母のことを考えるようになって、避けて通れないと思うことの一つが葬儀だ。父を送ったのは二十年以上前で、当時の私はまだ若かった。幼い子どもたちもいて、生活そのものが大変な時期でもあった。
父は最後の入院まで、しばらく同じ敷地内で暮らしていた。喪主は私が務めたが、何の心構えもないまま、目の前のことを一つずつ片づけていくような送り方だった。
あのころは、自宅に人が大勢集まり、地域の人たちも動く葬儀が当たり前だった。父のとき、私は地域のしきたりから少し外れてでも、地元の葬儀会社に頼むしかなかった。あの時点では少し肩身の狭い選択だったが、今ではむしろ、その方が普通に近い。
母を送るときは、当時よりも小さく、簡素な形になると思う。だからこそ、いま主流だという家族葬の費用を一通り調べてみた。すぐに何かをするわけではない。それでも、何にいくらかかるのかを知らないままにはしておきたくなかった。
父を送ったときのことを、今になって思い出す

父が亡くなったのは六十歳のときで、私はまだ人生経験も浅かった。幼い子どもたちを抱え、他の家族の看病も重なり、妻の実家に居候しながら実家と往復する日々だった。父が亡くなったあと、近所と親戚への連絡は母に任せた。だが、それ以外の段取りと喪主は私が務めることになった。
母は、こうした段取りや人前に立つことが、ほとんどできない人だった。昔から父に頼ってきた人で、自分が前に出て采配することには向いていなかった。
祖母の葬儀のときは、父がすべてやった。葬儀は農協に依頼し、祭壇の準備や進行は農協が担ってくれた。一方で、隣組がやって来て、料理や細かな段取りを行うのが地域のしきたりだった。悲しみの中で「あれはどこだ」「これはどうする」と次々に聞かれる。その光景は、見ているだけでもつらかった。
父のとき、家にいたのは実質的に母だけだった。地域のしきたりから見れば、葬儀会社に頼むことは異例中の異例だったと思う。異議を唱える人もいたが、大変な状況を察してくれた人の方が多かった。理解してもらえなかったとしても、そうするしかないという覚悟はあった。
それが直接のきっかけだったとは言わない。ただ、実家の地域でも、その後は葬儀屋に依頼するケースが出始めた。しばらくして、隣組の制度もなくなったようだ。地域の葬儀の形が変わる境目だったのかもしれない。
葬儀費用は、葬儀屋に勧められるがままだった。予算が気になり、父には申し訳ないと思いながら、勧められたプランの中で一番下のランクを選んだ。それでも、香典返しまで含めると相当な額だった。
香典返しも、今思えばかなり手間がかかった。主にカタログギフトだったが、いただいた金額ごとにお返しを分け、住所を調べて一軒一軒送る。住所が分からない人を調べるだけでも相当な時間と労力を使った。
葬儀に関係する公的な給付があることも、当時の私は知らなかった。知人が教えてくれて、初めてそういう制度があると知った。会社と会社の組合からも、いくらか香典が出た。祖母のときは父がすべて取り仕切っていたから、いざ自分が喪主になっても手本がない。何もかも初めてで、不手際も多かったと思う。
病院から遺体を運ぶ猶予時間も限られていた。結局は地元の葬儀屋に託すことになった。段取りを進めてもらえたことには本当に助けられた。ただし、その分だけ相応の対価を払わなければならない。葬儀社に任せれば対価がかかるのは、今も変わらない。
現在、あの頃のように地域全体で動く葬儀は、少なくなっているのではないかと思う。コロナ禍以降、私が葬儀に参列したのは一度だけで、それも家族葬だった。会社関係も知人関係も、聞こえてくるのは家族葬ばかりだ。
父のときに私が選ばざるを得なかった「葬儀会社に頼る」という形は、今では特別なことではない。むしろ、参列者を絞り、家族中心で送る形が増えている。ならば、今の標準を知っておこうと考えた。それが家族葬だった。
まず「家族葬」という言葉を整理した
家族葬という言葉はよく聞くが、明確な定義があるわけではないらしい。調べてみると、葬儀の規模や形式で、おおよそ次のように分かれていた。
- 一般葬:親族に加え、近所・友人・仕事関係まで広く参列してもらう従来型
- 家族葬:家族と、ごく近しい親族・友人だけで送る小規模な形
- 一日葬:通夜を省き、告別式と火葬を一日で行う形
- 直葬(火葬式):通夜も告別式もせず、火葬のみを行う形
父を送ったのは、この中でいえば一般葬に近い。近所や親戚、父の仕事関係まで含めて送る形だった。ただ、地域の人たちがすべてを仕切る昔ながらの形ではなく、葬儀会社に大きく頼った葬儀でもあった。
家族葬は、その参列者を家族と近親者に絞ったものだ。式の流れ自体は一般葬と大きく変わらないが、呼ぶ人数が少ない分、規模が小さくなる。一日葬や直葬になると、通夜や式そのものを省くので、さらに簡素になる。
何を省き、誰を呼ぶかで費用も気持ちの納まり方も変わってくる。まずはこの違いを押さえることが、費用を考える入口だと感じた。
家族葬の費用は、何にかかるのかを分けてみた

