、十分な場面もある。

お酒の楽しさは、アルコールそのものだけではない。

食事の時間。

店の雰囲気。

妻との会話。

一日の区切り。

そう考えると、毎回アルコールでなくてもよい。

もちろん、好きな酒を完全にやめたいわけではない。たまには飲みたいし、楽しく飲める日も残したい。

だからこそ、何となく飲む日を減らしたい。

楽しむ日を残すために、惰性で飲む日を減らす。今のところ、そのくらいの見直しが現実的だと思っている。

眠るために飲む、に寄せない

50代後半になると、睡眠の質も気になってくる。

若いころのように、布団に入れば朝までぐっすり眠れる日ばかりではない。夜中に目が覚める。朝早く起きる。出張の前後や実家の予定があると、頭が動いたままになることもある。

お酒を飲むと、寝つきがよくなるように感じる日がある。

食事をして、少し飲んで、眠くなる。その流れは自然に見える。

だが、翌朝に残るようになってからは、この考え方にも注意したいと思うようになった。

眠るために飲むと、量が増えやすい。

今日は寝つけないから少し。

疲れているから少し。

考えごとがあるから少し。

そういう理由で飲み始めると、いつの間にかお酒が睡眠の入口になってしまう。

私は医療の話を断定できる立場ではない。

ただ、自分の実感として、飲んで寝た翌朝は、睡眠時間のわりに体が軽くないことがある。夜中に水が欲しくなることもある。朝の血圧測定の前に、少し身構える日もある。

眠るために飲むのではなく、眠れる状態を作る。

この順番に変えたい。

帰宅後に少し歩く。

風呂の時間を急がない。

寝る前にスマホを見続けない。

翌日の準備を先に済ませる。

血圧を測り、薬を確認し、気持ちを落ち着ける。

どれも地味なことだ。

しかし、年齢を重ねると、こういう地味な段取りが効いてくるのだと思う。

酒で眠るのではなく、眠るための暮らしを整える。

その方が、翌朝の自分にやさしい。

飲み方の見直しは、老いを認める作業でもある

お酒が翌日に残るようになったと書くと、少し寂しい感じもする。

若いころのようには飲めない。

遅くまで飲んでも翌日平気、とは言えない。

会食のあとに、何事もなかったように朝から動くことも難しくなってきた。

だが、これは単に楽しみが減った話ではない。

自分の体の変化に合わせて、暮らしを組み直す話だと思っている。

老眼鏡を持つようになった。

血圧を朝晩測るようになった。

仕事帰りにプールへ寄るようになった。

出張の飛行機では、肩や腰のことを予定に入れるようになった。

お酒も、その延長にある。

飲める自分を保つことより、翌日動ける自分を守ること。

付き合いの場で無理をすることより、家族や仕事や実家に向き合える体を残すこと。

その方が、今の自分には大事になってきた。

お酒を飲む時間そのものは、悪いものではない。

気持ちがほどける日もある。食事が楽しくなる日もある。誰かと話すきっかけになることもある。

ただ、楽しみは翌日の自分を削ってまで続けるものではない。

飲むなら、量と場面を選ぶ。

飲まない日も、普通に作る。

翌朝の予定を見て、前夜の飲み方を決める。

派手な健康法ではないが、今の私にはそれくらいの見直しがちょうどいい。

これからも、お酒を敵にするのではなく、自分の体に合わせて距離を測っていきたい。

定時のあとの時間を使って、少しずつ整えていく

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