墓じまいのことを調べていくと、費用や手順は少しずつ分かってきた。
それでも、いざ動こうとすると足が止まる。引っかかっているのは、お金でも役所の手続きでもない。それを誰に、どう話すかだ。
我が家の墓は代々受け継がれてきたもので、私の代だけのものではない。ただ、幸いと言うべきか、墓をどうするかは、今は母と私の二人で決められる。親戚付き合いは、ここ数年で自然と途絶えてしまった。今は、父の姉からたまに電話がある程度だ。
それでも調べてみると、一般には、墓じまいで親族にどう話すかでつまずく人が少なくないらしい。我が家は決める人が少なくて済むほうで、そうでない家のほうがむしろ多いようだ。
今回は、自分が母やお寺とどう話すかと、一般に親族とどう話すといいのかを、合わせて整理しておきたい。
墓じまいは、本来は自分の家だけの話ではない
墓のことは、一見すると自分の家の中で完結しそうに思える。
名義を確認し、お寺に話し、費用を用意し、改葬先を決める。手続きの流れだけを見れば、動かすのは限られた人だ。
調べてみると、墓を動かす手続きそのものは、祭祀を継ぐ人、つまり名義人が進められるらしい。ただ、法律上動かせることと、親族が納得することは別で、同意のないまま進めて後からもめる例が多いという。
代々の墓には、その家の先祖が眠っている。今の名義人だけでなく、その兄弟や、いとこにあたる人にとっても、自分の親や祖父母が眠る場所だ。普段は墓参りに来ていなくても、その墓がなくなると聞けば、心が動く人もいる。
だから一般には、名義人が手続き上は動かせても、相談なく進めると「聞いていない」「勝手に決めた」と角が立ちやすいという。墓は片づいても、関係にしこりが残る。
その点、我が家は事情が少し違う。墓を継ぐのは一人っ子の私で、決めるのは母と私だ。先に書いたとおり、ほかの親族との付き合いはほとんど途絶えている。相談すべき相手が少ないという意味では、迷う種は少ない。
ただ、それはたまたま恵まれているだけで、どの家でもそうなるわけではない。むしろ、関わる人が多いほど、話は難しくなる。
それでも、相手が少ない我が家でも、話す「人」がいなくなるわけではない。母と、お寺だ。手続きの前に、その二人にどう話すかを考えないといけない。そう思うようになった。
まず話すのは、やはり母だ

順番として、最初に話すのは母だと思っている。
墓のことは、これまでほとんど母の領域だった。法事の段取りも、親戚への連絡も、長く母が担ってきた。誰がどういう人で、どの程度の付き合いがあるのか、私より母のほうがずっと分かっている。
その母を飛び越して、私が一人で話を進めるのは順番が違う。
それに、母自身が今の墓や仏壇を大切にしている。母の気持ちを確かめないまま、子の私が「墓じまいします」と動き出せば、母は置いてけぼりにされたように感じるだろう。
だからまず、母とゆっくり話す。
すぐに結論を出してもらう必要はない。後継ぎがいないこと、私がこの先この土地に通い続けるのが難しいこと、いつかは形を考えないといけないこと。そういうことを、急がずに共有するところから始める。
そのうえで、もし伝えておいたほうがいい相手がいるなら、それも母に聞く。今はたまに電話をくれる父の姉くらいだが、母から見れば、ひとこと入れておきたい相手がいるかもしれない。
一般には、ここで母にあたる人を通して、親族の付き合いの濃淡を教わるのが要るのだと思う。墓に思い入れのある人、任せてくれそうな人、ひとこと伝えておけば角が立たない人。その地図がないまま動くと、思わぬところでつまずく。
我が家は、その地図がずいぶん小さくて済む。けれど、小さいからこそ、母とお寺との関係だけは、丁寧にしておきたい。
一般には、誰に話すかで悩むらしい

我が家は決める人が少ないが、調べてみると、多くの家ではここでつまずくようだ。
親族といっても、全員が同じように関わるわけではない。墓に思い入れのある人もいれば、もう代が変わって縁の薄くなった人もいる。誰に、どこまで話すか。その線引きが難しいという。
