母が急に入院したとき、家族が知っていることと、その場で説明できることは同じではなかった。
通院先、保険の書類、薬の情報、家族の連絡先。必要なものはあっても、場所が分かれていると確認に時間がかかる。
それを経験した私も、50代後半になった。高血圧の薬を飲み、朝晩に血圧を測っている。定期的に内視鏡検査も受けている。血圧の記録もお薬手帳も、今はすべてアプリに入れている。
親の情報を探す側だけでなく、自分の情報を残す側にも回っている。そこで、急に自分で説明できなくなったとき、家族が最初に見る一枚を考えた。
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親の情報を探した経験を、自分側へ反転する
これまでの私は、母に聞くことを考えてきた。
どこへ通っているか。保険証書や通帳はどこにあるか。緊急時は誰へ連絡するか。親に確認しておきたいことは、書き出すほど増えた。
母は職人だった父の妻で、勤めに出た経験がない。父も母を働きに出す考えではなかったようで、母は父の仕事を手伝う程度だった。裕福な家ではなかったが、暮らせないわけでもなかった。
体が丈夫な方でもなく、ヘルニアの手術を2回受けている。
それでも、先のことで決めていたのは、保険に入っていたことくらいだった。財産と呼べるものはなく、通帳や書類の話を自分から出すこともない。いつからか、電話をすると「頼むな」と言うようになった。
その一言に悪気はない。ただ、頼まれる中身は、私が一つずつ探すことになる。
一方で、自分のことは、自分なら分かっていると思っていた。
しかし、分かっているのは本人だけである。
高血圧の薬の名前や量、かかりつけの医療機関、次の検査予定。普段は自分で管理できていても、意識がない時や言葉が出ない時には、家族が手がかりを探すことになる。
50代になり健康診断や検査が怖くなった経緯では、母の病気をきっかけに検査を続ける自分の気持ちを書いた。
今回は検査を受ける理由ではなく、その情報を自分以外の人が見つけられるかを考える。
最初の一枚には、細かい病歴より入り口を書く

医療情報を残そうとすると、過去の病気や検査結果を全て書く必要があるように見える。
それでは、書き始める前に手が止まる。
私が最初の一枚に必要だと考えたのは、家族が次の情報へたどり着ける入り口である。
| 最初に書く項目 | 書く内容 | 詳細を確認する場所 |
|---|---|---|
| 本人の基本情報 | 氏名、生年月日、住所 | 本人確認書類 |
| 現在の通院先 | 医療機関名、診療科、連絡先 | 診察券や予約表 |
| 現在使っている薬 | お薬手帳アプリの名前と、家族が中を見る手順 | アプリ、薬局の明細 |
| 伝えるべき事項 | アレルギー等の有無、確認日 | 医療機関の記録 |
| 緊急連絡先 | 最初の一人、つながらない時の次 | 連絡先一覧 |
| 詳しい情報の所在 | 書類、記録、保険関係の保管場所 | 各ファイル |
この一枚だけで医療上の判断をするものではない。治療や薬の判断は、医療従事者が本人の状態と正式な記録を確認して行う。
家族のための一枚は、その確認を始める地図である。
記録をアプリに移して、便利になった分だけ見えなくなった

血圧の記録も、お薬手帳も、今はすべてアプリにしている。
以前は手書きだった。測った数値をノートに書き、お薬手帳は薬局で貼ってもらう。続けてはいたが、書き忘れた日は空欄のまま残った。
アプリにしてからは手軽になった。測ったその場で入力できる。平均値も自動で出るので、自分で計算しなくても、高い時期と落ち着いている時期が分かる。診察で医師に見せるのも早い。
ただ、便利になった分だけ、その記録は私のスマホの中だけにある。
紙の手帳なら、かばんを開ければ誰でも見られた。アプリは、私が説明できない状態では家族に開けない。持ち物としては手元にあるのに、中身は届かない。
もう一つ心配なことがある。バックアップを取っていなければ、スマホをなくした時点で記録も一緒に失われる。手書きのノートは、落とさない限り残っていた。アプリは端末を失うと、続けてきた分がまとめて消えることがある。
だから私は、アプリに移したことで、この一枚が要らなくなったとは思っていない。むしろ書くことが増えた。どのアプリに何が入っているか。家族が見るとしたらどうすればよいか。バックアップはどこにあるか。
記録の続けやすさと、家族から見えることは、別の話だった。
番号や暗証情報ではなく、保管場所を残す
一枚に集めると、便利な反面、見られたときの影響も大きくなる。
医療情報だけでなく、保険の証券番号、各種サービスのパスワード、金融機関の情報まで同じ紙に書けば、紛失時の危険が増える。
そこで、最初の一枚には「中身」ではなく「所在」を書く。
例えば、お薬手帳はスマホのアプリ。直近の健診結果は家の医療ファイル。保険関係は別の書類ケース。そのように、家族が見つけるための言葉を残す。
アプリの場合は、置き場所を書くだけでは足りない。名前を書き、家族が開ける状態にしておくか、開けないなら別の形で残すところまで決めておく必要がある。
細かい番号やパスワードは、正式な書類や安全に管理した別の場所で確認する。鍵のかかる場所なら、急なときに誰が開けられるかも確かめる。
「ある」だけでは使えない。ただし、一枚で全てが見える状態にもしない。
見つけられることと、守ることの両方を考えたい。
事実の一覧と、医療やケアの希望は分ける
通院先や薬は、現在の事実である。
一方、自分がどのような医療やケアを望むかは、心身の状態や考え方によって変わる。
二つを同じ欄へ書くと、いつの情報なのか分からなくなる。
厚生労働省は、もしものときに望む医療やケアを前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取組を「人生会議」として案内している。気持ちは変わることがあるため、一度で結論を固定せず、何度でも話し合うことが大切だとされている。
私は、最初の一枚で将来の治療を決め切ろうとは思わない。
まずは現在の情報を正しくする。希望は別の欄に日付を付け、家族と話した内容を少しずつ残す。
エンディングノートに何を書くか調べた記事では、医療だけでなく、資産、契約、葬儀、家族への言葉まで広く扱った。
この一枚は、その中から「急に自分が説明できない時」に限った入り口である。
家族には、内容だけでなく更新方法を伝える

