母の一人暮らしを支えながら、いつか考えなければならないと思っていることがある。
それは、施設のことだ。
今すぐ母を施設へ入れるという話ではない。母は離れで暮らしているし、買い物のヘルパーや配食サービス、私の訪問で何とか生活を続けている。本人の気持ちを考えても、できるだけ今の暮らしを続けたいというのが自然だと思う。
それでも、施設という言葉を知らないまま避けていると、いざ必要になったときに何も選べない。特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、有料老人ホーム。名前は聞くが、何が違うのか、費用はどこにかかるのか、私はきちんと説明できなかった。
そこで、まずは種類と費用の見方を調べてみた。結論から言えば、施設は「安いか高いか」だけでは選べない。目的、入れる条件、医療やリハビリの必要度、そして毎月続けられる費用を分けて見る必要があった。
施設を考えるのは、在宅をあきらめることではない
施設のことを調べ始めると、少し気持ちが重くなる。
母をどこかへ預けるような感覚が、頭のどこかにあるからだと思う。私自身、母にはできるだけ今の家で暮らしてほしい。母屋ではなく離れに移ったことで、暮らしはずいぶん安全になった。平屋で段差も少なく、浴室も使いやすい。配食サービスも続いている。買い物はヘルパーに頼み、私も月に何度か実家へ行く。
だから、施設の話をすることには抵抗がある。
ただ、施設を調べることと、すぐ施設に入ることは別だ。
母の一人暮らしには、すでに小さな支えがいくつも入っている。配食、電話、ヘルパー、通院付き添い、買い物、書類の確認。これらを足して、今の暮らしが成り立っている。
もし、火を使うことがさらに危なくなったら。
もし、ストマや薬の管理が一人では難しくなったら。
もし、私が仕事や体調の都合で今の頻度で通えなくなったら。
そのときに、何の選択肢も持っていない方が怖い。
在宅を続けるためにも、在宅以外の選択肢を知っておく必要がある。そう考えると、施設のことを調べるのは、母の暮らしを急に終わらせる準備ではない。むしろ、限界が来る前に慌てないための下調べなのだと思えるようになった。
まず、公的な施設と民間の住まいを分ける

介護施設と一口に言っても、調べてみるとかなり種類が多い。
最初につまずいたのは、名前が似ていることだった。
特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホーム。どれも高齢者が暮らす場所のように見えるが、役割は同じではない。
私なりに大きく分けると、まず次の二つに分けて考えると分かりやすかった。
- 介護保険施設:介護保険制度上の施設。特養、老健、介護医療院など
- 民間の高齢者向け住まい:有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅など
介護保険施設は、介護の必要度や医療・リハビリの必要性によって入る施設が変わる。費用も、介護サービス費の自己負担に加えて、食費、居住費、日常生活費がかかるという考え方になる。
一方、有料老人ホームなどは、住まいとしての費用の幅が大きい。入居一時金がある施設もあれば、月額費用だけのところもある。介護付きなのか、外部サービスを組み合わせるのかでも違う。
つまり、同じ「施設」でも、制度の中で使う施設なのか、住まいを選ぶ話なのかが違う。
ここを混ぜてしまうと、費用の比較もできない。
安いと言われる特養と、民間の有料老人ホームを単純に横に並べても、入れる条件も目的も違う。まずは「何のための場所か」を分けることが入口だと感じた。
特養は、長く暮らす場所として考えられている
特別養護老人ホームは、よく「特養」と呼ばれる。
調べる前の私は、介護施設と聞くとまず特養を思い浮かべていた。費用が比較的抑えられる、待機が多い、という印象もあった。
特養は、常に介護が必要で、自宅での生活が難しい人が長く暮らす施設だ。原則として要介護3以上が入所の目安になる。食事、入浴、排泄など日常生活の介護を受けながら、生活の場として過ごす。
母がすぐ対象になるかといえば、今の段階ではそうではない。母はヘルパーや配食を使いながら、まだ離れで生活している。要介護度も、最初の認定から大きく変えたわけではない。だから、特養は今すぐ申し込む先というより、将来、在宅が本当に難しくなったときに初めて現実味を帯びる場所だと思った。
