初夏に実家へ行くと、外まわりの景色が、前に来たときとまるで違っていることがある。
冬のあいだは、庭も道路ぎわも静かなものだ。母の用事や母屋の風通しを済ませれば、外にはほとんど手をつけずに帰る。
それが、春先から少しずつ変わりはじめる。
垣根の下に草が出て、昔の畑が緑を濃くし、道路側の枝が伸びる。そして初夏になると、雨と気温で草木が一気に伸びて、もう放っておけない姿になっている。
実家の草刈りは、年に数回しかしない。それでも、初夏の一回がいちばんこたえる。
そして最近は、その「こたえる」の中身が、少しずつ変わってきた気がする。
母がやめてしまった外まわりの手入れ

母が元気だったころ、実家の外まわりは今ほど荒れていなかった。
大きな機械を使って一日で片づけるような作業をしていたわけではない。母は暮らしのなかで、気になったところに少しずつ手を入れていた。草が伸びれば取り、枝が目につけば落とす。庭を歩きながら、ここはそろそろ、あそこは次に、と見ていたのだと思う。
それは、母のなかでは定期的な仕事だったのだろう。
季節ごとに、母には母の段取りがあったのだと思う。梅雨に入る前に伸びそうなところを刈り、夏は朝の涼しいうちに少しずつ手を入れる。誰に頼まれたわけでもなく、長いあいだ続けてきたことだ。だからこそ、急にやめたというより、少しずつ手が遠のいていったのだろう。
ただ、こういう手入れは、やっている最中は目立たない。きれいに保たれていることの裏側で、細かな手間が積み重なっている。私はそのことを、あまり意識していなかった。
その母が、最近は外まわりに手を出さなくなった。
体力が落ちて、外で草を刈ったり枝を切ったりするのが難しくなった。それに加えて、手をつけること自体が億劫になっているように見える。年齢を考えれば自然なことだし、無理をして転ぶ方がよほど困る。責める話ではない。
ただ、母が担っていたものが止まると、季節の変化がそのまま表に出てくる。
母がやらなくなったから荒れるようになった、というより、母がやっていたから荒れて見えなかった。実家へ行くたびに、そのことを思う。
親が元気なうちは、家のことの多くが親の手で回っている。その手が止まって初めて、自分が何を見ていなかったのかに気づく。草刈りは、そのいちばん分かりやすい例なのかもしれない。
父が残した木と、荒れていく庭

実家には、父が植えた木がいくつも残っている。
父は木が好きだった。なかでも、実のなる木を育てるのが好きだったのだと思う。桃、いちじく、金柑、柿。子どものころは、庭にそういう木があることを特別だとは思っていなかった。季節になれば実がなり、鳥が来て、落ちた実を片づける。そういうものだと思っていた。
今になって見ると、果樹は思い出だけでできているわけではない。
枝は伸び、葉は茂り、実は落ちる。そして虫も来る。桃の木は毎年のように虫が多く、暮らしのそばに置き続けるのが難しくなって、結局は処分した。父が植えた木を切るのは、簡単に割り切れることではなかった。それでも、残すことだけが大事にすることでもない。
昔、家庭菜園をしていた小さな畑もある。
父や母が手を入れていたころは、そこに野菜があった。土を耕し、水をやり、収穫する場所だった。今は、草の宝庫のようになっている。畑だっただけあって土がいいのか、初夏になるとそこだけ妙に勢いがある。使われなくなった場所は、すぐに別の顔になる。
敷地を囲うように植えた木も、手を入れなければ荒れていく。
昔は家を守るように見えていた木が、放っておけば道路側へ膨らみ、形を崩していく。風よけのつもりだったのか、目隠しのつもりだったのか、今となっては父に聞くこともできない。ただ、植えた本人がいなくなっても、木のほうは生き続け、毎年伸びていく。
残したい気持ちと、管理しきれない現実が、同じ庭のなかにある。草刈りがこたえるのは、草の量だけが理由ではない。
まず、道路側から手をつける
実家で草刈りをするとき、私が最初に見るのは道路側だ。
庭の奥も気になる。昔の畑も、敷地を囲う木も、見ればきりがない。それでも順番をつけるなら、道路側になる。
道路へ草が倒れていないか。枝が外へ出ていないか。垣根がふくらんで、通る人の邪魔になっていないか。
自分の家のなかだけなら、多少は先送りできる。けれど、外へ出ている部分はそうはいかない。実家に住んでいないからこそ、近所の人が毎日通る場所を、そのままにしておくわけにはいかない。
そこに住んでいないという負い目も、どこかにある。普段の暮らしを母に預けているぶん、せめて外から見える場所くらいは整えておきたい、という気持ちがある。
始めてみると、思っていたより時間がかかる。
草を刈り、枝を切り、切ったものを集めて袋に入れ、落ちた葉を掃く。一つひとつは単純でも、範囲が広い。道路沿いを一通り見ていくだけで、半日が過ぎてしまう。
以前なら、土曜の一日で何とか終えられた。
それが最近は、一日では終わらないことがある。朝から夕方まで作業して、それでも気になる場所が残る。結局、翌日の日曜にもう一度行くことになる。週末が、ほとんど実家の外まわりで終わってしまう。
それでも、道路側が片づくと少し安心する。完璧ではなくても、人に迷惑をかけそうな場所を減らせたと思える。
昔ながらの道具では、体が続かない