付き合いの距離だけで「この人は関係ない」と決めつけると、後でこじれることがあるらしい。普段は年賀状だけの間柄でも、墓のこととなると別の感情が動く。来るか来ないかと、どう思うかは、必ずしも一致しない。
それと、これは我が家でも感じたことだが、いざ連絡しようとすると、相手の連絡先が分からないことがある。母が入院したとき、親戚の連絡先が誰も分からず、後から母に聞いて一覧を作った。
連絡先が分からなければ、丁寧に話したくても話しようがない。後で「なぜ知らせてくれなかったのか」と言われても、そもそも手立てがなかった、ということになりかねない。
だから、もし伝えるべき相手がいるなら、誰がいて、どこにいて、どういう間柄なのかを、先に書き出しておくといいのだと思う。
我が家の場合、その一覧はずいぶん短い。それでも、父の姉のように、細い糸でつながっている人はいる。決めたあとに知らせるのか、決める前にひとこと入れるのか。そこは母と相談して決めたい。
費用や手続きから話さない
話す相手と順番が見えてきたら、次は切り出し方だ。
ここで私が気をつけたいのは、費用や手続きから話さないことだ。
墓じまいを調べていると、どうしても費用や段取りに頭が向く。閉眼供養のお布施、墓石の撤去、離檀料、改葬先。そういう具体的なことが気になって、つい最初にその話をしたくなる。
けれど、親族にとっては、まずお金や手続きの話を持ち出されると、ずいぶん事務的に聞こえてしまう。
先祖の墓をどうするかという話なのに、いきなり「いくらかかる」「どう動かす」では、墓を厄介ごととして片づけたがっているように受け取られかねない。
だから、話す順番を変えたい。
最初に伝えるのは、墓を大切に思っているということ。そのうえで、後継ぎがいないこと、私がこの先通い続けるのが難しくなること、誰も手を合わせに来られない墓にしてしまうより、きちんと整えたいということ。
そういう気持ちの部分を先に話して、費用や手続きの話は、相手が受け止めてから後に回す。
私自身、墓じまいという言葉に長く抵抗を覚えてきた。先祖を放り出すような響きが、どこかにあったからだ。だから、その言葉に身構える人の気持ちは分かるつもりでいる。
お寺との関係や、離檀にまつわる話も、本来は重い話題だ。けれど、それも最初に持ち出すものではないと思う。まず気持ちのところで通じ合えてから、具体的な相談に入る。順番を入れ替えるだけで、相手が身構える度合いはずいぶん違う。
身構える相手に、いきなり手続きの話をしない。順番を間違えなければ、同じ内容でも伝わり方は変わるはずだ。
お寺には、どう切り出すか

我が家で、母の次に話す相手はお寺になる。
代々お世話になってきたお寺があり、年に数回、お経をあげていただいてきた。その関係を、こちらの都合で変える話になる。だから、ここがいちばん気を使う。
調べてみると、墓じまいでお寺ともめる例は少なくないようだ。多くは、離檀料をめぐる行き違いや、相談の順番のまずさから来ているらしい。いきなり「墓じまいします」「いくらですか」と切り出して、関係が冷えてしまう。
そう聞くと、なおさら、事務的には話したくないと思う。
私が考えているのは、まずこれまでの感謝を伝えることだ。長くお世話になってきたこと、お経をあげていただいてきたこと。そのうえで、後継ぎがいないこと、私がこの土地に通い続けるのが難しくなりそうなこと、いつかは墓の形を考えないといけないことを、相談として持ちかける。
決まったことを通告するのではなく、どうしたものかと相談する。その入り方なら、お寺も事情をくんでくれるかもしれない。
離檀料のことも、頭の隅にはある。ただ、最初からお金の話にしないほうがいいのだろう。金額の相場を気にする前に、まずは関係を保ったまま事情を伝える。順番は、人に話すときと同じだ。
もっとも、これも今すぐの話ではない。母が今の形を大切にしているうちは、お寺との関係もそのまま続く。私のほうで、いつ、どう切り出すかを、先に考えておく段階だ。
反対されたら、すぐ説得しない
我が家ではこの場面は起きにくいかもしれないが、一般には、親族から反対されることもあるという。