費用は、介護サービス費の自己負担、食費、居住費、日常生活費に分かれる。厚生労働省の介護サービス情報公表システムでは、施設サービスの場合、介護サービス費の一割から三割の自己負担のほか、居住費、食費、日常生活費が必要になると整理されていた。
見落としやすいのは、部屋の種類で費用が変わることだ。
多床室か、従来型個室か、ユニット型個室か。居住費が違うため、同じ特養でも毎月の負担は変わる。さらに、所得が低い人には食費や居住費の負担を軽くする制度がある。母の収入は国民年金に近い額なので、ここは将来確認が必要になる。
特養は費用が抑えられる印象があるが、誰でもすぐ入れるわけではない。要介護度、家族の状況、待機の有無、地域の施設数で現実は変わる。
「安いから特養」と単純には言えない。
ただ、長く暮らす施設として考えるなら、最初に理解しておくべき選択肢だと思った。
老健は、ずっと住む場所ではなく、戻るための場所に近い
介護老人保健施設は、略して老健と呼ばれる。
名前だけ見ると、特養と同じように高齢者が暮らす施設に見える。だが調べてみると、役割はかなり違っていた。
老健は、病院と自宅の間にある施設という理解が近い。病状は安定しているが、すぐ自宅へ戻るには不安がある人が、医師や看護師、リハビリ職の支援を受けながら、在宅復帰を目指す。
つまり、生活の場というより、リハビリや機能回復を含めた中間地点だ。
母の手術後を思い出すと、この違いは理解しやすい。退院後、母は私のマンションで約二か月暮らした。あの期間、食事、移動、ストマへの慣れ、体力の戻り方を見ながら、実家へ戻せるかどうかを考えた。私たちは家族の中でそれをしたが、制度上は、こうした「家へ戻るまでの支え」を施設で受ける場が老健なのだと思う。
もちろん、すべてのケースに当てはまるわけではない。医療的な管理やリハビリの必要性、本人の状態、施設の空き状況によって変わる。
費用の考え方は、特養と同じく、介護サービス費の自己負担に食費、居住費、日常生活費が加わる。ただし、老健は長期入所を前提にした「終のすみか」とは考えにくい。入所期間や退所後の生活を、最初から考えておく必要がある。
ここを知らないと、「特養が空かないから老健でずっと」と考えてしまいそうになる。
老健は、家に戻るために使う施設。
そう整理すると、特養との違いがはっきりした。
有料老人ホームは、費用の幅が一番大きい

有料老人ホームは、さらに分かりにくい。
特養や老健のような介護保険施設とは違い、民間の住まいとしての性格が強い。もちろん介護付き有料老人ホームのように、施設内で介護サービスを受けられるところもある。一方で、住宅型有料老人ホームでは、訪問介護など外部の介護サービスを組み合わせる形になることもある。
ここで難しいのは、費用の幅だ。
入居一時金が必要な施設もある。月額費用だけで入れるところもある。月額費用の中に、家賃、管理費、食費、光熱費、生活支援費などが含まれていることもあれば、介護サービスや医療対応、消耗品、通院付き添いなどが別料金になることもある。
同じ有料老人ホームでも、安いところと高いところではまったく違う。
母の場合、預金に大きな余裕があるわけではない。毎月の年金額も限られている。私が仕送りをしている現状を考えると、入居一時金が大きい施設や、月額費用が高い施設を簡単に選ぶことはできない。
ただし、有料老人ホームをすべて遠い選択肢として外すのも違う。
特養は待機がある。老健は長く住む場所ではない。家で暮らすことが難しくなったとき、費用は高くても、民間施設が現実的な選択肢になる場面もある。
だからこそ、費用を見るときは、月額の大きな数字だけでなく、次のように分けて確認した方がよいと思った。
- 入居時に必要なお金
- 毎月必ずかかるお金
- 介護度が上がると増えるお金
- 医療対応や通院付き添いで別にかかるお金
- 退去時に戻るお金、戻らないお金
有料老人ホームは、施設の雰囲気や設備だけで決めると危ない。契約と費用の中身を見ないと、長く払えるかどうかが分からない。
パンフレットの月額だけでは、実際の負担は見えない。
ここは、かなり慎重に見なければならないと感じた。
費用は「介護費」だけでなく、生活費として見る
施設費用を調べていて、私が一番勘違いしていたのは、介護施設の費用を「介護費」として見ていたことだ。
実際には、施設で暮らすということは、介護費だけでなく生活費が丸ごと移るということだ。
食費がある。居住費がある。日用品がある。理美容代がある。医療費がある。衣類や消耗品も必要になる。通院の付き添いや、外部のサービスを頼めば別にかかることもある。
