実家の庭木を切ったら、幹の中から鎖が出てきた|残りの木は、重機が届かない

実家の庭木を切ったら、幹の中から鎖が出てきた|残りの木は、重機が届かない 親と実家

昨年、実家の庭木を造園屋に切ってもらった。

道路側の大きめの木と、家の裏の木を合わせて、10本ほどになる。いちばん手間がかかったのは、裏の木だった。チェーンソーを入れたところで刃が切れてしまい、作業が止まった。

何事かと思って見ると、幹の中に金属の鎖が入っていた。昔、犬をつないでいた鎖である。巻きつけたまま木が太り、鎖を飲み込んで育っていた。

それだけ切っても、実家にはまだ切れずに残っている木がある。重機が届かない場所に立っているからだ。

落ち葉の掃除が大変だと、近所から言われた

伐採の前に、近所の人から言われたことがある。

道路に面して、大きな木が何本か立っている。そのうちの一本の落ち葉で、毎日の掃除が大変だと言われた。言ってきたのは、最近向かいに越してきた方である。あの木を切ってほしい、とはっきり言われた。

その木は、二階建ての屋根くらいの高さがあった。幹の直径は20cmを超え、枝は電線にもかかっていた。私が脚立を立ててどうにかできる木ではない。ほかの木も、幹はそこまで太くないが、高さはもう脚立の届く範囲を超えていた。

田舎で暮らしていると、木が生えていて葉が飛んでくるのは当たり前だと思っていた。ただ、周りに住む人が入れ替われば、その当たり前も変わる。街で暮らしてきた人から見れば、よその家の落ち葉が毎日自分の前に積もるのは、当たり前ではないのだと思う。

枝が境界を越えると、切るかどうかを決める人が変わる

落ち葉そのものについての決まりではないが、枝が境界を越えて伸びている場合には、民法に決まりがある。

2023年4月に施行された改正で、越境した枝の扱いが変わった。法務省の説明によると、隣の土地の人が木の持ち主に切るよう求めても、相当の期間内に切らないときなどは、自分で枝を切り取れるようになった。相当の期間は、基本的には2週間程度と考えられている。道路を管理する国や自治体も、同じ決まりで道路に越境した枝を切り取れる。

切り取りにかかった費用は、基本的には木の持ち主に請求できると考えられている、とも説明されている。根については、以前から、越境された側が自分で切り取れる決まりだった。

実家の道路側の木は、枝が電線にかかるほど伸びていた。越境した枝を放っておけば、切るかどうかの判断が、自分の手を離れることもある。費用まで含めて、持ち主の側に返ってくる話でもある。

地元の先輩の造園屋に頼んだ

頼んだ造園屋は、地元の友人を通じて紹介してもらった。学生時代に重なってはいないが、地元の先輩にあたる人である。

こういうとき、地元の知り合いの存在をありがたく、心強く思う。どこに頼めばよいか分からない作業ほど、顔の見える紹介は助けになる。

作業の日は、大きな重機が道路をふさぐことになった。事前に近所へ挨拶に回り、その旨を伝えておいた。隣の家にも話をしてあった。作業が大掛かりだったので、どのみち気づかれることではある。それでも、先に伝えておくかどうかで、受け取られ方は違ってくると思う。

伐採の時期は、九月まで待ってほしいと言われた。真夏のいちばん暑い時期の作業は避けたい、ということだった。

そのとき造園屋からは、私が自分で手入れをするなら、年に一度、九月にやるのが効率がいいと助言された。こちらは、木の成長を考えると九月がいちばんいい、という理由だった。今年の九月は、その助言に従って自分で手入れを始めた。慣れない道具で指を切ったのは、そのときである。

吊り上げると思っていたら、上から順に切っていった

伸びる腕の先のかごに乗って、高い木の枝を切っている様子

重機を使うと聞いて、私はクレーンで木を吊りながら根元を切り、そのまま持ち上げるのだと思っていた。

実際は違った。職人たちが「かご」と呼んでいたのは、はしご車のように伸びる腕の先に付いた箱である。そこに人が乗り、木の上のほうから順に、チェーンソーで枝を切り払っていく。幹も、上から適度な長さに切っては下ろしていった。

初めて見る作業だったが、プロの手にかかると、大きな木があっという間に低くなっていく。剪定ばさみもバッテリー式の電動で、3cmほどの枝までそのまま切り落としていた。

見ているだけではいられず、私も切った枝を運んで、トラックに積むのを手伝った。

根まで取ることもできるそうだ。ただ、それは別料金になり、さらにユンボのような重機が要るという。切った後の土地を使う予定もないので、根はそのまま残した。大きくならないよう、切り株に薬剤だけ塗ってもらった。

