親の通院付き添いはいつまで続くのか|年1〜2回まで減った5年間

親の通院付き添いはいつまで続くのか|年1〜2回まで減った5年間 親のこと

親の通院付き添いは、いつまで続くのだろうか。

母が退院したころ、私は先の回数まで考えられなかった。目の前の予約日に仕事を休み、実家へ迎えに行き、病院で待つ。それを一回ずつこなしていた。

その後、通院は週1回から月1回、3か月に1回へと間隔が延びた。私の付き添いも、退院後の約1年はほぼ毎月だったが、現在は年1〜2回である。

親の老いを考えると、支援は増えていくものだと思いやすい。しかし、同じ支援が同じ頻度で続くわけではなかった。

この記事では、付き添いが必要だった時期から、母が自分で通院する現在までの変化と、回数を減らすときに何を基準にしたかを振り返る。

最初は、次の通院日だけを見ていた

母の最初の入院中、私は週3回ほど病院へ通った。

退院後は私の住むマンションで約2か月一緒に暮らした。母が実家へ戻ってからは、仕事帰りに寄れる日は寄り、体調を見ながら週2度ほど様子を見た。

通院も頻繁だった。最初は週1回ほどあり、術後の母を一人で行かせることは考えにくかった。実家から病院までは、車でおよそ30分の距離がある。診察だけでなく、待ち時間、会計、薬の受け取りまで含めると半日では収まらない日もあった。

当時の詳しい一日は、母の通院に付き添い始めたころの記録に残している。

そのころの私は、「付き添いがいつまで続くか」より、次回の予約日に休めるかを考えていた。

先の期間を決めようとしても、母の体調も診察の予定も分からない。通院を一つの長い負担として見るより、次の一回を成立させることが先だった。

週1回から月1回、3か月に1回へ変わった

雨の日の地域病院で通院を終え並んで歩く80代の母と50代後半の息子

母の通院間隔は、少しずつ延びていった。

ただし、一直線に減ったわけではない。転移が見つかり、再手術を受けたあとには、頻繁に通う生活をもう一度繰り返した。

振り返ると、支援の頻度は次のように動いている。

時期母の通院・生活私の関わり
入院中入院生活週3回ほど病院へ通う
退院直後マンションで約2か月同居日常生活を近くで支える
実家へ戻った後通院は当初週1回ほど仕事帰りを含め週2度ほど様子を見る
その後月1回、3か月に1回へ延びる退院後約1年はほぼ毎月付き添う
現在自分で月1回通院付き添いは年1〜2回

この表は、回復が予定どおり進んだ記録ではない。再び回数が増えた時期も含んでいる。

再手術から5年が経った今、母の状態は落ち着いている。だから付き添いは減った。ただし、「5年たてば減る」という一般的な目安にはできない。これは母と私の経過である。

回数の変化を残しておくと、今が大変な時期の途中なのか、支え方を変えられる時期なのかを後から見直しやすい。

もう一つ、変わったのは私の側の条件である。

母が最初に入院したころ、私には有給休暇がまだなかった。今は有給があり、終わる時刻が読める用事には時間単位の有給も使える。同じ月に一回の付き添いでも、欠勤で行く一回と、有給で行く一回では重さが違う。

回数が減ったから楽になったと思っていたが、一回あたりの負担が下がったことの方が大きかったのかもしれない。今しんどいのは付き添いの回数のせいなのか、休みの取りにくさのせいなのか。分けて見ると、動かせる方が見つかることがある。

母が自分で行ける手段が増えた

地域バスの車内で田園風景を眺めながら一人で通院する80代の母

現在、母は月1回ほど通院している。

私が毎回送迎しているわけではない。母はタクシーか地域のバスを使い、自分で病院へ行く。

地域のバスは本数が少なく、バス停までの距離も高齢の母には楽ではない。それでも、体調と時刻が合う日は、自分で移動する手段になる。タクシーは費用がかかるが、家の近くから病院まで移動できる。

家族の車だけに頼らず、用事ごとに交通手段を組み合わせる考え方は、田舎の実家で交通手段がなくなった後の組み直しで整理した。

また、以前は通院の帰りに別の薬局へ寄り、ストマ用品を受け取っていた。今は用品を自宅へ届けてもらう形に変えたため、その立ち寄りはない。

付き添いが減った理由を、通院の回数だけにまとめることはできない。通院間隔が変わり、母が使える移動手段があり、通院日に重ねていた用事を一つ外へ出せた。いくつかの変化が重なっている。

そのうえで、私が大きいと思っているのは回数の変化ではない。できることは自分でやりたいという母の気持ちが、まだ残っていることである。

母は、送ってもらう前提で予定を立てない。行けそうな日は自分で行く。私が代わりにやってしまえば早いことでも、自分の手で済ませた日の様子を見ていると、そこを取り上げたくないと思う。できたという実感は、こちらが用意できるものではない。

