母の買い物をヘルパーに頼んで、私の負担は目に見えて軽くなった。
毎週必ず実家へ行かなければ買い物が止まる、という状態ではなくなった。出張が入った週も、自分の体調が悪い日も、以前ほど慌てずに済んでいる。
ただ、頼んだ翌週から同じ暮らしがそのまま続いたわけではない。
用事を一つ外へ出すと、家族の側にも決め直すことが出てくる。実家へ行く理由、外へ出せた用事と手元に残る用事、母と支援者の間で私がどこに立つか。
母にヘルパーを頼むまで五年かかった経緯や、買い物支援そのものの続け方は別に書いた。今回は、使い始めたあとに私が決め直したことを整理しておきたい。これから頼む人にとっては、始めた直後に何を見ればよいかの目安になると思う。
実家へ行く理由を、荷物を運ぶこと以外で決め直した

ヘルパーを頼む前、私の訪問予定は買い物の予定でもあった。
次にいつ行けるかを決めることが、母の食べる物をいつ補うかを決めることだった。
その結び付きがほどけたとき、最初に迷ったのは「では何のために行くのか」だった。
買い物が理由でなくなると、訪問の回数を決める基準もなくなる。回数だけを守ろうとすると、行くこと自体が目的になりやすい。
そこで、訪問でなければできないことを並べ直した。
通院の付き添い。病院や役所から届いた書類の確認。母屋と庭の管理。暖房や衣類など、季節ごとの入れ替え。そして、用事の合間ではなく、落ち着いて話す時間。
どれも、買い物を運んでいたころは後回しになりやすかった。店に寄って荷物を下ろすと、そこで時間が終わる日が多かった。
理由を並べ直すと、行く頻度も自然に決まる。通院や手続きのある月は増え、何もない月は少し空く。
母と一緒に店へ行く日も残している。買い出しのためではなく、母が自分で選ぶ場面を絶やさないためである。
用事を一つ外へ出すことは、家族の時間を減らすことではなかった。家族の時間を何に使うかを、決め直す機会だった。
外へ出せた用事と、手元に残った用事を分けた
頼めば全部が軽くなるわけではない。
介護サービス情報公表システムでは、訪問介護の生活援助として掃除、洗濯、買い物、調理などが挙げられている。一方、家族のための家事や、日常生活の範囲を超える作業は対象にならない。訪問介護で受けられる支援を先に見ておくと、家族が想像していた範囲との差が分かる。実際に頼める内容は、ケアプランと事業所との相談で決まる。
始めてみると、外へ出た用事と、こちらに残った用事がはっきり分かれた。
| 用事 | 今の担当 | 先に決めておくこと |
|---|---|---|
| 毎週の食品・日用品の補充 | ヘルパー | 曜日と時間、頼む範囲 |
| 母が自分で選びたい買い物 | 母と私 | 一緒に行く日をどこに置くか |
| 重い物、季節ごとの入れ替え | 私 | いつまでに済ませるか |
| 途中で切らしたときの連絡 | 母から私へ | どこへ、どう伝えるか |
| 事業所やケアマネジャーとのやり取り | 私 | 誰が窓口になるか |
| 支払いとお金の受け渡し | 私 | 事業所の決まりに合わせる |
この表は、家族の仕事量を数えるためのものではない。外へ出したあとも家族に残る仕事を、見えないままにしないための表である。
一つの用事を頼むと、その周りに小さな用事が新しく生まれる。連絡、確認、補いきれなかった分の処理。ここを決めずに始めると、「頼んだのに思ったほど楽にならない」と感じやすい。
お金の渡し方も、始める前に事業所と決めた。現金やカードの扱いは事業所や地域で違うため、同じ形にできるとは限らない。今の私の形は、親の買い物支援を続けて分かったことに書いた。
母と支援者の間に、私が立ちすぎないようにした