造園屋に頼んだのは、大きな木3本だった。当日は、道路側の大きめの木や重機の届く範囲の裏の木など、ほかの木もその場で一緒に切って処分してもらい、全部で10本ほどになった。大きな木3本は見積もりどおりの内容で、残りは作業を足してもらった形である。支払いのときには追加の料金を覚悟していた。ところが、ずいぶん作業を足してもらったにもかかわらず、当初の料金のままで済ませてくれた。手伝ったことも、少しは効いたのかもしれない。

裏の木の幹から、犬の鎖が出てきた

伐採した庭木の幹の中に食い込んでいた、さびた犬用の鎖

家の裏の木は、実家でいちばん立派な木だった。

幹の太さは35cmほどあり、高さは二階建ての母屋をゆうに超えていた。この木の伐採が、昨年の作業でいちばん手間だった。

根元にチェーンソーを入れると、刃が切れてしまった。木の中に何かある。よく見ると、犬用の鎖だった。昔、幹に巻きつけたまま外さずにいた鎖が、年月をかけて幹に食い込み、木はそれを包み込むようにして太っていた。木の中に、金属の鎖がそのまま残っていたのである。

自然の強さというのか、不思議なものを見た気がした。

同時に、30年以上前の記憶がよみがえった。この場所で、祖母が犬を飼っていた。鎖を幹に巻いたのは、たぶんそのころのことだ。木は、そのときの鎖を抱えたまま、30年以上そこに立っていた。

残りの木は、重機が届かない

重機が届かず、手を入れられないまま伸びた庭の木

昨年切ったのは、迷惑がかかりそうな木を優先した分だけである。実家には、まだ切りたい木がいくつも残っている。

昔は気にもしていなかったが、改めて見ると、実家にはこんなに木があったのかと思うほど木が植わっている。それぞれが、手を入れられないまま伸びている。

いちばん大きいのは、重機が届かない位置の木である。そのほかに中くらいの木が10本以上、背の低い木が20本以上ある。

その大きな木を切るには、隣の庭に大型のクレーンを入れて、そこから届かせるしかないという。隣に頼むのも簡単ではないし、大型の機材には相当な費用がかかる。残りの木の伐採費用を口頭でざっくり聞くと、昨年の3倍ほどだった。

建物の処分とは別に、庭木の整理だけでもこれだけの費用がかかる。実家を売るか、貸すか、壊すかを考えたときは、建物を中心に整理した。けれど敷地の木も、同じように行き先を決めなければならないものの一つだった。

昨年の伐採に、母は反対しなかった。母は、自分で手入れができなくなったことを気にしていた。木を切る寂しさもあったと思うが、手間がなくなるほうを選んだのだろう。終わったあとには、すっきりしたと言っていた。

それでも、残りの木の費用の話になると、母は話題を変える。私に任せるつもりなのだと思う。

正式な見積もりは、今のところ頼む予定はない。地道に、自分でできる限り進めようと考えている。ただ、体力との相談になり、こちらも相当な難問だ。今は自分でできる範囲で、道路側の垣根と雑草の手入れを続けている。そこまでが、今の私の手の届く範囲だ。

切った木の行き先を、初めて知った

自分で手入れを続けるにしても、切った後の枝や葉の始末はついて回る。そのことで思い出すのが、昨年の伐採の日のことだ。

切り倒した木は、その場で幹の部分と葉の部分に分けられた。

造園屋は、手慣れた手つきで木を切り分け、それぞれを別々に運んでいった。行き先は、木や草を有料で引き取る施設である。

地域にそういう施設があることを、私はこのとき初めて知った。聞くと、一般の人でもお金を払えば持ち込めるようだ。

地域によっては、こうした受け入れ先がある。自分で切る範囲を考えるときは、切った物をどこへ持っていくかも先に確かめておくと、作業の組み立てが変わってくると思う。

田舎の当たり前は、少しずつ変わっていく

木が生えていて、葉が飛んでくる。草が伸び、それを刈る。田舎の暮らしでは、それが当たり前だと思っていた。

けれど、住む人が変われば当たり前も変わる。手入れを続ける体力も、いつまでも同じではない。そして、手入れを人に頼めばお金がかかる。

田舎暮らしはお金がかからないと思われがちだが、実際にはそうでもない。車は欠かせないし、家や庭を保つにも費用がかかる。おそらく、街で暮らすよりもいろいろな費用がかかっている。

その費用を、誰かと分け合っているわけでもない。昨年の伐採も、実家の手入れにかかるほかの費用も、すべて私が自分で払っている。一人っ子なので、分担する相手もいない。残りの木を切るとなれば、その費用もやはり私が持つことになる。

草刈りを業者に頼む前に確かめたことと同じように、木についても、自分でやる範囲と人に頼む範囲を分けて考えるしかない。実家の片付けにかかる費用を調べたときも、庭木の伐採は項目に入っていなかった。

今年の九月に手を入れたのは、道路側の垣根だった。重機の届かない大きな木をどうするかは、まだ決められずにいる。

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