「家族葬はいくらか」と総額だけで考えると、相場がつかめない。墓じまいの費用を調べたときも同じだったが、まず項目ごとに分けて見ることにした。
調べた範囲では、葬儀の費用は大きく三つの塊に分かれていた。
- 葬儀そのものの費用(葬儀社に払うもの)
- 飲食や返礼にかかる費用(参列者をもてなすもの)
- お寺へのお布施(宗教者に渡すもの)
葬儀社に払うものは、項目の数が一番多い。調べた範囲では、おおよそ次のようなものが含まれていた。
- ご遺体の搬送(病院などから安置先まで)と、安置の費用
- ドライアイスなど、安置中にかかるもの
- 棺、骨壺、遺影
- 祭壇や式場の飾りつけ
- 通夜・告別式を行う式場の使用料
- 火葬料、霊柩車、骨上げにかかるもの
- 司会や進行など、葬儀社の人件費
これらがプランとして一式にまとまっていることが多い。家族葬はここが一般葬より抑えられるが、塊の中にも金額が動きやすい部分がある。
たとえば棺や祭壇は、グレードによって幅が大きい。安置は、自宅か葬儀社の施設か、日数が何日かで変わる。式場も、自宅や公民館なのか、葬儀社の専用ホールなのかで違う。火葬料も、公営か民営か、住んでいる市区町村の住民かどうかで変わる斎場があるらしい。
「家族葬一式いくら」という表示を見ても、その中に何が入っていて、何がグレードで動くのかを知らないと、結局いくらになるのか読めない。
飲食・返礼は、通夜ぶるまいや精進落としの食事、参列者への返礼品(会葬御礼や香典返し)だ。これは人数に比例するので、家族葬で人数を絞れば自然と下がる。逆に言えば、家族葬のつもりでも参列者が増えれば、ここから膨らんでいく。一人あたりいくら、という単価で積み上がるので、人数の読みがそのまま金額に響く。
お布施は、読経や戒名に対してお寺に渡すもので、決まった額があるわけではない。これは家族葬でも一般葬でも、参列者の数とは関係なく必要になる部分だ。後で改めて触れるが、ここは数字だけでは決めにくい。
この三つを別々に見ておくと、見積もりを取ったときに「どこが高いのか」を比べやすい。総額だけでは、抑えられる部分とそうでない部分の区別がつきにくい。
総額の相場としては、家族葬でおおむね百万円前後を中心に、内容によって上下するという数字をよく見かけた。直葬まで簡素にすれば数十万円に収まることもある。逆に、参列者が思ったより増えたり、式場や料理のグレードを上げたりすれば、一般葬に近づいていく。
一日葬と直葬は、どこまで省けるのか
家族葬よりさらに簡素な形として、一日葬と直葬がある。費用を調べていると必ず出てくるので、これも整理しておいた。
一日葬は、通夜を省いて、告別式と火葬を一日で行う形だ。通夜がない分、その日の会場費や、通夜ぶるまいの食事が減る。家族の負担も、二日かけて弔問を受けるより軽くなる。費用は、家族葬より少し抑えられることが多いようだった。
直葬(火葬式)は、通夜も告別式もせず、火葬だけを行う形だ。式をしないので、祭壇や式場にかかる費用がほとんどなくなる。数十万円に収まることもあるのは、この形を指していることが多い。
ただ、調べていて思ったのは、費用の安さだけで選ぶものではない、ということだった。直葬は、お別れの時間が短い。後になって「ちゃんと見送れなかった」と感じる人もいるという。参列したかった親戚や知人が、お別れの機会を持てないこともある。お寺との付き合いがある場合、読経の時間をどう設けるかという問題も残る。
省けば省くほど安くなるのは確かだ。だが、何のための葬儀かを抜きにして簡素さだけを取ると、後で気持ちの面で引っかかることもある。父のときのように近所や親戚まで含めて送るのも、直葬で静かに送るのも、それぞれに事情と考え方がある。費用の表を眺めながら、私はそのことも頭の隅に置いておこうと思った。
「家族葬は安い」とは限らない、と知った
調べていて一番「気をつけよう」と思ったのは、家族葬は必ずしも安く済むとは限らない、という点だった。
理由の一つは香典だ。参列者を絞るということは、香典として入ってくるお金も減るということだ。一般葬では、香典が費用の一部を補う面がある。家族葬は支出が小さくなる代わりに、入ってくる分も小さくなる。差し引きで考えないと、思ったほど負担が軽くならないこともあるらしい。
もう一つは、見積もりの中身だ。広告に出ている安い金額は、最低限のプランだけを指していることがある。実際には、安置の日数が延びる、式場のグレードを上げる、料理や返礼品を足す、といったところで金額が積み上がっていく。総額がいくらになるのか、何が含まれて何が別料金なのかを、最初に確かめておく必要がある。
調べていて、見積もりを見るときに確かめておくとよさそうだと思った点を、自分なりに書き出してみた。
- 表示金額が「一式」なのか「最低限のプラン」なのか
- 安置や搬送、ドライアイスなどが含まれているか、別料金か
- 式場や火葬場の使用料が含まれているか
- 料理や返礼品が何人分で計算されているか