若いころは、道具に頼らず作業していた。
草刈りがまと剪定鋏。腰を曲げて草を刈り、手で枝を引き寄せて切る。刈った草を集めて袋に詰める。昔ながらのやり方で、面倒ではあっても、体を動かせば終わると思っていた。父の手伝いをしていたころの感覚もあって、自分で動けば何とかなるという気持ちがあった。
実際、昔はそれで済んでいた。
今は、同じやり方をすると体に残る。腰を曲げている時間が長いと、あとから痛みが出る。剪定鋏を握り続けていると、手の力が続かない。細い枝ならまだしも、少し太い枝が続くと、握るたびに疲れがたまっていく。
草を刈るだけならまだいい。
刈って、切って、集めて、運ぶところまで含めると、思っている以上に全身を使う。人の力だけが頼りの道具では、だんだんきつくなってきた。
以前は、作業の翌日に何かが残ることはなかった。今は、月曜になっても腰や肩に疲れがついてくる。定時で働く日々のなかで、その重さは思っていたより響く。週末に無理をすれば、平日のどこかにしわ寄せがくるようになった。
道具が悪いわけではない。草刈りがまにも剪定鋏にも、それぞれの良さがある。小回りが利き、音も静かで、手で加減しながら作業できる。ただ、私の体が昔と同じではなくなっている。
母の老いを見ているつもりでいたが、支える側の私も年を取っている。
これは弱音というより、これからの段取りを考えるうえでの前提だと思う。
無理のない形に変えていく
親の暮らしを支えることを考えると、どうしても母のことが中心になる。
買い物は大丈夫か。通院はどうするか。薬は飲めているか。火の始末は大丈夫か。そういうことに目が向くのは当然だ。けれど実家を維持するには、家そのものの手入れも要る。母屋、離れ、庭、垣根、昔の畑、果樹。どれも少しずつ手がかかり、積み上がるとかなり重い。
そして、それを担う私の体力も無限ではない。母を支える時間も、外まわりに使う体力も、同じ自分のなかから出ていく。どちらかに偏りすぎれば、長くは続かない。
年に数回しか草刈りをしないなら、その数回をどう軽くするかを考えた方がいい。初夏に一気に伸びる前に一度見ておく。道路側を優先する。残す木と、低くして管理する木を分ける。真夏の日中に無理をしない。土曜一日で終わるという前提を、持ちすぎない。
地味なことばかりだが、こういう見直しが必要になってきた。
実家の草刈りは、ただ庭をきれいにする作業ではない。母の暮らしを守ることであり、近所との関係を保つことであり、父が残した庭と向き合うことでもある。そして同時に、自分の体と相談する作業でもある。
草木は、こちらの事情を待ってはくれない。
今年できたことが、来年も同じようにできるとは限らない。それなら、やり方のほうを少しずつ変えていけばいい。
売る、貸す、壊すといった大きな判断の前に、毎年戻ってくる草木の手入れがある。大きな決断はまだ先でも、草木は待ってくれない。その手入れを続けられるかどうかが、実家とどう付き合っていくかの、いちばん身近なものさしになっている気がする。
そこをどう続けられる形にしていくか。定時のあとの時間を使って、母の暮らしと実家の外まわりを、自分の体に合わせて少しずつ整えていきたい。


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