紙を作っても、家族が存在を知らなければ使えない。
さらに、医療情報は変わる。薬が変わる。通院先が増える。検査の予定も更新される。作った日のまま保管すれば、古い情報が家族を迷わせる。
そこで、紙の上部に「更新日」と「次に見直す時期」を書く。
私なら、毎日の血圧値まで転記しない。細かい記録はアプリに任せ、一枚にはそのアプリの名前と、高血圧で通院していることを書く。
内視鏡検査についても、過去の結果を自分の言葉で要約するより、どの医療機関で、いつごろ受けたか、詳しい結果はどこにあるかを残す。
家族がすべきことも、複雑にしない。
- 一枚の保管場所を知っておく
- 急なときは、まずその一枚を見る
- 詳細は書かれた所在から正式な記録を確認する
- 古い内容に気づいたら、本人が確認できる時に更新する
見直す時期には、アプリのバックアップが取れているかも一緒に確かめる。記録が続いていることと、それが残っていることは別だと分かったからである。
親の緊急時に連絡先と順番をどう共有するかを整理したときも、電話番号だけではなく、誰から誰へつなぐかが必要だと感じた。
自分の医療情報も同じである。一枚の存在、詳細の所在、確認する順番まで伝えて初めて、家族が使える情報になる。
親を二通り見てきて、子どもへ渡すものを考えた
妻の実家は、私の実家と対照的だった。
娘たちが全員嫁いだころから、義父と義母は、残された家のことや自分たちのこの先を考えていたと聞いている。義母を見送ったあと、義父が自分でヘルパーの手配まで決めたのも、その延長にあったのだと思う。
同じ一人暮らしでも母と義父では条件が違うことは、以前に整理した。今回感じているのは暮らしの条件ではなく、先のことをいつ考えたかの違いである。
優劣をつけたい話ではない。ただ、考えられていなかった分は、そのまま私が探す作業として残った。
今になって言うことではないし、恨む気持ちもない。それでも、残念だと感じることはある。
その気持ちを母へ向けるより、自分の番で何を用意するかへ向ける方が、私には現実的だった。
一方で、妻は、私の母が一番幸せだと見ている。先の準備をしてこなかったのに、今のところ暮らしの心配はない。
備えの有無と、本人が穏やかに過ごせるかどうかは、そのまま重なるわけではない。それでも私が一枚を書こうとするのは、探す側に回った時間を覚えているからである。
子どもたちは独立し、それぞれの暮らしを持っている。
私は、自分の老後を子どもに丸ごと任せる準備をしたいわけではない。
家族へ医療情報を残すのは、子どもを医療の判断者にするためではない。本人が説明できない場面で、分からないことを一つずつ探す負担を減らすためである。
その一枚に結論がない場合は「未確認」と書けばよい。希望が変わったら、前の記載を日付とともに更新する。
子どもが家を出て所帯を持ったころから、私は子に頼らない準備を考えるようになった。
ただ、子に頼らないことは、家族に何も伝えないことではない。
任せたい判断を増やすのではなく、判断の前に探すものを減らす。それなら、今の自分にもできる。
まずは、今飲んでいる薬と通院先から書く
自分の医療・介護情報を全てまとめると考えると、完成は遠くなる。
私が最初に書くのは、今飲んでいる薬の情報がどこにあるかと、現在の通院先である。
次に、直近の内視鏡検査の記録がある場所と、緊急時の連絡順を書く。薬と血圧はアプリの名前まで書く。分からない項目は、想像で埋めない。
一枚の下に更新日を入れ、妻と保管場所を共有する。そこまでで、最初の版は完成とする。
家族に残す医療情報は、完成した自分史ではない。
急なときに、家族が最初の手がかりを見つけられる一枚である。