- 追加が発生しやすいのはどの項目か
慌ただしい中で一社にだけ言われるまま決めると、それが高いのか妥当なのか判断できない。私が調べたときは、複数の葬儀社の費用やプランをまとめて比較できる一括見積もりのサービスがあった。元気なうちに資料だけ取り寄せて目安を知っておくだけでも、いざというときに急かされて決めずに済むと思う。
葬儀は、急に必要になって、しかも悲しみの中で短い時間に決めなければならない。前もって考えておくことを、縁起でもないと避けたくなる気持ちもある。それでも、落ち着いているうちに相場と中身を見ておくことには意味があると感じた。
申請しないと受け取れない給付もある

葬儀費用を考えるとき、出ていくお金ばかりに目が向く。だが、亡くなった人が入っていた健康保険によっては、葬儀のあとに申請できる給付がある。
国民健康保険や後期高齢者医療制度では、葬祭を行った人に対して「葬祭費」が支給されることがある。金額や必要書類、申請先は自治体や広域連合によって違うため、ここは母の住む自治体で確認する必要がある。
会社の健康保険の場合は、名前が変わる。たとえば協会けんぽでは、被保険者が亡くなったときの「埋葬料」や、被扶養者が亡くなったときの「家族埋葬料」として、五万円が支給されるとされていた。保険の種類によって、名前も窓口も違う。
母は後期高齢者医療制度の対象なので、いざというときは葬祭費の確認が必要になる。額そのものは葬儀費用全体から見れば大きくないかもしれない。それでも、出ると分かっているお金を知らないままにするのはもったいない。
大事なのは、自動では振り込まれないことだ。葬儀をした人が、必要な書類をそろえて申請して初めて受け取れる。葬儀の領収書や会葬礼状など、必要になるものもある。慌ただしい時期に、こうした手続きまで頭が回るかは正直自信がない。だからこそ、制度の名前と確認先だけでも、先に控えておこうと思った。
お布施と、お寺との関係は数字だけでは決まらない
費用を調べていて、最後まで数字に置き換えにくかったのがお布施だった。
我が家は代々の宗派と墓があり、年に数回お経をあげていただいてきた。父のときも、お寺に来ていただいた。読経や戒名へのお礼は、定価のある買い物とは違う。地域やお寺、これまでの付き合いによって幅があり、いくらが正しいと一概には言えないらしい。
お布施と一口に言っても、中身はいくつかに分かれていた。葬儀で読経をいただくお礼、戒名をつけていただくお礼、そして遠方からお越しいただく際のお車代や、会食を辞退された場合の御膳料といったものだ。とくに戒名は、位(ランク)によって包む額の目安が大きく変わるという。これも、知らずにいると見当のつけようがない部分だった。
ここは、葬儀社に払う費用とは別の問題として考えたほうがいいと感じた。プランの金額を比べるのと同じ感覚で「お布施を値切る」という発想は、長く続いてきた関係にそぐわない。父を送ったときの私も、そこまで落ち着いて考える余裕はなかった。
ただ、相場の見当がまったくつかないのも不安だ。これはお寺に直接、率直に相談していい部分でもあるらしい。「恥ずかしながら不慣れなので」と前置きして目安を尋ねるのは、失礼にはあたらないという話も見かけた。お墓のことや法要のことと地続きの問題なので、いずれにせよ一度きちんと向き合わないといけないと思っている。
父の死後、法事や親戚への連絡では、母に頼る場面が多かった。その母も、もとは父に頼っていた人だ。母が前に立てないことは、父の葬儀のときに痛いほど分かっていた。私がその役を引き継ぐなら、お寺との関係も含めて、少しずつ自分の側に寄せておく必要がある。
調べてわかったのは、早めに知っておくことの意味
一通り調べてみて、家族葬は「規模を小さくした葬儀」であると同時に、「何を省き、誰を呼ぶかを自分で決める葬儀」なのだと分かった。
父のときは、まだ地域の慣習が強く残っていた。その中で、私は葬儀会社に頼むという判断をした。考える時間はほとんどなく、病院から遺体を運ぶところから、目の前のことを一つずつ決めていくしかなかった。今は家族葬や一日葬、直葬など、当時より選択肢が見えやすくなっている。選べるということは、知らなければ選べないということでもある。
費用は、項目ごとに分けて見れば見当がつく。葬儀社のプラン、飲食・返礼、お布施。この三つに分け、家族葬で何が下がり、香典という形で何が減るのかを併せて見ておく。それだけでも、総額の数字に身構えていたときより、落ち着いて考えられるようになった。
すぐに実行する話ではない。母と面と向かって話せる雰囲気でもない。それでも、何にいくらかかるのかを知っておくだけで、いざというときの心構えはまるで違う。同じように、親を送る準備をまだ何もしていない人は、私を含めて少なくないのだと思う。
定時のあとの時間を使って、少しずつ調べて整理していく。


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