家族が付き添える回数を増やすことだけが支援ではない。本人が使える手段を残し、本人がまだやりたいと思っている部分を残すことでも、家族の関わり方は変わる。

終わりが見えない時期に効いたのは、先の見通しを立てることではなく、一回の中身を減らすことだった。用品の受け取りを自宅配送へ変えたのもその一つである。工程が一つ減ると、同じ付き添いでも帰宅時刻が変わる。期間は動かせなくても、一回の長さなら動かせることがある。

付き添わない日は、何もしない日ではない

通院帰りに地域の店へ寄り季節の花を選ぶ80代の母

私が病院へ行かない月も、母との関わりがなくなるわけではない。

現在は、週1度ほど買い物に連れて行くか、実家へ様子を見に寄る。買い物は週1度、ヘルパーにも頼んでいる。

通院の送迎が減った分を、すべて別の用事で埋める必要はない。ただ、母の移動が成り立っているか、予約どおり受診できているか、困ったときに連絡できるかは残る。

検査の内容によっては家族の同行を求められた時期もあったが、最近はない。もし再び同行が必要と言われれば、そのときは仕事の予定を調整する。通院に付き添う日の休みをどう選ぶかは、回数が減った今も必要な準備である。

付き添わないことを、関心が薄れたこととは分けたい。

それに、通院日は家を出る日でもある。

一人で行けば、待ち時間も会計も自分でこなすことになる。手間は増えるが、その日の使い方は母が決められる。私が送迎する日は、決まった店で必要なものを買って帰るだけになりやすい。自分で出た日なら、いつもの買い物とは違うところへ寄り道してもいいと思っている。

通院のための外出であっても、家を出る用事があること自体は悪くない。一日中家の中で過ごす日が続くよりは、そちらの方がいいと思う。

ただし、これは今の母の状態だからできることである。今のところ通院は定期検診で、体調も落ち着いている。治療が続く時期や、体調が読めない時期に、同じ考え方は当てはまらない。

母が自分でできている部分まで私が戻してしまえば、本人の生活を狭くすることもある。一方で、「自分で行けたから、次も大丈夫」と決めつければ、変化を見落とす。

私が見るのは、付き添った回数より、母が今の手段で通院を続けられているかである。

支援を増やす判断と、減らす判断は同じではない

親に事故や体調の変化が起きると、支援を増やす必要が出る。

母の場合も、通院だけでなく、買い物の支援をヘルパーへ頼むようになった時期がある。介護サービスを増やす時期の考え方では、起きた出来事と、生活に残った不自由を分けて考えた。

支援を減らすときは、反対向きに同じ手順をたどればよいわけではない。

一度自分で病院へ行けたから、次回から家族の予定をすべて外す。それでは変化が急すぎる。母がどの手段を使ったか、帰宅後に困ったことはなかったか、次の予約はいつかを確かめながら、付き添わない回を増やしていく方が合っていた。

また、減らした支援を二度と戻さないと決める必要もない。一度延びた間隔が、また詰まることはある。私は今の回数を、今後ずっと続く約束とは考えていない。

支援は、増やしたら終わりでも、減らしたら卒業でもない。本人の体調、移動手段、診療の内容に合わせて行き来するものだと思う。

付き添いが減った時期を、私は後から気づいた。今日から付き添わなくてよい、と言われた日はない。予約の間隔が延び、母が自分でタクシーを呼ぶ回になり、それが何度か続いて、ようやく減ったと分かった。

医師に聞いても、答えられるのは治療の見通しであって、家族が付き添う回数ではない。先に知ろうとするより、次の一回の条件を見る方が早い。

「いつまで」ではなく、次回の条件を確かめる

今も、付き添いが完全に終わったとは言えない。母が自分で通院できている間は任せ、大きな検査や体調の変化があれば、もう一度付き添う。

私が次回の通院前に確かめるのは、三つである。

確かめること見る内容
移動バスかタクシーを無理なく使えるか
受診家族の同行を求められていないか
帰宅後受け取った書類や次回の予約日を一人で持ち帰れるか

三つとも成り立つなら、私は付き添わない。どれかが難しければ、その回は行く。

期間で区切るより、通院一回ごとの条件で決める方が、母の今の力を残しやすい。私の仕事も、必要な日へ休みを使いやすくなる。

退院直後の私は、ここまで減ると想像できなかった。反対に、また増える可能性もある。

次に母から通院日を聞いたら、私は先に休暇予定を入れない。母がどうやって行くつもりかを聞き、その方法で難しい部分があるときだけ、自分の予定を動かす。

付き添いの終わりを決めるのではなく、母が自分で行ける一回を残す。それが、今の私たちの通院の形である。

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