「先祖代々の墓をなくすのか」「もう少し続けられないのか」。そういう声が出ても、おかしくない。
そのとき、すぐに説得しようとしないほうがいい。そう考えている。
費用がこれだけかかる、通うのがこれだけ大変だ、後継ぎがいないのだから仕方ない。理屈を並べて押し切ることはできるかもしれない。けれど、墓は理屈だけで扱える話ではない。
反対する人にとって、その墓は、親や祖父母を思い出す場所でもある。今の墓を守れない現実があるとしても、その思いまで否定する必要はない。
だから、反対されたら、まずは聞く。
なぜ続けたいのか。どういう思いがあるのか。その人なりの理由を聞いてから、こちらの事情をもう一度、静かに伝える。一度で分かってもらおうとしない。
向こうにも、墓への思いを確かめる時間が要る。私自身、考え始めてから何年もかかっている。相手にだけ即答を求めるのは、公平ではない。
説き伏せるより、同じ方向を一緒に向けるように話す。すぐにそうならなくても、墓を大切に思う気持ちは同じだという一点を、崩さずに残しておく。
押し切って墓を片づけても、関係がこじれては意味がない。墓じまいは、墓だけの話ではないのだと、ここでも思う。
一度で決めず、記録を残しながら進める
人に話す作業は、一度では終わらない。
最初に母と話し、次にお寺に相談し、必要なら父の姉にも伝える。反応を聞いて、また持ち帰る。そうやって、何度かに分けて進むのだと思う。
そのときに気をつけたいのが、誰に何を話したかを、自分で覚えておくことだ。
口頭でのやり取りは、後で食い違いやすい。「あのとき了解したはずだ」「そんな話は聞いていない」。そういうずれが、関係をこじらせる。
だから、大げさな書面でなくていいから、いつ誰に何を伝え、どんな反応だったかを、自分の手元に残しておきたい。連絡先を整理したついでに、そこへ書き足していくくらいでちょうどいい。
これは、相手を疑うためではない。後で自分が振り返れるようにするためだ。母が高齢になり、私自身もこの先どうなるか分からない。話の経緯が誰にも残っていないと、結局また一から説明し直すことになる。
そして、これらはまだ墓じまいを決めることではない。
決める前に、人との間を整えておく作業だ。墓を動かす手続きは、その後でいい。順番を間違えると、手続きが進んでも、人の気持ちが置き去りになる。
母の意向を確かめ、お寺に相談し、必要なら親族にも伝える。その反応を記録しながら進める。地味だが、ここを飛ばさないことが、後の角を立てないのだと思う。
今の私なりの答え
墓じまいで親族にどう話すか。
今の私なりの答えは、こうだ。
まず母と話す。母を通して、ほかに伝えるべき相手がいるかを知る。お寺には、感謝を伝えてから相談として切り出す。費用や手続きからではなく、墓を大切に思う気持ちから話す。もし反対されても、すぐ説得しない。そして、一度で決めず、誰に何を話したかを残しながら、何度かに分けて進める。
我が家は、決める人が少なくて済む。母と私、それにお寺。相談すべき相手が多くないのは、ありがたいことだと思う。けれど、相手が少ないからこそ、その一人ひとりとの話を、雑にはしたくない。
墓は、手続きだけ見れば一人で動かせるようでいて、そうではない。その墓に思いを持つ人がいる限り、人への説明を抜きには進められない。それは、関わる人の多い少ないにかかわらず、同じだと思う。
完璧な伝え方があるわけではない。きっと、言葉が足りなかったり、伝える順番を間違えたりしながら進むのだと思う。
それでも、黙って片づけて角を残すより、手間がかかっても人との間を整えてから動きたい。受け継いだものを大切にする気持ちを、墓だけでなく、人との関係にも残しておきたいからだ。
答えはまだ出ていない。けれど、誰にどう話すかを考え始めるだけで、墓じまいは少し進めやすくなった気がする。定時のあとの時間を使って、少しずつ続けていく。


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