始めたばかりのころ、私は買う物の一覧を自分で作って先に伝えようとした。
母は、自分の希望をその場で整理して伝えるのが苦手である。遠慮して少なく言うこともある。私が代わりに伝えたほうが確実だと考えた。
ただ、それを続けると、母が自分で頼む場面がなくなる。支援は母のために入っているのに、やり取りの相手はいつも私という形になる。
今は、その週に必要な物は母から伝えてもらい、私は足りない分を補う側に回っている。うまく言えない日があっても、翌週にまた機会がある。
家族が間に入ったほうがよい場面もある。体調の変化を伝えるとき。事業所へ確認したいことがあるとき。本人が言いにくいことは、家族が代わりに話したほうが早い。
分けているのは、日々の希望と、相談ごとである。日々の希望は本人と支援者の間で。相談ごとは家族も入って。
一人っ子の私は、何でも自分を通す形にしがちだった。窓口を一本にすると、その一本が塞がった日に止まる。母が自分で頼める部分を残すことは、私が動けない日の備えにもなる。
母の暮らしを見る人が、家族だけではなくなった
外の人が家に入ることを、私は長く心配していた。
実際には、母は週に一度の訪問を楽しみにしている様子で話す。相性の良い方に来てもらえたことも大きかったと思う。
ここで気をつけたいのは、会話や安否確認を買い物支援の目的だと決めつけないことだ。訪問介護は、本人のためにケアプランで決めた範囲で行われる。短い訪問で分かることには限りがあり、見守りを任せられるわけでもない。
それでも、母の暮らしを見る人が家族だけではなくなったことは、私にとって小さくない変化だった。
以前は、母の様子を知る道が電話と私の訪問しかなかった。私が気づかなければ、そのまま時間が過ぎる。
今は、気になることがあれば、決められた連絡の流れで事業所やケアマネジャーへ相談できる。支援する側が気づいたことが、私へ届く可能性もある。
だからこそ、始めるときに連絡の道筋だけは確かめておきたい。誰へ、どの時間に、どの方法で連絡するか。担当者が不在のときはどうするか。急を要するときの連絡先は別に決まっているか。
道筋を先に確かめておけば、何かあったときに探すところから始めずに済む。
うまくいっているかを、いつ確かめるかを決めた

品物が届いていれば、その日の支援は終わったように見える。
ただ、始めたときの形が、そのまま合い続けるとは限らない。
私が見ておきたいのは、次のようなことだ。
母は、来てもらうことを負担に感じていないか。
頼みたい物を、自分で伝えられているか。
家族の訪問は、無理のない回数に落ち着いたか。
私が動けない週も、暮らしが止まらずに済んでいるか。
今の支援の形が、母にできることを減らしていないか。
以前の私は、こうした確認を思い出したときにしていた。今は、次に相談する時期を先に決め、それまでに気づいたことを短く書き留めておく形にしている。気づいた日と相談する日を分けたほうが、小さな変化を持ち越せる。
介護サービスを増やすタイミングを考えたときにも感じたが、見直す時期を、困り切った日に持ってきたくはない。今できているかだけでなく、今の形を続けられるかで見たい。
見直しは、足す方向だけとは限らない。頼む範囲を組み替えることも、人手ではなく用具や住まいの調整で軽くすることもある。施設を考える前に家で増やせる支援を場面ごとに見ておくと、次に相談したいことを選びやすい。
楽になったことを、後ろめたさで打ち消さない
負担が減れば、素直に喜べると思っていた。
実際には、頼んだあとも後ろめたさが残った。自分が行けばできることを、ほかの人に頼んでいる。一人っ子なのだから、私がすればよいのではないか。そう考える瞬間がある。
この気持ちは、すぐには消えないのだと思う。
ただ、消えないままでも決められることは分かってきた。
判断の基準を、気持ちのほうに置かないことにした。楽になったかどうかではなく、この形を来年も続けられるかで見る。
無理を重ねて仕事や体調を崩せば、そのあとの支援は続かない。そのときに一番困るのは母である。
外へ頼んだのは、母との関わりを減らすためではない。繰り返す用事を分け、私が行けない週にも母の暮らしが止まらないようにするためだ。目的を言葉にしておくと、後ろめたさと少し距離を置ける。
余裕が戻った分は、通院や大きな判断に使える。家族にしかできないことを残すために、家族以外でも続けられる用事を先に外へ出す。
買い物という一つの用事から始めて、私と母の役割は少し変わった。私は毎週荷物を運ぶ人ではなくなり、母は息子が来る日だけを待つ暮らしではなくなった。
頼む範囲をいつ広げるか、母がどこまで自分で決められるか、まだ答えは出ていない。それでも、定時のあとの時間を使って、少しずつ母と私に合う支援の形を整えていく。