介護保険で一割から三割の自己負担になるのは、あくまで介護サービスの部分だ。食費や居住費、日常生活費は別に見る必要がある。低所得者向けの負担軽減や高額介護サービス費のような制度もあるが、対象になるか、申請が必要か、どこまで軽くなるかは確認しなければ分からない。
母の家計を考えると、ここは避けて通れない。
国民年金に近い収入だけで、施設費用をすべてまかなえるとは考えにくい。母の預金をどこまで使うのか。私がどこまで補うのか。実家の維持費、固定資産税、火災保険、母屋や庭の管理費も残る。施設に入れば、実家の費用がゼロになるわけではない。
むしろ、施設費用と実家管理費が重なる期間が出るかもしれない。
ここを考えると、施設選びは介護だけの問題ではなく、家計全体の問題になる。
毎月いくらなら続けられるのか。
一時金を払うなら、その後の預金はどれだけ残るのか。
介護度が上がったときに、費用はどう変わるのか。
母一人の問題としてではなく、私の老後資金や仕事、実家整理ともつながってくる。親の施設費用を考えることは、自分の家計の現実を見ることでもあった。
相談する順番を間違えないようにしたい

施設を考え始めたとき、いきなり施設検索サイトを見るのは早いのかもしれない。
もちろん、どんな施設があるかを知るには役に立つ。民間の有料老人ホームを探すなら、資料請求や紹介サービスも入口になる。だが、母のように介護保険を使って在宅生活を続けている場合、まず相談すべき相手はケアマネジャーや地域包括支援センターだと思った。
理由は、本人の状態と制度のつながりを見てもらう必要があるからだ。
今の要介護度で何が使えるのか。在宅サービスを増やせば、まだ家で暮らせるのか。ショートステイを試す段階なのか。特養の対象になる状態なのか、それとも老健や医療系の施設を考える状態なのか。民間施設を探す前に、こうした整理が必要になる。
私自身、これまで介護保険の区分を十分に理解できておらず、使える制度を活かしきれていなかった。ヘルパーを頼むのも、母の「大丈夫」をそのまま受け取り、動き出すのが遅くなった。だから施設についても、家族だけで判断せず、まず相談する順番を決めておきたい。
一方で、民間の有料老人ホームは情報量が多い。費用、立地、医療対応、看取り、認知症対応、退去条件。素人が一つずつ比べるのは簡単ではない。必要になったら、複数施設の資料を見比べたり、老人ホーム紹介サービスを使ったりすることも選択肢になると思う。
ただし、その前に「何を優先するか」を自分で持っておきたい。
費用なのか。実家や私の家からの距離なのか。医療対応なのか。それとも、母が落ち着いて暮らせる環境なのか。軸がないまま資料だけ増えると、かえって迷う。施設を探す前に、母の状態と家計と家族の動ける範囲を整理する。それが先だと感じている。
今のうちに、数字と気持ちの両方を見ておく
介護施設の種類を調べてみて、特養、老健、有料老人ホームの違いは、ようやく少し見えてきた。
特養は、常に介護が必要で自宅生活が難しい人が、長く暮らす場所として考える。
老健は、病院と自宅の間で、リハビリや在宅復帰を目指す場所として考える。
有料老人ホームは、民間の住まいとして、介護や生活支援の内容と費用を細かく見る。
そして費用は、介護サービス費だけでなく、食費、居住費、日常生活費、医療費、通院付き添い、消耗品まで含めて見る。月額が払えるかだけでなく、何年続けられるかを考える。
今すぐ母にこの話をするつもりはない。施設という言葉だけで不安にさせる可能性もある。母は自分の困りごとを言葉にするのが得意ではない。こちらが急に結論めいた話を出せば、反射的に「大丈夫」と返すだけかもしれない。
だから、まずは私が知っておく。
施設の名前を聞いただけで身構えるのではなく、それぞれ何のための場所かを分けておく。費用の表を見たときに、介護サービス費なのか、居住費なのか、食費なのかを分けて読む。母の年金と預金、私が補える範囲、実家に残る費用を合わせて考える。
施設は、最後の手段というより、選択肢の一つだ。
選択肢を知っておけば、在宅を続けるための支援も冷静に考えられる。どこまで家で増やせるか、どこから外の暮らしを考えるか、その境目を少し早めに見られる。
答えはまだ出ていない。
それでも、知らないまま怖がるより、知ったうえで保留にする方が落ち着く。今のところ、これが私なりの向き合い方だ。
定時のあとの時間を使って、母の暮らしとこれからの選択肢を、少しずつ整理していく。


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